夜になったけど、誕生日おめでとう絵里!!
本編じゃ精神的にフルボッコだけど、誕編くらい報われてもいいよね!!でもただでは報われないからね!!
そんなお話です、どうぞ。
晴天の日だった。
そこには憂鬱や気だるいなどマイナスになるような気分になるのではなく、晴れやかであり、曇りという連想を誰1人として思い浮かばないほどの晴天がそこにはあった。
『第二音ノ木坂遊園地』
デカデカとそう書かれている看板を10メートルくらい離れた場所、誰でもふと見ればすぐに気付きそうなほど周りの木とはスケールが違うデカい木をバックに、絢瀬絵里はそこに立っていた。
何となくその看板を見れば、そのすぐ下は入口となっており今も入場者がどんどんと中へ入っていく。
今日は土曜日。
日曜日では人が多くなりそうだったから土曜という曜日を選んだ。しかしそんなものは気休めに過ぎず、結局は人は多いに変わらないのだ。まあ明日は休みだしその分ゆっくり明日休めばいいだろう、という気持ちで絵里は再び待ち人を待つために視線を人がやってくる方向へ戻す。
すると。
(…………わぁ…………っ!来たっ!)
待ちに待った想い人がやや小走りになりながらも確実にこちらへと向かってくるのが見えた。それだけでドクンッ!と胸が高鳴りすぐにキュンッ……!と締め付けられるような気持ちになる。
苦しくも、とても温かくて、優しくて愛しい気持ちになる。それだけこの少女が向かってくる少年の事をどれだけ想っているかを見るには十分すぎるほどだった。
「よお、絵里」
「ええ、こんにちは、拓哉っ」
十分に声が届く距離になって挨拶をしてきたその少年、岡崎拓哉に絵里は平静を装って返すが、少しだけ声が上ずっている事に気付いてはいなかった。いかにも会えて嬉しいのを我慢しているかのように見える。
「まさか絵里が俺を遊園地に誘ってくるなんてな。驚いたよ」
「え、まさか、嫌だったかしら……?」
「ああ、そういう訳じゃねえよ。絵里の事だから希とか誘いそうだったのに、何で俺なのかなーって思っただけだ。絵里に誘ってもらえて嬉しいさ」
本当なのか……?と絵里は思う。普段は家から出たくないとのたまっている拓哉だ。本当に家を出てまで嬉しがっているのだろうか、と。そんな不安が顔に出てしまっていたのか、
「本当にありがてえと思ってるんだぞ?むしろ超美人である絵里と2人で遊園地とか一生の贅沢まである」
「もうっ!そんないかにもな事言われても何も出てこないわよ」
「何か出てくると思って言った訳じゃないんだが……」
もちろん拓哉の言いたい事は分かってるつもりだった。しかし、これは絵里の照れ隠しでもあるのだ。分かってはいてもついついそう言ってしまう。真姫みたいにツンデレという訳ではないが、今想い人と出会えてテンションが上がっている絵里にそれを簡単に冗談と受け入れる余裕はどこにもなかった。
「と、とにかく行きましょ……!時間は待ってくれないわよ」
「つってもまだ昼だしのんびりできるだろ」
「私が待てないの!」
「あー、はいはい。分かったから手引っ張んないでくんない?拓哉さん別に逃げたりしないからさー」
そう言う拓哉を絵里は無視して歩き出す。普通に歩くとマイペースである拓哉の足は遅いのを知っている。だから無理矢理にでも引っ張っていくのが正解だという事も想い人を色々と観察している絵里は知っている。
とにもかくにも、絵里の『拓哉とのデート(自称)』が始まるのだった!!
「で、最初に乗るのがこれですか……」
絵里に手を引っ張られたまま連れて来られた拓哉の第一声はそれだった。
「さあ、景気付けに最初から飛ばしていきましょう拓哉!」
「……いや、飛ばすって、何を?」
目の前にあるのは、幾多の馬や馬車に乗って騒いでいる子供や親の姿があった。それは、回されている限り、延々と回り続けるものだった。強いて言うなら、それは本物ではなく、作られて固定された馬だった。
言ってしまえば、ただのメリーゴーランドだった。
「一緒にテンション上げていくのよ拓哉!」
「これでどうやってテンション上げろって言うんだお前は!!最初に乗るのがメリーゴーランドって小学校じゃねえんだぞ!?」
「何を言っているの拓哉。メリーゴーランドは子供から大人までみんな平等に楽しめる素晴らしいアトラクションじゃない」
「子供がいるから安全のために親も一緒に乗っているという事を分かっていない……だと……!?」
目の前のメリーゴーランドを見てはしゃいでいる絵里を見て拓哉は思った。これはポンコツの時の絵里ではないか?と。しかしそれは少し外れてもいた。
「私メリーゴーランドなんて乗った事ないのよ。だから凄く楽しみっ」
「え、メリーゴーランド乗った事ないのか?」
「そうよ、だから今から乗るの!」
「まさか、遊園地自体初めてとか、ないよな……?」
「初めてだけど?ああ~休日だから仕方ないのは分かってるんだけど、メリーゴーランドも人が多いわねー」
見方が変わる。
噂で聞いたのかもしれない。パンフレットでも見て写真を見て分かったのかもしれない。自分なりに事前に調べて分かったのかもしれない。それでメリーゴーランドをどんな人達が乗るのかを知ったのかもしれない。
ふと、入場口で手に取ったパンフレットの一部を見る。そこに映っていたのは、無邪気な笑顔で喜んでいる子供や、それを楽しそうに横で見守る親が何人もいた。だから子供から大人まで楽しめるのだと絵里は言った。
(……案外、間違ってねえのかもしれねえな)
入るまでは何故か戸惑っていて不自然な態度だった絵里が今はこうして笑顔でソワソワしている。そこから分かるのは、決して嫌という雰囲気でもなく、ただ純粋に遊園地が楽しみなのがこれでもかというほどに伝わる。
(だったら、それだけでいいか)
初めての遊園地。誘ってきたのは絵里。だったら、絵里が楽しめるなら、どれだけでも付き合おうではないか。そうと決まれば拓哉の口から出たのは乗るという肯定の意味のある言葉だった。
「そんなにソワソワしなくても順番は必ずくるから、大人しく待ってろよ」
たとえ1つしか変わらなくとも、これがホントに年上なのかと思わせるほどにワクワクドキドキしている絵里に呆れと安心感を覚えつつ、優しく諭す。元々絵里から誘われた身である拓哉に最初から拒否権などはないに等しいものではあったが。
「そ、そうよね。まだお昼だしねっ。今日中に全部廻れるわよねっ!」
「おっほう、さすがに全部廻るとは思わなかったぜい大丈夫多分廻れる本気出せば廻れるさー」
優しく諭したら顔面に1トン級のパンチで反撃されたかのような衝撃を頭に喰らいつつも、いきなり決めた事を曲げる訳にもいかない拓哉はとりあえず適当に答えておいた。
混んでるとはいえ所詮はメリーゴーランド、10分くらい待てば既に拓哉と絵里は馬に乗っていた。
「もうちょっと柔らかいと思っていたけど、結構固いのねこの馬の乗り物」
「当たり前でしょ。柔らかかったら逆に怖いわ」
それが隣同士で馬に乗っている2人の会話だった。絵里が黒い馬に乗り、拓哉が隣で白い馬に乗っている状況である。絵里は最初2人で乗れる馬車の方を提案したが、拓哉がどうせ初めて乗るんなら馬の方がいいんじゃないかと言うのでこういう風になった。
「それでは、メリーゴーランド楽しんでくださーい!」
アナウンスのお姉さんの声が聞こえる。動く前段階の合図でもある。
故に。
「た、拓哉っ!と、とうとう始まるわよっ!準備はいい!?」
「何の準備すりゃいいんだよ……。初めてで嬉しいのは分かるけど、もうちょっと落ち着いたらどうだ?」
傍から見た絵里の今の状態を表すなら、今にも罰ゲームでいつ後ろから押されてバンジージャンプさせられるか分からなくてプルプル震えている人を見ているかのような感覚だった。
そして、固定されていた馬が、静かに、けれど徐々に激しく上下に動き出す。
「わ、わあ……!拓哉、拓哉!!動いてるっ、動いてるわ!」
「うん、知ってる。分かってるから。だからあまりハシャがないでくんない?拓哉さん割と恥ずかしいのでせうが」
理解はしているつもりだった。無理を言っているのも分かっていた。遊園地で何もかもが初めてな絵里にハシャぐなと言う方が無理な事も重々承知していた。けれど言うしかなかった。
何故なら、そこら辺の子供達よりも絵里はハシャいでいるからだった。
「回ってる、回ってるわ拓哉!!」
「当たり前の事をさも超すげえみたいな事言ってんじゃないよ!言っておくけどこの中で1番ハシャいでんのお前だからな!」
「最初にこれ乗ったの正解だったわ!凄く楽しいもの!」
「あーそうかい楽しいかいそれは拓哉さんも嬉しいなちくしょー!!」
絵里は気付いてないだろうが、さっきから周りの子供に付いている親がこちらを見ては微笑んでいた。どうあがいても知人にしか見えない拓哉も一緒で見られているから尚の事恥ずかしいのだった!!
アトラクションというものは、並ぶ時間は長くとも、終わるのは案外すぐというものである。それもありふれたメリーゴーランドなら尚更。
「終わるの早かったわね」
「むしろ早く終わってくれて全力で感謝したい気分だよ」
そういや大体何分くらいで終わるのかも分からないのか絵里は、と拓哉は思いながらガクッと項垂れながら歩いていた。拓哉としては注目の的から逃れる事ができて万々歳なのだが、
「ねえ拓哉、もう1回行ってみる?」
「全部廻れないかもしれないからさっさと次のアトラクションに行こうじゃないか絵里さんや!!」
絵里の背中を押しながらせっせと進む拓哉の背中は哀愁が漂ってたとかなんとか。
「次はあれね」
「いきなりハードになりましたね姫……」
2人共首を上に向けていた。絵里がわざわざご丁寧に指を指してしたのは、遊園地では絶対に乗る人が多いであろうジェットコースターだった。
「あのジェットコースター、パンフレットによると先月リニューアルしたばかりのジェットコースターらしいの。だから長めに並ぶ事も考えて早めに乗っておいた方がいいのよ」
「さいですか。よくお調べになってますね……」
話してる間も惜しいのだろう。気付けば拓哉は絵里にまたしても手を引っ張られていた。もう抵抗もする気もない拓哉は引きずられるがままに委ねながら思った。
(でもこいつ、初めてジェットコースター乗っても大丈夫なのか?普通に行こうって高所恐怖症でもなさそうだし、いやでもこのパティーンは結局は乗った時に不安がって泣き出すフラグじゃないの?エリチカおうちにかえる!とか言っちゃうんじゃないの?これ絶対そうだよね。そういうフラグだって拓哉さん分かってるからね)
そして。
そして。
そして。
ジェットコースターが発進された。
「きゃァァァああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッ!!」
「普通に笑顔で楽しんでるゥゥゥうううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううッッッ!?」
どっちが疲れてるかと問われれば、百人中百人が拓哉と答えるくらいには、拓哉が項垂れており、絵里がピンピンとしていた。
「リニューアルしただけあって楽しかったわね~!」
「何でそこまでピンピンしてんだよ……。おかしいだろ。うつ伏せのまま固定されて乗るジェットコースターなんて怖すぎだろうが!!」
「あれでしょ?ほら、スーパーマンみたいな体験をできるみたいな、拓哉も本物のヒーローみたいに飛べたと思えば気分も上がるんじゃない?」
「あんな無闇に回転しながら飛んだりしねえよ俺なら……」
リニューアル前は普通に座って楽しむジェットコースターだったらしいのだが、ここの遊園地のトップであるオッサンが『ジェットコースターをさ、何かこう、ほら、スーパーマンみたいな、うつ伏せで乗るジェットコースターとか楽しくない?』と言って作られたのがこれだった。
楽しい人には楽しいが、正直拓哉からしたらありがた迷惑以外の何物でもなかった。
「拓哉、大丈夫?」
「あ、ああ、多分大丈夫だ。少しフラつくだけだから……」
「それは大丈夫と言うのかしら……」
絶対空飛ぶヒーローだけにはなりたくねえ……と1人ボソボソと呟く拓哉をよそに、絵里はすでに次のアトラクションの目星をつけていた。
「次はあれね」
「大丈夫って心配した意味ある?」
―――――――――――――――――――――
「うっぷ……何で3連続で絶叫系乗るんだよ……というか何でこんなに絶叫系あるんだよ……。最初の合わせたら4連続じゃねえか……」
「拓哉、次どこ行きましょうか?」
「さすがにちょっと休憩させてっ!これ以上続けて行ったら拓哉さん色々出ちゃうからっ!!」
「そう?ならどこかのベンチで少し休憩しましょうか」
あのあと、まさかの3連続で絶叫系アトラクションを乗って、見事に拓哉はダウン状態になっていた。
「しかも全部が普通のジェットコースターじゃないなんてどういう了見だちくしょうめ……」
「普通のジェットコースターじゃつまらないだろうからこの際全部改良してみようっていうのがここの社長様のアイデアだそうよ」
「バカじゃねえのかここのオッサン……」
「あ、拓哉、あそこにベンチがあるからそこで少し休憩しましょ」
丁度誰もいないベンチを発見し、拓哉を座らせる。
「じゃあ私、そこで飲み物買ってくるから拓哉は休んでてね」
「お~う、悪いな」
「ホント、普通なら男の子がこういう事しないといけないんだからね……」
ベンチでぐったりしている拓哉に絵里は少し小言をぶつける。まあ、4連続で絶叫系を乗らせた自分にも一応罪悪感があるから飲み物を買ってくると言ったのだが、拓哉にそれは伝わらず、相変わらずの屁理屈を返してくる。
「ふん、今の時代女の子の方が威厳も強いのが多いんだ。それにテレビでもよく見るが夫は何かと鬼嫁に尻に敷かれてる事が多い。この事から考えても男が女性に紳士的にするより、むしろ女性が男に紳士的にするのが今の時代では合っているんだ。だから俺は悪くない、世界が悪い」
「こんな時でも屁理屈は出るのね……ふふっ、もういいから休んでなさい。買ってくるから」
減らず口をぐったりしながら言う拓哉を呆れながらも可笑しく思い、自販機へと歩き出す。
(今日ここに来てからずっと楽しい……。ふふっ、初めての遊園地で楽しみすぎかしらっ。でもこれだけ楽しいのも拓哉と一緒に来てるおかげね。好きな人と初めての遊園地なんて、楽しくない訳ないじゃない♪それに、今日は何たって拓哉とのデートなんだし!自称なんだけどね。って…………)
自販機まで辿り付いて、何を買おうかしているところで、絵里は大事な事を思いだした。
そう、忘れてはならない、初めての遊園地もそう言えばそうなのだが、1番忘れてはならない目的を忘れていた事を。
(や、やってしまったわァァァああああああああああああああああああああああああああああああ!!わ、私とした事が……!初めての遊園地でハシャぎすぎて拓哉との自称デート(仮)をすっかり忘れて遊園地を満喫して、しかも拓哉を思いっ切り振り回していたなんて……!!)
入場する前までは覚えていたのに、入場した途端にその目的は頭の中から出ていったと言うのが正しいだろうか。それはもうフルで満喫していたのは言うまでもなかった。
(絢瀬絵里、一生の不覚だわ……!)
自販機の前で崩れ落ちている絵里を奇異な目で見てくる人達にも気付かず、とりあえず落ち着いて作戦を見直す事にする。
(落ち着くのよ絵里、まだズレた道を真っ直ぐに戻す余地はあるわ……!もう遊園地も後半に差し掛かって作戦自体破綻しているけど、ここで諦めたらかしこいかわいいエリーチカの名が廃るわ!!)
そんな事を思っている時点で廃っているのは確定なのだが、それでも諦めないのはギリギリまで音ノ木坂廃校に立ち向かおうとした生徒会長の意地に似ているかもしれない。
(まず今までみたいにハシャぎすぎるのはもう止めにして、あくまでいつもの落ち着いた私を振る舞いながら楽しむ。そして、とりあえずアトラクションは全部制覇したいわね……。それと……最後は、観覧車で……)
最初の予定と大きく外れたが、これだけは譲れない。そう言わんばかりの決意の意志が、絵里の顔に表れていた。正直、最後に観覧車に乗りさえすれば作戦は成功に等しいのだ。
(……よし、これでいきましょう。私の作戦はまだまだこれからよ!)
頭の中で算段が固まった。
「拓哉、次に行きましょう!」
「おい、ジュースありがたいけど休憩という二文字はどこに行ったんですかね……」
「並びながらでも休憩はできるわ」
「横暴だ……」
それから、アトラクション全部制覇のために色々と乗った。とにかくもう乗りまくった。
急流すべり、コーヒーカップ(絵里が回し過ぎて拓哉嘔吐寸前)、迷宮迷路、空中ブランコ、スクリーンアトラクション等、そして、
「おい、これお前大丈夫なのか?」
「だ、大丈夫よ……い、行きましょう……?」
今までピンピンしていた絵里がへっぴり腰で震えながら行こうと言っているのは、『人が演じる機械幽霊屋敷~最恐最悪の恐怖を添えて~』と書かれたお化け屋敷だった。
「何で無駄に高級料理店のメニューみたいな名前してんのこれ。最恐最悪の恐怖とか添えてほしくないんだが。つかこれ絵里絶対無理じゃ―――、」
「いいから行きましょう!!いつまでもここにいたら逆に決心が鈍れちゃうじゃない……!全部制覇するって決めたんだから……!」
「そこまでして行こうとするか普通……。まあ、絵里がいいなら行くけどさ」
そして、絵里にとって地獄が始まった。
「あの、絵里さん?そこまでくっつかれると歩きにくいのでせうが……」
「だ、大丈夫……!ちょっと通路が狭くて仕方なくくっついてるだけだから……!!」
「いや、通路そんなに狭くないんだけど。腕がっちりみっちりホールドされてるんだけど。たわわで素敵な何かが当たってるんですけど」
拓哉の言う通り、通路はそんなに狭くはなかった。なのにそれだけ絵里が拓哉にくっついているという事は、まあそういう事だった。
ここはお化け屋敷。
つまり何も起きない訳もないという事で。
怖がる絵里に容赦なく襲い掛かるのは当然仕掛けやお化けだった。
「いやァァァあああああ!!た、拓哉!でた、出たのぉっ!!」
「お、ごっ……!!わ、分かったから、怖いのは十分分かったから!お化けの前に俺の腕がもげるゥゥゥううううううううッッッ!?」
何が恐ろしいって、お化けよりもお化けを怖がる絵里の恐ろしいバカ力の方が拓哉は怖かった。さっきから仕掛けやお化け役の人がでてくる度に拓哉の腕はメキメキィッ!!と嫌な音がしているレベルなのだ。
「も、もうやだぁ……エリチカおうちにかえるぅ……拓哉ぁ……」
(こんな時に幼児退行されても困るんですけどおッ!?)
怖すぎて涙目になっている絵里と、絵里のおかげでもげそうになった腕の痛みで涙目になっている拓哉の姿がお化け屋敷の中にあった。
「ったく、だからここだけは止めておいた方がいいって言ったのに……」
「拓哉ぁ……」
「あーもう!分かったから!どこかでリタイアできる場所探すから待ってなさい!俺の左腕が痛みと柔らかさ満点の幸せでごっちゃごちゃになってるから!!」
何とかもう片方の右手をお化けが出てきた瞬間に絵里の目に被せる事で姿だけを隠し、バカ力を発揮させないようにしているが、これもどこまで持つか分からない。だから手っ取り早くリタイアできる場所を探す作戦にでたのだった。
「リタイアできる場所……あ、あった……!」
「たくやぁ……たくやぁ……」
「ええい、暑苦しいうっとうしい可愛い歩きづらい良い匂い柔らかい面倒くさい色っぽい守りたい離せい……!」
逆に力が篭ってないと普通にくっついてるだけなのでただ腕に絵里の豊満な双丘が拓哉をドギマギさせるからどっちみちこのヘタレ純情少年には苦痛でしかなかった。
何とか、外に出る事は出来た。
「…………ま、まあ、少しだけ怖かったわね」
「少し怖いだけでバカ力発揮してリタイアするとか、本気で怖かったらどうなってたんだよ……。お化け役の人に小声で大丈夫ですか?って言われたくらいだぞ……」
「ご、ごめんなさい……」
「幼児退行までするなら最初から行かなかったらいいじゃねえか」
「幼児退行なんてしてないわよぉ……!で、でもリタイアしても一応入ったのは入ったからこれでオーケーよ……!」
エリチカおうちにかえるとか言っといて何がしてないだよ……と思いながらもここは思考の中に留めておく。まだ追及でもしたら何をされるか分かったものではない。そう考えて話を変える事にした。
「で、次はどうするよ」
「…………」
「……絵里?」
「……え?あ、ああ、そうね」
「……?」
何かを考えているかのようにしていた絵里は、慌てて拓哉に言われた通り次の予定を確かめるためにパンフレットに目を落とす。そして、今までとは違う雰囲気の顔になった。
そして一言。
「次で最後よ。最後は……観覧車ね……」
――――――――――――――――――――
その少女は、やろうと決めた時からずっとこれだけは計画に入れようと決めていた。
自分なりに色々と調べ、遊園地ならどこが1番ロマンチックであるか、時間帯、場所、タイミング、それが1番良いのはどこであるか。
それが観覧車だった。
「綺麗ね……」
「そうだな。……いや、ここは絵里の方が綺麗だぞって言った方が良かったか?」
「もうっ……そういうのは後付けなしで言わないと台無しでしょ?」
「ははっ、それもそうだな」
観覧車の中から夕焼けの景色を見ながら2人は軽く笑いあっていた。拓哉も景色が景色だからか、さっきまでの疲れを忘れて見惚れていた。逆に絵里は、そんな拓哉に見惚れていた。
(やっと、ここまできた。今まで拓哉と接してきて、好きだと気付いて、ここまでくるのに長かった。でも、ここでそうやくそれを終わらせる事ができる……)
「拓哉、あのね、お話があるの」
「ん、話?μ'sの事か?」
「いいえ、それも大事なんだけど、もっと個人的で、μ'sも関係ない事なの」
「という事は、絵里の話って事か?」
肯定の意味で首を縦に振る。普段のμ'sの話ならいつも話している。だからこれまでの話とは違う重い雰囲気を絵里が纏っているのが分かる。それを見て、拓哉の顔つきも変わる。ここからはおふざけは通用しないと。
「私ね、μ'sに入る前から拓哉と知り合って、色々ぶつかってきた。だからお互いあまり良い思いはなかった。でも最終的に拓哉は私を救ってくれた。私が思いつきもしない方法で立ち向かってきて、いつも私より前に立っていた」
俯きながらも少女は語る。
少年との過去を。
「ずっと感謝してた。そしてμ'sに入ってからも私はあなたを見ていた。いえ、見つめていたと言う方が正しいかもしれないわね……。何があなたをそんなに強くしているんだろうと思っていたから」
「何をって、そんなのμ'sのみんなはいるから俺はあいつらを守ろうって思って―――、」
「それも分かってるの。でも、それとはまた別に、拓哉を強くさせる何かがあるって私は思うの。いつも私の前を立って歩いて、それに追いつこうとして、でもずっと追いつけなくて……」
それを、どう捉えるか、拓哉には分からなかった。この少女が今まで何を思って自分を見てきたのか。何故そんなに自分に追いつこうとしているのか。生徒会長という立場だからではないのは分かっている。でも、それでもまだ掴みかねていた。
「ずっと追いつきたいって思ってた。そして、拓哉……あなたの隣で一緒に歩いていきたかったの……。追いついて、認められて、笑顔で拓哉と笑いあって隣同士で歩いていきたかったの」
「……絵里、おま、それって……」
「ええ、気付いたら、私は拓哉が好きになってた……」
そこでようやく気付いた。拓哉はどこかによくあるラノベの鈍感主人公とかではない。だから人の気持ちには敏感な方だった。しかしずっと後ろから拓哉を見てきた絵里だからこそ、拓哉にもその気持ちを気付かれなかったのだろう。
「好意と気付いてからも、ずっとあなたを見ていた。それだけは変わらなかった。好きでいて尚、私は拓哉の後ろにいる。追いつきたいと思ってる。隣に立ちたいと思ってる。隣でずっと笑いあいたいと思ってる……!」
悲痛な叫びではない。けれど、そう聞こえてしまうのは何故か。それは絢瀬絵里という少女にしか分からない。しかし、彼女が何をどう思っているのか、それを分かってやれる人間は、今、少女の前にいた。
「……だから、今はまだあなたの隣に立てる事はできないけど、いつかあなたの隣に立ちたいから、それを……見守っていてほしいの……」
少年はただ黙って、けれど、しっかりと少女の目を見ていた。
そして、少女は言った。
「私と付き合ってください」
同じく、少女も逃げたりはしなかった。ずっと少年の目から逃げずに言ってみせた。
空を覆うほどの赤い光が世界を支配し、
――――――観覧車は、頂点に達した。
やがて、それに答えるように、少年は口を開いた。
「俺はまだ絵里とは付き合えない」
「………………………………………………………………………………………………………………………………………………え?」
ここにきて、少女の顔は茫然とした表情に変わった。
「絵里、お前が俺に抱いてる気持ちは、ただの勘違いに過ぎないんだよ」
「……な、にを、言って、いるの……?」
「言った通りのまんまだよ。絵里が好意だと思っている気持ちは、勘違いだ」
少年から放たれるのは、少女にとってあまりにも無情な言葉だった。
「ずっと俺に追いつきたかったんだろ?隣に立ちたいと思ってたんだろ?そしてそれはいつの間にか好意になってた。そんなのがある訳ないじゃないか」
「……何で、そんな、事、言うの……?」
「嘘を言ってるつもりはない。絵里はただ気付いてないだけだ。だから俺が代わりに言ってやる。絵里、お前が俺に抱いてる気持ちはな、」
何故だか、それ以上は聞いてはいけないと少女の脳が危険信号を出した。決定的な事を言われそうな気がして。
「拓哉、待っ―――、」
「俺への『憧れ』にすぎない」
「―――――っ!?」
放たれてしまった。まるで本望で操られていた少女を容赦なく正気に戻してしまうような言葉だった。
「μ'sに入る前から俺はお前の前に立ってたんだろ。それはμ'sに入ってからも変わらなかったんだろ。ずっと追いつきたいと思って、そう願って、努力もしたかもしれない。ずっと俺の事を見てくれてたのかもしれない。でもな、それは俺を見てきたんじゃない。俺の中にある『何か』なんだ。それがお前の言う俺の強さ。決して岡崎拓哉自身なんかじゃない」
「……え、あ……っ」
何も言い返せなかった。それはいつかの感覚に似ていた。μ'sに入る前、少年と何度かぶつかってきて、幾度となくその感覚を味わってきた。
今日告白する決意をした。
今日のために色々調べたりもした。
少年にも楽しんでほしいために努力もした。
とてつもない勇気も出した。
そして、フラれる覚悟もしていた。
だから。
なのに。
自分の好意が憧れだと、ただの勘違いという理由でフラれるなんて、思いもしなかった。
「だから俺は、俺自身を見ていない絵里とは、付き合えない」
少女は必死に声を押し殺し、俯きながら涙を溢れさせる。
もう、終わりだった。
観覧車は下がりつつあった。
ロマンチックなどという光景は、どこにも存在しなかった。
勘違いだった。
憧れでしかなかった。
好きだと思っていた少年から直接諭されてしまった。
絢瀬絵里という少女の初恋は。
ただの勘違いという形で、あまりにもつまらなく終わりを迎える。
―――はずだった。
「……違うわ……」
「……絵里?」
少女の声は、死んではいなかった。
「確かに私は拓哉の言った通り、憧れを抱いてたかもしれない。それはμ'sに入る前からも、今でもそうなのかもしれない……」
まだ完全に泣き止んでないせいか、声は震えていた。それでも、少女は続ける。
「でも……!!私が拓哉を好きだという気持ちは変わらないもの!!」
この想いが間違ってないのだと、この少年に気付かせるために。
「だからそれは勘違―――、」
「違う!!憧れてるけど、ずっと追いつきたいって思ってるけど……!私は拓哉が好きなの!これだけはいくら拓哉でも否定させない。いいえ、拓哉にだけは否定させないんだから……!」
少女は今度の今度こそ、少年の目から逃げない。確かな気持ちを伝えるために、自分の想いを勘違いだと言ったどうしようもないバカな少年に分からせるために。
「私がただ拓哉を憧れてただけなら、わざわざ初めての遊園地に誘うなんて思う……?ただ憧れてただけなら、ずっとあなたを見ていただけと思う……?違う、そんな訳あるはずがない……!だって私は今さっきあなたにフラれて泣いてたもの。どうしようもなく悲しかったもの……!」
拓哉が好きだから、初めての遊園地に誘った。
拓哉が好きだから、事前に色々と調べてきた。
拓哉が好きだから、楽しんでほしいために努力もした。
拓哉が好きだから、とてつもなく勇気も出せた。
拓哉が好きだから、自分もこんなにも楽しめた。
拓哉が好きだから、フラれた時は悲しくて泣いた。
それらは、ただ憧れで済ませる事ができるようなものではなかった。
「……もう一度言わせてもらうわ、拓哉。あなたに追いつきたい。隣にいたい。隣で笑っていたい。それは憧れでも何でもない。絢瀬絵里は、岡崎拓哉、あなたが大好きです。私と付き合ってください」
もう、少女の目に迷いはなかった。憧れとは完全に別の、想いが確かにそこにはあった。
少年も既にそれは理解していた。いや、絵里の言葉を聞いて理解せざるを得なかった。
そして。
そして。
そして。
「それでもまだ、俺は絵里とは付き合えない」
またしても、少年はそれを否定した。
「……一応、理由を聞かせてもらえるかしら?」
最初は目を見開いたが、絵里もすぐに表情を元に戻し、理由を尋ねた。しっかりと少年の目を見て。
「絵里の気持ちは分かった。ただ俺への憧れだと思ってた。でもそれは違った。絵里はちゃんと憧れとは別に俺の事を好きでいてくれた。あんなヒドイ事を言ったんだ。普通なら嫌いになってもおかしくはないのに。それでも絵里はそこで諦めずに立ち上がったじゃないか」
そこで絵里は頭に疑問符を浮かべた。今は拓哉が喋っているから声には出さないが、告白を断られた理由にしては、マイナスよりもプラスの事を言われているような気がしてならないと。
「だったらそれはさ、お前が求めた俺の中にある『強さ』なんじゃないか?どんなに絶望に突き落とされても諦めない、その強さが絵里を立ち上がらせた。ならもう俺はお前の憧れなんかじゃない。お前はもう既に俺の隣に立ってるんだよ」
「た、くや……?」
絵里にはまだ少年の言っている事が理解できなかった。なら何故断ったんだと。憧れでなく、既に隣に立てたのなら、何で断られたのかを。
そしてその理由は次の少年の言葉で消える事となる。
「なら俺もお前の隣で歩き続けるために、俺から手を伸ばさせてくれ。男である俺から言わしてくれ。2回もフッてごめん。絵里、俺と付き合ってくれ」
少女は少女なりに頑張った。
であれば。
少年も少年なりのやり方で少女に手を伸ばした。
ずっと望んでいた。ずっと後ろから手を伸ばし続けていた。
一度断られても、立ち上がり、それでも手を伸ばした。
かくして、それは向こうからも差し出された。
その手を取らない理由なんて、どこにもなかった。
「……もちろん、当たり前に決まってるじゃない……!」
「へへ、ありがおぅわっ!?」
少年の手を取り引っ張って抱き付く。あとから少年も優しく抱きしめ返してきた。それだけで幸せでいっぱいになる。
色々あったけれど、観覧車の頂点でロマンチックなシーンなんてどこにもなかったけれど。
「……拓哉、ずっと隣にいてちょうだいね」
「……お前がそう望む限り、前にも後ろにもいけねえよ」
「ふふっ、その言葉、とってもハラショーよ♪」
必死に手を伸ばして手に入れた幸せという気持ちが溢れている少女に、そんなのはどうでもよくなっていた。
「さっき、泣かせちまって、悪かったな」
「だったら、これから私をたっくさん笑顔にしてちょうだいね♪」
「……当たり前だろ……」
諦める事を、諦めきれないという理由で、諦める事さえも忘れた瞬間に、また1つ、奇跡は起きるのだと、この少女は証明してみせた。
さて、いかがでしたでしょうか。
本編じゃまだシリアスキャラである絵里ですが、前半思いっきりポンコツにしましたw
いつも落ち着いてる絵里がハシャぐ姿は可愛いですね!
でも後半はどシリアス(笑)
これはこれでアリだと思ってます。良い話に書けてたら満足ですじゃ。
いつもご感想評価ありがとうございます+ご感想評価お待ちしております!!