少女は生きるために殺しを続けた。その先にあるモノは──。 作:燈夜4649
逃げ出した私は、王国から遠く離れた共和国の裏びれた街の裏路地を歩いていた。
ボロをまとい、顔を汚し、素性をわからなくする。
腹が減れば、捨てられたばかりのゴミ箱を漁り、喉が渇けば、公園へ行って噴水の水を啜る。
私は夢を見ていた。
親友を、妹を殺した夢を。
そんなことはあり得ない。
私がそんなことをするはずがない。
私は、私は──腐ったリンゴを握りしめた手は、赤い血に染まっていた。
──夢じゃない。
『お姉ちゃん、どうして私を殺したの? 私はもっと生きたかったのに』
『リリアーナ。元気にしてる? でも、どうしてあなただけが元気なの? あなたも、死んでよ』
私の目の前にディアーナとスカーレットの血濡れた両手が伸びる。
私はこれでもかと目を見開き、体をくの字に折って咳き込むと、その場で激しく嘔吐した。
涙が流れる。
だが、いくら涙が流れようと、頭の中で繰り返される二人の怨嗟の声は、いつまでたってもおさまらなかったのだ。
◇
──どれほど時が過ぎただろう。
無限ともいえ、無ともいえた。
『死ね、死ね、死ね。お前こそ死んでしまえ!』
『もっと生きたかった。お前さえ私を見逃してくれてさえいれば!』
私は、何者かもわからない声に突き動かされるも、膝を抱えてうずくまり、誰も立ち寄らぬ裏路地の街角で震えていた。
ネズミが走る。ハエが飛ぶ。
お腹は鳴り続け、淀んだ空は幾たびも揺れた。
『あの施設を壊して』
『私たちの家を消し去って』
『みんなの呪縛を断ち切って』
『さあ、立ち上がってリリアーナ、残った仲間を王国の魔の手から救って!』
私が目を上げ、顔をを少し上げると、
「黙れこの王国の犬!」
見れば、浮浪児が衛視二人に殴られていた。一方的だ。
その浮浪児はちょうど私の目の前まで殴り飛ばされてくる。
「留置所の空もありませんぜ、この場でバラしちまいましょう、班長」
班長と呼ばれた男は、腰に吊るした警棒を抜くと、それを無言で振り上げて──。
グシャリ。
熟れたスイカの割れたような音がした。
石を握った私の拳が班長の頬に食い込む。
腕を取る。胸を蹴る。そのまま引き倒し、後ろ手にねじり上げるとそのままへし折った。
苦痛を訴える班長を哀れに思った私は慈悲を与えることにする。
「貴様!」
班長の同僚が吠え、掴みかかって来るが、私の足は止まらない。
班長の喉を蹴り砕くと、男の腕を取って後ろ手に投げた。壁に向かって男が激突、赤い飛沫をの起こして男は崩れ落ちる。
私は班長の持ち物を漁ると金を抜き、今だ呻いている男に近寄ると、鳩尾に蹴りを入れ、浮かび上がった体に足を入れると、落ちてくる頭を蹴り砕く。首があらぬ方向に曲がり、真っ逆さまに錐揉みをして崩れる男。
私はこの男の体からも金を抜き取ると、浮浪児に向き直る。
その時、私のお腹の虫が鳴った。
「食べ物は無い?」
見れば、浮浪児が火が付いたように、切り裂く悲鳴を上げては泣きだした。
返事を待っていると、動かぬ私をどう思ったのか、浮浪児は突然信じられぬ敏捷さを見せて立ち上がる。
そして足を絡ませて、転がるように走り去って行く。
──ため息一つ。
私は胸ポケットに金を入れようとして、封筒に指が当たるのを知る。
ディアーナの遺髪を入れた封筒だ。
『お姉ちゃん、帰ってきて。施設の子を救って』
確かにディアーナの声だった。
私は別のポケットに紙幣を突っ込み、その場を足早に立ち去ることにしたのである。
白いふりかけご飯が恋しい。
オスカードがいつも私に与えていたあのふりかけは、一体どこで手に入るのだろうか。
◇
私は金で服を買い、駅馬車に潜り込む。
王国へ向かう駅馬車だ。
「軍人さんだよ、嫌だねぇ」
「戦争はもう終わったって言うのに」
人々は戦争の終結を心から喜んでいるようだった。
共和国のドブネズミも、王国の犬も、全てが喜び、花咲いていた。
だが、私の前に映る景色はモノクロームの灰色だ。
人と人が行きかうようになり、駅馬車が復活した。
王国と共和国、どちらが勝利したのかなど関係ない。民衆の喜びと苦悩、そして戦争の爪痕だけがそこにあった。
日が傾いたころ、駅馬車は王都に着き、私はその足で施設に向かう。
勝手知ったる街だ。
寄り道などせず、真っすぐに向かった。
──違和感。
白いアーチがあった先にあった建物は、全て崩され、なにも残ってはいない。
私は敷地に足を踏み入れる。
更地だった。首の取れかけた人形が一つ落ちている。
カレンが大切にしていた玩具だったと思う。
……違ったかも、知れない。
人の気配はない。
夕闇が迫る。
虹が見える。みんなが呼んでいる。
七色のシャボン玉が私を包んだ。
『よく帰って来たね』
『よく帰ってこれたわね』
『どの面下げて帰って来たの? リリアーナ』
私は、踵を返すと、夜の街の闇へと向かった。
施設にいったい何があったのあろう。
疑問は膨らむばかりだ。
『遅かった。遅すぎた』
『リリアーナが悪いのよ? なにをしてたの!?』
『あなたがだらしないから! リリアーナってば最低!』
背筋に寒いものが走る。
私は足早に駆けた。
◇
『リリアーナ、リリアーナ! ご飯は美味しく食べるものよ?』
『お姉ちゃん、きついでしょう、辛いでしょう。でもね、お姉ちゃんがそれを選んだんだよ?』
手っ取り早くお腹を満たすべく、安い飯屋に向かう早道しようと通った裏路地。
だが、それがいけなかった。
「よう、姉ちゃん」
目の下にクマを作った男が、私に声をかけてきたのである。
「!」
「おっと。動かない方が良いぜ」
私は振り返る。
私の後ろに三人。総勢四人の男たちが私を囲んでいた。
私は危険を感じ、石を拾う。石を口に含む。
掴みかかってくる相手を脇に避けては、足を引っ掛けて転倒させる。小石を相手の目に吹く。
かばった顔面。私がら空きになった腹に石を握った拳で殴りつけ、突き込んだ。
くの字に折れる相手の脳天に、踵を落として卒倒させる。
二人掛りで挟み撃ちを仕掛けてくる敵の一方に、私は石を投げつける。
怯んだ敵を尻目に、もう一方の相手の脛を蹴りつけ、飛びあがる相手の横腹を蹴っては転倒させ、首を踏み砕く。
振り返っては砂を蹴り上げ、目がくらんだ相手の腕を掴んで転倒した最初の男の上に投げた。
倒れる四人の男たち。
私は容赦なく止めの一撃を見舞うと、男たちの持ち物から路銀を巻き上げる。
そして、私は彼らの持ち物から白い粉を見つけた。
──ふりかけに似た粉!
私は少し舐めてみる。
間違いない。私は、この男たちの足取りを少し調べることにした。