少女は生きるために殺しを続けた。その先にあるモノは──。 作:燈夜4649
『お前の妹をしっかりと教育しておけ! 二度と恥をかかせるな!』
嫌味な黒髪眼鏡の男、オスカードの言葉が蘇る。
恐怖とともに、頬と腹の痛みまで蘇る。
「祖国と、王家と、民衆のために……!」
私は歯を食いしばって頭を左右に振っては、オスカードの幻影を振り払う。
「ディアーナ」
「なに? お姉ちゃん」
「そろそろ始める。心の準備は良い?」
「……うん、わかった」
今回のターゲットは共和国のドブネズミ。
王国に仇なす憎き相手だ。
私は国境から程無く離れたこの街に隠れ住む、ターゲットの家に行く前に御茶所へと足を踏み入れる。
途端に匂う、香草と珈琲の香り。
私はディアーナを連れて手ごろな席に着くと、やって来たウェイターに香草茶を頼んだ。
「ディアーナ、覚悟はできてる? 今度の始末は全てディアーナに任せるから。追い込むまでは私がやってあげる」
私はディアーナを見上げた。
「覚悟……」
息を呑むディアーナ。
「できるわよ、ね?」
目を見れば、ディアーナはぎこちなく頷いた。
「……うん」
「わかったわ」
私がディアーナの返事を喜ばしく思ったとき、ちょうど香草茶が二つ運ばれてきた。
「頂きましょう、ディアーナ」
「うん、お姉ちゃん!」
ディアーナの顔が綻んだ。
◇
薄闇の中、私の目が粗末な家から出て来たターゲットを捕らえる。
「ディアーナ、出て来た」
「追おう、お姉ちゃん」
カンテラを手にしたターゲットが下町に抜ける。
私とディアーナは物の影を踏むように、音もなくその後を追った。
幾度目かの角を曲がるうち、私たちとターゲットの距離は着実に詰まっていた。
──射程内。
私は判断し、太腿のベルトからナイフを三本取り出す。
構えては、
擦る音。
空気が音を立ててターゲットに迫る。
私は右手のナイフを三本とも投擲していた。
カンテラが翻る。
小さな悲鳴が上がる。ガラスが割れる。明かりが消える。闇が辺りを支配した。
「走って!」
私がディアーナを促すと、背後方トテテ……と足音が続く。
「天誅!」
私が傷ついたターゲットの両肩に両膝を押し付けて組み敷きマウントを取れば、相手はもがき、なんとか振り払おうとする。
だが、相手がもがけばもがくほど、ターゲットの体が私に食い込むだけだ。
私はコインを握りしめた拳を使って顔面を左右から交互に殴りつける。
ターゲットの若い男は一撃殴っただけでおとなしくなったが、私は殴るのを止めない。
「ディアーナ!」
私はディアーナを促す。
止めをさせ、と促す。
「お姉ちゃん」
暗い声のディアーナが前に立っていた。
私は顔を腫らした男をよそに、妹を見上げる。
「かわいそうだよ、もう止めよう」
私は脳天を拳骨で殴られたような衝撃を受けた。
なにを、ディアーナはなにを言っているのだ?
理解できない。理解できないことが、恐ろしい。
「ディアーナ、早く止めを。ナイフを出して」
「止めようよ、お姉ちゃん」
私は一呼吸置き、
「なにを言ってるの? 早く止めを──王国の敵とはいえ、この人も苦しいの!」
吐き出した。
だが。
「お姉ちゃんこそなにを言ってるの!」
ディアーナが体当たりを仕掛けてくる。私はバランスを失って男の体の上から滑り落ちた。
「なにを……」
「人殺しは悪い事なんだよ?」
「人じゃない。ターゲット」
「人殺しだよ!」
ディアーナは叫ぶ。
夜道に、夜の最中に木霊する。
ディアーナにできないのなら。
私は起き上がりざま、私の太腿のベルトから、ディア―ナの替わりにナイフをもう一本抜き放つ。
「ディアーナ。いい加減にしなさい!」
私はナイフをディアーナに向けた。
「お姉ちゃん、私にはできないよ!」
両手を突き出し迫ってくるディアーナ。
私はそっちがその気なら、と牽制を込めてナイフを振るい──あってはならない手ごたえを感じた。
指が、手の平が、温かい液体で濡れてゆく。
「お姉、ちゃ……ん」
か細いディアーナの声が耳元で聞こえる。
ディアーナが私の胸元に飛び込んでくる。
そして、
──あろうことか、ディアーナの体温は、私の腕の中で徐々に冷め、次第に冷たくなっていった。
私がディアーナの喉を傷つけた。私がディアーナの喉を傷つけた。私がディアーナの喉を傷つけた。
私が●ァーナを●した。私がディ●ーナを殺した。私がディアーナを殺した。
私はジェライスも殺した。私はアメリッサも殺した。
『おかえり。疲れたでしょう、リリアーナ』
スカーレットが微笑みを持って迎えてくれた。
でも、私は●カー●ットも●した。
私が、私が、私が……この手で!
私が、この手で、スカーレットも殺した。
私は、この手で、みんなみんな殺した──。
共和国のドブネズミも、裏切り者の貴族も、賄賂をばらまいていた商人も。
そして、同じ施設の人間を。
親友を。
──血を分けた実の妹さえも──殺した。
殺してしまった。
……もう、後戻りできない。
私は、黒い液体に濡れた手を見て、そう思った。
私は、見開かれたままのディアーナの両の目を閉じて道端に横たえさせた。
私は震える手で、ディアーナの髪を少しナイフで切り取って懐にしまう。
私は左右を見渡す。
人影は、無い。私は、男の心臓を一突きすると、ビクンと震えた男の荷物を奪う。
そして急ぎ、共和国へ伸びる国境に向けて走り去る。
ディアーナから逃げるように。
──そう。
今わかる、己の罪深さから逃げ去るように。