狼傭兵と英雄少女   作:玉鋼金尾

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13話

 アルバルドの中央に存在する高い壁に囲まれた地区"貴族街"。

 王が鎮座する王宮と王族が住まう私邸を中心とし、その周囲に豪商や貴族の住居が立ち並ぶこの地区の入り口には、騎士団員が常駐し、住まう者にとっての"異物"が入り込まぬよう見張りをしている。

 

「これ本当に大丈夫なのですか? バレたら極刑ものですよ!」

「何度も成功した手口だから大丈夫だ。ほら、鎖を引っ張って歩け!」

 

 不安そうな弟子に首に巻き付けた鎖の端を押し付け、路地裏から追い出す。

 表通りへ押し出され、通行人に見られたことで後には引けなくなったナールは、緊張した面持ちで鎖を引いて門へと歩き始めた。今の俺達は、小綺麗な貴族の少女が凶悪な見た目の奴隷を引き連れているようにしか見えなくなっている―—はずだ。

 

「あれだ、あの男に付いて行け」

 

 少年の奴隷を連れた肥え太った男を指差し、小さな声で弟子に命令する。折角変装をしているのだから、扮装に近い者と一緒に進んだ方が怪しまれにくい。

 警備の騎士団員達は飲酒と談笑を楽しんでおり、俺達二組が門を通過しようとしても一瞥するだけだった。そうなるよう工夫を凝らしたのだから当然と言えば当然だが、それにしても不自然なほど上手く行き過ぎている。実は罠で、門を通過した直後に門を閉じて捕らえようとしているのではないかと思ってしまう。

 しかし、その考えは杞憂に終わった。俺達は一切疑われることなく"貴族街"への侵入を果たした。警備がおざなりだったのは、騎士団が事実上の世襲によって機能不全に陥っていることが原因のようだ。

 

 門を潜り抜けると、そこには異世界が広がっていた。道は表通りよりも清潔に整えられ、豪奢な大理石の建造物と魔石を嵌め込んだ街灯が並び立っている。焚かれた香の匂いが漂い、壁の外に漂う悪臭は抑え込まれている。行き交う人々の声は小さく、騒々しさなど存在しない。

 その光景を見た弟子は小さく息を漏らすと、胸に手を置いて深呼吸をした。不潔で臭く騒々しい世界しか知らない彼女にとって、この場所は異郷の景色よりも奇妙なものに映っているのだろう。

 

「ところでお師匠様、すぐに見つけられると仰っていましたが"好色騎士"様をどうやって探すのですか? 何か手掛かりがあったりするのですか?」

「手掛かりなんて必要ない。奴はそんなものが無くとも見つけられるくらいに目立ちたがり屋なんだ。ほら見ろ、嫌でも目に入る物を立ててやがる」

「え? うわぁ……」

 

 歩いていた俺達の視界の先に、大きな屋敷の門前を飾る像が現れた。甲冑姿の騎士が勇ましく魔物を踏みつける姿を象ったそれは金箔で覆われており、視界に入れば思わず目を向けてしまうほど派手だった。

 

「まったく、10年経っても相変わらず派手好きとは……ベーリンらしいな」

 

 

 屋敷の敷地へと近づくと、門前にはこの場に居るはずのない人物が立っていた。長い茶髪を後頭部で丸く纏め、使用人用の服を身に着けた女。一昨日酒場に居た愛想の良い給仕その人だ。

 

「クルツ様、お待ちしておりました。どうぞこちらへ。ベーリン様がお待ちです」

 

 こちらに気付いた彼女は深々と御辞儀をした。驚くべきことに、彼女はベーリンの使用人だった。だがそうなると、何故酒場で働いていたのかという疑問が生じる。金銭面で困っているようにはとても見えないので、少なくとも生活のための副業というわけではなさそうだ。

 疑問の答えを求めて考えながら使用人の後に続き、敷地へと入っていく。やがて大量の石像と多種多様な花で彩られた庭園を抜け、美しい使用人達の横を通り過ぎ、目が疲れるほど装飾された邸宅へと辿り着いた。しかし、そこに至るまでに納得のいく答えを出すことは出来なかった。

 

「そこまで複雑な事情があったわけではありませんよ。ベーリン様が貴方様の力を借りたいと御思いになり、私に捜させただけです。酒場で働いていたのは、貴方様がよくそこに現れると聞いていたからです」

「成程な。……おいナール、ぼうっと突っ立ってないでさっさとこっちに来い! 置いて行かれたいのか?」

「ごっ、ごめんなさい! 今行きます!」

 

 数歩後ろで足を止めていたナールを呼ぶ。彼女が見ていた窓へ目をやると、弟子によく似た雰囲気の少女が本を読んでいた。

 白髪で色白な彼女は5、6歳程の若さでありながら、窓辺に咲いた白百合のように可憐で、一度見たら目を離せない魅力を持っている。

 ぺリウスの言っていた御令嬢とは彼女のことなのだろう。確かに弟子の釣り目を垂れ目に変えれば、髪や肌の色でしか見分けられないくらいに似通っている。何か繋がりがあると思ってしまうのも納得だ。

 

「リッセル卿の御息女だよな? 何故ここに居るんだ?」

「ベーリン様の庇護を求めたリッセル卿がお連れになったのです。最近は良くないことばかり起きていますから……」

 

 使用人はそう言いながら屋敷の扉に手をかける。

 彼女が開いた扉の先に広がっていたのは、"贅沢"としか言いようのない光景だった。玄関から続く通路には絨毯が敷かれ、壁画と天井画が描かれている。絵のない場所には芸術品や武具が飾られていた。豪奢ではあるが、非常に趣味が悪い。

 案内されるまま館の主がいる部屋へと向かう途中、落ち着きなく歩く使用人達とすれ違った。今まで見てきた使用人と同様に美形な彼女達の衣服には急いで衣服を整えたかのような皺があり、顔は紅潮して少し息を切らしている。

 騎士様は活力を有り余らせておいでのようだ。

 

「ベーリン様、クルツ様がお見えになりました」

「やっと来たか! エリー、そいつら入れてやってくれ!」

 

 使用人が扉を叩いて声をかけると、扉越しに懐かしい声が返ってきた。貴族の三男坊で家出息子。自称騎士で女好き。元勇者一行の一員であり、両手剣を片手で振り回せる怪力と二刀流でもって数多の魔物を葬った英雄の声だ。

 エリーと呼ばれた使用人によって扉が開け放たれ、俺達は兜を被った六尺男と対面した。"好色騎士"ことベーリンは、臭いを誤魔化すために甘ったるい香が焚かれた室内でソファに腰掛け頬杖をついて俺達を待っていた。

 

「よぉ久しぶりだなクルツ! お前は相変わらず凶悪な面をしてやがるなッ!」

「お前こそ相変わらずお盛んなようだなッ!」

 

 俺とベーリンは再会を喜びながら歩み寄り、互いの頬に拳を叩き込んだ。体重を乗せた一撃に手加減などない。打ち所によっては相手を殺しかねない痛打である。

 

「お師匠様!?」

「ベーリン様!?」

 

 突如として殴り合った俺達に驚き、弟子と使用人は咄嗟に動いていた。師匠を助けようとナールは腰の剣を抜き、エリーは俺達師弟を殺そうと隠し持っていた暗器を取り出している。次の瞬間に俺とベーリンが笑顔で肩を組んでいなければ、彼女達の斬り合いでこの場は修羅場と化していただろう。

 

「ハッハッ! 姦淫と贅沢で腑抜けになっていなくて安心したぞ相棒!」

「お前こそ元気そうで何よりだ!」

 

 俺とベーリンは大声で笑い合い、互いの肩を叩いた。俺達にとって先程の殴り合いは挨拶のようなもの。言わば戯れ合い程度のものなのだ。

 

 

 

 

「ところで気になっていたんだが、そこの女の子は何なんだ?」

「あいつか? あいつは俺の弟子だ。酔っ払った時に"ブロック"の野郎と間違えて捨て子だったあいつを連れ帰っちまってな。惰性で面倒を見ているうちに情が湧いたから弟子にしてやったんだ」

「な、ナールです! まだまだ何も出来ない不肖の弟子ですが、お師匠様の元で日々精進しています!」

 

 弟子は大慌てで剣を鞘に納めると名乗った。相手が師の旧友であり正体も知られているためか、普段の格好とは裏腹に取り繕うこともなく、いつもの調子で大声を張り上げている。

 

「"ナール"ちゃん、"ナール"ちゃんねぇ」

「名前がどうかしたのですか? お師匠様に頂いたものなのですけれど……」

「知らないのか? ナールってのは神代の言葉で"愛される者"って意味だ。神代じゃ子が誰からも愛されて欲しいと願う親が付ける名前だった。クルツは余程君の事を大事に思っているんだろうな」

「おぉ! そうだったのですね!」

「元の名前の"ナルシラ"は"愛すべき者"って意味だ。それよりもマシな名前をくれてやっただけだ。"すべき"より"される"方が良い……そう思っただけに過ぎん。くれてやった物をそいつが勝手に好んで名乗ってるだけだ」

 

 ニヤケ顔のベーリンと目を輝かせた弟子から目を逸らし、熱くなった後頭部を掻き毟る。

 

「それでそれで? 師弟揃ってここに何をしに来たんだ? まさか可愛らしい弟子を自慢しに来たってわけじゃないんだろう?」

「まぁな。俺達はお前にこいつと、こいつを持っていた連中の情報を買い取ってもらいに来たんだ。ほら、受け取れ」

 

 魚面の男達から奪い取った人皮装丁の戦利品を手渡す。

 ベーリンは本を受け取ると、何かを探すように頁を捲り始めた。そして目的の物を見つけたらしく、ある頁で手を止めた。そこは弟子が不用意に開いた時に見えていた頁だった。彼が見つめる先には、件の教団が崇拝していると思われる魔神の挿絵が載っている。

 海牛のように平べったい生物で顔は無い。真っ黒で底が知れず恐ろしいが、何処か包容力と優しげな雰囲気も感じられる。悪と断言できる存在ではないようにすら思えてしまう。

 

「その顔、探し物が見つかったって顔だな?」

「あぁ。これから頼んで探してもらおうと思っていた物が載っていた。これを何処で手に入れたんだ?」

「こいつを見つけちまったところを持ち主に見つかっちまってな。襲ってきたんで撃退したら戦利品として手に入った。要するに偶然だ」

 

 風呂敷で包んで運んでいた品々を取り出し、ベーリンとエリーの二人に見えるよう机の上に広げていく。先日壊した石像と切り取られた指を詰めた壺が積まれるたびに腐臭が漂い始め、部屋の空気が変わっていった。

 

「こいつは酷いな……」

「えぇ、まさかこれ程とは……」

 

 壊れた像と山積みにされた指を目の当たりにした二人は、事の重大さに気付いて言葉を失った。

 恐らく彼らは、婦女の誘拐事件が起きていることは知っていても、違法な奴隷売買か身代金目的の犯行だろうと考えていた程度だったらしい。それが今では、大規模な儀式が準備されており、この先に大きな事件が控えているという認識に変わったのだ。

 

「ベーリン、お前はその挿絵と同じものをどこで見た?」

「誘拐された被害者達が身に付けていた装飾品を売り捌こうとした女が居てな。捕まえて背中を確認したら、この不気味な海牛によく似た刺青があったんだ」

「それ以上の情報は得られなかったな?」

「あぁ……だからお前を探したんだ。情報を手に入れても自分の手柄にせず売りつけているお前なら、何か知っているんじゃないかと思ってな。で、予想は見事当たっていたわけだ。聞かせてくれクルツ、お前はどんなことを知っちまったんだ?」

 

 

 

 

「――っといった具合だ。復活させられる魔神がどんな奴だったとしても、大きな被害が出るのは間違いない。少なくとも、街の数区画が焼き払われた"大火"の時よりも多くの奴らが死ぬだろうな」

「あぁそうだな。復活させられる前に何とかしなきゃならん。……なぁクルツ、お前はこれからどうするつもりなんだ?」

 

 情報を話す度に小銀貨を積み上げていたベーリンが手を止め、俺に尋ねた。俺と違って地位があり、事件を解決すれば間違いなく富と名誉を得られる男だ。共に戦い、得られた報酬を山分けにしないかと言い出すつもりなのだろう。

 誰の為でもなく、俺なんかの為に。

 

「金を受け取ったら、巻き込まれない内に荷物を纏めて一度この国を出る。"何処かの誰かさん"が事件を解決して、ほとぼりが冷めるまでは帰ってこないつもりだ」

「それでいいのか? 今のままじゃ、お前は――」

「わかってないな、ベーリン。俺は俺らしく、お前はお前らしく、化け物は化け物らしく、英雄は英雄らしくってのを誰もが望んでいる。それに逆らっちまっても、痛い目に遭うだけだ」

 

 積まれた硬貨を弟子に持たせ、席を立ってベーリンに背を向ける。こちらを心配してくれる親友の心遣いは嬉しい。だが、加担はしない。勇者と呼ばれた人物と共に功を立て続けても得られなかったものが、たった一度の功績で得られるわけがない。むしろ魔族である俺が功績を上げれば、それを快く思わぬ者達から嫉妬や疑いの目を向けられ、排除されるだけだ。

 

「……危なくなったら尻尾を巻いて惨めに逃げろよ。英雄として死ぬにはお前はまだ若いし、長い人生の中で一番の親友に死なれちゃ俺の生の意味が減る」

 

 成人してから十年。二十五歳になったばかりの友に言葉を残し、部屋を去る。

 粗暴で頑固で率直な彼は、一度そうすると決めたなら逃げることなど出来ない。それが無駄に終わる可能性の高い愚かな行為だと分かっていても、彼が彼である限り決めたことを曲げはしないだろう。

 俺が彼にしてやれることは、そう多くない。

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