結局その場を適当に誤魔化して逃げるように退散してきた。
「朝から心臓に悪いぞまったく……」
「私達の関係に気付いてないはずだから多分冗談のつもりだとは思うけど……それよりさっき言ってた結婚の事を詳しくごにょごにょ……」
「そのくせピンポイントなとこ攻めてくるから恐ろしいなあの夫婦。親父さんに至っては天才だし変に感が鋭そうだから余計怖い」
総合病院を経営している生粋の天才社長と凡人も凡人な普通少年岡崎拓哉を比べてはならない。
何か余計な一言でも喋ってしまえばそれだけで勘繰られる可能性しかないのだ。そして悲しいかな、真姫の後半の言葉は小さすぎて聞こえてなかった。
最悪真姫と付き合っていることはバレてもいいかもしれないが、おまけで残りのμ'sとも付き合っていると知られたらどうなってしまうのか想像もしたくない。
恐らく地下病棟に連れて行かれて監禁薬漬け地獄が待っていると言われても信じてしまうだろう。
「あら、おはよう。張り切っていきましょう……って何だか暗い顔してるわね拓哉。大丈夫?」
「ああ、気にしないでくれ絵里。将来のことでちょっと胃が痛くなってきただけだ」
「余計気にするんだけど」
恐らく拓哉達を待っていたであろう絵里と希が合流するや否や、拓哉のどんよりオーラをいち早く察する絵里。
「誰も遅刻しなかったみたいやね。あと拓哉君はそんな気にすることないと思うよ?」
「うん、とりあえず何も言ってないのに何があったのか分かっちゃう希が一番怖いな。凄い、恐怖って上書きされるのか」
「ん~? 何ならもっと上書きしてみる?」
「生意気言ってすんませんでした」
すぐさま平謝りしかなかった。
以前から希の物事への察しの良さというか事の顛末を把握する能力は馬鹿げているほどに高い。これをスピリチュアルという言葉一つで聞く者全てを納得させてしまうぐらいである。
「ほら、そんなこと言ってないで行くよたくちゃん」
「うぃっす」
何というかもう完全に彼女に逆らえない彼氏状態になっている。
彼氏1人対彼女9人。多勢に無勢の出来上がりだった。勝ち筋が一ミリも見えない悲しき結末で拓哉は足を進めていくのみ。
「ところであと1人、まだ遅刻か分からない人がいるんだけど」
「大丈夫、きっと誰よりも早く待ってるんじゃないかしら」
まだ合流していない人物を思い浮かべる。
そして全員が納得した。誰よりもスクールアイドルを愛しているあの子が遅刻なんてするはずがないと。
道を歩いているとやはりそこに彼女はいた。
まるで数十分前からその場で待機していたかのように腕を組み人差し指でトントンと叩いている。
その表情は少し険しいことから察するに、自分達が来るのを待ち侘びていたのは一目瞭然であった。
「あ、にこちゃん!」
「む~……遅ーい!」
「にこちゃん、ずっと1人で……?」
「張り切りすぎにゃ~」
「先に行きゃよかったのに」
「いいじゃないライブ当日なんだからみんなで一緒に行ったって!」
いつも通りのツンとしたにこの態度にもはや安心感さえ覚えるメンバー。
スクールアイドル全体を主体としたイベント。言ってしまえば大規模なスクールアイドルイベントだ。
ラブライブとはまた違った意味でスクールアイドルにとって大きな意味を持つイベントになるのは間違いない。
そんな大事なライブの当日なのにいつもと変わらない自分達でいられるのは何故なのか。
ラブライブを優勝するまで上り詰めた成長故か、一人一人違った個性を持った者の集まり故か。
きっと、どちらもだろう。どちらかが欠けても意味がない。どちらもあるからμ'sなのだ。
それを全員が理解している。
ほんの数秒前まではふざけていた雰囲気も一瞬でスイッチが切り替わるように静かになった。
打ち合わせも何もしていないのにここまで息が合ってしまうことに笑みさえ零れてしまう。
最初に口を開いたのは絵里だった。
「これで、μ's全員揃ったわね」
次に真姫。
「昨日、言えて良かったわね。私達のこと」
「……うん」
「そうだね」
「私もそう思います」
思い出すのは昨日のこと。
穂乃果が突如集まっていたスクールアイドル全員に向かって報告したところから始まった。
“μ'sは終わる”。
決定的でいて、最終的な結論に至った。
反応は様々だったが後悔も反省もしていないし、何よりあれが最善策だったことは拓哉も分かっている。
ベストとまではいかないが、ナイスタイミングだっただろう。あそこを逃せば言う機会はなかったかもしれないほどに。
「もう、穂乃果ちゃんが突然話すから~」
「えへへ~ごめんごめん」
「でもこれで、何も迷うことも躊躇うこともない。でしょ? 私達は最後までスクールアイドル。未来のラブライブのために、全力を尽くしましょ」
「絵里ちゃん……うんっ!」
懸念は取り払われた。
思い残すことも悩みも、一抹の不安だってもうない。本当の意味で、あとはライブを全力でやるのみだ。
「それに……私達には私達をしっかり支えてくれる人がいるしねっ」
「そうは言われても俺のやることはほとんど昨日終わったし、あんま期待せんでくれ……」
「でもサポートしてくれるんでしょ?」
「……まあ、できる限り全力でな」
メインは全てスクールアイドルがやるし、細かいところはプロの手も借りている。
今回は野外で大勢いるということもあって、あえて大掛かりな演出も必要としていない。拓哉のやることなど正直ライブ直前に一言何かを言うくらいだ。
しかし、それがμ'sにとっての支えとなる。
「よおし、それじゃあみんなでUTXまで競争よ! 負けた人はジュース奢りー!」
「ええー!?」
「先にずるいにゃー!」
「負けへんよ~!」
絵里が突然走り出して罰ゲームまで言い出しながらトップで去っていく。
それに続いて他のメンバーも焦りながら、けれど楽しんでいるかのように走り出す。
μ's内ではたまにこういったことがあるが、こういう時でも突如として始まるものだから思わず拓哉も苦笑い混じりの溜め息が出てしまう。
せっかくのライブだしここは自分が負けて後で全員に奢ってやろうと考えた矢先、1人だけ前にいないことを確認して背後を振り返る。
「何してんだ穂乃果。みんなもう行ってるぞ? お前も早く行―――、」
言い終わる前に穂乃果を見て言葉が止まる。
穂乃果が何かを拾っていた。
それは赤い色をした一枚の花びらだった。
花にそんなに詳しくない拓哉でも一目で分かるような見た目であった。
「アネモネ、だっけか」
「……うん」
きっとどこからか風に飛ばされてきたのだろう。
偶然。本当に偶然、穂乃果の足元へ狙ったかのようにひらりと舞い落ちてきた花びらを見つめる。
『アネモネ』。
そんなに珍しくない花だが、様々な花言葉がある。
一般的な花言葉と言えば『儚い恋』、『見放された』、『恋の苦しみ』など、一見あまり良くないようにも聞こえるが、花言葉というのは色の違いによって大きく変わるのだ。
例えば穂乃果が手に取った赤いアネモネ。
その花言葉は『君を愛す』。その他の色をしたアネモネには『期待』、『希望』、『待望』、『堅い誓い』などと、どちらかと言うとプラスの意味がある花言葉が多い。
偶然か必然か。
何だか今の自分達、そして未来のスクールアイドルのことを表しているのかとさえ思った。
これからμ'sがいなくなるスクールアイドルの未来への期待、今日のライブでそれをより現実味のある希望に変えて、この先もラブライブは続くと信じている。
スクールアイドル全体の願いにも似た花びらを手に、穂乃果は前を向く。
穂乃果自身がアネモネの花言葉をどれだけ知っているかは拓哉にも分からない。
けれど、穂乃果の瞳に宿る力の芯が固まったのだけは分かる。
昔から穂乃果はこうだった。
分かっているのか分かっていないのか。他の者からでは到底理解し得ないが、無意識に無自覚に、穂乃果の中にある本能が正しい正解を導き出す。
多少の苦労はするが、その結末はいつだって誰もが納得できるようなハッピーエンドだったはずだ。
だからみんな自然に高坂穂乃果に着いて行こうと思った。天才には程遠い、けれど本物のカリスマ性を持っている穂乃果に。
岡崎拓哉もその1人だ。
穂乃果達はいつも自分がいてくれるから頑張れるなどと言ってくれるが、それは逆でも言える。
穂乃果がいるから、いつも楽しそうに、けど真剣に頑張るみんながいるから、本気で支えようと思えた。
彼女達の強さに惹かれた結果のこれだ。後悔も未練もない。純粋な気持ちで応援できる。
これからのスクールアイドル、μ'sが不在のラブライブ。
でも。だけど。
今日をもって他のスクールアイドルが抱いているその微かな不安は解消されるだろう。
穂乃果の目を一目見れば分かってしまう。
(失敗しようがないな、これは)
「行こう、たくちゃん」
「ああ」
さて、いかがでしたでしょうか?
映画にもひらりと出てきたあの花びら。
一期のススメ→トゥモロウで穂乃果が頭に付けていたアネモネだろうと思って書きました。
ネットで色々調べるとみんなアネモネと言ってたし間違いではないはず……。
一期で出てきた花が映画の終盤で出るなんて、粋な演出ですよねえ。
いつもご感想高評価ありがとうございます!!
まだ高評価(☆10)を入れていない方、これを機に是非とも!作者のモチベが上がります←
これからもご感想高評価お待ちしております!!
突然ですけど、というか作品を知っている皆様なら既にご存知とは思いますが『奇跡と軌跡の物語』、“多分”あと2話で最終回です。
案外このままあっさり進もうかと。