~コイハル~ 恋は遙かに綺羅星のごとく   作:燈夜4649

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向日葵の君

●皇紀弐千六百八拾年 拾月 拾六日 金曜日

国立大江戸特別芸能高等専門学校 メインストリート

 

 鮮やかな黄色に色付いた銀杏(イチョウ)並木を後にして、専門棟の裏手に回り込んだオレたち。

 八千代(やちよ)はオレを連れて迷いもせずにプレハブの立ち並ぶ部室棟へ向かっていた。

 放課後、元々オレもそこに向かうつもりだったのだけど、今日が始めてであるはずの八千代は迷いもしないんだ。

 その動きは予め予定されていたかのように、一切の無駄がなくて。

 

 ――この子、今日が転入初日だというのに。

 

 

 

「なあ、君は――」

 

「八千代だ!」

 

 

 

 これなんだ。

 先ほどから、オレは彼女のことを下の名前で呼ぶように半ば強制されていた。

 儚げで消え去りそうな第一印象とはかなり違う。

 こうして話していると、八千代は活発で利発な女の子だった。

 奥ゆかしき大和撫子(やまとなでしこ)というよりは、我先にと敵陣へ切り込む猪武者(いのししむしゃ)にも思える。

 

 

 

「八千代、君はいったいどこに向かっているんだい?」

 

「決まっている。文芸部の部室だ。――カナタは妙なことを聞くのだな。確か、そなたは放課後は必ずそこで過ごすと聞いた」

 

 

 

 だから、どうしてそれを君は知っているんだよ。

 ま、まさか――ストーカー!?

 でも、こんな綺麗な子になら……オレはストーキングされても良いかも。

 ――って、ダメダメ! ここは、はっきりと言っておかないと!

 

 

 

「ねぇ八千代、君は――」

 

 

 

 八千代がオレに振り向いた。

 

 

 

 ――驚いた。

 

 

 息を呑むほどの笑顔なんだ。

 それはもう、向日葵(ひまわり)と呼ぶか、太陽と呼ぶべきなのか。

 

 

 

「――どうしたのだ、カナタ?」

 

 

 

 オレの顔を、その澄んだ瞳が無防備にも覗(のぞ)き込んでくる。

 

 う……。

 ダメでした。

 とてもじゃないけれど「君はストーカーなのかい?」などとは聞けない。

 ……そんなこと、とてもオレには言えないよ。

 

 

 

 

 

「さぁ、ついたぞ。カナタ! 文芸部だ!」

 

 

 

 そう。

 ここ部室長屋(ぶしつながや)の一角。

 文芸部と書かれたプラスチックの表札を指差しながらオレを見る八千代の笑みは本物だった。

 そしてそれは、とても嬉しそうに見えたんだ。

 もう笑うしかない。

 八千代は思わずオレも嬉しくなるほどの笑みを浮かべていたのだ。

 

 

 

 

●皇紀弐千六百八拾年 拾月 拾六日 金曜日

国立大江戸特別芸能高等専門学校 文芸部部室

 

 大江戸特芸高専文芸部。

 

 何の事は無い。

 この文芸部はオレ、土岐(とき)カナタとその奇矯な幼馴染の毛利琉璃夏(もうり・るりか)の二人だけを部員に持つ廃部寸前の寂しい部活なんだ。

 

 現状、部室はオレたち二人の遊び場と化しており、読みかけの雑誌やマンガ、そしてゲーム機が転がっている。

 いずれもオレたちが家から持ってきたものばかり。

 過去の栄光と言えば部屋の隅の棚に仕舞われている数冊の機関紙『一騎当千』のみになる。

 

 そもそもこの文芸部はオレたち一期生が入学すると時を同じくして、オレたちの担任でもある桜塚弥生(さくらづか・やよい)助教授が顧問となって始めた『文化部のテストケースその一』に過ぎなかった。

 以前はオレたち以外にも三人の学生が部員として在籍していたのだけれど……。

 その子達は部活を退部するどころか自身の進路そのものに疑問を持ってしまい、昨年までに学校を中退していった事は記憶に新しい。

 

 部室に入り、オレは胸をなでおろしたよ。

 良かった、部室の中に誰もいなくて。

 まだ琉璃夏(るりか)の奴、お菓子の買出しから戻って来ていないや。

 オレが八千代(やちよ)を連れていることを知ったなら、きっと面倒なことになるに違いないんだ。

 だけど、幸運にも今は不在。

 今のうちに八千代と話を済ませてしまおう。

 

 

 

「八千代、とりあえず座ってよ。その椅子、使って良いからさ?」

 

 

 

 散らかっている部室の中身に驚いているのか、どうなのか。

 八千代は周囲をおっかなビックリと見回しながら、先ほどまでとは正反対のぎこちない動作で席に着いてくれた。

 彼女はおそるおそる椅子を引き、そっと浅く腰掛ける。

 オレは急須に適当に、遠く九州は八女(やめ)のお茶の葉を入れ、ほのかに色がつく程度の適当さで熱い玄米茶を用意した。

 

 

 

「良かったらお茶でもどうぞ。今はこんなお茶しか出せないし、お菓子もないけどね」

 

 

 

 八千代の前に湯気を立てる有田焼(ありたやき)の湯飲みを出したんだ。

 お礼もそこそこに受け取る八千代はオレの顔を食い入るように見詰めて来る。

 そして彼女は、あろうことか、こんな事を口走ったんだ。

 

 

 

「こうしてみるとカナタ。そなたは本当に――綺麗だな。儚げで、繊細で……女として、つい見とれてしまう。――羨ましい」

 

「……」

 

 

 

 オレは絶句して二の句が告げなかった。

 

 

 

「そなた……真(まこと)に男子(だんし)なのか!?」

 

 

 

 聞かなかったことにしよう。

 オレの、オレ自身の呪いめいた一見すると――いや、しげしげと見つめられても――美少女と見まごう外見。

 ――認めたくは無いけれど、そうとしか表現できない容姿。

 家事も完璧にこなす未来の奥様候補。

 

 悲しいかな、男子にラブレターを貰うことも多い。

 面と向かって告白されると言う恐怖体験も一度や二度ではなかった。

 歳を重ねればヒゲでも生えるかな、と密かに期待していたのだけれど……そんな気配は全く無し。

 むしろ、逆に肌がすべすべのつやつやになる始末なんだ。

 

 最近のオレは、他人から男性に見られることをほとんど諦めていた。

 この学校には変人が多いから、オレのような容姿も目立たない――とは言い切れないけれど。

 周囲の連中が濃すぎるために、オレ自身がそう目立った存在では無くなっていたのも……そんな自分勝手な幻想を加速させる一因だった。

 

 ――だけど美少女然とした八千代に、こうもはっきりと面と向かって言われるとズキリと胸が痛むんだ。

 オレを男性として見て欲しい、そう思わずにはいられない。

 普段はそこまで思う事はめったの無いのに、八千代をこうして前にした今日だけは、強く心が痛むんだ。

 この子にだけは、八千代にだけはオレを男性として見て欲しい――。

 

 はぁ。

 オレは溜息をつく。

 そんなことをいつまでも考えていても仕方がない。

 整形でもしない限り、オレの人相が変わるわけでもないのだから。

 そうだよ。

 

 オレは椅子を引き、八千代の向かい側に腰を下ろす。

 ここはまぁ、気を取り直して――。

 

 

 

「でさ。オレのことより――八千代? 君はオレに用があるんだよね。違う?」

 

「!?」

 

 

 

 八千代は飛び上がって驚きを示す。あれ? 外れたかな?

 

 

 

「そうじゃないの? 用は無いんだ? ホントに?」

 

「い、いや、用はある。あるぞ。あるとも。その、あの。――聞いてくれるのか?」

 

 

 

 この流れでいまさらそれを言っちゃいますか。

 聞かない、という選択肢はもう無いだろ?

 八千代は自分の革張り黒鞄を開け、四枚のCDを取り出した。

 CD?

 珍しいな、今どきCDメディアなんて。

 

 

 

「何の曲かな? ボカロ? もしかして君が打ち込んだの? そこにコンポあるから、かけて良いよ」

 

「ボカロじゃない。パソコンゲームのDVDだ 自分の大好きな、宝物だ――」

 

 

 

 え?

 パソコンゲーム?

 

 しかも四枚組みのDVD?

 そんな大作、早々無いはずだ。

 思い当たるのは、父さんのソフトハウスが出した伝説級のパソゲー『恋は遥かに綺羅星のごとく』くらい。

 

 でもあれは美少女ゲームだし。

 とても八千代のような、リアル美少女(三次元)が手に取るような代物では決してない。

 

 そんなオレの思いを知ってか知らずか。

 八千代はそのDVDを何か神聖なもの、得がたき何かを扱うかうが如き恭しさでオレに差し出した。

 

 八千代からそれを受け取ったオレはDVDのレーベルを確認する。

 ああ、間違いない。

 この流れるような飾り文字、そして控えめに言っても「イタイ」としか表現できない挿絵。

 そうとも。

 間違いない、このDVDの中身は――。

 

 

 

「これは『恋は遥かに綺羅星のごとく』だ。カナタの父上、トバリがメインシナリオを担当されていたと聞いている」

 

 

 

 なんだって!?

 どうして君はこれが父さんの作品だなんて知ってるの?

 

 

 それも疑問だったけれど。

 八千代の次の台詞は、そんなオレの驚きなんて、ほんの些細なことに過ぎなかったのだと軽く吹き飛ばしてくれたんだ。

 

 

「カナタ、一生のお願いだ。

 

 

 メインヒロインであるユリルートの攻略法、トゥルーエンドに至る道筋を教えてくれ。

 

 

 頼む! 邪道だとはわかっている。

 しかし何度やっても一向にハッピーエンドに辿りつかないのだ! 頼む! この通りだ!!」

 

 

 八千代はにわかに立ち上がり、オレに向かって深々と頭を下げていた。

 

 

 

 ――へ!?

 

 

 

 これには参ったよ。

 オレはこのとき、さぞ間抜けな顔をしていたに違いない――。

 

 

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