今回は執筆できる時間が多かったので、久々にボリュームたっぷりでお届けできるかと思います。
では、どうぞ。
道端に男女が2人ほど倒れ込んでいた。
もっと正確に言えば、少年の方は完全に倒れていて、もう1人の少女はその上に跨っていた。
傍から見ればいかにも道端でイケナイ事をしているようにしか見えないが、当の倒れている少年からしてみればそんな事知るかと一蹴するくらいに叫ぶだろう。しかし叫べない。
何故なら、たった今跨っている少女に顔面グーパンチをモロに頂戴したからである!!
そこに、それを遠くから見ていたμ'sの面々が駆け寄ってくる。
「あれま、たくちゃん大丈夫?」
「う、うぶぅ……」
「ダメみたいですね」
珍しくノックアウトされていた。
「まったく……先輩があたしから逃げようとするから悪いんですよっ!普通なら久しぶりの再会なんだから快く走ってきたあたしを先輩の胸で受け止めるのが定石ってもんでしょ」
「それはそれで私達がちょっと困っちゃうんだけどね……」
少年に説教のつもりでぶつくさ言っていたら思わぬ方向からの口だしによってあざとい少女は気付く。それでも少年の上から退く気配すら見せず、そのまま少女は穂乃果達を見てハッとした顔になりながらも言った。
「あっ、あなた達がスクールアイドルのμ'sですか?」
まるでどこかで自分達を見て知っていたかのような口ぶりだった。
「え?あ、そうだけど……私達を知ってるの?」
何となく、μ'sのリーダーという事で代表して穂乃果が話す。
「ふっふーん!当たり前ですよ!スクールアイドル『μ's』。それは今最も注目を集めているグループですからね!」
「え?そうなの?」
穂乃果の振り返り聞いた事で、スクールアイドル事情に詳しい(大のアイドル好き)花陽がそれにおろおろとしながらも応える。
「は、はい……。絵里ちゃんと希ちゃんが入ってから私達はネットの中でどんどんと“噂”が広まっているみたいです」
「“噂”?」
「短期間でランキング上位にまで急激に上り詰めたスクールアイドル、という理由で注目度も上がっていって……うう、自分で言ってて恥ずかしいよ~……」
「というか、私達は定期的にネットをチェックしているんですから穂乃果も知っていて普通でしょう」
「いや~、私コメントとかランキングしか基本見ないからそこら辺はちょっと曖昧なんだよね~!」
海未を始め、数人が溜め息をつく。これがμ'sのリーダーなのだから。
だが穂乃果の凄いところは本番でいつも発揮される。練習の時にだって時に出る穂乃果の言葉に感化される者も多い。つまり普段が普段でも、いざという時は皆を奮い立たせる事ができる重要なキーパーソンでもあるのだ。
「そういえば、私達の事に詳しいようだけど、アイドル好きなの?えっと……」
拓哉からあざといと言われているこの少女。そういや穂乃果達はまだ名前を知っていなかったのを思い出し、それとなく聞き出す。少女もその意図を理解し、拓哉に跨ったまましっかりと答えた。
「おっと申し遅れました。あたしは
途中までは普通だった自己紹介。それが最後の最後で穂乃果達の目からは普通には見えなくなってしまった。この夏美とかいう少女。いつもにこがやっているにこにーポーズのように、片手を横ピースに変えて目元に添えて言った。まるでここで自撮りをしているかのように。
「お、おおう……これは中々インパクトのある自己紹介だね……」
「なっ……、この私よりも自然に、ナチュラルにああいうポーズをするなんて……違和感がどこにもないじゃない……ッ!?」
にこの言う通り。いかにもそれがいつもやっているからこその自然さ。カメラを向けられたから自然とピースをするように、挨拶されたから挨拶を返すくらいナチュラルに。夏美はそれをした。
いや、拓哉の話によると、それすらもあざといから来る計算なのか……?それとも本当に素でやっているのか……?一体どっちなんだ……?
誰もが疑問を抱いている中、そんな事に気付いているのか気付いていないのか、それすら勘付かせないような態度で夏美は言葉を続けた。
「ちなみにアイドルには興味ありません!」
「…………え?」
思わず。思考を巡らせている途中に言われた事に理解が追いつかなくて穂乃果の口から素っ頓狂な声が出た。
「でも、それにしては私達の事をよく知っているわよね?」
いち早く思考を切り替えた絵里が穂乃果に変わって質問をぶつける。それに対しても夏美はまるで最初からそれを言うために準備していたかのように即答した。
「そりゃまあ、
「……、」
「先輩が必要以上に関わっているのがμ's。だったらそれを
全員の言葉が、詰まる。いや、出そうとしても中々出てこない。
今の発言で完全にμ'sは理解した。
おそらく少年は少女の好意に気付いていない。今起きている現象も、中学生の時にも、色んなアプローチをしてきたのだろう。それでも少年はこれっぽっちも少女の好意に気付いていない。むしろ煙たがっているくらいだ。
あらゆるアプローチの手段が通じない。その結果、少女が得たのはあからさまなアプローチ。並びに少年の周りの環境の調査。その2つに集約されていた。
少年が周りでどんな関係を作っているのか、それは男子が多いのか女子が多いのか、そういう事を含め事細かく調べる。それが桜井夏美のやり方の1つだった。
「だからあなた達の事も大体は把握してます。先輩の大事な守るべき人達だって事も」
目を細め、意味深に聞こえるような声音で言った。この少女からしてみれば、少年の事を好いているこの少女からしてみれば、少年のそばにいるμ'sは警戒対象に入っていてもおかしくないのだ。
「それに、高坂穂乃果先輩、園田海未先輩、南ことり先輩が先輩の幼馴染だって事も知ってます」
途端に、背中から嫌な汗が滲み出てくるのを3人は感じた。この少女は、一体どこまで自分達の事を知っている……?どこまで把握していて、何を意図してこんな事を言っている……?
疑問の上にさらに疑問が重なっていく。こちらのこの少女に対する判断材料は、今倒れて跨られている少年から聞いたとんでもなくあざといという事だけ。それに対しこの少女には、μ'sの事ならまだしも、下手すると個人の情報までも知られているかもしれない。
そんな不安を、疑問を穂乃果が聞こうとしたその時。
「でもまあ、だからどうっていう事でもないんですけどね~!」
「……え?」
急にあっけらかんとした態度になって言う少女に、もう何度目かも分からない疑問符が浮かぶ。
「元々先輩から幼馴染の人達の事は聞いてたし、他の人のは調べたにしてもあくまであたしの憶測だし、それにいざ会った時に早く仲良くなるための口実みたいなものですしっ!」
「仲、良く……?」
「私達、とかしら?」
穂乃果と絵里の疑問にはい!と元気よく返しながら少女が続けた。
「その様子だと先輩からあたしの事を一応聞いた事あるっぽいですけど、あまり良い事を聞いたって顔じゃありませんよね~。基本この人はあたしの事あざといの一言で切ってくるし……あざとくないのにー」
(いや、大分あざとく感じるよ……)
と思ってる事を口には出さない穂乃果。
「まあ先輩からそういう認識で見えてるように、あたしってそういう風に見えるらしくて、そのせいで昔から女の子の友達とかいなかったんですよー。男友達はみんな自分からパシリみたいになるから友達ってわけでもなかったし」
サラッと友達いない宣言という何気にダメージのでかい事を言う夏美。しかし昔からという事もあってか対して気にしていないようでもあった。
「だから“先輩”のお仲間である皆さんなら、こんなあたしでも仲良くしてくれるかなーと思いまして、普段より一層に調べさせてもらいましたっ!!」
ビシッと敬礼しながら言ってきたあざとい夏美。この行動が何とも言えない感じを醸し出しているが、仲良くしたいというのは嘘ではなさそう……?ではあった。
「そ、そうなんだ……。私達はもちろん夏美ちゃん、でいいかな?と仲良くしたいと思ってるよ」
「わー!本当ですか!?良かった~、あたしも“先輩の友達”なら信用しても大丈夫かなと思ってたので良かったですー!」
過剰に反応している夏美を見て、本当にこの少女には友達と呼べる者がいなかったんだとようやく分かった。“先輩の友達なら”。それはつまり、夏美が信用している少年の友達の穂乃果達だからこそ、信用に値するんだと思っているような口ぶり。
「ッつつつ……、重いと思ったらまだ乗っかってたのか……そろそろ退けよ桜井……」
するとようやっと件の少年が目を覚ました。乗っているのが夏美だと分かった瞬間に何とも容赦のない言い方である。
「あー!先輩女の子に重いとか言ったらダメなんですよー!先輩にはデリカシーが足りないですっ」
「うるせえさっさと降りろ。何も知らない人にこんなとこ見られたら俺の社会的立場が一気に居場所を無くしちまうんだよ」
「だったらあたしと2人で逃避行でもしましょうか!!」
「はいはいあざといあざとい。というか元凶が何進んで言っちゃってんだよ計算通りか?お?」
「先輩はまずあたしの言う事を素直に受け入れる事から始めるべきだと思います」
「お前も俺の上から素直に退くべきだと思います」
ようやく拓哉の上から退くあざと少女夏美。その顔は全然言う事を聞いてもらえなくて拗ねた少女の顔そのものだった。
拓哉が起きた事で、ようやっと役者が全員揃った。
「で、俺がこいつのストレートをもらってる間に、こいつに何か吹きこまれてなかったか」
「吹きこまれるって……先輩ヒドイですっ」
「黙らっしゃい。そう思うならもうちょい素で話せ」
拓哉に向かってぶーぶー言っている夏美を苦笑いで見ながら、穂乃果は拓哉からの質問に答える。
「私達は、ただ友達になっただけだよ。ねっ、夏美ちゃん!」
「ッ……、はい。あたし達、友達になったんですよ、先輩っ!!」
「……、そうか」
穂乃果と夏美の言葉を聞いて、拓哉は一瞬何か安堵したような表情を浮かべた。それは今までロクに女友達がいなかった夏美にようやく女友達ができて安心したのか、中学の時に起きた出来事を話してなくて安心したのか、それは少年にしか分からなかった。
それを悟られないようにすぐに拓哉は呆れた表情を作る。
「でも、お前らと桜井が友達か……この先が不安だなオイ……」
「それってどういう意味ですかーっ!」
「お前が穂乃果達に余計な事言って面倒事に巻き込まれないかが不安って事だ。ただでさえこいつらだけでも色々と面倒事持ってくるんだから」
「女の子にそんな事言うって……先輩ちょっとそれじゃモテないですよ」
「そうだそうだー!」
抗議してくる厄介女子2人を意に返さず拓哉は言う。
「ハッ!何なら画面の中にでも彼―――、」
「「それはダメ」」
「お、おう……。何で桜井までそこは敬語外れてんだよ……」
少年は気付いてない。今ここにいる複数人は少年に少なからず好意を抱いているという事を。だからこそ、画面の中という2次元へ逃避しようとするのだけは絶対に許すわけにはいかない。2次元に負けたくないという女の子の謎のプライドである。
「ったく……、まあいい。ここからは本題に入るぞ」
頭部を軽く掻きながら、拓哉は夏美へと顔を向ける。それに合わせてμ'sの面々もそれに釣られる。
「桜井、何でこんなとこにまで来たんだ」
そもそもの疑問だった。好意に気付いていない拓哉からしてみれば本当にそこが分からなかった。あれだけあからさまに煙たがられれば自然と自分に関わってくる事はなくなると思っていた。
しかし、夏美はそれを気にする素振りも見せずにいつも近寄ってきたのだ。何度も何度も。だから、拓哉はそんな夏美をあざといと判断した。そこまで近寄ってくるという事は、何かしらの理由があるからに違いない。
まあ、理由があるにはあるのだが、この鈍感ヘタレ唐変木少年はそれに気付くはずもなく、ただただこの少女は計算してそういうキャラを作っていると判断し、あまり好まない。だけど、それとは裏腹に、この少女は現にここまでやってきた。
その疑問。
対して。
少女は一瞬だけキョトンとしたと思うと、すぐに両手で軽く拳を作り、それを顎のとこまで持ってきて言った。
「決まってるじゃないですか。先輩に会うためですっ♪」
いわゆる女子特有の最強ぶりっ子ポーズだ。
そこいらの男どもならこれで軽くイチコロだっただろう。少し頼めばジュースの10本や20本くらい買ってきそうなのだが、我らが最強鈍感ヘタレ唐変木主人公岡崎拓哉は一筋縄ではいかない。
よって。
「うわぁ……」
最大限のドン引きだった。
「ちょっ、さすがにその反応は傷付きますって!!」
「……いやぁ、だってお前、それ……古いわ~。あざとい通り越してもはや古いわ~」
拓哉もこのあざと少女と伊達に中学から2年関わっていない。扱いも基本的に慣れている。夏美が楽しそうに話しかけて拓哉が面倒くさそうな顔をする。夏美がいかにもあざとい事を言って拓哉がそれを軽く受け流す。
その姿はまるで……。
「何か、こう見てると凄く仲良いよねたっくんと夏美ちゃん……」
「遠くから見たら世話焼きする彼女さんとだらしない彼氏さんみたいやな~」
「誰が仲良くて彼氏だッ!!ありえねえわ!!」
「えへへ~、あたし達って傍から見るとそう見えるらしいですね先輩~」
「うるせえ暗くなる前にとっとと家に帰ってくつろいでろ!」
「厳しさの中に垣間見える優しさがいかにも先輩らしいですね……」
ギャーギャー言い合う少年少女をμ'sメンバーはそれを呆れながら笑う。拓哉があんなにも恐ろしいように言っていたから不安だったが、実際ではこんなにも明るく、
分かりやすいというのは、夏美が明確に拓哉を好いているからこそ、わざとああいう一見あざとい態度をとっているのだと。実際はどうなのか少し定かではないが、少なくともとんでもないくらいの悪意はないようだ。
……いや。
拓哉に好意を抱いている複数のメンバーからしてみれば、夏美は相当な脅威ではあるのだが。
「(……あれ、ことりちゃん海未ちゃん。これって結構とんでもないライバル現れちゃったんじゃないかな!?)」
「(幸い拓哉君が夏美さんのアプローチを一蹴しているのが救いですが……このままでは危ういかもしれませんね……)」
「(私達ももっと分かりやすいアプローチしないといけないって事かなあ)」
拓哉大好き幼馴染組はさっそく小声でプチ会議を開いていた。今までの自分達の些細な頑張りのアプローチにまったく狼狽えない(穂乃果達がそう見えてるだけで実は拓哉には効果抜群)のは、夏美の大胆あざといアプローチのせいだと判明したからである。
「それで、何で今日いきなりこっちに来たんだよ。来る前に俺に連絡してくるとかできたろ」
夕方とはいえ、もう夏だ。じっとしたまま立ち話をしているだけで汗がジワリと出てくる。というわけで移動しながら会話を続ける事にした。
「……先輩、今先輩の携帯の中ではあたしのアドレスの扱いはどうなってますか」
「あん?そんなの受信拒否リストや着信拒否に入れてるに決まって……ああ、だからか」
「連絡する手段ないじゃないですかー!!」
素で忘れていたかのような拓哉の反応に結構本気で抗議する夏美。会話の内容と実際に見ても、仲が良いのか悪いのかはっきり言って微妙なとこである。
というよりも。
「(夏美ちゃん、あんな扱いされてるのにも関わらずたくちゃんを全然諦めてないよにこちゃん……)」
「(あれはもはや神経が図太いってレベルじゃないわね。穂乃果も幼馴染ならあれくらいしないと勝てないわよ)」
「(拓哉君から連絡拒否なんかされたら、私なら切腹します……)」
「「((自殺!?))」」
小声でハモる穂乃果とにこ。それもそのはず、海未が割と本気で拓哉を好いているのは知っていても、切腹するまでとは。介錯は誰がするのか。
「今日来たのはあれです。先輩に会う事ももちろん目的の1つでしたけど、μ'sの皆さんに会ってみたいと思ってたのもあるからですっ」
「穂乃果達に?」
「ですですっ!」
先頭を歩いていた夏美は止まって振り返るのと同時に、後ろを歩いていた全員も必然的に立ち止まる。
「先輩が小学生の時まで一緒にいた人達はどんな人なのか、今学校で先輩と一緒にいる人達がどんな人なのか、それを見にきたんです。……先輩が認めた人達なんだから最初から心配はしてなかったんですけど~、もし先輩を貶めるような人達だったとしたらあたし……」
夏美の最後の一言で雰囲気がガラリと変わる。
最初は普通の笑顔だったはずだ。それが何か、含みのあるような、何をしでかすか分からない不気味な笑みへと変わったような気がして、全員からじんわりと嫌な汗が流れそうになる。
「
冗談が、冗談に聞こえなかった。
穂乃果達の額から流れた汗は、この暑さから出たものではないと何故かそう確信させた。
本能。
それが夏美相手に拒否反応を示した。この少女、下手すると自分達に何か危害を加えてきそうな、そんな予感が嫌でも思ってしまった。
そんな時。
夏美の頭を小突く者がいた。
「ったく、んなくだらねえ冗談言ってんじゃねえっての。お前の場合本当に何かやらしそうで見てらんねえんだよ」
唯一、この場で何も感じていない少年。当の問題の中心に自分がいるとまったく気づいていない顔で、拓哉はやれやれと歩き出す。
「それに、いくら桜井でも……いや、お前だからこそもしこいつらに変な手を出そうってんなら、俺が全力でそれを止めるからな」
変わらない。少年はどんな時であれ、μ'sを守る人という事実は変わらない。それがいくら級友でも、μ'sに手を出そうものなら容赦はないと言っているかのように。
そんな拓哉の目を見て、夏美は一瞬考えて拓哉の隣へと歩き出す。
「……もー、そんな事するはずないじゃないですかー!分かってますよ~、先輩はμ'sの皆さんを信用していて、μ'sの皆さんも先輩を信用してる。だからそこに何の心配要素はないんだって事くらい」
「心配要素なら今までたくさんあったけどな……」
「でもどうせそれも全部解決してきたんでしょ?」
「……何とかな」
まるで全部分かっているかのようなセリフ。でもそれが当たっているから何とも返しにくい。
「これからだって色んな問題や心配事があるかもしれない。でもそれを乗り越えていくのがあいつらであって、それを支えるのが俺の仕事だ。前も今もこれからも、それは変わらない」
「へえ~……」
拓哉の返しに、夏美は手を顎に当て少しだけ何かを考える素振りを見せる。それさえ拓哉に見えるようにわざとらしく、可愛く見せようとしているのか計算なのか分からず終いで終わる。
そして、何を思ったか夏美は拓哉より前へ、全員の前へ出た。
「ではでは、あたしはそろそろこの辺で帰らせていただこうと思いますっ!!」
「よーし、さっさと帰れー」
突然の帰宅宣言。
わざわざここまで来たのに、せっかく件の拓哉と会ったのに、1時間もせず、それは終わりを迎えた。
「え?さっき会ったばかりなのにー?」
凛のあからさまな疑問にも、最初から答えを出していたかのように夏美は即答する。
「はいっ、今日は皆さんに会えただけで満足しましたし、先輩の居場所が分かったのでこれから来たい時にいつでも来れますしねっ!!」
「うぇっ……」
これでもかと言うほどに嫌悪感丸出しの顔をしている拓哉に、夏美は何かを企んでいるような目で話しかける。
「いいですか先輩、ちゃんとあたしからの連絡を受け取れるようにしといてくださいよ?じゃないと休日とかアポなしで先輩の家に突撃しに行きますので♪」
「受け取れるようにしとくので頼むからちゃんとアポ取ってから来てくださいというか本音を言うならまず家に来ないでください」
一言断りますと拓哉に言ってから、夏美はμ'sの方へ視線を移す。拓哉はと言えばトホホと軽く涙を流しながら携帯を操作していた。おそらく泣く泣く夏美のアドレスと電話番号を受け取り拒否から解除しているのだろう。
「今日は短い時間でしたがありがとうございましたっ。また近いうちに会いましょう!皆さんはあたしにとって初めてちゃんとした友達なのでっ!!」
敬礼しながら言う夏美。不思議と、今の挨拶には何か嘘を言っているような感じはしなかった。ただ、夏美と同じ1年である真姫、花陽、凛の3人は1歩ずつ夏美に近づく。
「あなたも1年よね」
「?はい」
「なら分かってると思うけど私達と同い年だよ。だから違う学校だからいって敬語を使う必要なんてないにゃ!」
「……え?」
「そうです。……あ、私のはこれがちょっと癖みたいなとこがあるからあれだけど……同い年なんだから、今度は敬語なしでお話しようねっ。
「ッ……」
初めて。
夏美が誰でも分かるくらいに表情を動かした。
性格故に今までちゃんとした友達などいなかった。いても上辺だけの関係でしかなかった。同い年の友達なんて、いてもいないようなものでしかなかった。だけど、少年から自分の性格を聞かされていたはずにも関わらず、自分達からそう言ってくれた。
その事実が、夏美の心を動かす。疑心から信頼へと。それはまだほんの少しのレベルなのかもしれない。友達というのはそんな難しく考えるようなものじゃないかもしれない。しかし、夏美は違う。
まともな、純粋な友達がいなかったから、3人の言葉に信用していいのか迷う必要なんてどこにもなかった。自分がもっとも信頼している少年の仲間だから、迷いはなかった。先程言った品定めも嘘ではなかったが、それ以上の成果を獲得できた気がした。
暫しの間、固まっていた夏美の表情が、優しく、柔らかくなる。
「……うんっ、よろしくね!」
「……、」
その変化を見逃さなかった拓哉は、誰にも分からないくらいだったが、微かに微笑んだ。
(色々と予想外の事が起きてばっかだけど、桜井とこいつらが会ったのも、少しは正解だったかもしれないな)
マイナス方面の事ばかりを考えていたけれど、最後のこの瞬間を見ているだけで何となく分かる事がある。このあざとい少女にとって、この出会いは決して悪い事ではなかったのだと。
拓哉は思う。いらない事ばかり考えてそうなこの後輩だけれど、この少女達にくらいはもっと信頼して本当の友達のように振る舞ってくれればいいなと。少なくとも今の後輩の表情には、嘘偽りない笑顔がある。そんな気がした。
「……では、桜井夏美。今日はこの辺で退散するでありますっ!サラダバッ!!」
言うだけ言って猛スピードで走り去っていく夏美。最後の最後にまたもや横ピースで挨拶していくその姿は、やはりあの少女がただのあざとい少女なだけという事を感じさせる。あれも計算か素なのか、それは誰も分かっていなかった。
ただ。
「何か……嵐のような子だったね」
「もはや台風ハリケーン並だにゃ~」
「あいつが通り過ぎたあとには、大抵俺の疲れ果てた姿があるという都市伝説があってだな」
穂乃果達が隣を見れば、そこには文字通り疲れた表情をしている少年の姿があった。
「あいつの相手するのは神経使うから大変なんだよ……」
「の割にはちゃんと相手してたよね?」
「……まあ、そうしねえとあいつが変にお前らに絡みそうだからな」
それを聞いて、少女達は少しほくそ笑む。表では文句を言っていても、何だかんだでずっとあの少女の相手をしていた。それは、少年のありふれた優しさがちゃんと表れている証拠だった。
それは、いつも面倒くさいと言いながらも自分達の練習に付き合ってくれる姿と似通っていた。やはりこの少年はほっとけないのだ。少しでも心配要素がある者には、ちゃんと関わってくれる。そんな当たり前の優しさが、少年にはあった。
だけど。
「今日はもうさっさと帰りたい……」
疲れたのは周知の事実だった。
アイスの件はまた後日という事で、少年少女達は帰り道を歩いて行く。
―――――――――――――――――――
電車を待っていた。
どちらかと言えば、その駅は少女がもっとも信頼している少年の地元の駅だった。
桜井夏美は、今日あった数十分の出来事だけを思い返していた。
(久々に先輩と会えた。それはとても収穫になったけど……1番はやっぱりμ'sの人達と会えた事かな~)
学校用の鞄を逆の手に持ち替えながら電車を待つ。
実際問題、夏美がμ'sを品定めにやってきたのは間違いではなかった。もし本当にμ'sがあの少年を裏切るような事があれば、どんな手を使ってでも少年をμ'sから切り離そうとしていただろう。
(それが杞憂に終わっただけでも良しとしますかね~)
電車が来る合図のアナウンスが流れる。これから来ようと思えばいつでも来られる距離で、絶対に来ようと思っている駅と暫しのお別れだ。
(それに……)
電車が見えてくる。ガタンガタンと電車特有の線路を走る音が聞こえた。
(友達、か……)
自分にしては珍しく相手と接している時に思考が止まった瞬間かもしれない。何なら少しμ'sをかき乱してやろうと思っていたが、最終的には自分が少しかき乱されたのである。
でも。
だけど。
(嫌なわけじゃない)
自分の中をぐちゃぐちゃと気持ち悪いように混ぜられるわけじゃない。優しく、調和できるように混ぜられた。そんな感覚。電車が目の前に着く。軽快にそのドアは開かれた。
(早いうちにまた会いに行って、もっと仲良くなろっかなっ☆)
思考の中さえもそんなあざとさを見せながら、電車の中に入っていく少女の足は、とても軽かった。
少女はまだ、全ての表情を見せてはいない。
さて、いかがでしたでしょうか?
今回も完全オリジナルエピソードですね。次回からは一応真姫編にちゃんと入りますので……(震え声)
どこまでが素なのか、どこまでが計算なのか、皆さまはお分かりになりましたでしょうか?神の視点で書いていても、曖昧なとこがありましたね?そこが夏美の恐ろしいところなのです(笑)
決して悪い子ではないんですけどね……いや、ちょっと悪いかもだけどww
いつもご感想高評価(☆9、☆10)ありがとうございます!!
では、新たに高評価(☆9、☆10)を入れてくださった、
ちゃんモリ相楽雲さん(☆10)
本当にありがとうございます!!
これからもご感想高評価(☆9、☆10)お待ちしております!!
そろそろ新作も書いていきます。