絵里&希加入編クライマックスです。
その少女は、とある教室の席に座っていた。
そこは少女のクラスで、少女の席でもあった。
まだ朝の早い時間帯故か、登校してくる生徒はどこにもいなかった。
朝の日差しを微かに感じながら、少女は机で頬杖をつく。少女が何を思ってここにいて、何を思ってそんな顔をしているのか、それは少女にしか分からなかった。
先程の出来事を思い出してみる。
親友に言われた事がずっと頭の中でグルグルと回っていた。紫髪の彼女は自分の本心を知って尚、それでも自分の口から本心を言うのを待っていた。そのために強めに言ってしまったところもあったのだろう。
ここしかないと思って。
しかし、それは悪手となってしまった。
それが余計な焦りと戸惑いを少女に与えてしまった。考えて、考えて、考えて、だけど、出てきたのは結局自分への否定だった。
それで親友をも突き放してしまった。今更本音を言っても意味がないから、言ったところで何も変わらないから。これで、もう、本当に、誰も、自分に手を差し伸べてくれる事はない。
μ'sの彼女達には無視をするように去って来てしまった。唯一の親友には手を差し伸べてくれたのにも関わらず、自分でその手を振り払ってしまった。これで終わり。救いはない。特に親友の彼女にあんな事を言ってしまったら、元の関係に戻れる保証もない。
親友だったものが親友ですらなくなる。そんな恐怖心に駆られる。でも、それも自分で選んでしまった道。関係が壊れてしまったら、もう親友の彼女とは話せないかもしれない。そうなれば、もう、誰ともかかわりを持つ事ができない。言ってしまった手前、半端だがそういう覚悟もしていた。
だから。
なのに。
やはりどこかでその思いがあった。いくら自分で言ったとして、いくら半端でも覚悟してたとして、それはもう、自分でコントロールできるようなものではなかった。本当は誰かに手を差し伸べてほしかった。助けてほしかった。どれだけ自分がそれらを否定してきても、その気持ちはずっと心の奥底で願っていた事だった。
それはもう少女の中ではできない事だとも理解していた。あれだけ否定した。なのにまだ自分に手を差し伸べようとする者がいれば、そいつは本当にどうしようもないお人好しなのだと思う。
「……けて……っ」
少女の声が静かな教室内に響く。
誰もいないからこそ、誰にも聞かれないからこそ、この空間の中だけ、少女の本当の言葉が静かに響く。
「助けてよぉ……っ」
そして、そんな少女の助けをまるで受けたかのようなタイミングで、教室のドアが開かれた。
「―――見つけたぞ、生徒会長」
本当に、どうしようもないくらいにお人好しで、困ってる人がいれば問答無用で手を貸し、泣いている女の子がいれば絶対に助ける。そんな根がバカみたいに真っ直ぐで、味方だろうが敵だろうが無条件に手を差し伸べようとする、そんな茶髪のツンツン頭の少年が。
――――少女の心へと介入する。
◇―――42話『True heart』―――◆
「ぁ……っ、な、何で、あなたが……」
よりにもよってあの少年が来た事により、絢瀬絵里は咄嗟に自分の涙を拭う。そうしてまた、本音を隠し、嘘の気持ちへとコーティングしていく。
しかし、そんな事は急にはできない。それが表情となり、焦りとなり、顔に出る。
「色々と探してまわった。生徒会室にも行った。もしかしたらアンタの気持ちに気付くのが遅かったかもしれない。俺ならもう少し早く気付いてやる事ができたかもしれない。もう手遅れだと思ってる奴もいるかもしれない。それでも、俺はアンタを見つけたぞ」
明確に。
まるで何の容赦もなく心の中まで土足で淡々と入ってくるかのように、少年の言葉は少女の胸の内へ入ってくる。
それに対し、あくまで平静を装い、少女は少年を軽く睨みながら呟く。
「……何で、ここへ来たの?」
明らかに歓迎されているような感じではない事も分かっている。そんなのは少女の目を見れば分かる。少年を見るその目はいまだにどこか敵対心があった。それでいて尚、少年は臆さない。
「決まってるだろ。途中で練習を抜けられちゃ困るんだよ。だからアンタを連れ戻しに来た」
ああ、やはりそうか……と。絵里はそう思っていた。この少年は自分を助けに来たわけではない。ただμ'sの彼女達のためにここへ来ただけに過ぎないのだと。ただし、そのくらいの予想は絵里にもできていた。だから、最初から何を言うか決まっていたかのようなセリフで答える。
「だから、まずは昨日行った課題を全部こなして―――、」
「これがμ'sの手伝いとしての俺の“今まで”の行動だ」
自分の言葉が遮られ、少年の口から出てきた内容に思わず疑問が浮かぶ。
「そして、
次に少年から発せられた言葉。またも疑問が脳内に広がる。連れ戻しに来たのはμ'sの手伝いとしての彼の行動……?なら、本当の意味で、岡崎拓哉自身としての行動は……?
「生徒会長、このままアンタを放っておく訳にはいかなくなった。勝手で悪いけど、アンタを助けさせてもらうぞ」
「……………………………は?」
今度の今度こそ、絵里の頭は一度空っぽになった。そのすぐあとに疑問で埋め尽くされる。この少年は今何と言った?放っておく訳にはいかない?助けさせてもらう?一体、一体……、
「一体、何を、言ってるの……?」
訝し気な瞳で少年を見る。完全な理解ができなかった。いや、理解はしていても、処理が追いつかなかった。
「私を、助ける……?何で?私は別に誰かに助けてほしいなんて思ってないわよ。勝手な思い込みはやめてもらえるかしら」
あくまで、さっきまでの自分の本心を隠しながら、“演技”を続ける。
そして、当然、少年はそんな少女の涙の跡を見逃してはいなかった。強がりだという事も分かっている。今言っている言葉が本心ではない事ももう知っている。
だから、
「強がりはやめろよ。さっき東條とアンタが話してたのを偶然だが聞かせてもらった」
「ッ!?」
少女の顔が一瞬で強張る。さっきの親友との会話を聞かれていた。それはつまり、既に少女の本心を知っているという事になる。ならば、もうこの見え透いた演技をする必要も、する事もできない。
「……そう。なら、どうしろっていうの?私を助けるって、どうやって?私にμ'sに入れとでも言うの?」
だったら、こうして開き直る他ない。それでも、本心をむき出しにしようとも、少女の表情が崩れる事はなかった。むしろ余計に険しくなっているようにも見えた。それでも、少年は臆さない。
「ああ。単刀直入に言うが、アンタにはμ'sに入ってもらう」
「っ……、本当に単刀直入ね。でも何で?私の本当の気持ちを知ってそう言ってるだけなら、そんな同情はいらない。それに、さっきの希との会話を聞いていたなら分かるでしょ。私に今更そんな事を言う資格はないの……。だから、それを受ける事はできないわ……!」
歯を食いしばるように、少女はそれを否定する。今まであれだけの事をして、言ってきて、彼女達の前にいつだって立ちはだかって、邪魔にも似たような事をしてきた。そんな自分が、今更μ'sに入りたいなんておこがましいにも程がある。
「関係ねえよ」
「……え?」
けれど、そんな少女の心情なんて少年にはどうでもよかった。今まで彼女がしてきた事をちゃんと分かって、立ちはだかってきた事も知っていて、だけど、そんなものは関係ないと少年は言う。
「今までアンタが穂乃果達にしてきた事くらい、俺も側にいたんだから分かる。でもな、そんなもの俺にもあいつらにも関係ねえんだよ。アンタが穂乃果達にしてきた事、言ってきた事、立ちはだかってきた事、邪魔にも似たような事もしてきたのも知っている。それでも、前までのアンタと今のアンタの気持ちが変わってる事くらい、その涙の跡を見りゃ分かるんだよ」
言われてハッとする。少年はずっと見ていた。変化にはほんの少しずつだけど気付いていたのだろう。決定打には及ばなかったが、それこそほんの僅かな変化には気付いていたのだろう。
絢瀬絵里の気持ちの変化に。
「……だったら、どうなるの……。あなたに私の気持ちが分かったところで、関係ないって思ったところでッ!それはあなたの言い分にすぎない!私は私の気持ちに嘘付く事はできないの……。罪悪感なんてそう簡単に消えるものじゃない……ッ!!」
「だったら正直に言えよ。自分の気持ちにくだらねえ嘘付かないで、アイドルを始めたいって言えよ」
「ッ……!だからっ―――、」
「こちとら最初からそんな話なんてしてねえよ。罪悪感だとか、今までのアンタの行動だとか、そんなんじゃねえ。俺が知りたいのは、“今のアンタの本当にやりたい事”だ」
ずっと、そうだった。最初から少年の聞きたい事はたった一つだけだった。少女の口から、ちゃんと、μ'sに入りたいという言葉だけが聞ければそれでよかった。
そして、少女の口から出た言葉は、
「……ダメよ……。もしここで私が入りたいって言って入ったとしても、彼女達は私の事を快く思わない。そこまでの事をしてきたんだもの……」
絢瀬絵里という少女は高校3年生としてはしっかりしている。しかし、しっかりしているからこそ、真面目だからこそ、過去の事をそう簡単には清算できないという事も知っている。
「それに、今の不安定のままの状態でオープンキャンパスでライブをやっても成功なんかしない。きっとそこで彼女達は挫折してしまうわ……」
「だからそれを回避するためにアンタに―――、」
「私の事を快く思っていない彼女達のとこに私が入って、余計にこじれてしまう可能性の方があると言ってるの。それこそ本当の意味で挫折を味わう事になる……。今まで通りのやり方じゃ意味がないのよ」
ちゃんと先の事を考えてるからこそ、最悪の未来をも考えてしまう。そっちの未来の方が鮮明に頭の中に流れてしまう。まるで過去の自分が挫折した時の事を思い出してしまうかのように。
「今までは観客がいないライブやPVをやってきた彼女達だけど、今度のライブは知り合いでもない、中学生の子達が来るの。知名度が上がってきてるから今度は見に来る人達もいると思う。でも、今の状態でライブをやったとして、初めて普通の観客がいるという場所で彼女達が今まで以上の力を発揮できるとは思わない。緊張してダンスがズレたり声が思うようにでなかったりするのが落ちになってしまうわ。そして挫折を一度味わうと、そこから立ち上がる事はもう、できないの……」
少女の言葉を聞いて、拓哉は少し疑問が出てきていた。μ'sの事を言っているはずなのに、まるで自分の過去を語っているかのように聞こえてしまうのは何故か。そういえば、自分はまだ少女の過去の事を知らなかった。
なら、今しかそれを聞く事はできない。
「……何で、アンタはそこまで“挫折”って言葉に拘るんだ。何で、その言葉を出す度にアンタが苦しそうな顔をするんだ?」
拓哉の言葉に、彼女の体が一瞬ビクッと過剰に反応する。おそらくこの少年は話さないといつまでも聞いてくるに違いないだろう。だったら話してやろう。話した上で、分からせてやろう。
そして少女は語る。
自分の過去を。
挫折を味わった事を。
「私は小さい頃バレエをしていたの。必死に練習して、努力して、自信が持てるほどになってやろうと頑張った。自分の努力を大切なおばあさまに見てほしかった。だからオーディションにも出たわ。自分のできる最高のパフォーマンスができたと思った……。でもそれは自分の中だけの根拠のない自信に過ぎなかった。結局、オーディションに選ばれたのは私ではなく他の子だったわ……。私は悔しくて仕方がなかった」
本当に悔しかったのだろう。まるでその出来事が昨日の事のように少女は語る。それを話すのがどれだけ辛くとも。
「あれだけ努力して、練習しても、自信が持てても、結局選ばれなかったら意味がないのよ……!おばあさまはよく頑張った、オーディションなんて気にしなくていい、私の中じゃあなたが1番だと言ってくれたわ……。けれど、当時の私にその言葉が素直に入ってこなかった。だってそうでしょ……?どんなに頑張ってもそれが報わなければ何の成果にもならない……!死にもの狂いの努力は、簡単に挫折に変わってしまうの……ッ!」
少女の顔はどんどんと悲しみに歪んでいく。少年は、ただそれを黙って聞いているだけだった。
「結局、過程がどうあれ全ては結果で変わるのよ……。自分の実力を大切なおばあさまに見て欲しかったのに、私の努力は結果で無駄に終わった……。だから、挫折を味わった私だからこそ、今の彼女達じゃダメだという事も分かる!このままじゃ私と同じようにどうしようもない挫折を味わう事になるの……!!だったら、そんな事になる前に、彼女達を止めるべきなのよッ!!」
本心だった。
悲しみに歪んだ少女の本心だった。
大切な人に努力の成就を見せたかった。
しかし、それは叶わなかった。
結果的に、少女は努力は無駄だと思ってしまった。
ならば、挫折を味わう前に無駄な努力は止めるべきだと考えた。
そして、少女の過去を聞いて、今まで黙っていた少年は、口を開く。
「それは違うだろ」
「…………え」
出てきたのは、少女の言っていた全てを真っ向から否定する言葉だった。
「ふざけんな……。結局アンタは挫折が怖くて逃げただけじゃねえか」
「なっ……そんな事―――、」
「違わねえよ」
明確に、否定する。少女の過去を聞いた上で、はっきりと否定してやる。
「アンタがダンスが上手いってのはもう聞いた。でもアンタの過去の事は知らなかった。それを今聞いた。その上で、俺はアンタの考えを否定する。そうしないといけないから。アンタがどれだけ努力して頑張ってきたのかも実際見てない俺には想像できない。アンタが大切に想っているばあさんの前でどれだけの挫折を味わったのかも想像できねえよ」
そう、実際拓哉は絵里の過去にいた訳じゃない。だから彼女がどれだけの気持ちを持ってオーディションに挑んだのか、そしてどれだけの挫折を味わったのかも分からない。けれど、それでも否定しないといけないと思う事があった。
「だけど、努力が無駄なんて事だけは絶対にない。いくら報われなくても、それをちゃんと見てくれてる人だっている事をアンタは忘れてるんだ。……だってそうだろ?アンタは確かに挫折したかもしれない。過程が無駄になって、努力も無駄になったかもしれない。でも、評価されなくても、アンタのばあさんはちゃんと見てくれてたんだろうが。1番だって言ってくれたんだろ!」
少女は努力は無駄だと言った。結果が全てだと言った。しかし、それだけが全てじゃないという事を、少年は知っている。
「だったら、アンタは努力が無駄なんて言っちゃダメだ!アンタがそんな事言ってしまったら、アンタのばあさんが言ってくれた事までも無駄になっちまうんだ!!自分の大事な人に見せたかったのは結果だけが大事なんじゃない。アンタの努力を1番見てくれた人がアンタを1番だって言ったんだ。それまでも否定してしまったら、アンタがばあさんをも否定する事になっちまうんだぞ!」
「ッ!?」
これだけは、否定しなくちゃいけない。少女の大事な祖母だからこそ、少女の祖母の言葉の意味を理解させてやらなくちゃいけない。
「努力すれば叶うなんて綺麗事は言わねえ。でもな、アンタがアンタのばあさんの言葉を素直に受け入れていたら、あとの結果が変わったかもしれないんだ!また次に頑張ろうと思えたかもしれない。もっと努力しようと思えたかもしれない。なのに、アンタは結局また挫折するのが怖くて逃げただけなんだよ。過去の自分と、今のμ'sを重ねてな」
「そんな、事は……っ」
否定できないでいた。祖母の事もそうだったが、挫折を1番に感じて、そんな過去が今も心の傷として残っているからこそ、絵里の本心をこんなにも揺さぶってしまう。だから、少年はこの少女を救う。そのためにここまでやってきたのだから。
「自分の過去から逃げるなよ、絢瀬絵里」
少女と真っ向から立ち向かうためにきた。少女の本心を聞いて、過去を聞いて、少女を助けると決めた。少女の親友から涙ながらに頼まれもした。であれば、絶対にこの少女を見放すわけにはいかない。
向き合って、言葉をぶつけて、挫折に怯えている少女を引きずり出してやるしかない。
「過去の挫折から逃げてんじゃねえ。勝手にあいつらが挫折すると決めつけてんじゃねえ。ファーストライブの時のように、いつだって危機的状況をあいつらは乗り越えてきたんだ。挫折をも乗り越えてきたんだッ!過去に引きずられてるアンタと一緒にしてんじゃねえよ!1人じゃ無理なら他のみんなの力も借りればいいんだよ!だったら!!アンタも一緒なんだッ!アンタもあいつらがいれば過去を乗り越えられるかもしれないんだ!!」
「……そんなの、そんなの分からないじゃないッ!!あの子達はそうだったかもしれない!色々と乗り越えられたかもしれない!でも、私は違うのッ!一度乗り越えられなかった壁はそう簡単には乗り越えられないのよ!!出来る者と出来ない者を一緒にしないで!!」
まだ、絵里は底にいる。暗い、暗い挫折の闇の底にいる。でも、さっきまでとは違う。ハッキリと言葉を返してきている。それはつまり、拓哉の言葉が絵里の中へしっかりと入っている証拠だった。
ならば、もう少し。
「それが逃げてると一緒だっつってんだろうが!!やろうともしないで、やってもいないのに決めつけんな!アンタはまだ過去を乗り越えられるんだ!!諦めなければいいだけなんだよ!!」
「っ……!何でそんな事が言えるのよッ!!どこにもそんな確証なんてないくせに!あなたの勝手な自己満足な思考に私を巻き込まないで!!」
絵里の目には、しっかりと拓哉が映っていた。さっきまでずっと俯いていたのに、まるで対抗するかのように座っていた体を立たせてまで拓哉の目を見据えていた。
「アンタはまだ怯えてるだけなんだ!でも諦めが付いてないって事も分かってる。だってそうだろ。アンタは昨日今日まで廃校を何とか阻止しようと必死に策を練ろうとしてた。ギリギリになっても守ろうと考えてたんだろ!だったらそれは諦めてないって事じゃねえかよ。アンタは賭けてたんだ。ほとんどないような可能性にも賭けて頑張ってたんだ。なら、それはもうほとんど無意識にでも過去を乗り越えようとしていたんじゃないのかッ!」
「…………ッ!」
動いた。拓哉は会話の中のほんの僅かな絵里の動揺を逃さなかった。拓哉の目を見てから口論を続けてきた彼女の目が、ようやく動揺の動きを見せたのだ。突くなら、今。
「……でも、それでもどうにもならなかった!私の考えた策じゃ奇跡は起こらないって思ってしまった……!なら、結局私じゃ無理だったって事でしょ!!」
「無理じゃねえ!そこでもアンタは逃げただけだ。挫折という鎖がアンタをまだ縛り付けてるってんなら、俺がそれを切ってやるッ!そしてあいつらと起こしてみせろよ、奇跡を。そういうもんだろ。ほんの僅かな可能性にかけて、何かが手に入るって信じて、それでちょっとでも変えられるのが前に進むって事だろ!それこそが、奇跡ってやつじゃないのかよ!」
既に下準備は済ませておいた。そろそろ頃合いだと思っていた。いつまでも待たせる訳にもいかない。あとほんの少し、彼女の純粋な気持ちを聞きだせば、役割は終わる。
「言えよ。μ'sに入りたいって。あいつらはアンタが思っているより強い奴ばかりだ。学校を守るために必死で頑張って、それでもあいつら自身も楽しいからやっている。だから、たとえダンスが上手くなくとも、あいつらの魅力に惹かれる人が多いんじゃないのか。だったらさ、アンタも入って、あいつらと一緒に歌って踊って確かめればいい。また壁にぶつかりそうになったら、仲間と一緒に乗り越えればいい。何だったら壁をぶち壊してやればいい。だからさ、入れよ」
「ぁ…………」
言い終えた。とりあえず、拓哉は自分のできる手を尽くした。あとはこれにこの少女が応えれば、この状況を打破できる。しかし、手を差し伸べるとは言っても、それは拓哉自身ではない。
「……ぃ、の……?本当、に……?」
「ああ」
再び俯いて小さく呟く少女の微かな声にも、ちゃんと反応する。少女が変わる瞬間を、過去を乗り越える瞬間を、見届けるために。
「……り、たい……っ。わた、しも……μ'sに、入りたい……っ!!」
乗り越えた。
変わった。
前に進む事ができた。
心からの本心を素直に曝け出す事がようやくできた。
であれば。
こちらも最高の手を尽くして迎えてやろうではないか。
「だってよ、穂乃果」
「…………え?」
拓哉が振り向き、絵里がキョトンとなる。
そこにいたのは、高坂穂乃果率いる、μ'sのメンバーと、絢瀬絵里の親友、東條希だった。
「の、ぞみ……?」
「ごめんね、エリチ……。ウチがエリチを助けないとあかんかったのに。でも、岡崎君に頼んで正解やったみたいやねっ」
訳が分からなかった。何故、自分から引き離してしまったのに、この親友は自分に謝ってきたのか、何故、μ'sのメンバーと一緒にいるのか。
「俺が東條に頼んでおいたんだよ。穂乃果達をここに呼んでくるようにってな」
「もぉ、ずっと立って待ってるの退屈しちゃったよ!」
「悪い悪い、意外とこの生徒会長が強情だったから……」
結論から言うと、こうだった。
拓哉が絵里を教室で見つけて入る前に、メールで希にμ'sメンバーを呼んでくるように頼んだのだ。そして、拓哉と絵里の会話を聞いて、穂乃果が良いと思った時に教室に入ってきていいと。
そういう計算を拓哉はしていた。そしてそれは見事に上手くいったのだ。
「……そういう事だったのね……」
「ああ、こいつらは最初から異論はないと俺は思ってた。でも一応って事で教室の外から見させておいたんだよ。アンタの本心を聞かせるためにな。……さあ、そんな訳で続きだ。穂乃果、生徒会長はμ'sに入りたいそうだ。……どうする?」
わざとらしく、拓哉は微笑みながら穂乃果に問いかけた。一応、穂乃果も他のメンバーを見回してから再び絵里の方へ向いた。
結果など、最初から決まっていた。
「絵里先輩、是非μ'sに入ってください!私達には絵里先輩が必要なんです!一緒にμ'sで歌ってほしいです!スクールアイドルとして!」
そして、μ'sのリーダーから、手が差し伸べられた。
「特に理由なんていらねえ。特別な理由や複雑な思考なんていらねえんだよ。やりたいからやる。それだけでいいじゃねえか」
拓哉の言葉が教室内に響く。それは、さっきまでとは違って、絵里の心へすんなりと入っていった。
手は、握られた。
「絵里先輩……!」
「これで8人……!」
「いや、まだだ」
ことりが8人と呟いた瞬間、拓哉がそれを遮った。まるで他にもまだμ'sに入る者がいるかのように。
「あと1人、μ'sに入るべき人がいる。そうだろ、東條」
「ふふっ、やっぱり岡崎君はさすがやね」
拓哉と希が見つめ合う中、他のメンバーは少し驚いていた。
「ええ!そうなんですか!」
「占いで出てたんや。このグループは9人になった時、未来が開けるって。だから付けたん。9人の歌の女神、μ'sって」
「じゃ、じゃあ、あの名前付けてくれたのって、希先輩だったんですか!?」
「そうだよ、最初から分かってたんだよ。東條はな」
「そういう岡崎君も何となく察し付けてたんやろ?」
「まあな」
拓哉がずっと引っかかっていた違和感、それが希だった。ずっと影から支えるように手助けをしてきたのだ。大体の察しは付いていたのだろう。
「希……、まったく、呆れるわ……」
そう言うと、絵里は歩き出す。
「どこへ?」
海未の問いかけに、絵里はただ一言だけ言った。
「……決まってるでしょ。練習よ!」
もうここに、笑顔じゃない者はいなかった。
そんな会話を聞いて、拓哉は1人黙って教室を出るために静かに歩き出す。
(ここはμ'sのこいつらだけいい。あくまで手伝いの俺は一旦外に出て待ってるのがいいだろ。岡崎拓哉はクールに去るぜってか)
そういう魂胆もあったのだが、それは絵里が拓哉の前に立ちはだかった事により、できない事となる。
「えっと……生徒会長?何で通せんぼみたいな事してらっしゃるのでせうか……」
「希、岡崎君に言ってあげて!」
拓哉の言葉を無視し、絵里はさっきまでのテンションとは違い、元気な声で希に指示をした。
「岡崎君、確かにウチの占いには9人の女神は未来を開けるって言ったけどな……もう一つ占いで出たのがあるんよ」
「もう、1つ……?」
拓哉が訝し気な目で問いかける。それに対し、希も含め、拓哉以外の全員が微笑みながら拓哉を見ていた。
「女神を守るためには、
その意味は、何故だかすんなりと頭に入ってきた。
「……ったく、そうかよ」
教室の外へと向いていた足は、再び戻り出す。
女神達の元へと。
さて、いかがでしたでしょうか。
都合上により、この話は拓哉と絵里の口論対決がメインとなりました。次回はライブやその他諸々をやっていきます!
何はともあれ、やっと、やっとμ'sが全員揃いました!!
ここまでくるのに長かった……!ここまでお付き合いくださった読者の方々に感謝を。
そしてここからが本当のスタートでもありますゆえ、何卒お付き合いくださいませ!!
いつもご感想評価ありがとうございます+ご感想評価お待ちしておりますマジで!!
そして新たに高評価をくださった、
kiki00さん
本当にありがとうございます!!