耳を疑うとはまさにこのことを言うのだろうか。
目の前の穂乃果達から告げられた言葉は、岡崎拓哉の思考回路をパンクさせるには充分すぎるほどであった。
自分でも目が大きく開かれているのが分かる。信じられないことを聞いたような衝撃。あり得ないはずの言葉を聞いた瞬間、頭の中が空白に染め上げられた。
彼女達の口から聞かされたのはまず懐かしむような思い出話。それぞれの出会いからこれまでの過去を振り返るのはいったい何故だったのか。それがどういう意味を示しているのかまでは分からなかった。
しかし、ここまで聞いてしまえば分かる。
いくら誰もが認める超絶鈍感唐変木の岡崎拓哉でさえ、直前の彼女達の言葉を聞いてしまったらもはや勘違いのしようがなかった。
ただそれ故に、真っ白になった頭の中を正常に戻すのは時間がかかってしまう。
現実じゃあり得ないはずの超常現象を目の当たりにしてしまったときのような虚無が脳内を支配している。
意味が分からないわけではない。言葉を理解できないというわけでもない。
意味は分かる。言葉の理解もできる。だからこそ、勘違いのしようがない真っ直ぐな言葉をそのままの意味で理解してしまっていいのかと反射的に思考を破棄してしまう。
これまで岡崎拓哉は、自分へ好意を向けながらアプローチをしてくる女の子達の気持ちにこれっぽっちも気付かないでのほほんと過ごしてきた。
どれだけ気のある言葉や行動を向けられてもそれがアプローチではなくただの言動や行動にしか思えないほどの鈍いヤツ。
だからそれに心を折られた異性もいたのだが、悪意もなく本当の意味で気付いていなかったのだから仕方ない。
そこまでの、超だけでは足りない超絶鈍感男でもだ。これだけドストレートな言葉を受ければいよいよ気付くというものである。
自分も告白しようと考えていたからかもしれない。そんな似たような考えだったから、一切の勘違いもせずに言葉通りの意味を一身に受け止めた。
これがいったい何を意味するのか。それはこれから分かることだろう。
「……ぁ、」
まず最初にとりあえず何かを言おうと口を開いて出たのがそれだった。
音として認識していいのかさえ戸惑ってしまうような微かな声。複数人から一斉に告白されるとこうなるのはもはや仕方ないことなのだろう。
自分から告白しようとしていた矢先にこれだ。
先を越された挙句、思ってもいなかった言葉を浴びせられたせいでまともな反応すらとれないでいた。
少年にとってはちゃんと発音していたのかさえ分からないような音。
ただし、一世一代の想いを告げた少女達にとっては、そのか細い音でさえ心臓を直接掴まれたかのように体を震わせるには充分だった。
花陽に至っては薄っすら瞳に雫を溜めてしまっている。
覚悟をしていても、体が反射的に反応してしまうのはどうしようもない。それを確認した拓哉はようやく思考能力を徐々に取り戻していく。
(……穂乃果達は今……まさか、俺……告白されたって、いうのか……?)
ぐちゃぐちゃな脳内でそれでも必死に今何が起こったのかを整理していくと、どうやら番狂わせも番狂わせな展開が起きたのが分かった。
(でも、そんな……こいつらは俺の好意に気付いてこんなシチュエーションを用意して、俺から告白させてから振るって算段じゃなかったのか? いいや、もしかしてそんな俺の予想は端から間違っていた? 最初から穂乃果達は俺に告白するためにここに呼びだしたのが正しい答え……?)
状況の整理を順番にこなしていくと最終的にそこへ辿り着いた。
自分もこのシチュエーションを整えて想いを告げようとしたのだ。であれば必然的にその答えに辿り着くのは当然だった。
(だけど、だとしたら余計何がどうなってるんだ。俺は確かに9人が好きで、それが異常だってことも重々分かってる。普通じゃないから当たって砕けろで告白しようとしていたのに、穂乃果達は全員俺のことが好きだったって……)
信じていいものなのかと、思ったところでそれを振り切った。
穂乃果達の表情は真剣そのものだ。それを嘘だと決めつけて、なかったことにしようなんて絶対にできない。してはならない。
例えそれが本来あり得ないものだとしても、それがあり得てしまったのなら受け入れるべきなのだ。
それに、よく考えてみれば拓哉にとってはこれ以上ないほどの幸運と言ってもいい展開でもある。
振られて当然だと思っていた初恋は、まさかの形で成就してしまったからだ。
少年は9人の少女が好きで、9人の少女は少年が好き。いったいどういう確率と運命、因果が重なるとこんなことになるのか、きっと神様以外には到底分からないことだろう。
その運命に甘んじていいのか。
その限りなく低い確率に縋っていいのか。
答えは明白である。
もう思考回路は正常に戻った。状況整理も言葉の理解も終わった。そこで不意に聴覚が働いた。
「たくちゃん」
「っ」
「私達は言ったよ……。友達としてじゃなく、一人の男の人としてたくちゃんが好きだって」
もう一度。
鈍感だった少年にこれ以上の勘違いをされないよう釘を刺す。
「私達の告白が間違ってることなんて分かりきってる……。本当ならしちゃいけないものなんだってことも理解してる。それでも私達の気持ちはちゃんと伝えたかったから……たくちゃんのことが大好きだって。どれだけ間違った道だとしても、私達はたくちゃんが好き。9人でたくちゃんと付き合いたい、そんなことを本気で思ってるんだよ……」
穂乃果の体は震えている。
彼女達の代表として自ら口を開く少女は、間違った道だとしても本音を抑えることはない。
「この中の誰か一人を選んでとかじゃない。私達9人と、付き合ってほしいの……。ほら、たくちゃんはいつも自分のために行動するでしょ? だからね、今度は私達が自分達のために選択したの」
最大最強のわがままと言っても過言ではなかった。
少年が今まで自分のために行動してきたのは、その先に必ず誰もが笑っていられる結末を信じていたから。
対して、少女達の自分のために行動したそれは、その先に誰もが笑っていられる結末を自分達が本当に信じていられるのかさえ分からない。
誰かが泣いて、誰かが悲しむような結末をほんの少しでも考えているなら、それは少年の行動原理とは遥かに遠い。
似ているようで決して似つかない。
でも。だけど。
それが当たり前なのだ。
自分と誰かは絶対的に他人。考えも思想も異なるのは必然。だからこそ、少女達の考えも決して間違えているとは言えない。
必ずしもどこかでバッドエンドを考えていたとして、ハッピーエンドを諦めているわけではないのだ。
「これが私達の精一杯の結論だよ。だから、たくちゃんの答えを聞かせてほしいな……」
穂乃果達の答えを聞いた。
彼女達の想いを確かに受け止めた。
ここから不変だった関係はゆっくりと変わっていく。
「……俺は」
今度はちゃんと声が出る。
自分の意志を確かに口を通して言葉にしていく。
「こんな感情、本当なら間違ってると思うよ」
「……ッ」
真っ先に出たのは否定の感情だった。
反射的に誰かが声を出すが、俯いている拓哉には見えない。
「普通、
常識的な話だった。
現実的な話だった。
「複数の誰かと付き合ったとして、それが正しいのか間違ってるのかなんて二択、100人に聞いても全員が間違ってるって言うに決まってる。だってそれがどうしようもない正解なんだ。世間の目や声、常識に法律、正論や一般論。その全てから糾弾されるのが目に見えてる」
誰も何も言えない。
少年の言葉はその通りで、自分達の言っていることが間違っているなんて分かっていた。
それなのに、体だけではない。
瞳まで震えてしまう。少年からの直接的な言葉だけで、こんなにも精神的ダメージは来てしまうのか。
「そうだよ。正しくなんかない。決定的に間違ってるんだ。こんな結論を出してしまった時点で、
とうとう我慢も抑えきれないところまで来ていた。
瞳に溜まる雫は溢れそうになり、μ'sの全員が下を向きそうなる。
だから、誰もが気付けなかった。
まず最初に、だ。
少年を理解している少女達ならすぐに分かるはずのことだった。
いつだって岡崎拓哉は、
「だから俺達は、
「………………………………………………………………………………………………え?」
ひと際その声を出したのは穂乃果であった。
震えそうな声を何とか抑えて俯いていた顔を上げる。目の前の少年は、ほんの少し困ったような笑みを浮かべていた。
「俺達の出会いはてんでバラバラだった。数年来の幼馴染もいれば、まだ出会って1年とない絵里達もいる。子供だった頃とは違う、今はもう自分で物事を考えられるまでみんな成長してるんだ。自分達の責任だって、もう自分達でとれるくらいに」
先ほどは穂乃果達の思い出話を聞いた。
だから今度はこちらの話を聞いてもらうことにしよう。
「この一年、本当に色々なことがあったよな。音ノ木坂に転入したと思ったら廃校になるって知って、それを穂乃果が止めようとスクールアイドルを提案してきた。何だかんだでことりも海未も俺もそれに賛同して廃校を何とかしようって思ったんだよな。花陽や凛と校内で再会もしたし、作曲を手伝ってもらおうと真姫にも出会った。転入初日に神社で会った希が生徒会副会長だってことには驚いた記憶もある。絵里の最初の印象は金髪美人だけど、それ以上に冷たいヤツだって思ったこともあったよ。にことはスーパーで出会ってから再会するまで少し時間がかかったけど、アイドル研究部に認めてもらって屋上でにこの笑顔を見た時はやっぱりにこが部長で良かったって本気で思えた」
出会いの話から再会の経緯まで。
口に出せばスラスラと出てくる記憶だった。今でも鮮明に思い出せるほど記憶に強く残っているのだ。
そんな思い出が、満タンのコップなのにそこへ余計注いだせいで容赦なく零れていくように出てくる。
「俺達は互いに協力してたくさんの壁を乗り越えてきた。誰もいない講堂でライブをして、作詞作曲振り付けもそうだし衣装だって自分達で何とかしてきた。リーダーを決めるために色んな試験をして、赤点を回避するために穂乃果と凛、にこも猛勉強もしたよな。絵里と希の口論を聞いて絵里と言い合ったことも覚えてる。夏合宿でトラブルはあっても最後にはみんなと仲を深め合えた。真姫が父親から辞めろと言われてμ'sを辞めるなんて言うから直接家に行って真姫の父親に怒鳴っちまったこともあったな。それに、ことりの留学を知らなくて、穂乃果の風邪にも気付けなくて、そこから色んなすれ違いがあって俺は手伝いを辞めた。穂乃果もすぐμ'sを辞めちまってもう解散するしかないのかって思ったときもあったけど、最終的にはみんな元通りに戻ることができた。山合宿じゃスランプに陥ったけど何とかなったし、A-RISEと同じ舞台で踊って予選通過したときは俺も嬉しかった。にこの姉弟とか凛のドレス問題とかもあったよな。穂乃果と花陽に至ってはダイエットまでしたし。希のわがままでみんなで曲を作ったこともあった。吹雪の中走り回ってライブに全員が間に合ったからA-RISEにも勝てた。……色々話し合ってμ'sを終わりにすると決めて、様々な思いを抱きながらラブライブの優勝を勝ち取った。それで終わりと思ってたのに、また色んなことが起きて海外に行ったり全国のスクールアイドルと交渉したりして、結局はまだこうして俺達はここにいる。本当に……本当に色んなことがあって、俺達はその度に一緒に苦難を乗り越えてきた。多分、いいや、だからなんだろうな。俺は自分でも気付かないうちに、きっと惹かれていたんだと思う。穂乃果達が見せる表情、誰をも魅了する歌や踊り、側で見てきた努力。全部、他の誰でもない全部を、ずっと近くで俺は見てきた」
少年の独白にも近いそれは、穂乃果達の目や耳さえ釘付けにしてしまうほどに引きこんでいく。
絶対に聞き逃してはならないと。少年から放たれる一字一句を記憶に刻むために。
そして少年は止まらない。
「だから俺は思ってしまったんだよ。お前達を、誰にも渡したくないって。こんなのは俺の身勝手な独占欲だってのは分かってる。けどさ、ある人に言われてようやく気付いたんだ。気付いたあとにこれは本当に気付いてよかったのかって思ったけど、気付いちまった。間違った感情なのに、気付いちゃいけないのに自覚してしまったんだ」
既に穂乃果達からの告白は受け止めている。
その上で、拓哉はその気持ちとちゃんと向き合うべきだと考える。
「こんなのは間違ってる。どう足掻いたって受け入れられない。常識から外れていて、法律さえ無視しちまってる。世間からの声は容赦なく罵声になって、普通じゃないことが疎まれるこの世界じゃ、きっと居場所なんてほとんどないに等しい。だってそれが普通なんだから。それが紛れもなく正しいんだから。正当化なんてできやしない。お前達はおかしいんだって、指を差されてバカにされることが目に見えてる」
前提を見直す。
自分達がこうした結果、自分達以外からは必ずこういうことを言われ、思われるだろうと。
考えられる最底辺なところまで想定した結果を再確認した。
自ら口に出して穂乃果達にまでそうなるであろう将来を思わせた。
であれば。
もう最底辺のところにまで想定してしまえばだ。
「でも。だけど……」
残るは這い上がることだけを考えればいい。
「お前ら全員を好きになっちまったんだから仕方ねえだろ」
不意も不意だった。
直前までの言葉とは思えないほどの直球ドストレートが穂乃果達の心を一気に跳ね上げる。
「初恋が9股だなんてクズ中のクズかもしれない。報われるべきじゃないかもしれない。それでも、俺は既に覚悟できてんだよ。当たって砕けるつもりだった。フラれて潔く諦めるつもりだった。けど、お前らの告白を聞いたからにはもうなしだ」
絶望は希望へと変貌する。
穂乃果を含む全員の顔に確かな光が戻った。
ここまで用意されたシチュエーションなどもはや関係ない。
自分達を照らすオレンジの夕陽は、いつもの少年の熱さを模しているかのようにさえ思えた。
「常識が何だ。世間が何だ。法律が何だ。異端が何だ。そんなのに縛られて誰かが幸せを掴めないなら、んなくだらねえもんハナっからいらねえんだよ。正しいことだけが幸せなんて決まりはない。間違っていても、誰かに疎まれても、最後に誰かが泣いてる結末より、最後に全員が笑っていられる結末のほうが絶対良いに決まってる」
世間の声など知らない。
生まれる前に誰かが勝手に決めた法律のせいで誰かの笑顔を奪われていいなんて、決して認めてなるものか。
そんな普通なんてゴミ箱にでも捨ててしまえばいい。
目の前の少女達の笑顔をこんな自分でも守れるというのなら、手放すなんてことは死んでもできない。
「穂乃果。海未。ことり。絵里。にこ。希。真姫。花陽。凛」
今のμ'sにとって世界で一番欲しい言葉とは何か。
いずれ訪れる自らの死よりも恐怖を感じるが、それと同時に拓哉の言葉を待ち続ける。
「本当なら俺から言うつもりだったけど、まさか先に言われるとは微塵も思ってなかったよ。男として恥ずかしい限りだけど、今度は俺からも言わせてくれ」
もはや、答えなど分かっていた。
岡崎拓哉の顔を見れば、今までの言葉をしっかり聞いていれば、間違いようのない確信すらあった。
これは本来正当な告白ではない。
そうあってはならないものだ。複数人が一人に告白し、一人が複数人に想いを告げるなど非常識もいいとこだろう。
だからこそ逆に岡崎拓哉は言ってやる。
世間や常識、法律なんて結局は自らを阻む壁に過ぎない。
ならば、今まで通りのことをすればいいだけの話。
ただし、今度は乗り越えるのではない。乗り越えられないほどの高い壁。おそらくこれまでで一番高い壁だろう。
だから乗り越えるのではなく、違う手段をとればいい。
「俺は、」
世間などどうだっていい。常識さえ幸せを阻む壁というのならば。
そんな
「穂乃果達9人が好きだ。だから俺と、付き合ってほしい……」
頭を少し下げ手を差し出す。
今度は拓哉が少女達の答えを求める番。
対して、拓哉の告白を受けた9人の少女は誰もその手を握ることはしなかった。
待ちに待ったと言っても過言ではない。それだけ待ち続けて、ようやく成就したのだ。
例えそれがどれだけ間違っていようとも、9人の少女が笑っていられるならそれだけで間違える意味はある。
手を握る代わりに。
少年が顔を上げた途端、一斉に少女達が笑顔で泣きながら飛び込んできた。
それは、一つの結末を迎えたことを意味していた。
紛れもないハッピーエンドという形で。
さて、いかがでしたでしょうか?
先週に引き続き、投稿が一日遅れてすいませんでした。
前回、穂乃果達の告白を受けましたね。今回はその返答回でした。
約3年半書き続けてきてようやくお互いの想いが成就しましたね。とても長かった……。
これでこの物語はまた一つ、ある種の終わりを迎えました。次回からは映画本編に戻りつつ、恋人同士となった彼らのやり取りを温かく見守って下さると幸いです。
※世間や法律が~など言ってますが、そこは『二次元』+『二次創作』ならではということでお手柔らかに。
いつもご感想高評価ありがとうございます!!
では、新たに高評価(☆10)を入れてくださった
七菜さん
蓮零さん
t.kuranさん
計3名の方からいただきました。
大事な回で高評価をいただけるのはとても励みになります。本当にありがとうございました!!
まだ高評価(☆10)を入れていない方がいたらこれを機に入れてみてくださいね!作者死ぬほど喜ぶので!!あとモチベになりますので←ここ重要
これからもご感想高評価(☆10)お待ちしております!!
ようやくカップルというかハーレム?になったけど、映画の本編ももう終盤だからもうすぐ終わるんですよねこの作品(笑)
付き合い始めて最終回を迎えるのは少女マンガあるある。