今回はアニメの虎太郎がいる設定と、SIDの小さいアパートに住んでいる貧乏な設定を混ぜました。
安定の10000字超え。
またしても高評価していただきありがとうございます!
ではでは、どうぞ。
始めは、そんな一言だった。
「拓哉」
「ん?何だー?」
「今日、家に来なさい」
「おーう。……………………………………………って、はい?」
さっそく、部室内が軽く修羅場になった。
―――――――――――――――――――――
「どういう事か説明していただきましょうか~……」
「海未さん?説明求めてるのに何で俺の方見んの?違うでしょ?にこに説明求めるのが普通でしょ?」
何やら手足をバキバキと鳴らしながら拓哉に近づいて行く魔王もとい海未。もはや伝統芸と言っても過言ではないくらいに、この出来事が日常茶飯事に行われているのだ。
「にこさんっ!?お願い!早くどういう事か説明してっ!!俺も気になるし!ていうか早く帰りたいからあんまり行きたくないんだけど!!」
今にも海未に迫られ泣き出しそうな少年を、にこは哀れむように見ようともせず、溜息を混じりながら答えた。
「はぁ……、あんた達も知ってるでしょうけど、妹のこころとここあが拓哉に会いたいって言ってるのよ」
それを聞いて、一同が静まり返る。全員が納得したという意味で。
ここで捕捉として言っておくと、矢澤にこには妹が2人いる。それぞれが双子で矢澤こころ、もう1人が矢澤ここあという可愛らしい妹がいるのだ。あと1人、弟の矢澤虎太郎という子もいるのだが、会いたいと言っている2人と違い、にこの口から出ていないという事は、察していただこう。
前回、一度だけ拓哉達は外でこころ達と会っていた事がある。もちろん穂乃果達とも仲良くなっていたのだが、女の子集団の中に1人だけいる男である拓哉に興味を持ったらしく、それ以降2人は拓哉に非常に懐いているのだ。
虎太郎はと言うと、こころとここあの2人に囲まれて戸惑っている拓哉を見て「ヘタレー」と、子供特有の容赦ない一言が飛び出しそれに対して拓哉が「あ゛?」と返したところで戦争勃発したのである。
結局は海未回し蹴りにより拓哉の1発KO負けで終わったのだが、子供相手に本気になるなと説教されて無理矢理改心した拓哉は虎太郎に普通に話しかけようとした。だが、そこからずっと虎太郎は拓哉を何かと避けようとしていた。
拓哉がもう怒ってないぞとか、にこがもう大丈夫よーとか言っても何の効果もなかった。拓哉だけを、何の意図があってか分からないが避けていた。でもたまに拓哉をからかう素振りだけは見せていた。
それは、いつだって拓哉が虎太郎に気が向いていない時だけだった。拓哉が虎太郎に気を掛けようとしたら避ける。なのに、拓哉が虎太郎以外に気が向いている時にだけ、虎太郎は拓哉にちょっかいをかける。
その理由を、訳を、拓哉も、姉であるにこですら分からなかった。結局は、何も分からずじまいのまま、たった1日の出会いは終わった。そして今日、二度目に会う事となった。
「まぁ、こころとここあはまだ良いにしても、虎太郎は俺の事嫌ってるんじゃねえの?めちゃくちゃ避けてくるし」
ここにいる全員が知ってる通り、拓哉は虎太郎に避けられている。だから嫌われていると思われても仕方ない事だとも思っている。
「でもたまにあんたにちょっかい出してたでしょ?だからそんなに嫌ってはいないと思う……んだけど」
「おい、今の空白はなんだ。絶対どこかでそう思ってただろ」
「まぁそれはそれとして、今回はこころとここあが会いたいって言ってるの。だから来てやってくんない?」
そう、これはあくまでにこの妹であるこころとここあのお願いだった。虎太郎の事は一旦そっちのけで考えるしかないのだ。
そこで穂乃果が少し気になる事を言いだした。
「でもにこちゃん、何で私達は行っちゃいけないの?」
そうなのだ。別にこころとここあと仲が良いのは拓哉だけではない。拓哉に非常に懐いているという事も多少はあるのだろうが、それでも穂乃果達とも仲が良いのは事実なのだ。だからこその、疑問。
「もう夕方だし、拓哉には晩御飯も食べていってもらおうと思ってるのよ。さすがにこんな大人数の晩御飯作るのには時間がいるし、それに……」
ここで一旦、にこが区切りを置いた。少し言いにくそうにしながらも、言うために。
「私の家にこんな大人数、入らないもの」
またしても、部室の中が沈黙に変わる。みんな知っているのだ。
にこの家が裕福ではないこと。
小さいアパートに住んでいること。
母が働きづめのせいで家事は全てにこがやっていること。
にこがそれをコンプレックスだと思っていること。
だから。
もうそこから誰も余計な口を挟む事はなかった。
そんなお通夜ムードの空気を断ち切ったのがにこ張本人だった。
「なーに辛気臭い空気になっているのよ。みんなもう知ってる事でしょ。それに、確かに私はその事をコンプレックスだとは思っているけど、μ'sのみんなや拓哉だからこそ、この事も打ち明けられたの。だからそんな顔しないで」
本心だった。
心からの本心だった。
過去のにこなら絶対に何があってもその事を誰にも言う事はなかっただろう。でもこのメンバーだからこそ、絶対的な信頼を寄せられるメンバーだからこそ、そんなコンプレックスも打ち明けられた。
最初は笑われるかと思った。
バカにされるかと思った。
引かれると思った。
でも、そんな事は杞憂に終わった。
みんなはそれがどうしたの?と言っていた。呆気に取られていたのはにこの方だった。何故みんなはバカにしてこないのか。貧乏というだけで笑わないのか。ただ笑われていた経験があるにこが慣れてしまっていただけなのか。
だが、逆にみんなはにこを褒めていた。よく1人で家事出来るねだとか、にこちゃん凄いにゃーだとか、頑張ってたんだねだとか、みんながみんな、そう言っていた。バカらしく思った。
変に悩んでいた自分がバカみたいに思えるほどに。そうなのだ。信頼していたからこそ、話せたのだ。その結果、みんなはこうして色んな事を言ってくれる。それがたまらなく嬉しかった。必死に涙を堪えていた。
にこの言葉を聞いて、次第に穂乃果達の顔も明るくなっていく。
「そうだね。じゃあ今回は私達はお邪魔しないでおくよ!」
「悪いわね。次はみんなも誘ってどこかに連れて行ってあげたいから、その時に頼らせてもらうわ」
「任せてよっ!」
穂乃果を皮切りに、どんどん全員の口数が増えてきた。それを見てにこは思う。
(……本当に、みんなに言えて良かった。出会えて良かった)
不思議と笑っていた。今の自分はこんなにも満たされている。スクールアイドルを続けられていて、楽しくも辛くも悲しくもあった。でも今はこんなにも楽しいと、幸せだと。1人じゃ見られなかった景色を、今はこうして見られている。
「……あれ?いつの間にか俺行く事確定事項なの?」
ここで拓哉が今更な事を言っていた。
「逆に何でここまで話聞いておいて行かないって選択肢が出てくるのよ……」
「いや、まあさすがに俺もここで行かないって言ったらみんなに蹴りだされるとは思ってるけどね。けどあえて言わせてもらおう。俺は家に帰って溜まったマンガを読む使命があブルァァァァァッッッ!?」
ドガシャーンッ!!と、ほぼ一瞬の出来事だった。
海未が拓哉を部室の外に蹴り出したのだ。
「……う、海未さん……は、早すぎじゃない…ですかね……」
廊下で尻を上に向けながら四つん這い状態で項垂れている拓哉はまさに滑稽だった。というかあの威力の蹴りを喰らって気絶していない拓哉が異常という他ない。
「にこ、今日はもう先に拓哉君を連れて帰ってもらっても構いませんよ」
「え、いいの?」
先程と打って変わって、海未はにこへとてもとても優しい微笑みを浮かべながら口を開いた。
「ええ、拓哉君が逃げない内にというのもありますが、こころさんとここあさんは小学生ですしもう家にいるのでしょう?なら早く帰ってあげて少しでも長い時間一緒にいられるようにしてあげた方が喜びますでしょうし」
「海未……」
それを聞いて海未の後方を見ると、穂乃果も、ことりも、絵里も、希も、凛も、花陽も、真姫も、みんな微笑んでいた。
「さあにこちゃん!行ってあげて!」
「虎太郎君にもよろしく言っといてあげてね!」
「拓哉をちゃんと見張っておいてね」
「今度はウチも行くでぇ~」
「凛も次思いっきり遊ぶにゃー!」
「お米食べさせてあげてねっ!」
「……早く行ってあげなさいよ」
「みんな……」
何から何まで、この少女達はお人好しだった。だから、素直にお礼を言える。
「ありがとね、みんな。じゃあまた明日!さぁ行くわよ拓哉!許可も貰ったし今日は早く帰るの!」
「おかしい、誰も俺の心配をしてくれないぞ……あ、いつもか。ははっ、泣ける」
首根っこを掴まれたまま、何も抵抗せずに拓哉は引きずられながら独り言を呟いていた。それを無視しながら走るにこ。身長体重に差があるはずなのににこのスピードは衰えない。女の子のバカ力は時に男をも軽く凌駕するのだ!
―――――――――――――――――――――
「まずはやっぱり買い物よね」
「高級フランス料理が食べたい」
「ぶっ飛ばすわよ」
2人は今にこの行きつけであるというスーパーに来ていた。
夕飯の買い物をしないと何も始まらないのだ。これが高校生主婦か……と心で何か意味をはき違えている拓哉はそう思っていた。
「拓哉は今日何が食べたい?」
「高級フラ―――、」
「潰すわよ」
「肉じゃがで」
もう音速の速さで返答した。何をどう潰すのか聞きたかったが、聞いたら聞いたであとが怖そうなのでやめておこうと拓哉は無駄な決意をした。
「肉じゃがね、了解」
「あら、にこにーちゃんじゃない!」
んあ?と拓哉が声の主の方を見ると、そこにはいかにもおばちゃんという単語が似合ってそうな人がいた。
(近所の人か?)
ある程度の予測をする。こういう気楽に話しかけてくる人は大抵近所の人か関西のおばちゃんくらいだろうと結論付ける。
隣を見るとにこも別に困った様子ではなかった。やはり近所の人なのだろう。
「どうも、こんにちはです!」
「ええこんにちは。今日もお買い物?高校生なのにいつも大変ねー!」
「いえ、もう慣れちゃってますから!今日は肉じゃがにしようと思ってるんですっ!」
隣から会話を傍聴している拓哉は、ただただ黙っているだけだった。何も言わず、ただ会話を聞いているだけの機械のように。
「そうそう!またお友達から野菜多く貰っちゃったから今度おすそ分けに行くわね!」
「ホントですか!?ありがとうございます!いつもお世話になっちゃって、申し訳ないです~」
「いいのよいいのよ!にこにーちゃんいつも頑張ってるんだし。むしろもっとお世話してあげたいくらいだもの!」
これはもう完全に近所のおばちゃんだと拓哉は確信した。おすそ分けとか近所以外の人にしないのが普通だ。
いくらか会話が進み、とうとう、その近所のおばちゃんとやらが、スーパー内に爆弾を投下した。
「ところでにこにーちゃん、さっきから隣にいる子って、もしかしてにこにーちゃんの彼氏さんかしら?」
それを聞いて、一瞬で2人が硬直する。何秒経ったのか、何分経ったのかすら分からない程の硬直感が2人を襲う。
やがて、最初に硬直が解けたのはにこだった。
「ち、違いますよ!彼はそんなのじゃなくって……!ほ、ほら、私がアイドル目指してるって知ってますよね!?だから恋愛なんて事したこともないですよにこー!」
もう我武者羅だった。とりあえずで頭を回転させ咄嗟の言い訳を探していた。しかし、そんなのを大人の人に通用するはずもなく、
「もうっ!そんな恥ずかしがらなくてもいいのよ!いくらアイドル目指してるからって、にこにーちゃんも支えてくれる人が欲しいわよねー!それにこんなイケメン君なら彼氏が出来ましたって言ってもみんな納得しちゃうわよ!!」
「いや、だから、そういうのじゃなくて……ですね……!」
にこが拓哉にあんたも否定しろという視線を送ってくるが、あえて目を逸らす。
ここは下手な否定発言はしない方がいい。発言してしまうと、それもまた恥ずかしがって否定していると思われるからだ。どっちみち逆効果。ならば、直接聞かれるまで拓哉は無言を貫く事を決めた。
しかし、
「ねえねえ!あなたはにこにーちゃんのどこが好きなの!?」
「……いや、そもそも付き合ってないですし……」
「ああもう照れちゃって可愛いわね2人ともー!!」
結局意味などなさなかった。バンバンッ!と背中を叩かれる拓哉は苦笑いしながらも今すぐここから走り去って逃げたいと思っていた。
「かぁー!良いもの見れちゃったわ!それじゃにこにーちゃん、あたしはそろそろ行くわね。また今度ねー!」
やりたい放題しただけして、にこの近所の人であろう人は去っていく。2人はもう精神的が披露が凄かった。
「ま、また今度にこー……!」
「帰りたい……」
それで終わりだと思った。
だから気が抜けていた。
「あ」
そんな声がしたと思った矢先、たった今去って行ったはずのおばちゃんが拓哉の側まで来ていた。
拓哉が驚きのままに声を出す前に、そのおばちゃんは拓哉の耳元で呟いた。
「にこにーちゃん、いつも1人で何から何まで頑張ってるから、ちゃんと支えてあげてね」
「っ…………………」
それだけ言うと、今度の今度こそ、そのおばちゃんは去って行った。
「なんか、凄い人だったな……。やっぱり近所の人か?」
「そうよ……。私を小さい時から知っていて、だから家庭の事情も知っていて、いつも良くしてもらっていたの。本当に優しい人。今でもあんな風に色々とおすそ分けとかしてくれて助かってるわ。……今日は疲れたけどね……」
そんなにこの語りを聞いて、拓哉は微笑ましくなった。疲れながらも、にこは笑っていたのだ。自分達だけではない、ちゃんと自分達以外にも、信頼できる人がいる。それはにこにとって凄く大きい事なのだろう。
「そうか。……そういやにこにーちゃんって呼ばれてたな」
「小さい頃に私がアイドルを目指すって言ってから、ずっとにこにーちゃんって呼ばれるようになったわ。何、なんか変だと思ったの?」
ジト目で見てくるにこに対し、拓哉は目を逸らす。
そして、
「いや、にこにーちゃんって、何かマロニーちゃんみたいだなってゴベバウッ!?」
スーパー内にて、1つの喧騒が生まれた。
――――――――――――――――――――――
「ただいまー」
「お邪魔しまーっとうおっ!?」
にこの家に入るなり、いきなり小さい影が拓哉に飛びついて来た。
「お帰りなさいませお姉さま!そしていらっしゃいませお兄様!!」
「お姉ちゃんお帰り!兄ちゃんもよく来てくれたね!」
丁寧な言葉遣いをしているのが矢澤こころ。
少しフランクな言葉遣いなのが矢澤ここあである。
「おお、ちょっと久し振りくらいか。元気にしてたか、こころ、ここあ」
「はい!」
「うん!」
少し問うてみれば元気に返事を返してくれる。これが子供の良い所だろうと、今ではもう高校2年の拓哉は懐かしんでいた。
「会えて嬉しいのは分かるけど今は離れてあげてね。拓哉今荷物も持ってるんだし」
にこの言う通り、拓哉は今学生カバンに買い物の荷物、それに飛びついて来たこころとここあを体に装備している状態だ。結果的に言えば、重さ的にも辛いかもしれない。
「別に大丈夫だよこのくらい。まあ、さすがに靴は脱ぎたいけど」
「きょかしよう!」
「あの、ここあちゃん?何でそんなに上から目線なのかな?確かにここあなた様のお家だけどさ」
とりあえず荷物を下ろし、靴を脱ぎ、小さめの部屋に入ると、そこには虎太郎がいた。
「……よう、こんばんわ。虎太郎」
「……………」
一瞬目が合ったが、すぐに逸らされる。だが確実に首を縦に振った所を見ると挨拶を返してくれたのだろう。
「じゃあ、私は今から夕飯作るから、拓哉はこころ達と遊んでてね」
「え、いや俺も手伝うよ。さすがに邪魔になってんのに何もしない訳にはいかないだろ」
「逆よ逆。もともと拓哉を誘ったのはこころ達なんだから、拓哉の役目はあくまでこころ達の相手。勝手に呼んでおいて何かをさせる訳にもいかないのよ」
それを言われると何も言い返せない。にこの言い分が拓哉の言い分より勝っていたのだから。
「……じゃあ、お言葉に甘えさせてもらう、わ」
「ええ、こころーここあー、拓哉が遊んでくれるってさ!」
そう言うや否や、2人はさっそく座っている拓哉にダイブした。
「おぉわっ!?」
「ねえねえ兄ちゃん!何して遊ぶ何して遊ぶー!?」
「こらここあ!お兄様が困っているんですからそんなに急かしてはいけませんよ!」
あぐらをかいている拓哉の上で2人の小さな女の子は口論を繰り広げられていた。
「えーと……あの、お嬢さん達?ここは仲良く楽しく遊ぼうではありませんか……ん?」
2人を宥めようとしていると、視界の隅に映った。映ってしまった。
1人で黙々とモグラ叩きのようなもので遊んでいる男の子の姿が。
「なぁ、2人とも。虎太郎も遊びに入れてやっても、いいかな?」
拓哉が聞けば、2人はすぐさま口論をやめた。そして3人の視界に映るは虎太郎ただ1人。
「私とここあは構いませんけど、大丈夫なのですか?お兄様、あまり虎太郎に好かれてはいないように思いますが……」
「あ、君達にもそう見えちゃう?お兄さん悲しい……ってのは置いといて、まあ、1人だけ入れないってのも気分悪いし、何より良い機会だ。今日を機に、虎太郎とも仲良くなってみせるさ」
「さすが兄ちゃんだね!」
何がどうさすがなのか分からないが、今は褒め言葉として受け取っておく。
あとは行動に移すのみだ。
2人を優しく下ろしてから虎太郎に近づく。
「なあ虎太郎。俺達と一緒に遊ばないか?」
「………………」
またしても無言。だがそれは今の拓哉にとっては好都合だった。
「何も言わないって事は肯定として受け取らせてもらうぞ。んじゃ決まり。俺達と一緒に遊ぶぞ!」
「ぅわ……!?」
拓哉の推測では、虎太郎は小さいながらも騒ぐ事をあまりしない。大人しめの男の子だと思っている。特に大きなリアクションや大声を出す訳でもない。ならば話は簡単である。
多少でも強引にしてやればいい。
口数が少ない虎太郎ならば、大きな拒否はできないはずなのだ。
それに、今回はその姉であるこころとここあも味方にいる。
さすがに姉が遊ぼうと言えば虎太郎も入らざるを得なくなる。というのが拓哉の魂胆だった。
そしてそれはものの見事に成功した。
虎太郎を強引に抱きかかえこころ達の所へ連れて行っても特に大きな拒否はしなかった。
「うし、虎太郎も仲間に入った事だし、何するよ」
「とりあえず最初はアレをしましょう!そうしないと何も始まりません!」
「アレ?」
拓哉の頭の上に?マークが浮き出す。
「そうだね!アレするの忘れてた!」
「ちょ、待って、アレって何?」
大体の人はアレと言われても何も分からないだろう。実際、その正体を知っている不特定多数の人にしか分からないものなのだから。かくいう拓哉もそれだった。
「虎太郎君や、ちみは何か分かるかね?」
「…………」
「「せーの!」」
「え、まだ俺分かってな―――、」
「「にっこにっこにー!」」
「いつものやつだったァァァああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッ!!!!」
無駄に考えようとした拓哉はただ恥ずかしさにツッコむだけなのだった!
そこからは遊んだ。
夕飯が出来るまで遊び尽くした。
だが、その途中も、虎太郎だけはずっといつもの無表情のままだった。
こころ達と遊びつつも、拓哉だけは虎太郎をずっと気にかけていた。
ままごとにて。
「虎太郎、ほれ、お前がお父さん役だってさ。出来るか?口数の少ない威厳のある親父になりそうだなお前。ははっ」
「…………………」
「というか俺が妹役っておかしくない?ねえこころさん?」
「さぁ始めましょーう!」
トランプにて。
「こっちがババだから。ホントだから。虎太郎俺を信じろ。俺を信じたらお前は勝てる」
「………………ぅぁ」
「虎太郎の勝ちだね」
「こんな小さい子に、負けた……だと……!?」
お絵かきにて。
「お、こころ絵上手いな」
「そうですか!?ありがとうございます!」
「兄ちゃん!これはこれは!?」
「ここあも上手いじゃねえか」
「でしょー!?」
「……μ'sー」
「虎太郎もよく描けてるぞ」
「…………ぅん」
しかし、確実に何かが変わっていた。
「晩御飯できたわよー」
晩御飯を並べ終わり、全員が座る。
拓哉の隣は、虎太郎だった。
「虎太郎が自分から拓哉の隣に座った……」
「どうだ?俺にかかればこんなもんよ!な、虎太郎!」
「ヘタレ―」
「それバカにされてるわよ」
「え」
晩御飯を食べ終わり、今度はにこも混ざって遊んでいた。
始めと変わっていたのは、虎太郎がいつの間にか拓哉と打ち解けていたところだろうか。
次第に時間は進み、こころとここあは眠ってしまった。
虎太郎も、拓哉に寄りかかりながら眠りに落ちた。
「寝ちゃったわね、この子達」
「ああ、でも、良い寝顔してるじゃねえか」
こころも、ここあも、虎太郎も、笑いながら寝ている。それを見るだけでも、拓哉は今日ここに来て良かったと正直に思っていた。
布団を敷き、3人を移動させる。
その時。
「おとう……さん……」
「ッッッ!?」
虎太郎の、そんな寝言が聞こえた。
にこはそれに酷く反応した。それから少しずつ理解していく。
「……ははっ、そういうこと……ね」
「にこ……?」
何故虎太郎が拓哉を必要以上に避けていたのか。
何故避けていてもたまに拓哉にちょっかいをかけたのか。
何故強引にされても大きな拒否をしなかったのか。
何故次第に拓哉に慣れていったのか。
何故気付けば拓哉と打ち解けていたのか。
何故拓哉の隣に自分から寄って行ったのか。
何故、寝言でもお父さんと呟いたのか。
「少し考えればすぐに出るはずの答えだったのよ……」
「どういう、事だ……?」
拓哉の疑問に答えるために、にこは拓哉のすぐ隣に座って続きを話し出す。
「私には、お父さんが、パパがいないの……」
「ああ、知ってる。にこから聞いた」
今から始まるのは虎太郎の真意の答え、そしてにこの思いなのだろう。
「私の幼い頃にパパは亡くなった。本当に大好きだった。パパのおかげで今の私があると言ってもいいくらいに。……そりゃ私に『にっこにっこにー』を教えてくれたのがパパなんだもん。大好きじゃないはずがないのよ……」
拓哉は静かに聞いているだけだった。聞かなきゃいけなかった。
気付けば、にこが頭を拓哉の肩に落としていた。
「でもね……私はまだパパからちゃんと愛情を貰っていたからいいの。でも……でも、虎太郎は、あの子達にはそれが与えられなかった……!こころとここあが生まれた時にはもう、パパはいなかった……。お父さんっていう、当たり前のようにいて当然の存在が、あの子達にはいなかったのよ……!」
それは、何て辛いのだろうか。
拓哉にとっては聞き慣れた声。
父親。
そんな当たり前の愛情さえ、与える事も与えられる事も、許されなかった父娘がいた。
そこで拓哉は不意に肩が濡れている事に気がついた。
泣いているのだ。にこが。静かに、声を押し殺しながら。
「……だから、こころもここあも、虎太郎も、無意識にお父さんっていう存在が欲しかったのかもしれない……っ。今なら分かる気がするの……。虎太郎が最初拓哉を避けていた理由」
「理由?」
「うん……。虎太郎はまだあんなに幼い年だから、大きい男の人を見た事があまりないの。だから姉である私の友達の拓哉に興味を持ちつつも、恥ずかしくて上手く喋れなかったんだと思う」
それを聞いて拓哉はこれまでの事を思い返す。
そうだ。そうではないか。
これまで虎太郎に幾度となく避けられていたが、それの全部が嫌いという意味での拒否反応を起こしていた訳ではなかった。無表情だったが、微かに頬が赤かったのを覚えている。
拓哉はそれを最初は訝しんでいたが、そういう体質だと思って触れないでいた。でも今なら分かる。あれはただ恥ずかしがっていただけだと。
「本当は虎太郎もこころ達みたく甘えたかったんだと思う……。だからね、さっき強引にでも虎太郎と遊んでくれた拓哉には感謝してるの。……ホント、この子達には悪い事しちゃってるわね……」
違う。
そこで拓哉は1つの間違いを見つけた。
「それは違うだろ」
「……え?」
「お前は言ったな。虎太郎もこころ達も甘えたかったんだって。でもそこにもう1人加えるべきなんじゃないのか?……父親からたくさんの愛情を貰いながらも、それが閉ざされてしまったお前を」
バッとにこが拓哉から離れる。
「ち、ちがっ……!私はもう十分にパパから愛情を貰って……!!」
「だからだよ」
「たく……や……?」
これだけは言わないといけない。辛いのは父親のいないこころ達だけではない。むしろ1番辛い思いをしている者がいる。
「十分に愛情を貰ったからこそ、辛いんだろ。当たり前のように注がれていると思っていた愛情が急に途切れてしまったから、にこ、お前が1番辛いんじゃないのか?こころ達はまだ何も貰っていない。ならこれから愛情を注いでやればいい。……でもな、もう戻ってこないと嫌でも理解するしかなかったお前は、誰かに甘えたかったんじゃないのか?」
1番上の姉だから、我慢するしかなかった。
1番上の姉だから、誰にも甘えられなかった。
1番上の姉だから、もっと甘えたかった。
その全てがにこの頭へ流れてくる。
「でも……でも!そうなら誰に甘えればいいのよ……!?もうパパはいない。この世に戻ってくるなんて幻想すら感じられない。それなのに、誰に甘えればいい………っ!?……た、くや……?」
気付いたら、にこは拓哉に抱き締められていた。
「ここにいる。こころにもここあにも、今日で虎太郎とも仲良くなれたんだ。だったら、もう俺しかいないだろ?俺に好きなだけ甘えりゃいい。俺がお前を一生支えてやる。俺が一生愛情を注いでやる。もちろんこころ達にもいっぱいくれてやる。だから、もう1人で抱え込むな。1番上の姉だからって甘えちゃいけないなんて事はないんだ。1番上の姉だからって泣いちゃいけないなんて事はないんだ。……もう、無理すんな」
それがきっかけとなった。スイッチとなった。タガが外れた。
今までずっと我慢してきた涙という涙が、大きな雫となってどんどんと零れ落ちる。
「た、くやぁ……っ!うっ……ひっく……っ、ぱ、ぱ……パパぁ……!もっと、遊びたか、った…甘え……たかったのぉ……っ」
ずっとずっと、溜めていたものが本音となって吐き出される。
拓哉はそれを、静かに、だけど強く抱きしめる事で、胸が涙で濡れるのを感じながら優しく、大らかに受け止めていた。
その夜、一軒の小さなアパートに少女の泣き声が響いた。
それはとても高校3年生とは思えないほど幼くて、けれどどこか大人っぽくて、紛れもない少女の本音だった。
―――――――――――――――――――
「ねえ、拓哉」
「…………は、はい、何でございましょうか矢澤にこ姫……」
「私、さっきの言葉ちゃんと覚えてるわよ?」
「な、何を覚えていらっしゃるのでしょうか……?」
「一生私とこころ達に愛情を注いでくれるんでしょ?」
「あ、あーー……そんな事も言ったっけかなぁ?あ、あははははっ!」
「……ずっと、一緒にいてね、拓哉」
「…………ああ」
「でもあの言い方だとこころ達のパパにもなるって事ね」
「年的にも無理だし、そうなったらあなた様のお母様とご結婚なさるしかないんですけど」
「潰すわよ」
「何を!?」
こうして新しい、けれどどこか違うようで違わないような、そんな家族が生まれたのだった。
にっこにっこにー☆
ギリギリになってごめんにこー!
でも間に合ったからセーフにこね!
オエッ……。
自分でやってて気持ち悪いなこれ。
にこは強いんですよ!