あれは嘘だ(久々)
はい、という訳で、今回も10000字超えです。最近多いな。
まだまだ梅雨の時期は終わらず、今もこうしてザーザーと振り続ける雨を眺めながら、今日は解散して1年生だけを先に帰してから俺達は東條の話を聞いていた。
「スクールアイドル?」
「にこ先輩が?」
そして、東條は語り出す。
矢澤にこの過去を。
「1年生の頃やったかなあ。同じ学年の子と結成してたんよ」
にこさんが1年の頃、そして“してた”、か。
「今はもうやってないんやけどね」
やはりか。もし今もやっていたなら、堂々と穂乃果達の前に現れて私達の方が実力は上よ!!とか言いながらも歌って踊られれば嫌でも納得はできただろう。しかし、それがないという事は、にこさんは今は1人だけ。
「やめちゃったんですか……?」
「にこっち以外の子がね……」
飽きたから辞める。辛いから辞める。めんどくさいから辞める。合わないから辞める。理由なんて人それぞれで、家庭の事情がどうのだと、そういう辞め方ならにこさんもまだ傷は浅かったはずだ。でも、にこさんのあの顔を見れば、気持ちの良い辞め方ではなかったのは何となく想像できる。できてしまう。
でも、飽きたから、辛いから、めんどくさいから、合わないから、それらの理由があっても、俺達を追い出そうとした時のあのにこさんの表情にはならないはず。例えそうだとしても、すぐに人前でキャラを作れるあの人のメンタルの強さならそれも乗り越えられるはずなんだ。
それなら、一体どんな理由で辞めていったんだその人達は……?
「アイドルとしての目標が高すぎたんやろうね」
「……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………は?」
な、んっ……?ちょっと、待、て……。待てよ……。
「着いていけないって1人辞め、2人辞めて……」
「そんな……」
「……待てよ」
「……たく、ちゃん?」
理解する前に声が出た。頭の中で整理する前に声を発してしまっていた。
目標が高すぎたから、辞めた?何だよ、それ……。着いていけないから、辞めた……だと?そんなの……そんなの……ッッッ!!
「間違ってるだろ……!」
「拓哉君……」
「目標が高すぎて何が悪いんだよ……。仮にもスクールアイドル目指してたんだろ……!だったら、目標はどれだけ高くしようが構わねえだろ。何でそれで着いていけなくなったからって辞めていくんだよ。別に練習がキツかった訳じゃないんだろ!険悪なムードだけが支配していた訳じゃないんだろ!なのに何でそれだけの事で辞めていくんだよ……!!」
理解はしたが、納得は出来ない。今の俺はそれとまったく同じような感情だった。あの人は何も悪くないんだ。
「にこさんはただスクールアイドルとして高みを目指そうとしただけじゃねえか。他のスクールアイドルよりも高い目標を掲げようとしただけじゃねえか……!それだけなのに、着いていけないからってちっぽけな理由で辞めていっただと……?そのせいであの人の本当の笑顔があれだけ曇ってしまっているのに―――ッッッ!?」
「たくちゃん落ち着いて!!」
「あ……ほ、のか……」
「分かる。たくちゃんの気持ちは私もちゃんと分かるから……。今は少し落ち着いて。ね?」
気付けば俺は穂乃果に真正面から抱き付かれていた。そんなに取り乱していてしまったのか、俺は……。
「……すまん、少し落ち着いたから、もう大丈夫だ」
「うん、分かった」
穂乃果に礼を言いながらそっと離れる。まだ憤りは感じるが、さっきよりかは冷静でいられるようだ。どっちみち、気分の良いもんじゃねえな……。
「ウチも、岡崎君の気持ち、分かるよ」
「……え?」
「そりゃウチは最近にこっちと知り合った岡崎君よりも、1年生の頃から知ってるんやし。同じ気持ち以上のものが心から沸いたよ」
「東、條……」
そりゃ、そうか。俺なんかよりも、長年にこさんと付き合いの長い東條の方が気分も悪いに決まってる。そんな事にも気が回らないで取り乱すなんて、俺もまだまだだな……。
「でも気を遣おうとしたら、逆ににこっちに怒られたんよ」
「にこさんに、怒られた……?」
「1人でも大丈夫だから、余計な気は回すなってな」
嘘だ。始めにそれを思った。大丈夫な訳がない。約2年間もずっと1人でアイドル研究部にいて、何も出来ずにいて、悔しい思いだけをして、大丈夫なはずがない。
「ウチもにこっちが大丈夫やないって分かってた。でも、にこっちの真っ直ぐな瞳を見てしまったら、何も言えんかった」
「真っ直ぐな、瞳……か」
「確かに、にこっちを置いて辞めていった子達の事を良く思ってないのも分かる。でもウチはね、今ではそれも正解やったんやないかなって思ってるん」
「……今では?」
今ではという事は、少なくとも前までは良く思っていなかった事になる。俺も今こそ冷静になっているが、その当時に俺がいたら正直、その辞めていった人達を怒鳴り散らしに行ってしまうかもしれない。
「うん、今までのにこっちにはアイドルとしての本物の笑顔はあっても、素のにこっちの笑顔には本物が感じられへん。でも今なら、あなた達がいる」
「私達?」
「そう。ウチのカードも告げてたん。あなた達なら、にこっちの事をまた本当の笑顔にしてくれるって。だって、穂乃果ちゃん達のファーストライブを見たけど、凄かったん。見てて凄いなあって、素直にそう思えた」
あの時東條もライブに来てたのか。穂乃果達のライブが凄かった。レベル的にはまだまだでも、あれには何か魅せるものがあったと俺は自負している。だから、東條もそこに何かを感じたのかもしれない。
「多分、いや、確実ににこっちもそこにいた。だから、あなた達が羨ましかったんじゃないかな。歌にダメ出ししたり、ダンスにケチ付けたりできるって事は、それだけ興味があって、見てるって事やろ?」
そうだ。あれだけ言われた。散々に言われた。でも、それはちゃんと穂乃果達の事を見ているから。適当に言っている訳ではない。にこさんもスクールアイドルをやっていた。だからその経験から分かる事がある。
客観的にも主観的にも見る事ができるからこそのダメ出し。常に練習風景などを見ていないと指摘する事はできないだろう。ずっと、にこさんは見ていたのだ。穂乃果達の練習風景を。学校でやっている時も、神社でやっている時も。
それはただ批判したいだけで出来る事じゃない。それこそ東條が言った通り、興味があって、それだけ見ていた。そう、“興味”があるのだ。そこを上手くつけば、にこさんを説得できるかもしれない。
東條の言った通り、素のままのにこさんの本物の笑顔を取り戻せるかもしれない。
であれば。
「岡崎君も、いつもの調子に戻ったね。……どう?やれるかな?」
東條が意味ありげな笑みを浮かべてくる。ホントこいつは何でも見透かしたような雰囲気を漂わせてくるな。当たってるから怖いわ。でも、わざわざ聞いてくるとは、何て返すかも分かってんだろうに。
だから俺もそのままの通りに返してやる。
「やれるじゃねえ。やるんだよ」
――――――――――――――――――――――――
東條と別れを告げて一旦帰りの荷物を取りに戻ってから、俺といつもの幼馴染ズは雨の中、傘を差しながらいざ学校から帰らんとしていた。
「中々難しそうだね。にこ先輩」
「そうですねえ……。先輩の理想は高いですから。私達のパフォーマンスでは納得してくれそうもありませんし、説得に耳を貸してくれるような感じもないですし……」
ことりと海未は苦言にも似た何かを呟いた。
実際問題の話をすれば、にこさんは今の穂乃果達のパフォーマンスでは納得していない。つまり、認められていないという事になる。そして、説得しようにも耳を貸してもらわなければ話にすらならない。
結論的に言えば、何をどうこうしようが、俺達はにこさんを納得させる事ができないという結論に至る。
しかし、それはあくまで実際問題、結論的な意味の話をすればだ。
「そうかなあ?」
「「え?」」
そこで穂乃果が口を出す。こういう時に突破口を開くのはいつだって穂乃果だった。まあ、今回に限っては俺も何をどうすればにこさんを‟引きこめる”かは大体の考えはついている。だが、これはμ'sである穂乃果達の問題でもある。
手伝いの俺がでしゃばるより、先に穂乃果達が答えを出す事が出来ればそれでいいのだ。どうしても答えが出てこない時だけ、俺が助言をすればいいし引っ張ってやればいい。
「にこ先輩はアイドルが好きなんでしょ?それでアイドルに憧れてて、私達にもちょっと興味があるんだよね?」
「うん」
「それって、ほんのちょっと何かあれば上手くいきそうな気がするんだけど……」
「具体性に乏しいですね……」
確かに、普通に聞いていれば穂乃果の言い分には具体性がまったくと言っていいほどない。『ほんのちょっと何かあれば』それが何か分かればいいのだが、肝心の『それ』が出てこない。
でも、
「なーに言ってんだ海未。穂乃果の具体性のない言葉なんて、いつもの事だろ?」
「あっ、たくちゃんヒドイよー!」
「でも、お前はいつでもそこから活路を見出していった。何もないとこから、光を見つけて走ってきたんだ。だから今回も、お前達なら大丈夫だ」
「たくちゃん……ふふーん!そうでしょ!?」
いやそこで調子乗ったらダメでしょ。調子乗るより考えないとダメでしょ。俺が少し良い事言ったのに台無しにしちゃうの?いいの?それ俺が恥かいちゃうだけだよ?もう恥かいたわ……。
「ったく……。ん?」
「どうしたのたくちゃん?……あ、」
ふと階段の方を見ると、ピンクの傘が慌てたように下へと隠れていった。振り返りざまにツインテールを揺らせながら。……やっぱり穂乃果達の事が気になるのか。
「今の……」
「多分……」
「まあ、そうだろうな」
「……どうします?」
「声かけたら、また逃げちゃいそうだし……」
ここで声をかけるとことりが言ったように即座に逃げられるだろう。それも雨の中を追いかけっこのようにお互い走るのは危ないなんて子供でも分かる。だからこれは却下。だから今は何もしないが正解になる。
「うーん……あっ。ねえ、たくちゃん」
「何だ?」
穂乃果が何やら意味深な笑みを浮かべながら問うてきた。……この顔、何かを考えついたな。こういう時の穂乃果の勘は冴えわたる。だから恐らく、大体の察しはついたが一応答えを待つ。
「今は何を言ってもにこ先輩は逃げちゃう。私達のパフォーマンスも納得してもらえてない。耳も貸してもらえない。だったら―――、」
そこで穂乃果は一泊を置いてから、俺が待ち望んでた答えを言った。
「
穂乃果に続いて、俺もニッと怪しげな笑みを浮かべながら穂乃果の案に答える。
「―――――正解だ」
―――――――――――――――――――――
まだ雨は降り続ける翌日だった。
放課後、矢澤にこは1人で帰り支度をしていた。
つい最近μ'sとやらのスクールアイドルに同じ部活として合併してほしいと案を持ちかけられたが、当然断った。
あんなのをスクールアイドルとして認められるはずがない。アイドルの何たるかをすら分かっていないような輩共に、アイドル研究部を合併してたまるものかと、にこの頭の中はそれでいっぱいだった。
それ以外は、何も変わらなかった。
いつも通り、“1人”で帰り支度をして、“1人”で部室の鍵を借りに行って、“1人”でそこまでの廊下を歩いて、“1人”で部室に下校時間までいて、そして“1人”で帰る。そう、“いつも通り”。2年前からこれを続けていく内に、既にそれには慣れていた。
だから今までも、これからも、“いつも通り”1人で部室にいるだけの時間が続いて行く。
そんな事を軽く思いながらも、“いつも通り”部室の前までやってきた。そこで何故か止まってしまった。
「帰りどっか寄ってく?」
「いいね!じゃあ部員のみんなにも声かけてこうよ!」
そんな会話が不意に聞こえてしまったからだろうか。だが、そんな会話は今までもずっと聞いてきた。だから慣れている――――はずなのに。ドアノブに手をかけようとしたところで止まってしまった。
慣れたはずの動きが止まった事で余計な思考が頭を支配していく。
昨日の事だった。
μ'sのメンバーが部室にやってきて相談を持ち掛けてきた。2年振りに、部室が少し賑やかになったなと、心の奥底のどこかでほんの少しだけ微笑ましくなった。
もうそんな事にはなり得ないと分かっている。自分で突き放したのだ。何度も。あれだけの事を言った。しかし、あれでもし彼女達の心が折れてしまっていたら、所詮はそんなものだったんだろうと嘲笑う事もできる。
でも、にこは見てきた。ずっと練習していた彼女達の事を。
だから分かる。
辛いからやっているんじゃない。学校を守るために仕方ないからやってるんじゃない。全員が全員、心の底からやりたいと思っているからやっている。
それが伝わってくる。そんな笑顔が、練習している彼女達にはあった。過去に自分が憧れて、夢見て、目指していて、なりたくて、他の部員の気持ちも知らないで1人だけ飛びっきりの笑顔で先を走っていた。
その先に待っていたのは孤独だった。1人だけ高い目標に突っ走って、後ろを一切見ずに1人で走って、いつしか後ろを走っていた部員は着いていけなくなって消えていった。
自業自得と言われればそれも受け入れる。結局はにこも自覚していたのだ。自分がもう少し周りを見ていればあんな事は防げたかもしれない。周りの気持ちを汲む事さえも間に合わなかった。気付けばにこは1人になっていた。
(本当、笑えるわね……)
そんな終わった事を、今もくよくよ考える訳にはいかない。とりあえず部室で資料でも読んでいればいつもの調子に戻るだろう。
そう考え、ドアノブに手を掛けて部室に入った時の事だった。
まだ何も触れていないのに、部室の電気が点いた。
それと同時に、いくつかの声が重なって聞こえた。
「「「「「「お疲れさまでーす!!」」」」」」
昨日無理矢理追い出して、本来ならもう来ないはずの彼女達がそこにいた。
「なっ―――――」
μ's。
にこの成し得なかった事をやっているスクールアイドルが、“1人”しかいないはずのアイドル研究部の部室にぞろぞろと鎮座していた。
最初に切り出したのはμ'sの発起人である少女、高坂穂乃果だった。
「お茶です、部長!」
「ぶ、部長!?」
次に話したのは南ことりだった。
「今年の予算表になります。部長!」
「なっ……!」
次に星空凛が机に大きく両手を添えながら口を開いた。
「部長、ここにあったグッズ、邪魔だったんで棚に移動しておきましたぁ!」
「こらっ、勝手に―――、」
にこの声を遮るように、西木野真姫が何の気なしに手を差し出し呟いた。
「さ、参考にちょっと貸して、部長のオススメの曲」
今度はにこが反応する前に、小泉花陽が『伝伝伝』をこれ見よがしに喋り出した。
「な、なら迷わずこれを……!」
「ああっ!だからそれは―――、」
そして、穂乃果やことりのほかに1人だけ立っていた岡崎拓哉が発した。
「そんな事より次の曲の相談がしたいんだけ――ですが……部長」
「あ、アンタまで……!」
最後に、園田海未を筆頭にその幼馴染達が畳みかけにはいった。
「やはり次は、更にアイドルを意識した方がいいかと思いまして!」
「それとー、振り付けも何かいいのがあったら!」
「歌のパート分けもお願いします!」
「足りねえものあるなら言ってくれ……です。物なら出来る限りは揃えるから」
そこまで聞いて、にこは彼女達の目論見が分かった。
「そんな事で押し切れると思ってるの……?」
きっと、彼女達は強引に押し切る事で合併を成功させようとしている。にこはそう思っていた。昨日追い出して、もうダメかもしれないならいっその事強引にいってやろう。そう思ってこんな事をしているに違いない。
こんな強引な手を使ってくる彼女達なんかに、このアイドル研究部を渡してたまるか。そうしてしまったら、今度はにこがこの部室から追い出されるかもしれない。あんなに輝いていて、眩しい彼女達を見ていたら、今まで耐えられていた『何か』がいとも簡単に壊れてしまいそうで。
2年も1人でここを守り続けてきたのだ。それを、譲る事はできない。例え、以前借りができた少年に頼まれたとしても、これだけは譲れない。絶対に守ってみせる。
そんな矢澤にこの思いは、次に発せられた穂乃果の発言で杞憂として終わる事になる。
「押し切る?私はただ、相談しているだけです。音ノ木坂アイドル研究部所属のμ'sの“7人”が歌う、次の曲を!」
一瞬で頭の中の思考が真っ白になった。あまりにも予想外で、虚を突かれたような錯覚に陥る。今、この少女は何と言った?7人?今いるμ'sは6人のはずなのに。
「7、人……?」
どうしても確認せずにはいられなかった。聞き間違いなのではないのかと思って。見渡せば、μ'sのメンバー全員がにこの方を見ていた。まるで新しく入った仲間を快く迎え入れるような笑顔で。
「そうだ―――です。……やっぱ今更敬語なのもやりづれえな……。元に戻すか」
いつの間にか敬語になっていて、そう思えばまたタメ口に戻った少年、岡崎拓哉が口を開いた。
「もうμ'sは6人じゃなくて7人だ。アンタを入れてな」
今度はちゃんと聞いた。2度も聞き間違えるはずもなかった。そして改めて理解する。その意味を。だが先に、疑問がやってきた。
「な、んで……」
上手く言葉が出てこない。あれだけの事を昨日言ったのに。無理矢理追い出してしまった。聞く耳持たず、逃げて、嫌がらせもした。普通ならそれだけの事を自分を新しくμ'sに入れるなんて考えないはずだ。
だから。
なのに。
「簡単な事だよ。ただ俺―――穂乃果達がアンタをμ'sに入れたいと思ったからだ」
こうも簡単に少年は返してきた。少年の顔には嘘という要素がこれっぽっちも含まれていないかのような真剣な顔だった。
「聞いたよ。アンタが1年の時にあった出来事を」
「っ!?」
自分でも驚くくらいの早さで少年と少女達を見渡した。表情を見れば大体分かる。おそらく全員聞いたのだろう。それと同時に今度は怒りの表情が沸いてくる。
「……アンタねえ―――、!」
「勘違いはしないでほしいけど、俺達は別に同情なんかでアンタを入れようとしてるわけじゃない」
「なん、ですって……?」
拓哉に掴みかかろうとしたところで、拓哉はにこがこうしてくるのを予想していたかのように答えた。図星だった。同情というくだらない理由で誘うなら、そんなのは御免だったからだ。
「東條から話を聞いて、1年のこいつらにも話して、むしろ俺は怒りが沸いてきた。アンタは、にこさんは何も悪くねえんだ。ただ少しだけ他のスクールアイドルより目標が、意識が高かったじゃねえか。何かを成そうとするなら、それこそデカい目標を掲げるのは何もおかしな事じゃないんだ」
にこも、μ'sの面々も、拓哉の話を黙って聞いていた。これは全員に関係する事だから。ちゃんと聞いておかなければならない。
「それに当時いた部員の人達が着いていけなくなっただけ。そんなくだらねえ理由で辞めたその人達に俺は怒りが沸いた。……でも、今はもうそれもない。それ以上に、今を優先しなくちゃいけないから」
そこでようやく、拓哉は俯いていた顔を上げて、真っ直ぐにこを見つめた。ここからが本番だというかのように。
「東條も言ってたよ。今のアンタにはキャラとしての笑顔はあっても、素のままでのアンタの本当の笑顔は見てないって」
「…………あ…………」
何かに気付いたように、にこは細い細い言葉のような音を絞り出していた。自分は今までどれだけ笑顔でいただろうか。まず、この2年学校で笑った事はあるだろうか。キャラとしては笑っていても、本来の矢澤にことして学校で最後に笑ったのはいつだっただろうか……?
「だから、俺達がアンタの本当の笑顔を取り戻してやる。こいつらは、μ'sならアンタの目標にだって着いていける。こちとら学校を守るためにもやってんだ。どれだけ目標や意識が高かろうと、そんなのは全然苦にもならねえ。それが当たり前なんだから」
ずっと、心のどこかで誰かから聞きたかった言葉があった。
ずっと、心のどこかで誰かに言ってほしい言葉があった。
ずっと、心のどこかでそう言ってくれる人を求めていた。
それが今、ようやく、聞けた気がした。自分と同じ気持ちを持ってくれる仲間に、出会えた気がした。
「自分の気持ちに素直になれよ。矢澤にこ」
不意に、確信を突かれたような錯覚に陥った。
彼女達を批判的な目でしか見ていなかった。1人になった日も、仲間を失った日も、そんな数日が続いて、それでも人生は続くと思い知らされた。それに慣れた事も確かにあった。
けれど、それは所詮虚勢でしかなかった。
やはり人間。思っていなくとも、無意識的にどこかで期待してしまうというものだ。願うだけでかなうなら、努力だけで届くなら、それならきっと誰も悩まない。そんな分かりきった事を思っていても、希望を抱いていたのかもしれない。
諦めきれず、ずっと1人でほんの僅かな希望を抱き、自分の気持ちを糧にいつも前を向いてこられた。そんな事を、2年間ずっと無意識にでも思いつづけてきた。
「今なら、アンタと同じ意識を持ってる奴らがここにいる。我慢なんかしなくていいんだ。自分のやりたいように自分のアイドル像を掲げればいい。それが出来る場所に、俺達がなってやる。だからもう一度、本当のアンタの笑顔を見せてくれよ、にこさん」
そう言って、拓哉は手をにこへと伸ばした。この手を取れば、同じ意識を持ってる仲間とまた一緒に走れる。今度は誰も失わずに済む。後ろではく、隣を一緒に走ってくれる仲間ができる。
気付けば、迷わず少年の手を取っていた。
「……これで、アンタもまた走り出せる。仲間だ」
「にこ先輩……!」
拓哉と穂乃果が声を漏らす。しかし、その前にどうしても言っておかなければならない事がある。
「……厳しいわよ」
「分かってます!アイドルへの道が厳しい事くらい!」
「分かってない!」
確かに仲間に入る事はもう決めた。しかし、それとこれとは話が違う。だからこそ、新しくμ'sに入ったからこそ、最初にこれを言っておかなければならない。
「アンタも甘々!アンタも、アンタも!アンタ達も!!」
そう言って、にこはμ'sの面々の1人1人の顔を見ながら真っ直ぐと言い放つ。
「俺は?」
「アンタはアイドルじゃないから論外!話を逸らせるな!」
「さいですか……え?論外?そこまで言っちゃう?」
とりあえず今は拓哉を無視し、にこは今の彼女達に言うべき事を言った。
「いい?アイドルっていうのは笑顔を見せる仕事じゃない。笑顔にさせる仕事なの!それをよーく自覚しなさい!
それを聞いて、拓哉や穂乃果達は微笑んだ。特に拓哉は。さっきまでとは違う、矢澤にこの表情が今まで見た事もない活気に満ち溢れていた。拓哉がにこを見ていると、隣の穂乃果が小さく声をかけてきた。
「やっぱりこの手段でいって正解だったね、たくちゃん」
「……ああ、これ以外の手段でやってたら絶対に上手くいかなかったろうしな」
強硬手段といっても、何も悪い事だけではない。誰かのためにやる強硬手段もあるというだけ。たったそれだけだった。
「……さあ、にこさんも入った事だ。みんな外を見てみろ。……練習するぞ!」
黒髪ツインテール少女の心が晴れたと同じように、いつの間にか、外は明るくなっていた。
―――――――――――――――――――――
東條希は絢瀬絵里と生徒会室から空を眺めていた。
希は晴れていく空を眺めながら思っていた。
(やっぱり、あなた達に言うて正解やったな)
カードが告げていたように、少年少女達はどんどんと成長して、道を切り開いていっている。徐々にメンバーも増えてきている。
メンバーは現状7人。
(あとは……)
気付かれないように隣の親友を見て、僅かに決心をする。
(そろそろ、かな……)
静かに、月の彼女は動き出そうとしていた。
―――――――――――――――――――――
「いい!?やると決めた以上、ちゃんと魂込めてアイドルになりきってもらうわよ!分かった!?」
「「「「「「はい!」」」」」」
雨が止み、暑くなっていく季節の中で、ほんの少しだけ涼しさを感じる中、屋上で新メンバーの声が響いていた。
「声が小さい!!」
「「「「「「はい!!」」」」」」
矢澤にこ。
活気が戻った今の彼女は、どのスクールアイドルよりも目標が高い少女と言えるだろう。そんな彼女は今、とても活き活きとしていた。
「はいやって!」
「「「「「「にっこにっこにー!」」」」」」
「全然ダメもう一回!」
「「「「「「にっこにっこにー!!」」」」」」
「それってにこさんだけの芸じゃないのか……」
練習風景を遠目で見ながら、拓哉は思わず言葉を漏らしていた。でも、悪くない。そう思ってもいた。にこの顔を見れば分かる。
「釣り目のアンタ!気合い入れて!」
「真姫よ!!」
「はい、ラスト一回!」
「「「「「「にっこにっこにー!!」」」」」」
そこで、拓哉は見逃さなかった。
にこが、穂乃果達に見えないように後ろに振り向いて涙を拭ったのを。
(借りはきっちり返してもらったよ。にこさん。アンタにはその笑顔が1番だ)
「全然ダメ!あと30回!」
「ええ~!」
「何言ってんの!まだまだこれからだよ!にこ先輩、お願いします!」
主に凛が駄々をこねる中、穂乃果が喝を入れるように大きな声を出す。
「よおし、頭から、いっくよー!!」
キラキラと輝く笑顔を眺めながら、拓哉はふと空を見上げた。
「……へえ」
雨が止み、晴れた空に。
“7色”の綺麗な虹が、そこにはできていた。
そんな訳で、にこ加入編、完結です!
いかがでしたでしょうか?
今回はにこの『本当の笑顔』というテーマを考えて書いてきました。
ずっと1人で2年間頑張ってきたにこ。家では家族に笑顔を振りまいていても、学校ではそうする事はなかったと思います。
だからこそ本当の笑顔が見たかった……!
報われて良かったねにこちゃん!!
いつもご感想評価ありがとうございます!
新たに高評価をくれた方。
A'sさん、大変ありがとうございました!!