●間章 ~いづれの御時にか~
主人公はどこにでもいる、しがない青年だった。
とある夏の日のことだ。
親しい仲間と共に故郷の島に遊びに来ていた青年は、沖に流されていたボートを発見する。
ボートには一人の少女、「ユリ」が倒れていた。
介抱する青年。
命を取り留めた少女、ユリ。
ユリは岬の上の洋館に住む、地方華族の娘だった。
自然と惹かれ合った二人は眩しい夏の日差しの中、印象的な時間を過ごす。
そのゆっくりとした時間の終わりに、身分を超えた、その先まで考え出す二人――。
しかし。
出会いがあれば別れがあった。
そして、それは突然に――。
帝国軍の秘密兵器である試作人型汎用兵器、バスタードハタモトが現れたのだ。
バスタードハタモトから聞こえてくる声。
光源氏。
ユリの館に数日前に現れた、女たらしの華族のドラ息子。
有形無形に脅迫を繰り返す彼の要求に、ついにユリは心折れた。
青年に危害を加える、その一言が彼女から闘志を奪い去っていたのだ。
そして、それっきりユリは青年の前から姿を消してしまった――。
●
皇紀弐千六百八拾年 拾月 拾六日 金曜日
国立大江戸特別芸能高等専門学校 文芸部部室
画面に食らい付く、数人の人影があった。
◇ ◇ ◇
『トバリ! ――来ちゃダメ!』
『ユリ、行くな!』
――ユリが泣いている。
――ユリの言葉。アレは、アレは決してユリの本心じゃない!!
『トバリ!!』
『アーッハッハッハッハ! どうしたクソ虫! 虫ケラの分際でなにが出来る。――立場をわきまえるのだな!?』
俺の目の前にそびえ立つ鋼鉄の巨人。
帝国軍の試作人型汎用兵器『バスタードハタモト』の外部スピーカーから憎きあの男――恋敵たる光源氏の声が聞こえる。
――あいつ、いったいどこからこんなデカブツを!
『おっと、誰が動いて良いと言った!?』
ダダダダダダダ!
36mmチェーンガンの唸る音。
地面が砕け、弾け飛ぶ。
その瓦礫は容赦なく俺の全身を撃った。
『う、ッくぅ!』
痛い痛い、全身が痛む。もはや何処を打ちつけたのかもわからない。
『きゃぁあああああああああああ!! トバリ!! トバリーーーー!!?』
ユリの絶叫が響き渡る。
『んーーーー!? 死んだか!? ―もしかして、プチっと逝ってしまったかぁ!? アッーハハハハハハ!』
――俺は負けない、誰が光源氏なんかに、あんな外道にユリを!! 薄れ往く意識の中、俺は最後までユリの事を思い続けた。
『ほぅ? 以外だなクソ虫。――だが、もうこれで終わり――』
『止めて! お願い、止めて止めて!! ……する、何でもするわ! 言うことも聞きます! だから、もう止めて、お願いよ!!』
『聞いたか? 聞きましたかクソ虫! ユリが、お前のユリ姫が――遂に落ちたぞ。遂に俺のものになったんだ! アッーハハハハハハ! クソ虫、悪いな、あそこまで言われちゃぁ俺としても引かないわけにも行かないな。――あ、そうだ。クソ虫、――お前はもう用済みだ。帰って良いぞ?――何処へなりともな!! アッーハハハハ! アッーハハハハハハ!!』
『ユ、ユリ……』
◇ ◇ ◇
画面がフェードアウトしてゆく。
暗闇の中、主人公トバリのモノローグが響いた。
俺は、何もできなかった。
結局、指一本、ユリに触れることも叶わず。
光源氏に一矢報いることすら、――出来なかったんだ。
俺は、最低だ――。
主題歌の演奏が始まり、スタッフロールが流れ始める。
――シナリオ オロシ味ポン、とあった。
たしかこの『オロシ味ポン』と言う名前こそ。
この作品を作った当時の、オレの父の使っていたペンネームだと記憶している――。
●皇紀弐千六百八拾年 拾月 拾六日 金曜日
国立大江戸(おおえど)特別芸能高等専門学校 文芸部部室
「――で?
説明してもらおうか、土岐彼方(とき・かなた)。
――なぜ貴様は日も差し込まぬこのような薄暗い部室(ぶしつ)に篭り、
美少女ゲームのアレなシーンを絶賛鑑賞しつつ、
大東亜(だいとうあ)でも数人といまい国民的アイドル級の美少女を連れ込んでいる?
――なにをしていた?
――なにをするつもりだった?
――何故この娘は泣いている!?
――返答と事の如何(いかん)次第(しだい)では貴様――
……わかっているな!?」
……どうしてこうなった。
マウントポジションにてオレの首を今にも圧(へ)し折ろうと試みるツインテールがいるんだ。
その大きな目の目尻に溢れんばかりの涙を湛えてオレの首根っこを掴み、前後にブンブンしてくれていた。
その身も小柄な見紛(みまご)うことなく完璧なツインテールにして、鬼の形相で目を釣り上げている、この少女。
こいつが琉璃夏(るりか)だ。
毛利琉璃夏(もうり・るりか)。
オレの唯一の文芸部の同志なんだ。
今朝、オレが八千代(やちよ)と出会うまでは、
何かと仲間外れにされがちなオレが対等に話せる唯一の相手であり――。
良き遊び相手でもあった幼馴染。
この琉璃夏(るりか)、
垂れ目がちの大きな目を持つ愛くるしい美少女然とした容姿を持つ小柄な少女なんだけど。
その言動を聞いてもらっても判る通り――彼女はその趣向がちょっと普通じゃない。
彼女はこの四百年の長きにわたり太平の世を謳歌(おうか)する日本帝国(にほんていこく)においても珍しく、
今世のヒゲ伍長(アドルフ)衝撃隊(しょうげきたい)隊長を自称するほどの枢軸(すうじく)マニアであり、
かつサバゲー大好き少女でもあった。
また、普段の学校生活では泣く子も黙る風紀委員会に所属する恐怖の代名詞として恐れられてもいる。
「何故貴様は答えない!?
そんなにこの少女が気に入ったのか!
そんなにこの少女に惚れたのか!
そうまでしてこの少女が欲しいのか!!
貴様はなにが不満なのだ!
吐け!
このノンポリめ!
唾棄(だき)すべき無神論者め!
この私を差し置いて、
不順異性交遊など断じて認めん!!
絶対にだ!!」
「あの……」
思うところがあったのか、八千代(やちよ)が口を挟んでくれた。
だけど。
そう……だけど。
救いの女神は、、、そう……。
――遠かったんだ。
「黙れ貴様! 今はこやつと大事な話をしておるのだ!」
ほらね?
でも、そろそろオレも限界かも……。
本気で苦しいからさ?
そろそろ放してくれよ琉璃夏……?
「ふ、ふはは、ふはははは!!
そうか、そうなのだな!?
貴様、彼方(カナタ)――。
この一連の出来事は、
この私をこの大江戸特芸高専風紀委員と知った上での嫌がらせなのだな!?
頼むからそうと言え!
この少女に気があるからではなく、この私に嫌がらせをしているだけなのだと!!
そうでなければ、貴様がこの私にわざわざ菓子を買いに行かせる理由がない!
私がここに来るとわかっているのに、他の女と仲良くしてみせる道理がない!
そうであろう!
そうと言え!
言うんだ彼方(カナタ)ァ!!」
……。
「あの、そなた……」
――ああっ!
またしても女神の、女神の慈悲の形が見えるんだ!
どうか今度こそ見捨てないで下さい神様!?
「黙れと言っている!
――そうか、貴様から修正されたいのだな!?」
――ぉ、おぅ。
女神様の影が消える……?
そうさ?
正しき声は、いつも弱者には届かないんだ。
「カナタが口から泡を吹いておる――先程から様子がおかしいのではないか?」
「!?」
――女神様が戻って来たし!?
早く気づけ、琉璃夏。
お前のそういうところが残念なのか、どうなのか。
――だけど、まぁ?
とにかくオレは、この後すぐに意識を失ってしまったらしいんだ。