あいつらが去った後も、琉璃夏(るりか)はオレの胸に顔を伏せて震えてた。ああ、こんなことって。八千代(やちよ)も心配そうに琉璃夏(るりか)を見ていた。ただ、声も掛けづらいらしく、琉璃夏に近づいては離れる、の繰り返しだ。
「琉璃夏、大丈夫? 琉璃夏?」
オレは琉璃夏の背を摩りつつ、とりあえず声をかけてみた。
「……ス……ス……ロス、……ロス……ロス!」
「おい、琉璃夏!」
「殺す! 殺してやる、絶対に殺す!! あいつらの首根っこ引き捕まえて握り潰してやる!!この屈辱、忘れるものか! 絶対に絶対に許さない!!」
顔を上げた琉璃夏はそう吼えた。その目は怒りと復讐に燃えている。ダメだ琉璃夏、それ以上やったって自分が傷つくだけじゃないのか? 落ち着けよ!
「どうしたんだ琉璃夏、落ち着けよ!」
「琉璃夏、らしくないぞ、カナタの言うとおりだ、落ち着け!」
「殺す……」
「琉璃夏!」
「琉璃夏?」
オレから離れた琉璃夏は、そう物騒なことを言ったものの、疲れたように軽く微笑んだ。それを見たオレと八千代(やちよ)は顔を見合わせてほっと笑顔を見せる。
「なんてね。ま、いいか。あー、怖かった。私って変に誤解されているのだな」
「うん、琉璃夏は元気一杯に見えるから、みんな元気を貰いに集まってくるんだと思う。魅力的なのは間違いないと思うよ」
「カナタ……」
───気のせいか、琉璃夏の目じりが緩んでた。
「そうだな、自分もそう思う。カナタの意見を支持する。ただ、そなたはあまりにも無防備だ。心に隙がありすぎる。光あるところには影が出来る。あまりに強い光が生み出す影はそれなりに濃い影となろう。あまりに誤解を招くようなこと、距離感を縮めるようなことを軽々しく口にするでない。まして、今日の相手は色恋に免疫のなさそうな男子だったではないか。迂闊すぎるぞ琉璃夏。そなたは控えめに見ても相当魅力的だ。容姿も人格も、平凡な一般人からは程遠い高みにあることをもっと自覚するべきなのだ。ゆえに、今日のようなことが起きるのはある意味必然であったと言えよう」
「八千代……」
「心配して言っておるのだ。琉璃夏はなまじ強いだけに慢心しやすいのかも知れん。それも知らず知らずのうちに傷口を広げていると見た。注意するが良い」
八千代? 琉璃夏にそう告げる八千代が違う何かに見えたような。いつものバカとは何かが違う。それとも、この真面目な顔も含めて八千代なのかもしれないけれど。
「そうだな。八千代。言ってくれて正直嬉しい。そこまで言ってくれるのはカナタと貴様の二人だけのようだからな。さすがは私の友達一号だ」
「褒めても何も出ぬぞ?」
「あははは」
「あはははは」
───まぁ、丸く収まったようで良かったよ。
◇ ◇ ◇
「あ! 琉璃夏姉!」
身に覚えのありすぎるオレの妹、沙織の姿が見えた。
あ。沙織(さおり)。しまったな。沙織来てたのか。はぁ、とんでもない格好してるとこを見られた……もう逃げも隠れも出来ないけれど。
──見れば、沙織(さおり)の友達も二人ほどいるな。沙織の奴、友達を誘って高専祭に遊びに来たのだろう。
───って、オレに気づいてない?
「沙織。よく来たな」
「琉璃夏姉、その服とっても似合ってる。凄く綺麗!」
「ふふ、そのように褒めても何も出ないからな」
「ううん? そうじゃなくて、はー。いいなー。私も琉璃夏姉みたいに綺麗になりたい」
「ふふ」
沙織とその友達二人は琉璃夏を見て溜息をついていた。
「で、琉璃夏姉、お兄ちゃん知らない? お兄ちゃんのクラスのところに行って来たけどいなかったんだ」
「───だ、そうだ、カナタ」
げ。そこで言うか! せっかくばれてなかったのに! 琉璃夏がオレに視線を寄せる。
「え? お兄ちゃん近くにいるの?」
沙織が琉璃夏の視線の先を見る───。あ。目が合った。ニコニコ……。
「う、嘘……でしょ? あーーーー! お兄ちゃん! 何て格好してるのよ! うわ、怖いぐらい似合ってる。しかも凄い美人。全然わからなかったし!」
ばれた。ついにばれちゃった。
それにしても、お前はオレを褒めているのか貶しているのか。
……そうですね、貶しているに決まってますとも。
「ねえ、これなに? 胸は詰め物? あ、入れてない。喉は薄いか……。声もあんまり低くないしね。どこから見ても正真正銘、こ、怖いぐらい女の子だ。これだけ、いえ、普通の女の人が足元にも及ばないほど綺麗だと、胸が俎板だったとしてもお兄ちゃんの事をだれも男だ何て思わないよ。うん、思うはずないって。むしろツルペタの希少価値を求められるって。うんうん、絶対そうだよ」
沙織はオレの体を触りながらああでもないこうでもないと勝手なことを言ってくれた。オレは苦笑いする。
「うわ、その笑顔ほんとヤバイよー。お兄ちゃん。それ犯罪だよ」
「やかましい」
「沙織。貴様の兄がこうまで美しく変身出来たのだ。貴様も来年この衣装を着ることになる、兄に勝るとも劣らない美少女メイドが完成すると思うのだが」
「え? 既に決定!? まだ試験も受けてないのに!」
「必ず合格しろ。死んでも合格しろ。どのような手を使ってでも入学して来い。いいな!?」
「う、うん。琉璃夏姉!」
なんだか、琉璃夏が沙織に無理やり言わせたような気がしたのはオレだけか?
「可愛らしい妹さんだな、カナタ」
「憎たらしいだけだよ」
「そんな事はない。随分と兄思いの妹さんと見たぞ?」
「八千代、あまり褒めないでやってくれよ。付け上がるから」
沙織が聞き咎めたのだろう。思いっきり足を踏まれた。
「痛っ」
「変なこと言うからよ! って、ああ、お兄ちゃん、その顔反則だって。ヤバイ位可愛いんだから……」
「お前こそ変なこと言うな!」
何故か沙織が顔を真っ赤にして視線を外してくれた。
「あははは」
「あははは」
◇ ◇ ◇
●皇紀弐千六百八拾年 拾壱月 弐日 月曜日
国立大江戸特別芸能高等専門学校 一般棟第一学年教室 喫茶MAX TAX
「ありがとう、琉璃夏姉」
「気にする事はないぞ。慕ってくる後輩に奢るのは心優しい先輩の義務だ」
琉璃夏は沙織に笑う。オレたちは沙織たちを連れて自分たちのクラスに来ていた。
和の礼装に身を包んだ執事───茶道部主将がホットケーキセットを持って来る。
「客の入りはどう?」
「琉璃夏たちが外に出歩いて派手に宣伝してくれたから、凄い人気だったわ。もう、あたし疲れた」
「あはは、すまないな」
「でも、もう直ぐ一日目も終わりね。やっと開放されるわ。───琉璃夏たちは明日はあれでしょ? 部活、文芸部のほうが忙しいのよね?」
「ああ、こちらは手伝うことができないと思う。申し分けない」
八千代が答えた。
「ううん。そんなことないって。だって、土岐君なんか文句一つ言わずにその格好で今日一日宣伝してくれたんでしょ? あたしには到底無理よ。無理。きっと恥ずかしさ動けなくなると思うわ?」
オレは苦笑いするしかない。琉璃夏と八千代は思いっきり笑ってくれたが。
「だから、気にすることないって。お互い様よ。じゃ、わたしそろそろ行くわね? ごゆっくりどうぞ。ご・主・人・様!」