~コイハル~ 恋は遙かに綺羅星のごとく   作:燈夜4649

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プロローグ 黒髪の君

 

八千代とて 恋ひつつあらずは 秋萩の 咲きて散りぬる 花にあらまし

                                   戦姫

 

 

 

●プロローグ

皇紀弐千六百八拾年 拾月 拾六日 金曜日 

国立大江戸特別芸能高等専門学校 創作文芸科 第参学年教室前廊下

 

 

 

「やっと教室から出て来たな?

 よし捕まえたぞ、土岐(とき)彼方(かなた)君。――さぁ行こうか」

 

 

 オレはあくびを噛み殺す。

 やっと眠気極まる昼下がりの時間も過ぎた。

 二時限連続した文章論の講義も終わり、オレは特別教室を抜け出る列の最後尾を歩いていた。

 そう、それは教室の出口へと続く扉に差し掛かった時だった。

 今、オレの目の前に立ち塞がる女の子がいる。

 多少ならずも気にはなったが、特に何の感慨もなく目も合わせず、大人しくすり抜けようと歩を進めるオレ。

 でも、そんな言葉を聴いたのはまさにその時。

 聞き間違いではない何か。

 

 ――この子は確かにオレの名前を呼んだのだ。

 

 

 

 ――講義中、だれもが見慣れぬこの子に釘付けだった。

 

 

 

 

 正直に言おう。

 オレも自分の隣に座ったこの子が気になった。

 さらさら黒髪、踝まではあろうかという超ロングヘアの子。

 ありえないほど豊かで流れるような黒髪だった。

 切れ長の澄んだ瞳に物憂げな表情を湛えた、絵巻物から出てきたかのような錯覚さえ覚える古風な雰囲気の漂う女の子だ。

 これは夢か幻か?

 こんな人間が実在するのかと。

  そして何より判らないのは無数に席が空いているにもかかわらず、そんな綺麗な子がオレの隣を選んで座る理由が思い当たらなかったのだ。

 

 一時限目は偶然だと思った。

 二時限目は緊張しているから席を替えないのだと思った。

 でも、用事で遅くなったために一人で済ますことになった学食での 昼食の席でもオレの向かいに腰を下ろしていたし、午後からのこの移動教室ではオレの左隣に座っている。

 あまりにも気になった。

 気にしない方が無理だ。

 ――声を掛ければ良いじゃないかって?

 本人に何故そうするのかを聞けと言うのか?

 冗談じゃない。

 そんな生易しいレベルの子じゃないんだ。

  話しかければ消えてしまいそうな……いや、そんなことをしては逆にオレの心臓のほうが弾け飛ぶこと請け合いだ。

 

 湧き出て止まない数々の疑問を飲み込み、胸をモヤモヤさせながら午後の講義時間が過ぎてゆく。

 講義中、オレはずっとこの子を盗み見ていた。

 それで気づいたことがある。

 驚いたことに、この子もまたオレを時々盗み見ていたようなのだ。

 何度か目が合った。

 その度に白磁の顔を朱に染めて目を逸らされて。

 この子がオレを見ていたなんて、気のせいなのだと思った。

 正直、冗談きついんだ。

 転入初日から酷い嫌がらせをする子だとも思った。

 その、なんだ。

 可能性は消せないと望むのはオレが年頃の健康な男子である証なんだろうけど、いくらなんでもこの子が オレに気があるだなんてありえないだろ?

 そんなお花畑の頭はしていないつもりだ。

 

 しかしながらビックリだ。

 まさかまさか、そのまさかだったとは。

 この子の目的が本当にオレ自身だったなどと誰が思うものか。

 そうさ?

 初めて目にした時も驚いた。

 今日の朝までこの学校、そしてオレのクラスにこんな目立つ子はいなかったのだ。

 軍服めいた黒のブレザー、白と赤の刺繍の入った高専の制服。完璧に着こなしたその制服が恐ろしく似合う、今朝この教室に始めて現れ出た超絶美少女。

そして彼女、ここ高専には超が付くほど珍しい中途転入生だった。

 これで興味を持たない男子がいたならば、そいつは精神の健康不安を心配したほうが良い。

 そう、オレは普通人と変わらぬ対応をした。

 断じて普通だったのに。

 だけど、たった今オレは聞いたんだ。

 この子、――その彼女はオレを捕まえて連れ回すと言っていた。

 もうオレはドキドキだったんだ。

  そして彼女はこともあろうに、それもごく自然に当然の事であるかの如くオレの手を引き握っていてくれていて。

 それはとても柔らかく、小さな手だった。

 彼女の体温が伝わる小さく温かな柔らかな手。

 箸よりも重いものを持ったことがない……まさにそれを本気で考えさせられるほどの華奢な手だった。 うわ、これだよこれ。

 これこそ本当に女の子の手だよ!

 

 

 

 この驚きと感動はどう伝えたら良いんだろう!?

 

 

 

「なにをしている? 早く行くぞ、カナタ」

 

 

 

 オレは彼女の一言で現実に連れ戻されていた。

 

 

 

 え?

 えええええ?

 オレ、こんな笑顔の眩しい子と手なんか握っちゃってどうしたんだ?

 顔が熱い。

 ああ、まさかオレって今、茹でダコ状態!?

 な、何か言わなきゃと思うのだけど、何から口にして良いのやら。

 オレが何も言えずにいると――。

 

 

 

「そなたはカナタではないのか?」

 

 

 

 可愛く小首をかしげる彼女。

 この姿がまた愛らしい。

 答えるなら今しかないと思える。

 オレはすかさず言葉を吐き出したんだ。

 

 

 

「カナタ……だけど」

 

 

 

 オレがつぶやくと、彼女ははまさに破顔した。

 そう。

 それは、まさしく花のように。

 

 

 

「そうか! 行くぞ? カナタ!」

 

 

 

 あー、もう、凄く可愛いんだ!

 信じられないよ!

 オレは駄目。

 もうダメダメだ。

 上手く物事が考えられない。

 頭がくらくらするよ。

 いったいオレになにが起こっているのだろう。

 

 

 

「な、ちょ、ちょっと待ってよ! ナニナニ!? きみは一体なんなんだ?」

 

 

 

 うわ、オレやっちゃった。

 選りにもよって、こんなことを聞いちゃったよ。

 オレがそう口走ると、今度こそ彼女は歩みを止めて言うんだ。

 初めはキョトンと、狐に摘まれたように。

 しばらくしてからは、とても興味深いものを見つけた幼子の如く目尻が垂れて。

 

 そう。

 まるで面白い玩具を見つけたかのように、彼女は大きな目を見開いてこう言うんだ。

 

 

 

「自分は徳――、徳田――徳田(とくだ)八千代(やちよ)!

 そなたと千代の絆で結ばれている八千代だ! 見知り置くがよい!」

 

 

 

 自分の名前を言うのに、彼女――八千代(やちよ)は随分ともったいぶっていたのを覚えている。

 

 

 

 そしてそれをオレも、それがとても楽しいことの始まりであるような気がしてならなかったんだ。

 そしてそのことをオレはあっさりと受け入れた。

 オレはこのまま、掴まれた手もそのままに、どこぞへと連れ出そうとする八千代に付いていくのだ。

  八千代が連れて行ってくれる先は、オレの知るどんな世界とも違うものに違いない。

 そしてそれは間違いなく楽しいものであるはずだ。

 理由じゃない、理屈でもない何か。

 オレは既にこのとき既に八千代の――彼女の魅力に取りつかれていたのだろう。

 ――これが、八千代の言う、千代の絆というモノなのだろうか。

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