打ち砕かれ廃材と化した厩舎。足裏に感じる柔らかく生温かい感触。這いずり逃げ惑う魚面達。それらを踏み越え、獲物を追い詰めては鉄塊を振り下ろす。何も考えぬようにしながら前へ前へと進み続け、捕食と殺戮を繰り返していく。
「おォ神よ……神ヨ……"疫病"から我らヲ御救いクダさい……」
亡骸の山頂で死に瀕した魚面が、信ずる神に救いを求めた。血反吐を吐く彼の姿は、戦火の中で略奪の被害に遭った月教徒の教会で見たものとほぼ同じだった。どうやら教義も価値観も信仰する神も違うというのに、暴力に晒された信徒の最期は似通うらしい。
「"疫病"か、懐かしい異名だ」
彼の祈る手を取り、口内へと引きずり込む。歯間に肉が挟まったままの牙で噛み千切り、美味くもない肉を傷を癒やすために呑み込んでいく。禁忌を犯す罪悪感に吐き出しそうになるのを堪えて胃を満たすと、肉体が波打ちながら再生し、突き刺さっていた槍を押し出して傷を塞いだ。
こんな悍ましい化物の技など使いたくはない。だが俺には御立派な聖剣も秘伝の技もなく、特別な武の才があるわけでもない。人を辞めた際に授かった虫唾の走る力と、長寿で得た経験。それだけでしか友の為に戦うことはできないのだ。
「お師匠様……お口直しのお酒は要りますか? 見つけてきましたけど……」
「手に入れた地図が正しいならあと一か所だ。奴らの住処を全て襲い終えるまでは要らん。口直しをしたところで、どうせすぐに意味が無くなる」
弟子が差し出した酒を押し返し、血濡れの地図を広げて次の襲撃先を確認する。
ベーリンと別れ、弟子を着替えさせた後。俺達は友が戦おうとしている教団の隠れ家を見つけ出し、襲撃していた。あいつが戦う際に少しでも楽になるように。そして、命を失わずに済むように。敵の戦力を削っている。
「ところでお師匠様、出国なさるのではなかったのですか?」
「その予定だったが、そうするにはちと懐が寂しい。だから予定を変更して、金を持っていそうな連中から奪えるだけ奪って逃げようとしてる。それだけだ」
「成程、ベーリンさんの為なのですね!」
「違うと言っているだろ! まったく、まったく……」
心中を言い当てた弟子に、金目の物が詰まった袋を投げ渡す。そして体から排出された槍を拾い集めた。 骨に当たり肉を引き裂いた穂先には脂がこびり付き、所々欠けている。それでも投槍としてなら、まだ使えそうだ。
「うぉっと、ととっ! あっ――」
金品で膨らんだ革袋を受け取った弟子は体勢を崩し、地面に尻餅をついた。すると足元の地面が衝撃に耐えきれず崩れ去り、開いた大穴が彼女を吞み込んでしまった。心配して覗き込むと、ナールは落ちた先に積まれていた藁の中に埋もれ、藻掻いていた。何処に繋がる空間なのかはわからないが、ひとまず危険は無さそうだ。
「こいつは中々、御立派なこった」
弟子を追って穴に飛び込み、藁を掻き分けてみると、そこには分解された攻城兵器や大砲、量産を度外視した最新の銃器といった高価な兵器に加え、大量の木箱が隠されていた。どうやら弟子が落下した先は、秘匿された武器庫だったらしい。
「六角形の印! お師匠様、これ全部に六角形の焼印が入れられていますよ!」
「そいつがついてるってことは、こいつらは王城の備品だ。多分、城の武器庫から盗み出された……いや、想像も出来んような額の賄賂を払って、武器庫を管理してる奴に横流しさせたんだろうな」
「そ、それって犯罪じゃないのですか!? とても駄目なことではないのですか!?」
「あぁ、露見すれば族滅は免れん大罪だ。だが、露見して裁かれたって話は聞いたことが無い。恐らくだが、多くの貴族が密売に関わっていて、お互いに庇い合っているんだろうさ」
腐敗の証拠を前に溜息を吐きながら、封をされた木箱を抉じ開けて中身を検める。すると、その中には目を疑うような物が入っていた。
ベーリンの次に仲の良かった仲間――「火薬樽」の二つ名で呼ばれていたドワーフのブロックが、肌身離さず持っていた水筒と手製の擲弾であった。それらの所持品には、付着した血痕を拭き取った痕跡があった。それは、友人の一人が既に手に掛けられ、この世を去ったことを物語っていた。
勇者一行の解散後、国王から武器の製造や火薬の調合を統括する職を与えられていたブロックは、俺達よりも早く異変に気付いたのだろう。そして、気付いてしまったが故に、武器の横流しで利益を得ていた貴族か魔神教徒に消されてしまったのだ。
あまりにも唐突な訃報だった。死を情報として理解することは出来ても、実感は湧かなかった。友を失った悲しみに涙を流すことも、命を奪った者への憎しみから復讐を誓うことも出来ない。