桜舞う季節といえばこの時期だろうと誰もが思う。
卒業式も終わり、新学期が始まる目前まで控えている3月末。
風が吹けば桜の花びらが空を舞い、人々に春を感じさせると同時にある一種の風物詩とも言える心情を抱かせる。
学生ならば入学する者もいれば卒業して学校を去る者もいる。
一番の青春時代と言える高校生にとって、それは言葉では言い表せないほどの様々な感情が渦巻くものだ。
学年が異なる友人がいれば尚更それは大きなものとなる。
結論的に言ってしまおう。これは必然なのだと。
この季節に何かを付け加えるとするならば。
それは。
出会いと別れの季節。
◇―――最終話『奇跡と軌跡の物語』―――◆
「やっぱり規模が段違いだな……」
中を何度見渡しても気圧されるような感覚に陥りそうになる。
音ノ木坂学院の講堂とは比べ物にならないほどの空間だった。少しでも声を張ればそのまま反響してきそうな確信さえある。
岡崎拓哉が今いるのは秋葉ドームの会場の中。それもステージのど真ん中に立っている。
明らかな場違い感と自分への異物感を少し感じながらも周囲をちゃんと確認していく。
そもそもの発端が一週間前のことだった。
スクールアイドル全体を巻き込んだイベントが終わった直後、中継を見たであろうラブライブの運営をしている者から電話がかかってきたのだ。
あのイベントには多少ながらもプロの手を借りていた。
そのためμ'sの手伝いである拓哉の連絡先をプロの何人かに教えていたのだが、そこからラブライブを運営している者から連絡先を教えてほしいと言われたらしい。
そして翌日近くのカフェで話を聞くと、内容はこうだった。
どうしてもμ'sのライブを秋葉ドームで披露してほしいと頭を下げられた。
秋葉ドームでラブライブが実現された時、ゲストとしてμ'sを招きスペシャルライブをしてほしいとのこと。
今やμ'sもラブライブ優勝者として、海外でのライブ中継や先日のイベントでの中継で人気が絶頂期と言っていいレベルにまでなっている。だから運営者がこう言ってくるのも当然だろうとは思う。
しかし、拓哉はそれを拒否した。
イベント中継翌日ということで帽子にサングラスをしながら隣にいた穂乃果も何も言わないが拓哉の言葉に首を縦に振った。
イベント前日に言った穂乃果のμ's解散宣言は既にSNS上でも莫大なスピードで拡散されていて、もちろんラブライブ運営にも知れ渡っているはずだ。
なのにそれを承知で出演してくれと言ってくるのは、ある種の無礼にすらあたると考えた。
どれほどの思いで解散を決意したか、なんてものは当人じゃない者にとっては中々理解できないものかもしれないが、少なくとも穂乃果達は解散したけど頼まれたからゲスト出演しますなんて軽い思いで言ったのではない。
穂乃果達はアイドルに拘っているのではない。
秋葉ドームが実現した時、少なくともその時には絵里達は当然高校生ではなくなっているし、もしかすると穂乃果達もそうなっているかもしれない。
スクールアイドル『μ's』は高校生である穂乃果達9人。これが絶対のルール。それだけは誰にも譲れなかった。
秋葉ドームで出演なんてにこなら一番に飛びつきそうだが、生憎そういうわけにもいかないのだ。
そこで運営者から一つの案が出された。
ならば秋葉ドームでμ's単体のスペシャルライブをしてほしいと。
普段野球やアーティストのライブなどで押さえることすら難しいドームだが、3月の末なら空いているらしい。
そこを何とか押さえてみせるから、μ'sのラストライブを秋葉ドームでやってほしいと言われたのだ。
3月末。海外に行く前ににこが言っていたことを思い出す。今月まではスクールアイドルだと。
それに、真姫が個人で作曲していたものと海未が作詞していたものは先日のイベントでは披露していない。
つまり、μ'sのラストライブをまだ完全には終わっていないということになる。
元々最後のライブをする予定だったが、始まりの舞台でもある講堂でやろうと思っていた。
しかし、持ち掛けられた話によってそれは変わってくる。
μ'sの最後を飾るライブ。
拓哉としては華々しく、綺麗に終わらせてやりたいと思っている。なら、どうせなら誰も感じたことのない空間で、できるだけ大勢の人にμ'sの最後を見届けてもらいたいと思うのは良いことなんじゃないかと思う。
3月末。
まだギリギリではあるが9人がスクールアイドル。
ラストライブはまだやっていない。
ラブライブの運営者がここまで言ってくれるなんて、スクールアイドルを始めた頃の自分達には到底信じられないことだろう。
断わる理由は、もうなかった。
「こんなにも準備が早いものなのか」
ステージから会場内をもう一度見渡す。
既に観客席も用意され、舞台袖には演出として技術スタッフが何度も作業手順を確認している。
基本押さえること自体が難しいと言われているドーム。
スケジュールが過密なのは当然だが、とにかく準備作業の早さが尋常じゃないのである。
その日に野球をやっていて翌日にアーティストのライブがあるとすれば、野球が終わって撤退作業が始まると同時にライブの準備に入るのだ。
夜通しで行われる準備作業のおかげでドームは毎日のように異なったイベントが行われる。
今回のライブもそうだ。
つい二日前まで野球が行われていたが、今やもういつでもライブができそうな状態にまで作業が進められている。
ライブの演出もポジショニングも既に話し合って決まっていた。
μ'sのラストライブとはいえ、だ。
たった一曲。
ほんのたった一曲のためにわざわざ秋葉ドームを押さえてライブをする。
普通に考えたらあり得ないと馬鹿にされるようなことかもしれない。
スクールアイドルが人気とはいえ、たかが素人の女子高生風情がたった一曲のためだけにドームを借りて大掛かりなステージで歌うなどと指を差されるかもしれない。
でも。
だけど。
μ'sにそれだけの価値を見出してくれたラブライブの運営と、彼女達の努力を近くでずっと見てきた拓哉だからこそ胸を張って言える。
たかが素人の女子高生風情が、スクールアイドルを通してどれだけの人々の心を動かしたかを。
決して無意味なんかじゃない。
決して無価値なんかじゃない。
彼女達の魅力は既にイベントで中継を通して世間に知れ渡っている。
そうでなければ、秋葉ドームを借りれることさえできなかったのだから。
「凄い景色だね。たくちゃん」
「穂乃果。ああ、まだ客はいないけど、それでもすげえ景色だな」
まだ時間があるからか、スクールアイドルとして音ノ木坂学院の制服を着ている穂乃果が隣に立つ。
「お客さんがいっぱい入ったら、もっと良い景色になるんだろうなあ」
「満員は確定してるし、今まで見たことないほどの人がお前らを待ち構えてるんだろうけど、緊張とかはしないのか?」
「うん、不思議と緊張はしてないかな。むしろ楽しみだよ」
「そうね。私達も楽しみのほうが大きいかしらっ」
「何だ。全員来たのか」
ステージの中央にμ'sメンバーが続々と出てきた。
まだみんなも制服を着たままである。ちなみに拓哉もいつもの学ランだった。私服よりも制服姿のほうが手伝いの関係者として分かりやすいためだ。
「何だか控え室にいるのも変な感じがしてね」
「みんなも同じ気持ちだったようで、こうして一緒に来たんです」
「珍しく真姫ちゃんもソワソワしてたやんね~」
「り、リハーサルが始まる前にステージの空気を感じておこうと思っただけよ!」
「これが秋葉ドームのステージ……燃えてきたわ」
「こんなところで歌うんだ。私達……」
「今からテンション上がるにゃー!」
それぞれが異なった反応をしているのを見て、やはり一人一人個性が違うなと笑みが零れる。
抱く気持ちは異なれど、こうしてメンバー全員が一緒の行動をする。実にμ'sらしいと思えた。
「気合いのほうは?」
「もちろん、あり余るくらいだよ」
他のみんなも穂乃果と同じように首を縦に振った。
ならこれ以上聞くのは野暮というものだ。
9人は拓哉の彼女でもあるため、お互いの気持ちくらいは大体分かる。
誰も、今は“最後”や“ラスト”と言った単語は言わなかった。無意識なのかそうでないのかは定かじゃないが、それよりも今はこの空間を噛み締めようと思ったのだろう。
秋葉ドーム。
収容人数は第二回ラブライブ決勝会場の約10倍。
ステージに立って会場内にある席を見るだけで何となく分かる。
イベントでは約1500人のスクールアイドルが集まった。あれでももの凄い人数だと思っていたが、ここにはそれすら遥かに凌駕するほどの人数が入ってくるのだ。
それを考えるだけで、実際に歌って踊ることもしない拓哉でさえ武者震いがしてきた。
目を閉じると、遠くで作業をしているスタッフの微かな声以外は何も聞こえなかった。
今は誰もいない観客席。ふと、誰もいなかったファーストライブを思い出した。
あの時もこのような静けさがあった。客がいるかいないか、常に期待と不安が入り混じっていたあの頃。
最初こそ誰もいなかったが徐々にライブを見に来てくれる人が増え、いつしか不安は消え去り期待と楽しさが勝っていた。
そして今回も同じ。
イベントの時と同じで不安はない。
どうしようもないくらいの期待と楽しさが心を心地良く支配してくる。
その心地良さに浸っていたいが、今一度目を開け芯の通った瞳をμ'sに向けて少年は口を開いた。
「そろそろリハだ。練習着に着替えて最終チェックするぞ」
「「「「「「「「「はい!」」」」」」」」」
ラストライブまでの時間は、刻々と迫っていた。
―――――――――――――――――――
万を軽く超える数の人が会場内の席を埋めていた。
さすがに私服に着替えて関係者の名札を胸に掛けている拓哉はスタッフの通り道から観客席を覗き見していた。
「実際に埋まってるのを見ると熱量が半端ないな……」
ライブが始まる前というのもあり、観客席のほうは大変賑わっている。
席に座って談笑している人、自分の席へ行くために歩いている人、もしくはそれを案内しているスタッフ。
たった一曲のためだけにこれだけの人達が集まってくれた事実を改めて認識する。
この中には自分の家族やμ'sメンバーの家族、友人なども招待しているからきっとどこかにいるだろう。後輩の桜井夏美にも伝えているから多分どこかにはいると思う。
会場内に響く喧騒、ライブ前特有のBGMも合わさりボルテージは徐々に上がっていく。
こうしている間にも舞台裏では着々と本番への準備が進められているのだ。
早足に舞台裏へ戻ると、既に衣装に着替えていた穂乃果達が踊り場で軽く最後の練習をしていた。
「問題はなさそうだな」
「あ、たくちゃん。どうだった? お客さんいっぱいいた?」
「ああ。思わず五度見するくらいにはいたぞ。スタッフの人に聞いたら満席らしい」
「何回見てるんですか」
「あの観客席が全部満席かあ……。たくちゃん、ライブまであと何分!?」
「大体あと10分だな。そこから観客のほぼ全員が席に座るまでを考えると15分くらいだと思う」
基本ライブなどは開演時間になっても丁度に始まることは早々ない。
理由としては大体の観客がその時点では席にまだ座れていないことが多いからだ。その時間を含めると猶予はおよそ15分。
「よおーし、ギリギリまで振り付けのチェックしよう! 一曲だけのライブだけど、逆に言えばそれだけで見に来てくれたみんなを満足させれるようなパフォーマンスをしなくちゃ!!」
「そうだねっ。衣装も映えるように作ったんだし、できるだけみんなに見てもらいたいもん!」
言うや否や再び踊り場に戻って練習に戻る穂乃果達。
その雰囲気は拓哉から見ても和気あいあいとしていた。
それを見てもう一度、拓哉は手伝いとして彼女達を最大限魅力に見えるように最後の確認をしに行く。
―――――――――――――――――
観客はほぼ全員が席に座っている。
それはライブ開始までもう直前ということを雰囲気で感じ取っていく。
会場内のBGMは既に全体へ響き渡り、照明も暗くなっている。
観客席から手拍子と歓声が聞こえ、μ'sの出番を今か今かと待ち受けていた。
そして舞台裏。
ライブでは開演直前によくアーティストが自分達を鼓舞するかのように円陣を組んだり声を掛け合ったりしていると言う。
μ'sもそれに伴い、いつものように9人全員で2本の指を使い星の形を作る。
少し後ろでそれを見守る岡崎拓哉。
最後のライブということは、この円陣も最後となることをメンバー全員が理解している。
その上で、μ'sのリーダーを一年務めてきた高坂穂乃果は、あえて今まで言わなかった単語を交えて言った。
「……μ's最後のライブ、楽しんでいこう!!」
8人が強く頷く。
その意味を噛み締める。
泣いても笑ってもこれが正真正銘最後のライブだ。
ならば最高に楽しもうと穂乃果は言っている。
最後だから泣くのではない。
最後だから笑って終わる。
どこかの少年がいつもそれを信条にして突き進んでいることを知っているから。
最後に誰もが笑って終われる結末。ハッピーエンドとやらを自分達で迎えに行くために。
「たくちゃん!」
「……何だ」
「
突然の振りに今更困惑はしない。
こういうことにはもう慣れてしまっている自分がいた。
というよりも、自分から言えることなんて最初から決まっていたのだ。
円になっている9人がこちらを見つめている中、少年も9人を見据える。
μ'sをずっと側で支えてきた。
言わばμ'sともっとも近しい存在として、9人の彼氏として何が言えるか。
変わらない。
少年はいつだってその芯は変わらないのだ。
故に。
いつものように岡崎拓哉は言う。
「悔いのないように、思いっきり楽しんでこい!」
普段のライブと変わらない言葉。だからこそ、その本当の意味を少女達は知っている。
少年の言葉に応えるように、穂乃果達もその言葉を待っていたかのように笑みを返してきた。
「よおーし、いくよー!!」
舞台裏に穂乃果の声が響き渡る。
「1!!」
「2!!」
「3!!」
「4!!」
「5!!」
「6!!」
「7!!」
「8!!」
「9!!」
10、とは言わなかった。
これは10人で頑張ってきたラブライブ決勝の時とは違う。
μ'sのラストライブだ。
9人の最後なのだ。
ならば、自分はその輪に入るべきではない。
言わなくてもあの時の気持ちは、既に彼女達に伝わっているのだから。
「見ててね、たくちゃん。私達の最後を」
「ああ、行ってこい。スタッフとして特等席で見届けてやるからな」
「「「「「「「「「行ってきます」」」」」」」」」
少年の言葉に、女神達は笑顔で答えた。
さあ、μ's最後のライブが始まる。
Music:μ's/僕たちはひとつの光
最前列の席と言っても過言ではなかった。
ステージと観客席の間にはスタッフやカメラマンが通る道として一定の距離が開かれている。
そこに岡崎拓哉はいた。
まさに特等席であった。
蕾から花が開くようにして現れたμ's。
女神というよりかは、花の妖精にも思えた。
自分達では決してできない演出だった。
ドームの大きさを最大限に利用されたライブ演出。本格的な照明技術や音響。どれもこれもが今までとはレベルが違っていた。
真姫が個人的に作曲していて、海未が密かに作詞を書いていて、ことりがそれを基に衣装を作った。
正直衣装を着た穂乃果達に見惚れているのもあっただろう。それほどにことりの衣装は完成度も技術も上がっている。
海未が書いていた歌詞にはメンバーそれぞれの名前にまつわる言葉が入っていた。
真姫の曲には盛り上がるものでもなく、バラードでもない、まさしく最後に相応しいメロディーが奏でられていた。
何もかもあの頃とは違う。
誰もいなかった講堂とは遥かに違う。
間違いなく目の前で歌っている彼女達は輝いていた。
幼かった雛鳥がいつしか白い羽を羽ばたかせて飛び立つように大きく成長していた。
笑顔で踊っている穂乃果達を見て自然と拳に力が入る。
(ああ、本当にすげえよ。よくここまで頑張ってきた……)
ここに来るまで、色々なことがあった。
そもそもの始まりが学校が廃校になりかけていたところからスタートした。
ある少女の強い願いを無下にしないために手伝いとして支えることから前に進むことにした。
グループ名が思い浮かばず募集箱に入っていた1枚の紙から『μ's』という名前になった。
ファーストライブでは最初こそ誰も来ずに挫折しそうだったが、それでも最後まで披露できた。
以前からスクールアイドルに興味があった1年の女の子2人と、作曲をしてくれた女の子もμ'sに入ってくれた。
過去にスクールアイドルをしていたが仲間が次々と辞めて心を閉ざしていた少女も最後には認めてくれた。
誰がリーダーになるかを決めるために色んな手段を講じたこともあった。
過去の挫折によりずっと対立していた生徒会長とそのために陰から支えていた副会長を救うために口喧嘩したこともあった。
夏合宿ではメンバーとの絆を深め合った。
メンバーが泣きながら脱退させられた時は世界にも誇れる総合病院の社長と真っ向から対峙した。
様々なすれ違いによりグループが解散の危機に陥ることになり第一回ラブライブも辞退になったが、色んな人に助けられて存続することができた。
第二回ラブライブのために山へ合宿に行きスランプから抜け出すこともできた。
予選では第一回優勝者のA-RISEと同じ舞台で歌った。
あることがきっかけでメンバーの姉弟と知り合いにもなったし、修学旅行ではイベントに行けない代わりにサポートに徹したこともあった。
ハロウィンイベントでは無茶苦茶な試行錯誤をし、ある時はダイエットのために過酷な運動もした。
いつも陰から支えてくれていた女の子の大切なわがままを叶えるためにみんなで作詞したこともあった。
ラブライブ本選の日に猛烈な吹雪が襲来して合流できないかもしれないメンバーを迎えに行って、音ノ木坂学院の全生徒が力を借してくれた。
キャッチコピーでは自分達だけではなく応援してくれる人達のおかげで思い付けた。
3年の卒業も迫る中、みんなと真剣に話し合った末にラブライブが終わったら解散すると決めた。
ラブライブ決勝ではトリを務め、観客からのアンコールもあって見事に念願の優勝ができた。
ようやっと卒業式も終わりこれでμ'sも解散と思った時、まさかの海外からの依頼が来た。
アメリカではいろんなことがあった。
不慣れな土地で不安もあったが何とか観光を含め楽しむことができた。
迷子になったメンバーを探していると偶然にも女性シンガーと出会った。
海外で刺激を受けたライブは大成功し、帰国したときにはμ'sが大人気にもなっていた。
μ'sの存続問題では悩みながらもスクールアイドルに拘ることを決めた。
女性シンガーと再会したときは自分の恋心を自覚し、まさかのμ's9人と結ばれることにもなった。
スクールアイドル全体を巻き込んだイベントでは全国からスクールアイドルが集結し、テレビ中継もされてドーム大会への実績も作れた。
それを見たラブライブの運営からドームでラストライブをしてくれと言われ、μ'sの最後を綺麗に飾れるならと承諾した。
そして今。
長かった、と思う。
ここに来るまでの出来事は決して楽しいことばかりではなかった。
何度も悩み、何度も壁にぶつかり、何度も乗り越えようとがむしゃらに奮起を繰り返してきた。
だけど、岡崎拓哉は後悔していない。
それらの行動が、決して少なくない人達を助けて一緒に同じ道を突き進んできたことを知っているから。
曲がりなりにもヒーローに憧れ続けてきた少年が紡いできた繋がりは無駄ではなかったのだ。
前を歩くのでも後ろを歩くのでもない。隣に歩く者として共に壁を乗り越えてきた少女達。
岡崎拓哉が必死に支えてきた成果物として。
9人の女神は今、万を超える人々を魅了の世界へ惹き込んでいく。
そうだ。
μ'sは、ここまで来たのだ。
観客もスタッフも、誰もがμ'sを見ている。
この空間にいる誰も岡崎拓哉を見ていない。
それほどまでに大きくなった。
拳の力が段々と強くなる。
ずっと近くで見てきたから。
解散を決めたとき、メンバーが泣いているのをただ黙って見ていたから。
μ'sが、穂乃果達が。
どれだけ熱く、楽しく、必死に、悩んで、足掻いて、笑って、スクールアイドルをしてきたから。
今は誰も、岡崎拓哉を見ていないから。
俯いた少年が今の今まで我慢して溜めてきた想いは、大粒の雫となって夢の舞台へと柔らかく落ちていった。
「……ありがとな」
何に対しての感謝だったのか。
一緒に頑張ってきたμ'sに対してなのか、こんな自分を手伝いとして迎え入れてくれたことに対してなのか、はたまた別の理由か、それが分かるのは岡崎拓哉のみだろう。
ライブの音と観客の歓声により、少年の微かな声は独り言のように霞んで消えた。
―――――――――――――――――――
たった一曲でも、あれだけ盛り上がっていた会場も今は別の意味で喧騒にまみれていた。
一曲となれば当然ライブの時間も短くすぐに終わってしまう。
まさに瞬間的な幻想のようにライブは瞬く間に終了した。
撤退作業で忙しくしているスタッフをよそに、少年は彼女達を待つ。
すると。
背後から元気な声が聞こえた。
「たくちゃーん!!」
当然。
岡崎拓哉はそれに笑顔で答えた。
「おう」
――――――――――――――――――
これは、ある少年と少女達が紡いできた物語。
本来成し得ないような偉業を成し遂げ、文字通りの努力と絆を育んできたからこその伝説。
それは音ノ木坂学院でも語り継がれていくことになるだろう。
少年少女達が起こし続けてきた度重なる奇跡と。
少年少女達が苦楽を共にしながらも歩んできた軌跡。
まさしく。
それが。
『奇跡と軌跡の物語』である。
~END~
さて、いかがでしたでしょうか?
約4年と書き続けてきた『奇跡と軌跡の物語』。
ついに完結いたしました!!
これも皆様の応援あってのものです!飽き性な自分がモチベを保っていられたのも毎回感想や高評価をくれる方々がいたからです。
書き始めた当初はこんなにもこの二次創作作品が伸びるとは思っていませんでした。
ただ自分が書きたい物を書いていたら、たまたまそれに共感や気に入ってくれる方がいたのかなと。
書き始めた数か月後には映画もやっていてμ'sの人気も絶頂期だったので単純な実力ではなく、時期とかに恵まれているなーというのが自分の印象です。
ラブライブに出会い、このサイトに出会い、自分ならこうするという妄想を行き当たりばったりでただこの作品に書き殴って、まさか4年も続くなんて思いませんでした(笑)
ただ、最後の結末は当時から既に浮かんでいたので、途中で投げ出そうとは思いませんでした。しかし、モチベは大事なのでそれを保持するのが大変でしたね。
基本的に自分はある程度の話に『自分ならこうする』という妄想をしていたので、そこを何としても書きたいという意欲で書き続けてきました。
今回の最終話もそうなんですが、あるシーンは分かる方には分かるオマージュを入れています。
このシーンを書きたいがために4年も書き続けてきたと言っても過言ではありません(笑)
とりあえずはリアルの事情で休むことがない限り、毎週1話更新を続けてこれてやり切った感があります!
自分以上にラブライブのアニメ準拠をこれだけ書いている方はいないと今の現状ではいないと自己満足しておきましょうかね←
そんなわけで『奇跡と軌跡の物語』はこれにて完結!!
……と言いたいところなんですが、主人公とμ'sが結ばれてからの物語が過密すぎてあまり書けていなかったことは読者の皆様も思っておられると思います。自分もそう思ってます。
なので、今まで通り“毎週更新”というわけにはいきませんが、ちょっとした番外編を書こうかと思っている所存であります。
なので物語本編は完結しましたが、番外編は少しだけ書いていくという形になるかもしれません。
さて、最終話の後書きも長く書いてきましたが、そろそろ終わりにしようかと思います。
では、新たに高評価(☆10)を入れてくださった
クビキリサイクルさん
倉橋さん
計2名の方からいただきました。
この作品でもっとラブライブを知り、この世界にハマっていただいで恐縮です。
番外編も書くので今後も何卒!!本当にありがとうございました!!
本編はこれで最後なのでご感想高評価たくさんお待ちしております!!
ということで、約4年間『奇跡と軌跡の物語』をありがとうございました!!
今後ともこの作品共々よろしくお願いいたします!!
それでは今回はここで終わりにしたいと思います。
次回もどこかの作品で皆様と出会うことを願いつつ。
今回はここで筆を置かせていただきます。