とある一家の食卓風景であった。
液晶型のテレビにはバラエティー番組が放送されていて、それをたまに見ながら家族と会話をして夕食を楽しむという一般家庭のよくあるシーン。
と、本来ならいつもそうなのだが、今日の岡崎家の食卓では一人だけ会話に交ざらない者がいた。
「……あぇ~……」
「お兄ちゃんまたご飯下に落ちちゃってるよ~」
ポロポロと白米を箸で口元へ持っていくも、すんでのところでテーブルや膝元に落ちてしまっている。
隣で甲斐甲斐しくご飯を取って世話をしてくれる岡崎家の妹代表岡崎唯。まるで老人を介護するヘルパーであった。
心ここに在らずな岡崎拓哉。今度はサラダを口元からばらばら落としていく。ウサギがいたら集って来そうなほどだった。
明らかに放心状態の息子を対面テーブルから見た夫婦の反応はこうだ。
「珍しいな。唯が作った料理は基本泥にまみれていてもちゃんと食べるヤツなのに」
「確かに。唯がおふざけでデスソースをたっぷりかけたカレーですら涼しい顔で食べるはずの拓哉がこんなになるなんて、何があったのかしら」
「何でそんな変な例えが易々と出てくるの!? お父さんもお母さんもお兄ちゃんを元に戻すの手伝ってよ!」
「はっはっはっ、大丈夫だよ唯。拓哉はきっと落とした料理も最後には全部食べるから放っておいていいぞ。料理を粗末に扱うような息子には育ててないからな」
「食べ物で遊ぶなという教育がここにきて弊害に……!? というか食べ物を変な例えに出した自分はセーフなんだね……」
カオスもカオスだった。
心配する素振りも気持ちすらこの夫婦は持ち合わせていない。何ならこの状況の拓哉を見て楽しんですらいるように見える。
もはや拓哉の膝元にビニール袋を置いて料理が落ちる前にキャッチするという手段にでた唯。
経過は良好。相変わらず箸からボトボト落としているが、顔を見るに悩みとかはなさそうに思える。
いっそ拓哉の表情は明るいとまで錯覚しそうなほどには瞳はキラキラしていた。
(これは学校で何かあった……?)
「うぇ~……」
(凄くアホみたいな顔してるけど、だからこそ落ち込んでるというよりプラスの感情が……もしかしてお兄ちゃん、喜んでる……?)
案外当たっている推測ができるのは、唯が拓哉の最大の理解者であり近くにいる存在だからだろう。
微かな変化も絶対に見逃さないようにしているのが成果に出たかもしれない。
と、自分の料理を食べることも忘れていた頃。
不意に拓哉は箸とビニール袋をテーブルに置いて立ち上がった。
「ふう、ごちそうさま。美味しかったよ唯。今日もありがとな」
「いや食べてないけど」
「満腹になったから先に部屋戻るよ」
「一口も食べてないけど。自分でどかしたビニール袋の意味分かってるの?」
「もう明日の朝食が楽しみだ。唯の料理は世界一だもんな」
「世界一の料理全部ビニール袋の中に落とされたけどね。物理的なミックス料理になっちゃってるけどね」
はっはっはっと、軽く笑いながら2階へと上がっていく兄を見送る悲しき妹。
夫婦に至っては兄に目もくれずバラエティー番組に釘付けになっていた。
「お兄ちゃん、どうしたんだろ」
「落ち込んだ様子もないしスクールアイドル関連のことで何かあったってことじゃないか? どっちにしろ気にすることじゃないだろう」
テレビを見ながら唯の独り言に答える冬哉。
おそらくその通りなのかもしれないが、ここまでになることなんて今までなかったのだ。気になるものは気になってしまう。
(ここ最近のお兄ちゃん何だか様子もおかしかったし、それに関係してる……?)
兄に想いを寄せる妹は、2階へ視線を向けながらどうするか迷っていた。
場所は変わって拓哉の部屋。
自室に戻った少年はベッドへ座り、今日のことを何となく振り返ってみる。
(今日はツバサ達と協力して制作に取り掛かった。そう、そこまでは何ら変わりのない日常だったんだ)
ありふれた日常の中で作業を終えて夕方がやってきたとき、それは突然訪れたのだ。
穂乃果達に呼び出され、屋上へ連れて行かれたときは何事かと思っていた。
自分から告白するつもりだったシチュエーションでまさかのあちらから告白されるなんて微塵も思っていなかったため、脳が一瞬理解を放棄したのである。
何やかんやあって結局自分からも告白して9人と付き合うことになったのだが。
(……本当に、本当に穂乃果達と付き合うことになったのか俺……)
考えれば考えるほど実感が沸いてこない。
むしろこれが現実であっていいのかとさえ思ってしまう。
9人と付き合うことになった。言わば彼氏彼女の関係。
ただし、男1人女9人という異端極まりない形で。ハーレムと言えば聞こえはいいが、その実叶ってしまえばどうしていいのか分からないのが本音であった。
アニメやマンガではハーレムっぽい関係を築きつつも、主人公が全員と付き合うところまでは描写されていない作品が多かったりする。
ここは恋が成就すれば最終回を迎えるような少女マンガやハーレムを築きつつも付き合わずにダラダラと続いていくだけのラノベではない。
紛れもない現実なのだ。
複数人と付き合うなんて捉えようによっては浮気っぽく見えてしまったり、世間じゃ淘汰されて当然の関係。そんな問題はもう自分達で解決したが、恋愛初心者ボーイにとってはそれよりもこれから先のことが気になって仕方がない。
というよりもだ。
まず大前提の話をしておこう。
岡崎拓哉は初恋が最高の形で実ったことで浮かれている。
それはもう純情少年らしく放心状態になっても心はとてもはしゃいでいたのだった。
(うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!! 念願の……いや自覚したのはつい最近だけど願ってやまなかった想いが成就して穂乃果達と付き合っちゃったかー。付き合っちゃったか俺ー!)
鼻の下が伸びるという言葉がこんなにも似合うのはこのバカしかいないのではないかというほど伸びていた。
顔はニヤけ頬は赤らめ枕を両手に抱えるその姿はもはや気持ち悪いと誰もが思いそうなレベルだ。
念願の想いが成就して死ぬほど喜んでいるのはむしろ穂乃果達なのだが、この少年はそれに気付くほど鋭くはない。
やはり恋が実ったとしても鈍いところは鈍いのである。
(……はっ!? いかん、浮かれてる場合じゃない。嬉しさにかまけて今やらなきゃいけないことを蔑ろにしたら色々と台無しになっちまう)
そう、喜びたいのは山々だが今はそれどころではない。
全国からスクールアイドルがやってくるのだ。それについての作業を進めなくてはならないのだ。
「……、」
ふと自分の両手に目をやる。
拓哉が告白して返事とばかりにみんなが抱き付いてきたあと、時間も時間とあってすぐさま帰宅した。
その道中に、先に別れる者を最優先に手を繋いでいたのを思い出す。
今まで穂乃果達とは何度も手を繋ぐ機会はいくらでもあったが、いざ付き合いだして手を繋ぐとなるとどうしても変に意識してしまうのが悲しい性である。
ぎこちないながらも繋いだ手を離さず何とかいつものように話しながら歩いていた。
別れる際に離した手を名残惜しそうに見ていたのはメンバー全員だったか。いいや、自分も含めて名残惜しかったのを覚えている。
全員がそれぞれ異なった手の温もりを持っていて、それにドキドキしていた自分もいた。変な手汗をかいていないか、違和感のある話し方をしていないか、いつも通りを装いながらも内心ではずっと焦りっぱなしだったのだ。
でも、これだけは覚えている。
「みんな、笑ってた」
手を繋いでいる両隣にいた者も、前やら後ろやらで茶化してきた者も、みんな笑っていた。
屈託のない笑顔で、曇りすら欠片も感じさせない笑みで満たされていた。
そう、岡崎拓哉がいつも望んでいること。誰もが笑っていられる結末が目の前で繰り広げられていたのだ。
幸せそうな顔で微笑んでいた。柔らかそうにはにかんでいた。それがとても愛おしく感じてならなかった。
両の手をギュッと握り締める。
彼女達があの笑顔を向けてくれるだけでやる気が無限に出てくるような気がした。
あの笑顔を失わないためにも、これからもあの笑顔を見続けるためにも。
今は最善のことをしていく必要がある。
まずは数日後、参加するスクールアイドル全てに連絡して集まれる日程を確認。それと開催地から近い場所にいるスクールアイドルには準備の手伝いの要請。作詞作曲振り付けはこちらがやるとして、衣装作成に関してはさすがに人数が人数なため手伝える人材の収集も必要だ。
例え9人と恋人関係になったとしても、岡崎拓哉のやることは変わらない。
目の前の問題を解決するために全力で動くだけである。
「さてと、やりますか」
幸せを掴んでみせた少年は、そのままPCを開いた。
さて、いかがでしたでしょうか?
前回のあとがきで本編に戻るとか言いつつどうしても『その後』が書きたくて書いちゃいました。
唯にもそのうちバレるというか打ち明けますし、夏美にも何かしら反応してもらうつもりです。
次回からはちゃんと本編に戻るから!!
いつもご感想高評価ありがとうございます!!
では、新たに高評価(☆10)を入れてくださった
秋風さん
1名の方からいただきました。
ラ!作品でも一番好きと言っていただけるのは恐悦至極の限りであります。ありがとうございました!!
高評価(☆10)を入れていない方がいれば是非とも入れて下さいね!長くこの作品を続けるためのモチベになるので!
禁書はもちろん思い出補正で個人的覇権ですが、グリッドマンが予想以上に面白くて驚いてます。
ヒロインズ最高か……。