引っ張るぜぇ~。
「で、何で遅くなったの……?」
「いや、あのですね?これにはマリアナ海溝よりも深い訳がございまして……」
ただいまワタクシめ岡崎拓哉は玄関の中で正座させられている状態でございやす。
誰にって?ええ……最愛の妹にでございますよ……。
結論を言うと、やっぱり怒ってたでござる。うぃー、と呑気に扉を開けたが運の尽き、そこには腕を組んで仁王立ちしていた唯の姿があった。
『お、おう。ただいま、唯……』
『……正座』
『え』
『正座』
『はい……』
こんなやり取りが先程あって今に至るのですよ。うん、怖い。唯さん凄く怖い。何が怖いってマジ怖い。
ふえぇ……俺の周り怒ったら怖い人ばっかだよぅ……。いやホントまじで。特に海未。あと海未に海未だろ。それに海未もいるし海未もいるな。海未しかいねぇじゃねぇか……。
「お兄……ちゃん……?」
「はいぃっ!?」
ヤバイヤバイヤバイ、背中に寒気がした!何も誰もいないはずの背中から寒気がしたよ!誰だポケモンにこごえるかぜ命令したの!良い感じに効果抜群だよ!
「それで、マリアナ海溝より深い訳って何かな……?」
「ああ、えと、もうこんな時間なんで、海未とことりを家まで送りに行ってましたです、はい」
よくよく考えたらマリアナ海溝より深くなかったわ。むしろそこら辺の水たまりレベル。つうかよくよく考えなくても深くなかった。
「それ、全然深くないよね?」
「あ、はい」
まさに反論の余地もございません。言い返す言葉も力ももうないのですよ。岡崎拓哉ここで万事休す。
「はぁ……まぁ理由はちゃんとしてたし、今回は許してあげるよ」
「え、マジで?」
これはハッピーエンド迎えたか!?ようやくお仕置きされないエンドも増えたのか?海未とかにお仕置きされすぎだろ俺。
「うん。海未さんとことりさんを送って行ったって話なら私も怒りはしないよ。むしろそのまま海未さん達を放置して帰ってきたら締め出して晩御飯抜きにしてたね」
よ、よかった……。マジで海未達送って行って正解だった。俺の選択は間違ってなかったんだ。くそう、くそう。俺いつも不憫だなと思ってたから割とすげぇ嬉しいぜ……!やめろ、キルミーベイベーは死んだんだ!
「というかそもそも、俺ももう高校2年だし帰るの遅くなっても別に大した事ないと思うんだが……」
「お兄ちゃんの場合は大した事あるの!」
え、何でそんなにキッパリ言うの?とうとう妹にまで信用されなくなったの?ははは、いやいやそんなまさか。あれ、おかしいな、目から海水が。
「お父さんから聞いてるんだよ。お兄ちゃん、中学の頃とか喧嘩して帰ってくるの遅くなった事があるって」
「……あー」
あんのくそ親父ぃ……。何でよりにもよって唯にこんなこと言いやがったんだ……。こいつ俺のそういうのに敏感なの知ってんだろうに。というか語弊がありすぎるっ。肝心な部分が削れて伝わってるやん!
「待て唯、それは色々と誤解がある。そんな事もあったが決して喧嘩じゃない。あれは俺の正当防衛であっただけで俺が吹きかけた訳じゃない。つまり俺は悪くない」
「いや、そういう問題じゃなくて」
あれ、会話のキャッチボールが出来てない?解釈の違い?ドッジボールになっちゃってる?
「どうせお兄ちゃんの事だから誰かのためにそういう風になったんだろうけど」
おお、よく分かってるじゃないか妹よ。さすが俺の自慢の妹だ。大抵は俺からは喧嘩を売らない。大体が何か悪さしてる奴らを止めようとした時に相手が攻めてくるから仕方なく仕返しただけ。まさに正当防衛。
「それでも、お兄ちゃんがもしケガして帰ってきたら嫌だもん……」
「え、あ、おう」
おぉふ……何この妹超可愛い。こんなに兄の事を思ってくれてる妹なんてどこ探しても唯くらいではないだろうか。お兄ちゃんは幸せですぞー。
「それに遅く帰ってきた時にお仕置きしづらいしね」
前言撤回。何この妹超怖い。俺がいない時に海未に毒されてないよね?大丈夫だよね?いや待て、海未に毒されてなかったら自然にこうなってしまっているという事になる。兄を思うあまりってやつか。ブラコンもここまでくると恐ろしいもんだなあっはっは!……いやホント恐ろしい。
「だからお兄ちゃん、もう喧嘩なんて、しないでね」
「……まぁ、極力善処するよ」
こればっかりは約束できない。またトラブルに巻き込まれた場合、そうなってしまう可能性は少なからずあるからだ。これ経験談ね。出来るだけ回避するようにしているがどうしてもとなると、やはりそうなってしまうだろう。
でも本当に極力、喧嘩に発展するような事は回避しようと思う。唯には小さい頃悪い事しちまったからな。できるだけ心配はかけさせたくないのだ。あの一件以来、唯は俺の喧嘩やケガ事情にやけに敏感になっている。だから俺はケガしないように日頃から少し鍛えているのだ。
「それに、お父さんからまた聞いたんだけど……お兄ちゃん、中学2年の時―――、」
「唯」
「……っ」
「それはお前の気にする事じゃない。それにお前には関係ない事だから、詳しくは知らなくていいんだ」
表情が暗くなって中学2年と聞いたとこですぐに何を言いだすか分かった。だから止めた。それはもう終わった事だ。わざわざ掘り返す事でもないし、唯に詳しく話す必要もない。全部あの時の俺が選んでやった事だ。今でも後悔はしていない。だから何も掘り返す必要などどこにもないのだ。
「ご、ごめんなさい……」
あー……やっちまったか。さすがに言い方が少し悪かったかな。見るからに落ち込んでらっしゃる。こんな時も可愛いなこの妹は。
仕方ないので頭に手を置いて言ってやる。
「ま、もう終わった事だ。今の俺はこんなにも元気だし、一応向こうにもバカな友達がいてくれた。だから気にする必要なんてないぞ。だからいつも通りの可愛い妹である唯に戻れ」
「あたっ」
出来るだけ優しい声音で言って頭に置いていた手を手刀に変え唯の頭に小突く。
「さて、腹も減ったし晩飯でも食おうぜ」
「もうっ……私とお母さんはもう食べちゃったよ。だからお兄ちゃんは1人で食べないといけないのです!」
「なん……だと……!?」
ちょっと帰りが遅くなっただけなのに家族1人を置いて先に食べたのかこやつらは。いやその場にいない俺の責任もあるけどね。唯もいつもの唯に戻ってるし良い事っちゃ良い事なんだけど、何だかなぁ。
「でも私はまだデザートがあるからテーブルからは離れません!つまりお兄ちゃんは運良く私と一緒のテーブルで食べれる事になります!」
「お、おう」
何胸張って言ってんのこの子。いや可愛いけど。結局何、俺と一緒に食べてくれるって遠回しに言ってんの?ツンデレ?
「ほら、早く座ってお兄ちゃん。お母さんは今お風呂入ってるから私がご飯入れてあげるよ」
「ああ、サンキューな」
椅子に座って唯の方を見ると鼻歌を歌っていた。おかしい、妹なのに何故か新婚さんオーラを味わってる気分だ。うん、悪くない、寧ろ他の人にも推奨するレベル。
しばらくすると晩御飯一式がテーブルの上に置かれていた。
「んじゃ、いただきます」
「私もいただきまーす」
俺は晩飯、唯はデザートのケーキを食べ始める。……ん?ケーキ?
「唯さん?そのケーキは一体何でせうか……?」
「これはお母さんが買ってきたやつだよー。ちなみにお兄ちゃんの分は帰りが遅いからってお母さんが食べてたよ」
やっぱりかぁぁぁああああっ!!!!ちくしょう、何であの人はいつも俺の分まで食いやがるんだよ!俺だって甘いもの好きなのに!世の女性諸君、男が甘いもの好きではないと思ったら大間違いだぞ。
「心配しなくても私の半分あげるから、お兄ちゃんは晩御飯食べる事」
「はいっす」
やっぱり唯は自慢の妹だ。世界に誇ってもいいね。我が家の妹は世界一ィィィィィイイイイイッ!!
「……その代わり、今度からあまり遅くならないでね?」
そう言った唯の顔は、少し寂しそうだった。
あちゃー、やっぱり心配かけちまってたか……。まぁ唯に心配すんなって言っても無理なのは大体分かってるけど。
「…今度からは、遅くなる時ちゃんと連絡するわ」
「……うん」
無茶をするなと言われてそう簡単に出来るものではない。だから、せめてそれが少しでも和らげるようになればと思う。今はそれしか安心させる術を知らない。それで唯が絶対に安心すると簡単に思うほど俺も兄をやっちゃいない。
おそらくこれを言ったところで唯はやはり俺の心配をしてくれるだろう。多分穂乃果達よりも母さん達よりも。そういう風にさせてしまったのは何よりも俺が1番の原因なのは知っている。それでも俺は唯にいつも元気でいてほしい。
何にも縛られず、俺に縛られず、それこそ彼氏でも作ればいい。唯なら簡単に出来るはずだ。いや、やっぱそれは俺が許さん。それだけは許さん。とりあえずあれだ、彼氏以外なら自由に生きて欲しいと思っている。俺の事は一切気にせずに。
「唯」
「ん、何?」
「お前はさ、俺の事なんか気にせずに、もっと好きに自由に生きていいんだぞ?」
「……何それ、私が何かに縛られて生きてるって言うの?」
おっほぅ、思ったよりいかつい目で見られちゃったぜい。一体誰に似たのかしら、親の顔が見てみたいもんだわ!……どう見ても怒った時の母さんの目ですね本当にありがとうございました。
「いや、だってさ、俺のせいで唯が―――、」
「お兄ちゃん!」
「は、はい!?」
何かさっきの俺と立場が逆になってるような……。これ気のせいじゃないよね。
「お兄ちゃんから見えてどう映ってるかは知らないけど、私はお兄ちゃんが思ってるより好きに生きてるよ」
「いや、でも―――、」
「私の生き方をお兄ちゃんにとやかく言われる筋合いはないって言ってるの」
「あ……はい……」
完全論破されました。唯さんこのままダンガンロンパにでも出ればいいよ。超妹級とかの枠で。それは違うよ!
「……今の生き方の方が好きだしね」
「え、そうなの?」
「……もー、お兄ちゃんここは聞こえないフリするのが普通なんじゃないのー?」
「っは!あまり舐めない方がいい。俺はそこいらの難聴系主人公とは違うのだよ!拾えるものは拾うぜ!」
「あーはいはい」
軽く流されてしまったでごんす。お兄ちゃん悲しい。だって聞こえちゃったものは仕方ないじゃん!え?何だって?とか近距離で言える訳ないじゃん!小鷹は耳鼻科に行くべき。え、あれはワザとだって?ごめんちょっと聞こえなかったわー。
「大丈夫だ唯、俺はお前を愛してる」
「うんうん私も私もー」
あの、そんなあからさまに軽く言われても……。というか急にケーキ食べる速度早くなってません?俺の分なくなっちゃうよ?こんな愛情表現は間違ってる!
「あ……、じゃお兄ちゃんの分これだけ残しておいたからね。お母さんがお風呂あがったみたいだし私入ってくるね」
「ああ……」
これだけって、ホントにこれだけ?って感じがする残り方なんだけど。先っちょの方しか残ってないんだけど。2口分くらいしか残ってないんだけど。半分って何だっけ?
というか結局リビングに俺1人だけ残るのね。母さんは風呂あがったと同時に2階に行くし。
そして俺はちびちびと晩飯を食べるのだった。
……あー、おいしっ。
晩飯を食べ終わり、唯が風呂からあがるのをリビングでテレビ見ながら待ち、あがってきたらその次に俺が入り、風呂からあがって今、自室でアイスバーを咥えながら窓を開けて涼んでいる。
ケーキはもう速攻食った。そしていくら冷え性と言えど風呂あがりは暑いものだ。涼みたくもなる。湯冷めするとかいう野暮なツッコミは入れないでほしい。暑いものは暑いんだもんっ!
満天の星空を見上げながら携帯をポケットから出す。風呂からあがった時に見たらまたもやメールが来ていたのだ。スパムかと思ってたら違った。最近はLINEやら連絡手段が色々と変わってきているにも関わらずメールとはな。
ちなみに俺はLINEのアプリには登録していない。最初唯から聞いた時は何の線?と聞き返したほどだ。いや、別にボケた訳じゃないからね。何かの遊びのアプリかなと思っただけだから!
「ん、穂乃果からか」
左手でアイスを、右手でスマホをタップタップしながらメール画面を表示させる。
『明日、頑張ろうねっ!』
たった一言。
それだけが書かれていた。
よく見ればそのメールは海未にもことりにも一斉送信されていた。何回頑張ろうって言うんだよ……。頑張りすぎて空回りしなきゃいいが。
『頑張るのはお前らだろ』
一言には一言で返す。特に意味はないけどね。頑張るのは俺じゃなくて穂乃果達だから間違ってはいない。俺は事前のサポートをするだけで、本番は何もしてやれない。実際に本番を頑張って、乗り越えなきゃいけないのはあいつらだ。
今まで基礎トレーニングをして、グループ名が決まって、振り付けを考えて、ダンスを覚えて、歌詞を作って、曲が完成して、3人で歌って、ここまでやれる事は全てやってきた。
特に大きな問題もなくやってこれた。むしろ今思えば上手くいっていたというのが正しいかもしれない。そう、上手くいきすぎているくらいに。
だからだろうか。
今こうしていきなり不安に駆られてしまうのは。
ここまで上手くいっている。それは普通なら喜ばしい事だ。喜ばしい事なのだが、何故か急に不安が拭えなくなっている。こんなにも上手くいっていて大丈夫なのか?もしこんなに上手くいっていたのにも関わらず、本番中に何かトラブルが起きたら?
俺はそれを対処できるのか?そのせいで穂乃果達が戸惑ってライブどころではなくなったら?その反動で穂乃果達が落ち込んでしまったらどうなるだろう?
「……やめよう。今それを考えても仕方ねぇ事じゃねえか」
俺がどれだけ不安に思っていたとしても、結局はその当日の本番にならないと何があるのか、何が起こるのか分からないのだ。俺が穂乃果達の味方でいたとしても、現実は味方しないのかもしれない。
何が起こるのかは、明日になれば全て分かる。
けど、何故か俺の嫌な予感は昔からよく当たるからなぁ。そのどれもが何かが起こったあとに気付くのが俺だった。事前に回避出来るものじゃない出来事。それがいつも俺に牙を向いた。いくら俺が奔走しても、その牙はことごとく俺を嘲笑い、どん底へ落としてくる。
だから今度もきっと、おそらく……。
「寝るか……」
このまま思考に耽っているといつまでも考え込んでしまうだろう。だから今は寝る事で頭を少しでもリセットさせよう。
食べ終わったアイスの棒を捨てる。当たりじゃなかったか。ジャリジャリ君はコーラ味こそが至高。異論は認める。だがナポリタン味にコーンポタージュ味、てめえらはダメだ。一口目で見事にリバースさせるとかあんなのアイスのする事じゃねえ。
アイスを食べ終えてすぐに寝るのは気が引けるが、そこはもう気にしてられない。というか涼み過ぎたようだ。アイスも食べてたから少し寒く感じる。あれ、これ風邪フラグ?と思ったが大丈夫だ。俺はここ近年風邪を引いていない。
これこそがフラグな気もしないではないが気にしたら負け。病は気からというもので、常にかめはめ波出したいと思ってる俺は気が体内で巡回してるから心配はない。……うん、自分でも何を言ってるのか分からん。
布団あったけぇ~、何となく携帯を確認したが返信はなかった。元々一方的に送ってきたから返信する必要も本当ならなかったのだろう。まぁ律儀な海未に穂乃果大好きことりたそなら返信してそうだが。というか絶対してるな。むしろ俺のメールは放置されていて3人だけでメール続いてるまである。
いや、別に気にしてないしぃ?もう寝るつもりだから返信なくても何にも気にしないしぃ~?メール続けるのは俺のキャラじゃないからこれが本望まであるしぃ~?全然泣いてないしぃ~!!
本当に寝よう……。違う意味で落ち込みそうだ。俺ってばマジ豆腐メンタル。豆腐に醤油とワサビのコンビはヤバい美味い。
「……明日、か」
穂乃果は頑張ろうとも、楽しもうとも言っていた。
なら、どれだけ不安があろうと、俺も穂乃果達のライブをサポートしながら楽しもうではないか。細心の注意は払いながらも、明るくいこう。
目を閉じようとした瞬間。
携帯が震えた。
穂乃果からの返信だった。
『たくちゃんも一緒に頑張ってきたんだから楽しもうね!』
最近の子は離れてても人の心が読めるのか?
でも、それには同感だ。
返信はもう必要ないと感じ携帯をその辺に放っておく。
自然と、顔が綻んだまま、眠りにつく。
……あれ、なんかお腹痛くなってきたぞ?
今回は少し短め、今までが8000字超えとかばっかりでおかしかったんや……。