何とか執筆間に合ったんやで。
温泉旅行とか言いつつメインは少なめという安定のタイトル詐欺!!
またも安定の10000字超え!!
どうぞ!
土曜日。
それは一般的な学校に通っている者なら休日になる事が多いだろう。
土曜日日曜日と2日間の休日が重なり、その間に遊ぶなりたくさん寝るなど各々が各々の休日を過ごし、それを謳歌する。
それはどんな人間であっても何ら変わりはない。例え幼い子供だとしても、初老の大人でも、同じ休日の過ごし方をする事も多い。とにかく、休日の過ごし方は人それぞれだという事だ。
そして、これは音ノ木坂学院に通う、しかも理事長の娘であるこの少女も同じだった。
南ことり。
普段の彼女の休日の過ごし方は、μ'sの練習が終わればそこから家に帰り次の衣装を作るか、資料探しに服を売っている店に行くか。甘いスイーツ店に1人こっそりと食べに行くかなのであるが。
今日は、今日だけは違った。
地元の駅前。
そこに少女は立っていた。
2枚のチケットをそれはもうガン見しながら。普段の南ことりという事を忘れさせるかのような眼差しで、その少女は“2枚”のチケットを見ていた。
(だ、大丈夫だよね……。合ってるよね……?何も見落としてなんかないよね……!?)
何故こんな事を思っているのか。
その正体はこの“2枚”のチケットにある。
『一泊二日の温泉旅行ペアチケット!!~ちなみに男女ペアじゃないと使えないんだぜ☆~』
と、チケットにはこう書かれているのだ。
ことりは買い物をしていたらレジで福引券を貰い、帰りに何となしにやってみた。そしてその結果がまさかの1等賞である男女ペアの温泉旅行券が当たったのだ。
当たったのはいいがことりにはこれをどうしようかと考えはまったくといって思い浮かばなかった。だからこれを母親である南陽菜にあげて父親と行けばいいと伝えようとしたのだが、
『ありがたいけど、ダメよ。ことりが当てたんだもの。せっかくだからことりが使わないと。そうねえ……男女ペアなら、拓哉君を誘ってみたらいいんじゃないかしら?』
そんな爆弾発言をしてきた。
最初は無理無理と諦めようとしていたのだが、やはりそこはことりも恋する乙女、意を決して2人の時に件の少年を誘ってみた。その結果が、
『え、温泉?マジで!?行く行く!チケットあるって事は無料なんだろ?そんなの拓哉さんが行かない手はないですのことよー!』
快諾も快諾、超快諾だった。
何やらウッキウキではしゃいでいた少年だが、それよりも、ことりの方が内心心臓がバックバクしていた。
それは今も同じ事だった。
(ああ~どうしよお~……!たっくんが行くって言ってくれた事が嬉しすぎて忘れてたけど、2人っきりなんだよね……。2人っきりで温泉旅行なんだよね?うわぁ~!嬉しさと緊張でどうにかなっちゃいそうだよお~……!!)
チケットをギリギリと持ちながら両手を頬に当て、赤くなりながら体ごとクネクネ振っている様を見ると、それはただの恋する乙女の『それ』でしかなかった。
待ち合わせ時間は午前11時。そこから1時間かけて1本の電車で行くのだが、ことりは待ち合わせ時間の1時間前、つまり10時には既にここへ来ていた。理由は簡単、楽しみにしすぎて勝手に舞い上がった結果、こんなにも早く来てしまった。ただそれだけの事だった。
(……ハッ!この服、おかしくないよねっ!?3時間かけて悩んで決めたけど、どこもおかしくないよね!?か、可愛いって、言ってくれる、かな……?)
慌てて自分の服装を店のガラスを鏡代わりにして確かめる。が、今頃不安になったところで何も変わりはしない。
というよりも、見た目が既に美少女であることりだ。何を着ても大抵の事がない限り似合わないなんて事はないのだ。ましてやことりはμ'sの衣装担当である。誰が何を着れば似合うなどと、いつも色々と考えていることりに関しては服選びに間違いがあるはずがない。
今のことりの服装を言うならば、白いフリルのスカート、それに合わせるように爽やかさを感じさせるような水色の、これまた少しフリフリした服装をしていた。自分が何を着れば似合うのか、それを熟知しているかのような服装だが。
それでもことりは不安になってしまう。あくまでこれは自分が勝手に選んだ服で、決して誰かに可愛いと言われた事はない。だから確信を得るための情報がない。こんな服でいいのかと思ってしまう。
しかし、ことりは気付いていなかった。
店のガラスの前であたふたしながら服装を確認しているその姿に、通行人の男性ほとんどが歩きながらも見惚れているのを。それこそが何よりの証明なのだが、ことりはそんな事に一切気付いていないのであった!
(だ、大丈夫っ!あれだけ時間かけて選んだんだからおかしくはないはずっ!何たって衣装担当だもん。きっとたっくんも可愛いって言ってくれ―――、)
「よおことり、結構早く来たつもりだったんだけど早かったな」
そこへ、件の少年がやってきた。
「わひゃあっ!?」
「おわっ、そんなに驚く必要ありますかね?拓哉さん軽く傷付きますよ……?」
会うなりすぐゲンナリしている拓哉にことりはすぐさま慌てながらも訂正する。
「あ、違うの!急に声掛けられたからちょっとビックリしちゃって……。決して嫌な訳じゃないからねっ!」
「これで嫌って言われたら俺はすぐさま道路に飛び出して車を避けながら命からがら帰ってくるよ……」
「普通に帰ってはくるんだね……」
「死ぬのヤダもん怖い」
気付けばいつものやり取りに戻り、2人に落ち着きが戻る。その際に、拓哉がふと呟いた。
「ところで、穂乃果達はまだ誰も来てないのか?」
「え?温泉に行くのは私とたっくんの2人だけだよ?」
「……え?」
ここで、2人の見解に相違が見えてくる。
「……あのー、
「だって私が誘ったのはたっくんだけだし、チケットもペアチケットだから元々2人だけしか―――あ」
ようやく、ことりは思い出した。そう、拓哉を誘ったはいいが、ことりと2人だけとは言っていなかったのを!!
簡単に言ってしまえば、ことりはペアチケットを持っている張本人だから2人だけしか行けないのを知っていた。対して拓哉は、ことりが誘ってきたならそれはμ'sのみんなも来ると、そう思っていた。
ことりの説明不足。それが招いた結果だった。
「ご、ごめんねたっくん……!私が最初からちゃんとペアチケットしかないから2人だけになるって言うの忘れちゃってたせいで……!」
「……という事は、ことり以外のμ'sメンバーは来ない。つまり俺とことりの2人っきりの温泉旅行になる、と」
「うん……」
ことりが少しシュンとなる。拓哉はハナっからμ'sメンバーが来ると思っていた。だからあんなにノリノリで快諾してくれた。しかし結果はことり1人だけしかいないという事が分かった。
きっと拓哉はガッカリしているに違いない。自分と2人だけで温泉旅行なぞ行ってもμ'sメンバー全員がいるからもっと楽しい想像をしていたであろう拓哉は幻滅してしまうかもしれない。
拓哉と2人だけで行けると自分だけで勝手に舞い上がっていたツケが今ここで襲い掛かってきた。
「まあいいか」
「……え?」
予想していた返事と違う事に、思わず聞き返してしまっていた。
「μ'sのみんなとじゃなくて、ことりと2人で行く事に変わっただけだろ?なら別に対して気になる事でもないしな。……まあ、最初はビックリしたけど」
饅頭を2つ食べようと思ったら1つしかなかったけど、まあいいかと軽く思うかのように、そんな少年はあっけらかんと答えてきた。
「私と2人だけだけど、嫌じゃないの……?」
「何でことりと2人だけだと嫌になるんだよ……。確かに2人だけで温泉は少し緊張はするが、むしろマイラブリーエンジェルであることりと行けるのは拓哉さん的に超ポイント高いまであるぞ!」
少し頬を赤らめながらもこんな事を堂々と言ってくる拓哉。やはり2人だけという事に多少の緊張はしているようだった。
(本当……いつもたっくんは1番嬉しい事言ってくれるんだから……ズルいよ……)
ズルいと思いつつも、ことりの顔も少し赤くなっている辺りは正直に嬉しいと感じているのだろう。
「うん、ありがとねたっくんっ!じゃあ、行こっか!」
「ん、ああ」
ほんのりと頬の赤い2人は取り繕うように同時に時計を見る。時間を見れば10時40分。まだ出発には時間があるが、早めにホームに行っておいて損はない。
「ま、じゃあ行くか。早めにホームに行っとけば乗り遅れる事はないだろ」
「うん、そうだね。……あっ」
そこでことりは今1番重要な事を思いだしていた。拓哉が来る前にずっと店のガラスを鏡代わりにして確認していた『あの事』を。
「ん、どうした?」
「あの、えっと……そのぉ……ゴニョゴニョ……」
すんなりと言えれば楽なのだが、そのたった一言が中々出てこない。ただ、この服似合うかな、と言えばいいだけなのに、そんな簡単な一言が出てこない。今もこうして拓哉の前でモジモジしているだけだ。
「えっと、ことりさん?そんなモジモジして、一体全体何でせうか……?」
「えっと……あぅ……こ、この服装、どう……かな……?」
意を決して問うてみる。さっきよりも顔が赤いのは、衣装担当でありながらこの服装は似合わないと言われないか不安なとこも少しある。
だがそこはやはり岡崎拓哉だった。
「ああ、そんな事か。いや、どうかなって言われてもなあ……ことりの場合は何着ても似合うから拓哉さんとしては死ぬほど可愛いとしか言いようがないのでござるよ」
「~~~~~~ッッッ!!」
語尾は少し気になるが、それでも拓哉はいつも通りだった。いつもことりを天使天使と言っている拓哉が、ことりに対して似合わないなんて言うはずがないのだ。実際問題、ことりは何を着ても似合う訳なのだが。
「あ、あはは、えと、う、嬉しいな……」
「……っ。そ、そろそろ行くぞ」
「え?あ、うんっ」
ことりは気付いていなかった。拓哉がことりの照れながらにも言ったセリフと表情に見惚れてしまったのを。
――――――――――――――――――――――
「1本の電車で行けるのは便利だな」
「その間ずっと座りっぱなしだけどねぇ」
現在、ことりと拓哉は電車内で2人座っていた。
あれから少し時間は経ち、時間は11時半をまわっていた。
「そういや朝食ってこなかったから腹が減ってきたな……」
(ッッッ!きたっ!今こそこの機会を逃す訳にはいかないよ南ことり!ここでたっくんにいっぱいアピールしとかないと!)
そう、ことりはこの時を待っていたのだ。拓哉の事だから家を出るギリギリまで寝ている事は容易に想像できた。だから何も食べてこない。
つまり!!
(これはチャーンス!今たっくんはお腹を空かせている。なら私の本領を今ここで発揮する時ッッッ!!)
「そういやこの電車内って弁当売ってたよな。ちょっと買ってく―――、」
「待ってたっくん!!」
「え、お……ど、どうしたことり?」
意外にも大声を出したことりに少し驚きつつも返答を待つ拓哉。すると、ことりはいつも使用しているバッグではなく、もう一つの、少し大きめなバッグを取り出してきた。
これが本当の目的。
「あ、あのね!私、たっくんが何も食べてこないかなって思って……それで、たっくんにお弁当作ってきたの!」
そう言ってバッグから取り出されたのは、女の子が食べきるには少しばかり大きい、男性用かと思うような弁当箱だった。
「だから……ことりのお弁当……食べて、くれる……?」
「お、おう……ことりの手作り弁当なら、喜んで頂くよ」
ことりの言い方に少しアレな考えをしてしまった拓哉はそんな思考を振りぬき、座っていた席へ再び座る。
「というか、俺が食べてこないってよく分かったな」
「たっくんの事だから、直前まで寝てるかなって思って!だから何も食べてこないと思って作ったんだけど、そしたら案の定だったね♪」
「よく俺の事をお分かりで……そこまで休日はぐうたらしてると思われてるのか俺は……」
少し愚痴を零しながらも弁当箱を開けると、そこには拓哉の好みのおかずばかりがあった。
「ハンバーグにから揚げにウインナー、ホウレン草のバター炒めまで……おお!俺の好物ばっかりじゃねえか!」
「たっくんてば結構子供口なとこあるからね。分かりやすいんだよ?」
「男で肉類が嫌いな奴なんてそうそういないって。それより、この量だと2人じゃ分けにくくないか?」
今にも食べたそうにしているが、そこは我慢して拓哉はことりに質問した。が、返答はすぐに返ってきた。
「私はちゃんと家で食べてきたから大丈夫だよ。だからそれ全部、たっくんが食べていいんだよ♪」
「マジでか。……それじゃ遠慮なく、いただきまーす!!」
「ふふっ、召し上がれ♪」
そう言うと、すぐさま拓哉は弁当にがっつき始める。食べっぷりを見ると、相当腹を空かせていたのだろう。
(えへへっ、お弁当食べてるたっくん、可愛いなぁ~♪)
頬杖を突きながらことりは1人微笑ましく拓哉を見つめていた。そしてずっと視線を送っていると、さすがに気付く訳で、
「ん?どうしたことり?」
「にへ~何でもないよ~♪」
「何でもなかったら普通にへ~とか言わないと思うんだが……」
拓哉からみたことりはこれでもかと言うほどににへらと笑ってニコニコしていた。おそらく拓哉ではなく他の男性がこの笑顔を見たら一瞬でイチコロにされてしまうかもしれない。
「あっ、たっくんがっつき過ぎてほっぺにご飯粒付いてるよ~。私が取ってあげるねっ」
「んぁ、ああ、悪いな」
満面の笑みでことりは拓哉の頬から米粒を取り、そしてそれを何と食べてしまった。
「なっ……ことり、お前なあ……」
「……んむんむ、ん?どうしたのたっくん?」
「……ああいや、これを天然でやってるが恐ろしいな……。二次元に勝ってるとは」
「?」
マンガアニメ好きの拓哉だから、こういう手段はあざといと一蹴してしまうのだが、これを天然でやってしまうのがことりの天使たる由縁なのかもしれない。というより、μ'sの面々は天然でアニメでよくあるようなあざとい事をするのが多いのだ。
「……まあ、いいか」
「なぁに?どうしたのーたっくんー!」
「だからあざ―――いや、電車内で綺麗な風景を見ながらことりの手作り弁当を食べれるって幸せだなーと思ってさ」
「……ふへ~、そう言ってくれると私も凄く嬉しいな~♪」
少し繕うように言ってしまったが、拓哉の発言には嘘はなかった。
電車特有の体の揺れを感じながら、ゆったりしたまま綺麗な緑の風景を見ながら弁当を食べる。ちょっとした旅気分に拓哉も結構舞い上がっているのだ。
「たまにはこういうのも、悪くねえな……」
「どうしたの、たっくん?」
「……ことり、たったの一泊だけど、俺達なりに楽しもうな」
「たっくん……うん♪たっくんと一緒なら私はどこでも何をしても楽しいよ♪」
「……だからズルいんだよなぁ……」
「?」
――――――――――――――――――――
旅館へ着いた。
『一泊二日の温泉旅行ペアチケット!!~ちなみに男女ペアじゃないと使えないんだぜ☆~』
と、書いてあるから一体どんな旅館だコノヤローと思っていた拓哉だが、それは杞憂に終わる。
「普通に良い旅館っぽそうなんだが」
「たっくんちょっと失礼だよぉ」
「いや、だってこのペアチケットに書いてる文がすげえ腹立つのに意外と普通な旅館だなんて……」
「まあ、それは、ちょっと、ねえ……あはは」
拓哉の言った通り、チケットに書かれている文とは裏腹に、とてつもなく立派という訳でもなく、ましてや超オンボロ旅館でもなく、古き良き風情がある旅館なのだ。
旅館に入ると、女将らしき人が出てきてお出迎えをされた。
「この度はようこそいらっしゃいました。福引券でたった1つしかない当たりをご当選なされたようで、おめでとうございます」
「えへへ、ありがとうございますぅ~」
「え、たった1つしか当たりなかったのに当てたのかことり。すげえじゃん」
「凄いでしょ~、私も今初めて知ったんだけどねぇ。ふんすっ」
拓哉的にはある胸を張らないでいただきたいと言いたいところなのだが、今ここで言うと確実に通報ものなので素早く喉の奥にしまう。
「さあさあ、福引券でご当選された方には当旅館で特別な待遇をさせてもらいますゆえ、とりあえずはそのお荷物をお持ちします」
「へえ、特別な待遇って何だろうなことり」
「あ、ありがとうございます。うーん、何だろ?晩御飯が他のお客さんより少し豪華になるとかかな?」
「伊勢えび食べたい」
そうだねー食べたいねーと拓哉の願望をサラッと流しつつ他の仲居の人に荷物を持ってもらうことり。
そして案内されるがままに着いて行くと、意外と普通な部屋に通された。
「部屋自体は普通っぽそうだな。いや普通に良い部屋だけど」
「ふふっ、特別待遇はまた別のとこにございますので、それまでどうぞお寛ぎくださいませ」
拓哉の呟きに何やら怪しげな事を言って襖を閉めて去って行った女将。
(あんなチケットの文を考えるくらいだしな。何かありそうで怖いんですけど……)
少し不安になりながらも、とりあえず拓哉は横になった。部屋に着いたら絶対にやると決めていた事を今まさに実行しようとしていた。そこに粗方荷物の整理を終えたことりが話しかける。
「ねえたっくん、これからどうするの?」
「寝る」
1秒とも数えられないほどの即答があった。
「そっか。じゃあ私もそうしよっかな~」
対してことりもそれを予見していたかのような感じで反応を返した。
「え、何も咎めないのか?」
「え?何を?」
ことりの意外な反応に、拓哉は思わず聞き返していた。
「いや、だから、せっかく当選して温泉旅行まで来て、やっと旅館に着いたと思ったら何もしないで寝るんだぜ俺?海未や穂乃果達なら確実に起こされて連れまわされると思うんだけど」
絶対にやると決めていたが、ことりの反応が予想外すぎて自分で自分の首を絞める事を言っている拓哉にことりは、
「だって旅館に着いてもやる事って外に行って観光くらいでしょ?それならここに来るまでにしちゃったしぃ」
そうなのだ。先程旅館の入り口で拓哉とことりは店員に少し多めの荷物を持ってもらっていたのだが、それこそがこの旅館までに観光して既に買っておいたお土産とかなのだ。
まさに、もうやる事はすべてやっておいた状態なのだが、そうなればやる事は必然となくなってくる。だからことりは拓哉の寝る発言に対しても特に反対意見はないのだ。
それに、
「電車内でも言ったよ?たっくんと一緒なら、私はどこでも何をしても楽しいよってね♪」
「そ、そうか……」
1番の本音はここにある。言わずもがな、ことりは岡崎拓哉に好意を抱いている。それも小学生の時から。だから結局、本当にことりは拓哉と一緒ならどこにいても何をしても、どこも行かなくても何もしなくても、ただ一緒にいるだけで楽しいのだ。
そして、今からはまったく関係のない話になるが、
「ねえ、たっくん」
「ん、何だこと……り……さん……?」
今この旅館に来ているのは拓哉とことりの”2人”だけである。それなのに、拓哉は今さっき誰の名前を出した……?
「たっくーん……今はたっくんと一緒にいるのは私だけなのに穂乃果ちゃん達の事を話す必要はないよねぇ~」
「お……おお……いや、その、あれは例え話であってですね?そんな、決して含みのあるような話ではな―――、」
「たっくん……?」
「生まれてきてごめんなさい」
もう音速並みの早さの土下座だった。とにかく言い訳したら終わる、という認識だけが拓哉の頭の中を支配していた。
「んもぅ!今回は許してあげますっ!でももう次はないよ?」
「はい、何かすんませんした」
次はないというのは一体どういう事なのか、それを聞く勇気が拓哉にはなかった。下手すると永眠されそうな勢いだったのだ。賢明な判断だったと拓哉を褒めた方がいいレベルで。
「じゃあ、はいっ」
するとことりの周りの雰囲気が一瞬で殺気からほんわかに変わり、正座をした。
「はいって言われても、何が?」
「だぁかぁらぁ、はいっ」
ことりが膝の上に手をポンポンっと叩いてるのを見て、ようやく拓哉は理解する。それと同時に首をブルンブルンっと激しく横に振った。
「い、いやいやいやいや!!それってあれだろ?膝枕だろ?いいよ!!恥ずかしくて死ねるわ!!」
拓哉も男である。女の子に膝枕されるのは憧れではあるが、実際やってもらうとなるとこうなってしまうのが現実だ。
しかし、これもことりの想定内。
よって、
「…………いや?」
「是非、堪能させていただきます」
こうなる。
女の子に膝枕を提案されて、しかもそれを「…………いや?」と言われて断る男はいないだろう。ことりなら以ての外だ。
「……じゃあ、そんなに言うなら、遠慮なく寝かせてもらうぞ……?」
「うん、いいよ♪」
迷っても仕方ないので一気に太ももに頭を乗せる。
(マジか。マジかマジかマジかマジかマジかマジかマジか!!これがことりのふ、太もも!や、柔らけえ……!!)
女の子特有の甘い匂いと、これまた女の子特有の柔らかい太ももの感触が拓哉の頭に直接襲い掛かってくる。触るわけにはいかないので、何とか頭だけで太ももの感触を最大限に堪能する。
すると、
「たっくんが寝やすいように、私が歌を歌ってあげますっ♪」
それと同時に、ことりは拓哉の頭をまるで泣き疲れた子供を寝かしつけるように優しく手で撫でながら、子守歌を歌い始めた。
それに釣られるかのように、拓哉の瞼が少しずつ重くなっていく。元々休日はもっと寝るのが拓哉だった。だから部屋に着いてからも寝るつもりだった拓哉に、ことりの子守歌と頭を撫でられる心地良さ、それに加えて膝枕で柔らかい太ももは拓哉を寝かすのにもっとも最適だった。
(これは……気持ち良過ぎて……もう、ああ……もう少しことりの太ももを、堪能した……かっ……た……)
瞼は、閉じられた。
目が覚めると、空はオレンジ色に染まっていた。
「……夕方か」
視界に入る周りのぼんやりとした色で夕方だと拓哉に認識させる。
そして、1番に目に入ったのが、
「すぅー……すぅー……」
可愛らしく寝息を立てていることりの寝顔が視界にはいった。
(何だこれ……何かすげえ幸せなんだけど。新婚さんの雰囲気漂ってる感じがするのは気のせいか)
傍から見ればバカップル極まりないが、生憎と室内には拓哉とことりしかいなかった。
「んっ……んゅ、あ、たっくん、おはよ~……。えへへぇ~私も寝ちゃってた」
「知ってるよ。可愛い寝顔見れたし」
お互い起きたばかりで寝ぼけているせいか、ぶん殴りたくなるような会話をしているのに自分達でも気付いていなかった。
起きた2人はこれからどうしようかとしていたところに丁度タイミングよく女将が来た。
「お夕食の時間になりましたけど、どうなさいますか?」
暇を持て余していた2人の返答は揃えて綺麗なものだった。
「「いただきます」」
夕飯と言えど、特に何もはなかった。
強いて言えば、
「伊勢えびやん……伊勢えびがあるぞことり!!」
「分かったから落ち着こうねたっくん……」
拓哉が伊勢えびに1人テンション上がっていたくらいだった。
「そろそろ温泉に入るか」
「あ、じゃあ私も入ろうかな~」
「それならご案内しますよ」
夕食の片づけをしている女将に甘え、案内してもらう事になったが、
「たっくん先に行っててくれる?私ちょっとだけお荷物の整理してから行くから」
「ああ、分かった」
ことりの言葉を受け、拓哉は女将に温泉へと案内される。
「ここが温泉になります。ちなみに、特別待遇というのは、この温泉がメインなのですよー」
「へえ、これがメインだったのか。それで、その特別待遇ってのは何の事なんですか?」
「それはあとのお楽しみという事で!」
それを言うと、女将はことりを迎えにでも行ったのかすぐに去って行った。
「お楽しみって、何かイベントでもあんのか?温泉に?……まあいいや、入ろ」
入れば、そこは森林の見える景色の良い露天風呂だった。
「……おお、こりゃあすげえな。特別待遇ってのも納得できるくらいの景色だわ。温泉は白いな」
ササッと体を洗い、早く温泉に入るための準備を終える。
「うん、貸切だし、良い湯加減だし、長湯しても上せることはなさそうだな。いやー極楽極楽」
竹の壁を背にもたれながら疲れを癒す。
しばらくの間、ずっと湯船に浸かっていた。
その時だった。
「これから特別待遇のメインイベントを開始いたしまーす!!」
更衣室の中の方から女将の声が聞こえた。
(メインイベント?何だ、花火でも上がんのか?)
と、楽観的に思っていた拓哉だが、それは次の瞬間に驚愕に変わる。
急に竹の壁が動き出したのだ。
「な……に……っ!?何だ、何が始まるんだ!?」
竹の仕切りの壁がまるで襖のようにスライドしていく。その向こうにも、温泉は広がっていた。
竹の仕切りが完全にスライドして、止まったと同時に、拓哉は開かれた温泉の方を凝視する。
「広くなっただけ……というのはなさそうだな……。―――ん?」
そこで拓哉は何かを見つけた。白い湯気が段々と鮮明になっていく。
「―――――――なっ」
そこにいたのは。
「た、たっくん……!?」
拓哉と同じく湯船に浸かっていることり張本人だった。
「な、何でことりがそこにいるんだよ!?」
自分の体が捩じ切れるくらいの勢いで後ろに振り向きながら拓哉は抗議する。
「た、たっくんこそ、どうしてそこにいるの……!?」
「いや、俺は女将さんに案内されてだな……あ!」
「それは私も同じだよ……って」
ここでようやっと拓哉とことりの2人は理解した。
何故チケットに男女ペアじゃないと使えないと書いていたのか。
今の今まで隠されていたのか。
女将がニヤニヤしていたのか。
理解すると同時に、更衣室の方から声が聞こえてきた。
「特別待遇のメインイベントは、サプライズでの混浴風呂の事でしたー!!」
「ふざけんなァァァあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッ!!!ありがた迷惑にも程があるわ!!」
「男女ペアなんだから絶対に夫婦かカップルの方が来ると思っていたのでねー!いやー微笑ましいカップルの方が来てくれて嬉しいのでございますよー!」
「決めつけが酷いなおい!?……いや、まあ、男女の温泉旅行だから、夫婦かカップルが来るのが普通なのか……?」
「そういう事でありまーす!では当旅館の混浴風呂をお楽しみくださーい!!」
「あっ、おい!!……ったく、やっぱりただの旅館じゃなかったか……」
一杯食わされた。それが拓哉の思った事だった。
だが、今はそんな事を考えている暇はない。この状況を何とか打破するのが先だ。ことりの方を見ずに質問を投げかける。
「大丈夫か、ことり」
「えっ、あ、うん。私は大丈夫だよ……」
大丈夫じゃない。拓哉自身はそう思っていた。思春期の男女が混浴など有り得ない。もし何か間違いがあればどうしてくれる。だから、この状況を打破するには手っ取り早い選択肢を取る。
「そうか、じゃあ俺は上がるわ。ここに俺がいてもことりがゆっくり出来ないだろうしな」
あくまでことりを思っての行動。すぐさま上がるために白い湯を利用して下半身だけを一応見えないようにしながら更衣室の方に行こうとする。
だが、それを止めたのは意外にもことりだった。
「え?だ、大丈夫だよ!たっくんもまださっき入ったばっかなんだし、もう少し入ってようよ!」
「なっ……はい!?何言ってんだお前は。今は俺もお前も、その、裸なんだからな!一緒にいちゃマズイの!分かる!?」
「分からないもん!私は……た、たっくんと一緒なら、平気だもん……」
咄嗟にタオルを腰に巻いて拓哉は抗議するが、ことりがそれを予想の斜め上の反応をしてかき乱す。
「いや、だからそういう問題じゃなくて、だな……?高校生男女が一緒に混浴にいるのがおかしい訳でして……。と、とにかく!俺はもう上がる!」
「あっ、たっくん!」
ことりの制止を無視して、拓哉はさっさと上がるために更衣室に向かう。
でもことりはそんな時にでもこう思っていた。
(今まで色んなアピールをしてきた。でも最終的にはいつも上手くはいかなかった。だったら、最初はビックリしちゃったけど、今のこのタイミングなら、たっくんにぶつけられるかもしれない……!今まで以上の気持ちを!恥ずかしいなんて言ってられないもん。鈍感なたっくんだからこそ、ハッキリと分かる気持ちを伝えるチャンスなんだ……!!)
「たっくん!!」
「なっ!?こと、ちょ、やめっ―――!!」
ザッパーンッッッ!!という音と共に、ことりが拓哉を引っ張ったせいで混浴風呂の中に大きめの飛沫が舞い上がった。
「何すんだよことり―――ってお、おま……!!」
抗議しようとした拓哉の言葉が詰まる。それもそうだろう。何故なら、ことりは今拓哉に後ろから抱き付いているから。それも、裸のままで。
「たっくん……」
「ちょ、ま、そ、その、ああ、当たっ、当たってるから……!!は、離れ―――、」
「好きなの」
一瞬。
その場だけが時間が止まったかのような錯覚に襲われた。
「な……にを……?いや、その前に、離れてくれると……拓哉さん嬉しいかなって……」
「たっくんは、嫌……?」
拓哉に対して、ことりの声は静かなままだった。まるで何かの覚悟を決めたかのような。
「私はね、好き。大好き。たっくんの事が1人の男の子として、大好き」
「……な、何でそれを今言うかな……」
「だって、たっくん凄く鈍感だから、こうでもしなきゃ分からないと思ったんだもん……私だって恥ずかしいんだよ……?」
実際、ことりの顔もこれでもかというほどに真っ赤だった。
「だったら離れてもいいんじゃ―――、」
「ダメ、今離れたら恥ずかしさでどうにかなっちゃいそうだよ……。でも、たっくんだからこそ、こんな事恥ずかしくても出来るの。頑張って出来ちゃうの」
「ことり……」
これが、今のことりができる精一杯の行動だった。今までもアピールしてきたのだが、どれも決定的ではなかった。だから、もうこの混浴風呂を利用するしかなかった。これはもう二度と来ないチャンスだと思って。
「私は言ったよ……?たっくんが大好きって。こんな事までしちゃって、すっごく恥ずかしいけど、たっくんだからって考えると、嬉しくも感じちゃうの。……だから、今度は……たっくんの気持ちを、聞かせてほしいな……」
彼女は、自分の気持ちを素直に言った。
彼女は、こんな事をしてまで言ってくれた。
彼女は、いつも見守るような立ち位置だったのに、1番になるために踏み出した。
彼女は、ずっと溜め続けてきた想いを吐き出してくれた。
彼女は、自分なら、どこでも何をしても楽しいと言ってくれた。
だったら、岡崎拓哉は?
(…………)
夕方の寝起き直後を思い出してみる。
答えは、既に決まっていた。
「……俺も、ことりの事、好きだよ」
「………ふぇ?」
沈黙が、破れた。
「今思えば無意識的にでも前から好きだったのかもしれない。ははっ、そりゃいつも天使天使言ってるもんな。好きになって当然っちゃ当然か。……でも、俺もことりが好きだ。これには、嘘偽りはない。確信を持ってそう言えるよ」
「……ホントに?」
「こんな事してて嘘言う勇気なんて俺にはねえよ」
今もお互い顔は真っ赤のままである。どれだけ恥ずかしくても、相手が好きだから、正直な気持ちを吐き出せる。すぐにでも壊れてしまいそうな理性も保っていられる。
「じゃあ、私達、もう……その、恋人……でいいの……?」
「ああ、俺にはそういうのできた事ねえからよくは分かんねえけど……それで合ってるんじゃないか?」
「……そっか……ふふっ。えへへっ……嬉しいなぁ……すっごく嬉しいなぁ~……」
「あの……嬉しいのは分かったから、そろそろ離れるか上がるかしませんかね……?俺も色々とヤバイので……」
「え……?あ、ひゃぁ~!ご、ごめんねたっくん!!い、嫌だったよね!ごめんね!」
「いや、全然嫌じゃないのでせうが……むしろ気持ちいいというか何というか…………よし、上がろうかことり!!」
「あ、え?う、うん……!」
こうして、混浴風呂のメインイベントは成功に終わった。
長年の少女の願いを最高の結果として叶えて。
――――――――――――――――――――――
帰りの電車内の事だった。
「ことり」
「なぁに、たっくん?」
「また、2人でどこかに行こうな」
「……うんっ♪」
周りに誰もいない電車内で、2つの影の顔の部分が重なった。
そして、2つの手は、しっかりと、大事に握られていた。
さてさて、いかがでしたでしょうか。
ことりちゃん可愛い?うん、知ってる。執筆しながら自分でニヤニヤしてた自分がいるのでw
温泉内に地雷仕掛けてたけど爆発しなかったらしいです、くそっ!
いつもご感想評価をありがとうございます!
というわけで、新たに高評価を頂きました!
田千波照福さん、大変ありがとうございました!!