史上最悪の『念能力者』だって、ヒーローになりたい! 作:焼き豚さんいらっしゃい
当作品のミュハンは大分マイルド(身内には特に)
【従者たちの休日】
窓から差し込む優しい自然光が、広々とした部屋を白く照らしている。
私は……決して自分のモノではない“この部屋”で、天にも昇るような心地のまま休日を謳歌していた。
ほのかに彼の香りが残るベッドの上で、自らの身体を擦り付けるようにして潜り込む。
枕の中に顔をうずめていると、洗剤の奥からかすかに漂う――彼特有の爽やかな匂いが鼻腔をくすぐる。その香りを胸に吸い込むたび、私の心臓は破裂しそうなほど早鐘を打っていた。
さらに――理性的に考えて絶対にあり得ないものの――枕の奥底から、まるで脳内を直接溶かしにくる『麻薬の混入したチョコレート』ような……そんな危険な甘ったるさを感じる。
この“甘さ”がここから消えてしまわないよう……私はシーツや枕を抱きしめながら、胸いっぱいに空気を吸い込んだ。
「あ゙ぁ〜〜……最っ高にキマりましてよ……!」
「……おい、
横から水を差してくる
都心部から車で40分ほど。津穢理家が所有する別宅のうちの1つ――九州地方に存在する景勝地としての拠点に、ミュハンと印照は休日を貰って(次の仕事の一環でもあるが)前乗りしに来ていた。
「なぁ……オレ達の目的、忘れたんじゃないよな?」
「……ねぇ?この状態の乙女に後ろから声をかけるのは……流石に少し不粋じゃなくってよ??…………コホン。えぇ、もちろん覚えていますとも。
「……その通りだよ。じゃあ、なんで似人様のベットに入って……」
「こういった寝具の中に、薬物や危険物が仕掛けられている可能性も少なくありません……嗅覚によるチェックは重要でしてよ?それより、アナタこそ仕事に専念した方が良いのでは?」
印照は一切怯むことなく……逆にこちらを責めるように、鋭い視線を向けてくる。
既に分が悪くなりつつあることを悟ったミュハンは――特に言い返すこともなく――彼女の言う通り
(はぁ……ったく、相変わらずだな。
2面が全てガラス張りになったその室内は、豪華というよりは徹底的に洗練されていた。
床には上質なウォルナットのフローリングが広がり、イタリア製の高級レザーソファーが低く佇んでいる。余計な生活感は一切排除され、空間の余白そのものが贅沢を象徴していた。
(相変わらず、坊ちゃんの美的センスは凄まじいな。話したらオレの部屋の模様替えとか手伝ってくれ……いや、減給されそうだし辞めとくか)
シミひとつない白磁の壁には、新進気鋭の現代アーティストによる巨大なキャンバスが1枚だけ掲げられ――角度まで精密に計算された天井の埋め込み照明が、まるで美術館のように絵画を照らしている。
そんな眼下に広がる大都会のミニチュアのような景色すら……この部屋のインテリアの一部にすぎなかった。
「一個でもオレが壊したら…………来月の給料が吹っ飛びそうだな。ま、気を付けながらボチボチ始めていくか」
すると――未だに津穢理のベットに潜り込んだままの印照が、驚きに大きく目を見開きながら、自分のことを観察しているのに気が付いた。
「…………なんだよ?」
「いえ、純粋に“素晴らしい個性”だなと。一般的な増強型とは聞いていましたが……こうして見ると、中々ですね」
危険物の確認を完了したミュハンは、静かにソファを元の位置に戻す。
そして、珍しく自分のことを褒めてきた印照に興味を持ち――振り返りながら疑問を重ねる。
「へぇ……お前が褒めるだなんて、意外だな?」
私設兵“ミュハン”。個性『筋力強化』。
「えぇ。資料には目を通していましたし、スパーリングや訓練の際に遠目から観察することはあったのですが……改めて近くで見ると、印象が変わりましてよ?」
「そうかい?……資料に書いた通りだと思ったが?」
「……あまり見くびらないことでしてよ?…………たしかに、強化倍率という点では一般的な増強型と比較しても大差ないのでしょう。しかし、驚くべきはその“操作精度”……!恐らくは強化を部位ごとに細かく指定できるのでしょう?いえ……それだけではありませんね。恐らくは出力すらも
彼女の凄まじい分析力に……自らの能力の底が割れたと悟ったミュハンは――肩をすくめながら苦笑いを浮かべ、大人しく降参するように両腕を上に挙げた。
その表情には能力を言い当てられた、という“悔しさ”と“驚き”が滲んでいたが…………それ以上に。私設兵の中でも、実際に指揮官を務める
「見事だな。オレ以外じゃ、似人様にしか詳しく教えてなかったんだが……」
「いえいえ……私も事前に情報を仕入れていたうえで、近くで見るまで分かりませんでしたよ?それに……あの似人様が厚遇しているんですもの。何かあるとは思っていましてよ?」
「……厚遇?『都合の良いように、こき使われてる』の間違いじゃないか?」
ミュハンとしては、それなりに大真面目なツッコミだったが……印照は笑みを深めるばかりで答えようとしない。
ふと無意識に、口から大きなため息がこぼれ落ちる。こういった話題で、否定も肯定もされないのは……それはそれで堪えてしまう。
とはいえ、歳下の女子から妙な慰めを貰っても仕方ないため――――あえてこちらから、会話を継続する。
「……はぁ。ま、その通りだ。オレの個性は、増強型として見れば一般的なレベル……戦えば無難に強いが、スーパーマンを目指すには程遠いって感じだな。その反面……“能力の操作精度”はピカイチ!指定した部位ごとに『1%単位』で力を割り振れる!同じパンチでも『腕80、腰20』の強化と『腕20、肩10、足10、腰40』の強化じゃ、スピードもパワーも
「ふふふふ……かなりイヤらしい個性でしてよ?特に
「チッ……自覚はしてるさ。そんなことより……お前も手を動かせ。ベットの匂いチェックは終わったんだろ?」
印照の雑なイジりに腹が立ったのも事実だが……実務的に考えても、流石にこれ以上の遅滞は見過ごせない。
向こうから先に発破をかけてきた以上、これからは口より先に手を動かしてもらう必要がある。
「……そうですね、アナタの言う通りです。私もそろそろ働くとしましょう。人をからかうのは好きですが……それで不快にさせてしまうのは本意ではありませんもの」
印照が作業に加わったことで、作業効率は大幅に改善し――ミュハンが想定していた当初の予定に比べて、1時間ほど前倒しで作業が進んでいく。
分担の手順はシンプルだ。まずはミュハンが大きな家具やインテリアを持ち上げ、続いて印照が部屋の隅々まで丁寧に観察する。“知”と“力”によるコンビネーションの効果は絶大で、広大な室内の大方があっという間に調べ尽くされていく。
そんな、作業の終わりが見え始めてきた頃合。ミュハンは息抜きがてら――それ以上の意図も含まれていたが――印照に“とある話題”を投げかける。
「よし……良い感じに進んできたな。疲れてたら先に休憩取っていいぞ?」
「心配には及びませんよ。あと、30分ほどで全て終わるでしょう……私も最後までお付き合いしましてよ?」
「そうかい。ところで印照は…………似人様の『
瞬間、印照の身に纏っていた空気が激変する。
まず見て取れたのは……驚愕。そして次第に、困惑と警戒が顔を覗かせてきた。自らの感情を隠す能力(なお、津穢理本人の前では全く機能していない)に長けた印照が、これほどまでに感情を露わにすることは非常に珍しい。
いや…………なにせ話題が『
「……どういうつもりでして?返答次第では即座に……似人様へと報告しますよ?」
「そう警戒すんなよ。ただ“認識の擦り合わせ”がしたかっただけだ……大体、オレの忠誠心の高さは知ってんだろ?逆に、何があればオレが似人様を裏切るなんてことあると思う?」
なんとかしてミュハンの発言から真意を見出そうと――――印照は鋭い視線でコチラを観察し始める。
とはいえ俺からしてみると……最初から全て本音で語っているだけなので、真意もへったくれも
これぞまさにミュハンの会話術。
『自分より遥か高みにいる知恵者と会話する際には、出来るだけ最初から本音で話す』。どうせ真意が見抜かれてしまうなら、最初から真意を提示してやればいい。向こうがいくら会話のウラを見抜こうとしても、そもそもウラが存在しなければ対処のしようがない。
誠実さというのは、タイミング次第で強力な武器になるのだ。
「どうやら……嘘はついていないようですね?」
「最初から言ってただろ?疑り深い女は嫌われるぜ?」
「余計なお世話でしてよ…………そして、アナタの質問に答えるなら『一部だけ知っている』。似人様の個性が“オーラ”と呼ばれるモノを操作すること、そして“オーラ”によって身体を強化出来ることは存じ上げていますが……他にもまだ『何か』があるのでしょう?」
「ああ、その通りだ。それだけが似人様の能力じゃねぇ」
印照の疑問に対し、オレは端的に肯定の意を返す。
しかしながら、印照は喜びを表すどころか――自分の知らない秘密が『オレに共有されていた』ことが確定し、どこか切ない笑みを浮かべている。
きっと、自分は「ミュハンほど信用されていない」などと、そう考えているのだろう。
(そんな訳ねぇのにな……似人様の言葉足らず、なんて困ったもんだよ)
内心で呆れつつも、それを口に出すことはしない。代わりに……あくまで端的に、同僚として話し始める。
「念能力には“発”と呼ばれるステップがある……必殺技にも近い位置付けで、個々のオリジナリティが溢れる独立した『能力』だ」
「……えっ?ちょ、ちょっと?」
「その中でも、似人様の“発”はかなり特殊らしくてな……『短時間先の未来を見通す』ことと『周囲に幻覚を見せる』能力の複合型らしい……」
「ちょっとお待ちください!!!」
動揺した印照の怒号が響き渡る。普段は冷静沈着で――常に余裕を滲ませる彼女が、こういった一面を見せるのも“かなり珍しい”。
だが、このリアクションについてはミュハンもそれなりに想定していた。
とはいえ、彼女からすれば……まるで理解不能だろう。裏切りが目的でもないのに、顔見知りの同僚が“普通の世間話”でもするかのように、ペラペラと主人の秘密を話し始めたのだ。
「なぜ……それを私に話したんですか?」
「必要だと思っただけだ」
「必要……?」
相変わらず印照の瞳は動揺に揺れている。しかし――その奥底には“何か”を期待するような輝きがあった。
「いざとなったら……お前は私設兵の指揮官になるんだ。似人様の能力を知ってなきゃ、適切な判断も出来ねぇだろ?」
「ですが……
「それが大きな“勘違い”だって言ってんだよ……オレは似人様に能力を教えてもらった際に、『他人に教えてもいい』条件も与えられたんだ」
「………………」
彼女は言葉を返さない。しかし、その瞳に宿る期待の色は、先ほどよりも明らかに濃くなっていた。
「条件①『信頼に値すること』……条件②『口が固いこと』…………そして、条件③『俺と同じくらい頭が回ること』だ」
「っ!それは……!」
「オレは少なくとも、『似人様と同じくらい頭の回る人間』なんか
「っ!っ!っっっ!」
印照は言葉を発しない。いや、
口元を手で抑えながら、肩を小さく震わせ――歓喜に瞳を潤ませていた。内心、不安を感じていたのだろう。特別な想いを向けている相手に、自分は信頼されていないかもしれないと疑い続けることは……かなりストレスの溜まる状況だったはずだ。
(だが、疑問が残るのも事実…………一度、能力を
(…………いや、だとしてもオレには関係ないな。リスクマネジメントとしては十分に理解出来る……それに似人様の判断なら、それが全てだ。聞けば印照も納得するだろうが……まあ今、言うのははめんどくせぇな)
「……おい、印照。喜ぶのは分かるが、まだ仕事は終わってねぇ。切り替えていけよ」
「……ふふ、ふふふふっ。えぇ!ええ、そうですね……!お仕事はまだ終わっていませんものっ!喜びに浸るのは後からでも出来ましてよ……!さぁ、ミュハン!残すはあと『このクローゼット』のみ!さっさと開けて終わらせましてよっ!!」
「ったく……随分と調子の良い女だな。だがまぁ……変にシケた面してるよりは、そっちの面の方がマシだよ」
軽口を叩き合いながら、最後のクローゼットの前まで足を運ぶ。ここの確認さえ終わってしまえば、今日は完全なフリーだ。
せっかくの景勝地……ベランダに上がって、明るい内から酒を楽しむのも良し。溜まっていた映画などを見ながら――のんびり過ごすのも良いだろう。
もはや思考の半分が後の休暇に支配されつつ、クローゼットに備え付けられた無垢材の取手に手を掛ける。
鼻腔を叩くのは、ツンとした気品あるインクと英国製石鹸の柔らかい匂い。山積みになっているのは、単なるガラクタではない。
上質なビロードのケースに入ったチェス盤、象牙の鍵盤が覗く古いアコーディオン、そして革装丁の施された洋書が、崩れそうなほど贅沢に積み重ねられていた。
また、さらによく見てみると――すっかり色あせたテディベアやドイツ製の精巧な鉄道模型のレール……かつてのお稽古の道具だろう漆塗りの筆箱が乱雑に足元に転がっている。
この様相を一言で言い表すなら、まさに『津穢理少年の少年時代』そのものだろう。
「まあ!コレクターの血が疼きますね!」
「おい、変質者。ご主人様の私物を持ち帰ろうとすんじゃねぇよ」
突然、発情し始めた同僚を宥めつつ――クローゼットの中を確認していると、カツンと硬質な何かが足に当たる。
「ん?こいつは……」
「写真立てですね。昔の写真でも保管していたのではないですか?……どれどれ」
印照が写真立てを拾い上げ、被っていた埃を手ではたき落とす。
微細な白い粒子がふわりと宙に舞い上がり、ゆっくりと円を描きながら床に落ちていく。写真には幼い姿の津穢理が写っていた。
しかし――――そんな可愛らしい津穢理よりも、さらに目を惹くものが存在した。
無愛想な表情を浮かべながら直立する、幼き津穢理少年の隣で――黒髪の可愛らしい少女が津穢理のシャツの裾をぎゅっと握りしめている。頬は完熟した果物のように赤く染まっており、視線はカメラマンではなく、隣に立った少年へと一心に向けられていた。
瞬間、ミュハンの脳裏にスパークが走る。
(あ、これって例の幼馴染じゃあ……)
心の中で冷や汗をかきながら、印照の様子を窺う。
印照の様子は――――まさに常軌を逸していた。無表情のまま静かに涙を流す彼女は、やがて顔を見上げながら絞り出すように言葉をこぼす。
「こんなの……こんなの寝取られでしてよ……」
「いや、まず寝てから言えや」
静まり返ったクローゼットの中で、ミュハンのツッコミが虚しく反響していた。
次回から本編スタートって感じです!
ちなみに……津穢理くんは記憶の喪失と同時に、本編と同じく『刹那の10秒』を本能で覚醒させました。