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しかし読者の皆様方は修羅場がお好きなようで(にっこり
織田三郎信長は、病んでいた。
聾者――そう喩えるのが、もっとも近いのだろう。耳が聞こえぬわけではない。人の声も、虫の音も、雨が屋根を打つ響きも、すべて等しく耳へ届く。ただ、人が口にした言葉だけが、なぜか言葉として定着しなかった。
どれほど親しい相手であろうと変わらない。声は確かに聞こえているはずなのに、言葉の意味を掴もうとした途端、輪郭が崩れ、不明瞭な雑音へと変じてしまう。数百年後の日本であれば、あるいは聴覚性言語失認の類と名づけられたのかもしれない。
もっとも、三郎にとって病名などどうでもよかった。名がついたところで、聞こえぬものが聞こえるようになるわけではないのだから。
ただ唯一、例外と呼べる者がいた。親父殿――織田弾正忠信秀である。
とはいえ、その声とて何時でも明瞭に届いたわけではない。銭がどこから入り、どこへ流れるのか。何人の兵を養うには、どれほどの米と銭が要るのか。隣国と刃を交えるべき時はいつで、逆に頭を下げてでも戦を避けるべき時はいつなのか。
経済、軍事、外交。
そうした政に連なる話題に限っては、信秀の言葉は奇妙なほど鮮明に三郎の中へ届いた。
それが心の病であったのか、生まれつき
もっとも、不幸ばかりでもなかった。三郎の頭脳は、その欠陥を補ってなお余りあるほど優れていた。
言葉そのものが理解できないのであれば、言葉以外を読めばよい。目の動き、口元の強張り、指先の所在、立つ位置、相手の身分、その場に居合わせる者たちの関係、直前に起きた出来事。
拾える情報はすべて拾った。そのうえで、この人物はいま何を欲し、何を恐れ、何を訴えようとしているのかを推測し、もっとも辻褄の合う意味を声に当て嵌めていく。
そうすれば、会話らしきものは成立した。傍から見れば、三郎が他人の話を聞き、その意味を正確に理解して応答しているように映ったことだろう。
だが実際には違う。理解しているのではなく、推測しているだけ。
ただ幸いなことに、その予測はよく当たった。人間というものは、一人ひとりが大層複雑なことを考えているようでいて、目的さえ分かれば案外単純なものである。時折かみ合わないこともあったが、それも十分に修正可能な範囲だった。
銭が欲しい。土地が欲しい。褒められたい。侮られたくない。己の一族を栄えさせたい。敵を蹴落としたい。死にたくない。
そうした条件を一つずつ並べていけば、次に何を言い、何をするのかは、おおよそ予測できた。問題は、その作業が三郎にとって途方もなく煩わしかったことである。なぜなら、そこまでして拾い上げた言葉の大半が、彼女にとって驚くほど価値のないものだったからだ。
感情を吐き出すだけで何一つ事態を改善しない雑音、とうに意味を失いながら「昔からそうしている」というだけの理由で守られている慣習、あるいは伝統。本来果たすべき役目を忘れ、権威の上に胡坐をかきながら己の利だけを求める者も、掃いて捨てるほどいた。
必死に耳を澄まし、頭を働かせ、ようやく掴み取ったものがそれである。徒労としか思えなかった。膨大な思考を費やして塵芥を拾い、わざわざ形を整えて眺めてみたところで、塵芥が宝へ変わるわけではないのだから。
ところが周囲を見渡してみると、皆はそうした営みを、ごく当たり前のこととして受け入れているようだった。他人の話を聞き、その感情を慮り、時には何の実りもない世間話へ付き合い、相槌を打つ。それを苦痛とも感じずに続けている。
――ならば欠陥を抱えているのは、己のほうなのだろう。
幼少期、三郎はそう結論づけた。皆が自然にできることを、自分だけは途方もない労力を費やさなければ行えない。しかも、努力してまで理解したいとも思えない。これでは己の先も見えようというもの。
であれば、仕方がない。そこで三郎は、己をまともな人間に仕立て上げようとする努力を、早々に放棄した。こんな欠陥だらけの人間なんぞ、遅かれ早かれ破綻する。
だから、好きなことだけをした。
奇抜な装いで町を歩き、身分に構わず興味を惹かれた者と交わり、馬を駆り、相撲を取り、泳ぎ、鷹を追った。面白そうなものを見つければ、遠慮なく食らいついた。
周囲から何を言われようが知ったことではない。どうせ、その声の大半は聞こえないのだから。
ただ、その傍らで信秀が語る政の話だけは貪欲に吸収した。合戦そのものはそれまで積んだ事の帰結である――後年の三郎がそう考えるようになった根には、信秀の教えが色濃く残っている。
父を尊敬していた。それだけは間違いない。しかし、その尊敬すら、果たして世間一般でいう親子の情と同じものだったのかと問われれば、三郎には答えられなかった。有能な人物だから敬ったのか。父だから慕ったのか。その二つを己の中で分ける方法を、彼女は知らなかった。
そうしているうちに、家中では三郎を「うつけ」と呼ぶ者が増え、弟の信勝を後継に据えるべきだという声まで聞かれるようになった。
三郎は、それでよいと思った。
人の声を聞くことのできない己より、皆と同じように笑い、怒り、悲しみ、人心を理解できる弟のほうが、幾分か当主に向いている。やや姉である三郎を盲信しているところが難点だが、少なくともその頃の三郎は本気でそう信じていた。
ところが、世の中というものはままならないものである。
親父殿は最後まで三郎を後継者と定めたまま、唐突に死んだ。
平手の爺も、何を思ったのか腹を切った。
弟は弟で、家中に燻っていた不満も、三郎を見限った者たちも、ありとあらゆる面倒事を自らのもとへ引き寄せた末、最後にはそのすべてを抱えたまま、徒花のように散っていった。
三郎には、今ひとつ理解できなかった。
親父殿は、どうして女の自分を選んだのか。平手は、死をもって何を訴えようとしたのか。信勝は、なぜ二度も自死するように死地へ踏み込んだのか。答えのない問いばかりが残された。
そして気づいた時には、織田三郎信長の前から逃げ道だけが綺麗さっぱり消えていた。押しつけられた当主の座が安楽なものであるはずもない。
尾張は一枚岩からほど遠く、岩倉織田家や清洲織田家をはじめとする同族が、それぞれに勢力を保っていた。弾正忠家の権威とて盤石ではなく、家臣は揺れ、果てには肉親までが刃を向ける。そうして国の内側すら纏めきれぬうちから、外では今川という巨大な敵が、着々とこちらへ手を伸ばしていた。
身内同士の争いを片づけながら、同時に外敵へ備えなければならない。立ち止まり、思案している暇は、とうになかった。
ならば、やるしかあるまい。時代が己を求めるのであれば、是非もなし。
幸いにして、望んだ役目ではなくとも、それを果たすだけの能力が三郎にあった。美濃の斎藤道三と盟を結び、その縁が道三の死によって失われても、自らの力で尾張の敵対勢力を一つずつ退けた。
一つ問題を片づければ、間を置かず次の問題が現れる。そんな日々を駆け抜けているうちに、いつしか尾張統一にも目処が立った。そこで三郎は京へ向かった。
将軍へ謁見し、尾張を治める者としての立場を確かなものにする。どうせなら、いずれ今川と事を構える際に使える大義名分の一つでも拾って帰れれば上等だ。
その程度の上洛だった。用件が済めば、すぐ尾張へ戻るつもりでいた。国元にはまだ仕事が山積である。京で遊んでいる暇などないのだから。
――そのはずだった。
そこで、一人の妙な男を見つけた。
越後などという辺鄙な土地から上ってきた侍。甲斐の武田と鎬を削り合っているという長尾家の前当主、長尾弥六郎晴景。経歴だけを聞けば、相応の傑物を想像するところである。ところが実際に目にしてみると、容貌そのものはひどく地味だった。
美丈夫というわけでもない。見る者を圧する威があるわけでもない。それなのに、不思議と視線を引かれた。華がある、と呼ぶにも少し違う。
もっと場違いな何かだった。武士である以上、戦を知っているはずだった。人を斬った経験も、家臣の死を見た経験も、国を背負った経験もあるだろう。にもかかわらず、その男の纏う空気には、この乱世に生きる者特有の切迫が希薄だった。
どこか穏やかで、柔らかい。それでいて軟弱ではない。戦乱など存在しない遠い場所で長く生き、何かの間違いでこの時代へ紛れ込んできた――そんなあり得ない印象を抱かせる男だった。
妙である。ならば少しだけ話をしてみたい。その程度の気持ちだった。戯れに――と、その時は思っていた。だが今にして思えば、あの時すでに何かに惹かれていたのだろう。
ともあれ、その時の三郎は珍しく何の打算もなく、ほとんど衝動のまま家臣に男を攫わせた。そうして対面した直後のことである。
――これは、いかなる仕儀でございますか。
三郎は一瞬、何が起きたのか分からなかった。男の問いが難しかったからではない。むしろ正反対だった。あまりにも簡単に理解できたからこそ、理解が追いつかなかった。
声が、聞こえた。言葉が一言一句、欠けることなく、そのまま意味を伴って耳に入ってきた。
表情から補う必要がない。身分や状況を勘案して、「おそらくこう言っているのだろう」と推測する必要もない。ただ耳を傾ければ、何を言われているのか分かる。
三郎にとっては、それだけのことが異常だった。そして男は、もう一度口を開いた。
――ならば誰か一人くらい、労わる者がいてもよろしいかと。
また、聞こえた。銭でも兵でも外交の話でもない。何の利にもならない、ただの気遣いだった。普段なら、最初から解読する価値なしと切り捨てていた類の言葉である。ところが晴景の口から出たそれは、なぜか雑音にはならなかった。
機嫌を取るために、思ってもいないことを口にするわけではない。相手の身分によって、同じ言葉の意味を器用に変えるわけでもない。
嫌なら嫌と言う。腹が立てば怒る。呆れれば呆れるし、心配した時には本当に相手を心配している。
三郎が他者の声を聞き取れない聾啞ということなど、知る由もないはずなのに。それなのにこの男は、まるで最初から三郎のような者にも届く形を知っているかのように、余計な飾りを削ぎ落とし、意味をそのまま差し出してくる。
解きほぐす必要がなく、また読み違える恐れもない。ただ聞けば、そのままに理解できる。そんなことは、これまで一度もなかった。
興味が湧いた。それはまるで、灰色のまま輪郭だけを保っていた世界に突然、色が差したようだった。
もっと聞いてみたい。もっと話してみたい。この男の中に何があり、何を見て、何を当然として生きているのか。それを知りたいと思った。
そして、さらに興味深いことがあった。
これほど三郎にとって異質な男でありながら、その価値観そのものは、驚くほど
家族は大切にする。民は無闇に苦しめないほうがよい。争わずに済むなら、争わないほうがよい。人を欺けば恨まれ、助ければ感謝される。
この世の大多数にとっては、おそらく説明するまでもない当たり前の話なのだろう。三郎から見れば、ときに不合理で、非効率とすら感じられるソレ。
だが、そこがよかった。晴景は、三郎が理解できない「普通の人間」の側にいる。それでいて、三郎とも自由に言葉を交わせる。これまで三郎にとって、人の心は遠い岸辺にあるものだった。晴景は、その間に初めて架かった橋だった。
三郎が当然には理解できない事柄を尋ねれば、晴景はたいてい呆れながらも説明してくれた。時には三郎の考えを否定し、時には「別にそれでいいんじゃないか」とあっさり受け入れた。
何より、薄っすらと感じていたであろう三郎の異常さを恐れなかった。
正そうともしない。哀れみもしない。ただ、「お前はそういう奴なんだな」とでもいうように、そのまま相手をする。
それは初めて得た安息だった。世間一般と己との間に置ける物差しでありながら、その物差し自身とは、何の不自由もなく話せる。
後に重用することになる猿面の家臣とも異なる。あれは本質的に同族だからコミュニケーションが成立するのだ。
だから言ってしまえば織田三郎信長にとって、長尾弥六郎晴景とは生まれて初めて出会った――
京で別れた後も、縁が切れることはなかった。初めは政の話だった。あの時話しきれなかったことを文にしたため、返事を待つ。
やがて政とは関係のないことまで書くようになった。最近見つけた面白い品の話。腹の立った家臣の話。果ては、己が理想とする世界の話すらも。
晴景の返書もまた、律儀に届いた。文箱が運び込まれるたび、気づけば心が浮き立つようになっていた。
己の考えを理解されれば嬉しい。否定されれば、なぜ理解できぬのかと腹が立つ。しばらく便りがなければ、まだ来ぬのかと思う。
やがて、文だけでは物足りなくなった。次に会えるのはいつかと考え始め、ついには、往復するだけでひと月は要する道程を物ともせず、旅の巫女にまで化けて会いに行った。
そこまでやってから、ようやく気づいた。どうやら自分は、あの男に惚れているらしい。我ながら、ずいぶんと理解するのが遅かった。
他人の声が聞こえぬ女は、自分自身の心の声に対してまで聾者であったようだ。だが、一度気づいてしまえば、曖昧なまま抱えておく理由もない。
三郎は想いを告げた。おそらく、生涯でも指折りに勇気を要した行為だった。
そして――。
――お前の気持ちには応えられない。
見事に振られた。それはもう、驚くほど綺麗に。少しも期待を持たせぬ答えだった。
癪だった。ぶっちゃけ容姿には自信がある。聾者であることを除けば、頭の出来も悪くないだろう。しかもこれから天下も獲る予定だ。そんな将来有望な女が直々に求めているというのに、何を贅沢なことを言っているのか、と一瞬くらいは思った。
それでも、理由は理解できた。もとより晴景の背後に、女の気配があることは知っていた。
ただ家のために娶っただけの女ではない。晴景が心から大切にし、その相手もまた晴景へ深い情を寄せている。三郎の入り込む余地がないほどに。
そして妙なことだが、おそらくその女もまた、どこか普通ではないのだろうと三郎は思った。もはや確信に近い気づきだ。
晴景という男には、不思議なところがある。
本人が望むものは、驚くほど平凡だ。家族と笑って暮らしたい。民が飢えず、国が荒れず、できることなら戦など起きないほうがよい。天下に号令したいわけでもなければ、自分だけが特別な存在になりたいわけでもない。それほどまでに普通の幸福を望んでいるくせに、なぜか彼の周囲には、普通から逸脱した人間ばかりが集まる。
三郎自身がそうだ。ならば晴景があれほどまでに心を許した女も、きっと同じなのだろう。そして晴景は、そうした人間を怖がらない。
歪んでいるからと遠ざけず、壊れているからと勝手に修繕しようともせず、ただ一人の人間として隣に置く。晴景のその性質に、己もまた救われたのだ。
三郎はそこまで考えて、ようやく敗北を認めた。先にその場所へ辿り着いた者がいるのなら、仕方がない。
力ずくで奪うことはできるかもしれない。策はいくらでも思いつく。国も兵も持っている。晴景の立場を利用し、断れぬ形へ追い込むことだって、やろうと思えば不可能ではない。
しかし、その結果として晴景に嫌われるのであれば、何の意味もない。初めて声を聞くことのできた相手から、自分の声を雑音として拒まれる。
それだけは、耐え難かった。ゆえに、今生では退くことにした。
――そう、今生では。
三郎には一つ、晴景本人へ明かしていない確信があった。
あの男には、どうにも辻褄の合わぬところがある。知る由もないことを知り、この時代の人間ならば思いつくはずもない発想を時折あまりにも自然に口にする。
何者なのか。どこから来たのか。三郎とて、すべてを見通しているわけではない。ただ、晴景という人間を今生だけで説明しようとすると、どうしても無理があるように感じた。
ならば。もし、人の命というものが本当に一度きりではないのなら。今生の先に、もう一度巡り会う機会があるのなら。
その席を、今のうちに押さえておいてもよいではないか。ほとんど夢物語に等しい。分の悪い賭けであることも承知していた。それでも零ではないのなら、布石を打つ価値はある。
淡い期待と、持ち前の狡猾さ。その二つを胸の内でない交ぜにしながら、三郎は笑った。失恋した女にしては、往生際が悪いにもほどがあろうと。
けれど、それでこそ織田三郎信長というものだ。
「――次は、わしを選ぶんじゃぞ」
今回は余談なし。
次回、最終話です。
どっち?
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お虎さん
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ノッブ
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どっちも!