日本国召喚~帰還艦隊~   作:シェリダン

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第2章ー3話「対空戦2」

■中央暦1643年5月上旬 第二文明圏東南海域 昼

 

 

 ポルクスが異変に気づいたのは、敵艦隊との距離が40キロを切った、まさにその時だった。

 

「……ん?」

 

 前方の敵艦の一隻が、ちかり、と光ったように見えた。

 

 いや、一隻ではない。複数の艦から、白い閃光が次々と立ち上っている。その光は、海面から真上へと――まるで噴水のように、空へ向かって登っていくではないか。

 

「何だ……?」

 

 ポルクスは思わず目を凝らした。砲撃の発砲炎にしては、様子がおかしい。光は消えることなく、白い筋を引きながら、ぐんぐんと高度を上げてくる。

 

『戦隊長、あれは何だ!?』

 

『海から、何か上がってくるぞ!』

 

 他の機からも、無線電話越しに次々と報告が飛んできた。だが、それが何なのか、答えられる者は一人もいなかった。

 

 その答えは、すぐに知れることになった。

 

「――何か来るぞ! 散——」

 

 ポルクスが叫びかけた、その刹那。

 

 彼のすぐ右を飛んでいたデネブ型の一機が、突如として閃光に包まれ、爆散した。

 

 火球と化した機体が、ばらばらの破片を撒き散らしながら、きりもみで海面へと落ちていく。

 

「なっ……」

 

 何が起きたのか、まるで理解が追いつかなかった。各機が呆然とするその間にも、悲劇は止まらなかった。

 

 さらに一機。

 

 別の一機が、空中で火を噴いて砕け散る。

 

 立て続けに僚機が爆発四散していく光景に、編隊は一瞬にして地獄絵図と化した。

 

『うわあああ!』

 

『何だこれは、何が起きている!?』

 

『追ってくるぞ! 逃げろ!』

 

 無線電話は、もはやパニックに陥った悲鳴で埋め尽くされていた。各機が我先にと、ある者は急降下し、ある者は急上昇し、必死に回避運動を試みる。整然としていた編隊は、瞬く間に四散していった。

 

 ポルクスの視界の先で、前方を急降下していく僚機の一機――その背後に、白煙を引いた何かが、猛烈な速度で追いすがっていた。

 

 それは、ロケットのような細長い物体だった。

 

 しかも、ただ真っ直ぐ飛ぶのではない。逃げる機の動きに合わせて、急旋回しながら、まるで生き物のように喰らいついていく。

 

 次の瞬間、それは僚機の至近ですれ違いざまに閃光を放って炸裂し、無数の破片を浴びせて機体を木っ端微塵に引き裂いた。

 

「ゆ、誘導弾……だと!?」

 

 ポルクスの背筋を、凍りつくような戦慄が走り抜けた。

 

「敵は……敵は誘導弾を使ってくるぞ! 全機、警戒——」

 

 叫びながらも、彼自身、どうすればいいのか、まるで分からなかった。

 

 みずから飛んで目標を追う砲弾――誘導弾など、甥っ子に買った子供向けの科学雑誌が夢物語として書き立てる、お伽話の代物にすぎないと思っていた。それが、現実に、この空に存在している。そして、それにどう立ち向かえばいいのかなど、あの雑誌のどこにも書かれてはいなかった。

 

 白い飛跡は、なおも次々と空に突き上がり、逃げ惑う帝国機を、一機、また一機と確実に屠っていった。

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

基地航空隊からやや遅れて、南のルートから接近していたのが、水上機母艦の飛行隊と、潜水空母から放たれたアクルックスの艦載機組だった。

 

 その一機――特殊攻撃機アクルックスを操るアストルもまた、前方の海面に異変を認めていた。

 

「……何だ、あれは」

 

 接近しつつある敵艦隊。その複数の艦から、白い光が立ち上っている。海面から真上へと、噴き上げるように昇っていく光の筋。砲撃の発砲炎にしては、あまりに奇妙だった。

 

 訝しんでいると、無線電話に通信が入った。基地航空隊の所属機――速度差ゆえに編隊後方へ取り残されていた、カノープス型飛行艇からのものだった。

 

『……ぐ弾が! 誘導弾が来る! どんどん落ちてる、みんな落ちて——』

 

「おい、落ち着け! 何があった、状況を言え!」

 

『だめだ、こんなの聞いてない! 当たる、避けられな——うわあああ!』

 

 パニックに陥った声は、まるで要領を得なかった。何を言っているのか、まるで掴めない。

 

「おい! どうした、応答しろ!」

 

 アストルが呼びかけるも、応答はなかった。雑音だけを残して、通信は途絶した。

 

 遠く、東の空を見やる。

 

 そこには、ただ爆炎が点々と広がっていくばかりだった。次々と膨れ上がる黒煙と、火を噴いて墜ちていく無数の影。基地航空隊が展開していたはずのその空域は、もはや誰一人として無線に応える者がいなかった。

 

 不気味な沈黙が、アストルの背を冷やした。

 

「……戦隊長、東の連中はどうなってる」

 

『分からん。だが、あの様子はただ事ではない』

 

 艦載機組を率いる戦隊長、カストル大尉の声にも、隠しきれない緊張が滲んでいた。

 

『高度を下げろ。全機、超低空飛行に切り替えだ。海面すれすれを這うように接近する。光が下から昇ってくるなら、低く飛べば的を絞らせん』

 

「了解!」

 

 命令に従い、艦載機組の各機が一斉に高度を下げていく。海面が、ぐんぐんと近づいてきた。波頭が、フロートの底を撫でそうなほどの低空。各機はそのまま、敵艦隊へと突き進んでいった。

 

 と、編隊の中の一機が、左右に機体を振り始めた。

 

 振り子のように、ゆらり、ゆらりと機首を左右へ振る、独特の動き。それは本来、高射砲の照準を狂わせるための回避機動だった。普通であれば、こんな距離から撃ち上げられた砲弾が当たるはずもない。

 

 だが、東の空の地獄を目にした後では、誰もが平静ではいられなかった。不安に駆られるように、一機、また一機と、その振り子のような動きを真似し始めた。

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 護衛艦いぶき、CIC。

 

「右舷より接近中の敵編隊、低空飛行に移行! 高度を大きく下げています!」

 

 レーダー手の報告が飛んだ。

 

 すでに、艦隊正面――東から来た敵編隊は、陣形が完全に崩壊していた。爆炎の中を逃げ惑うばかりで、もはや組織的な攻撃態勢などとれる状態ではない。ESSMは、なおもその残骸を一機ずつ刈り取り続けている。

 

 残るは、右舷――南から回り込んできた、もう一群の編隊だった。

 

「右舷の編隊、ほそゆきとはつあかりに任せる」

 

 笠井は、即座に命じた。

 

「両艦に下令。対空噴進弾、ならびに各個の対空火器をもって、右舷の敵編隊を迎撃せよ」

 

「ほそゆき、はつあかり、対空戦闘! 右舷編隊を迎撃!」

 

 号令が伝達される。

 

 右舷を守るふぶき型護衛艦ほそゆき――旧吹雪型駆逐艦の細雪を改修した一隻が、即座に応えた。その中部に据えられたMk48VLSの発射口が開き、ESSMが白煙を噴き上げて飛び立っていく。低空を這う敵編隊へ向け、誘導弾が海面すれすれの弾道で殺到していった。

 

 その傍らでは、はつはる型護衛艦はつあかり――旧初春型駆逐艦の初明を改修した一隻が、5インチ砲と30ミリ機銃を迫る敵編隊へと指向しつつ、後部に据えたSeaRAMを交戦態勢に入らせていた。

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 超低空で回避機動を続ける艦載機組に、突如、災厄が降りかかった。

 

 アストルの前を飛んでいたプロキオン型水上偵察機――その機影に、上方から何かが猛然と降ってくるのが、視界の端をよぎった。

 

 そう感じた次の瞬間には、そのプロキオンは火球と化し、破片を撒き散らしながら、もんどり打って海面へと突っ込んでいった。

 

「なっ……何だ!?」

 

 動揺するアストルの周囲でも、僚機が立て続けに墜ちていく。

 

『ロケットだ! ロケットのようなものが飛んでくる!』

 

『上から来るぞ、避けろ——』

 

 無線電話は、再び悲鳴で満たされた。低く飛んでも、振り子のように振っても、白煙を引いたそれは、逃げる機の動きに合わせて急旋回し、執拗に喰らいついては至近で炸裂し、破片の雨で機体を引き裂いていく。

 

『戦隊長! だめだ、こんなの躱せない! 作戦中止を——』

 

 誰かが、悲痛な声で叫んだ。

 

「中止だと!?」

 

 アストルが、かっとなって割り込んだ。

 

「ふざけるな! あんな弱小国相手に、尻尾を巻いて逃げ出すというのか!? 帝国の航空隊が、笑わせるな!」

 

『そんなことを言っている場合か!』

 

 別の機が怒鳴り返す。だが、カストルの声が、それを断ち切った。

 

『……アストルの言う通りだ。いや、理由は違う』

 

 戦隊長の声は、悲壮な決意に満ちていた。

 

『あれを見ろ。あんなものを、我々の根城に――艦や基地に近づけさせてみろ。帰る場所ごと、根こそぎやられるぞ。我々の家を守るには、ここで止めるしかない。たとえ刺し違えてでも、だ』

 

 カストルは、全機に下令した。

 

『全機、戦闘出力全開! エンジンが焼きつくのも構わん、出せる限りの最大速度を出せ! 一機でも多く、敵艦に取りつくぞ!』

 

 戦闘出力全開――WEPとも呼ばれる短時間だけエンジンの限界を超える出力を絞り出し、その代償として機関の寿命を著しく縮める、まさに最後の手段だった。生きて帰ることなど、もはや誰も考えていない。

 

 アクルックスのエンジンが、限界まで咆哮を上げる。残った機が、最後の力を振り絞って、敵艦隊へと突進していった。

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

「右舷編隊、なおも接近。最大速度で突進してきます」

 

「肝が据わっているな」

 

 笠井は、わずかに目を細めた。死兵と化した敵に、容赦をするつもりはなかった。

 

「いぶき、くらま、主砲をもって対空射撃を行う。前部主砲、対空戦闘用意」

 

 号令が下る。

 

 いぶきの前部甲板にそびえる、3基の52口径155ミリ三連装砲が、低く唸りを上げて旋回を始めた。

 

 この主砲は、もとを正せば陸上自衛隊の99式自走155ミリ榴弾砲――その砲身と装填機構を転用して開発されたものだった。元の榴弾砲には、対空砲弾も、対空射撃の能力もなかった。だが、三連装ゆえにそれなりの連射速度を備えており、加えてこの異世界では、ワイバーンに代表される航空戦力が、文明の水準によらず広く充実している傾向がある。そこで改修にあたり、別途、対空射撃の能力が付与されていた。砲塔の旋回速度の遅さがネックではあるものの、自艦隊へ直進してくる目標が相手であれば、十分に対処できる。

 

 射撃指揮装置が、迫る敵編隊を捉える。3基の砲塔は、その制御に従い、それぞれの砲身を目標の未来位置へと正確に向けていった。

 

「目標、右舷の敵編隊。撃て!」

 

 射撃指揮官の号令とともに、轟音が炸裂した。

 

 9発の155ミリ砲弾が、空へと放たれる。

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 アストルの目に、敵艦隊の艦上で閃く、巨大な発砲炎が映った。

 

「巡洋艦の主砲か!?」

 

『慌てるな!』

 

 カストルが、味方を鼓舞するように叫んだ。

 

『巡洋艦の主砲なぞ、航空機に当たるものか! あんなものは威嚇だ、構わず突っ込め!』

 

 その言葉は、半ば正しかった。高角砲や両用砲ならばいざ知らず、巡洋艦が積むような大口径の主砲で航空機を撃ち落とすことなど、本来であれば至難の業のはずだった。

 

 だが――その砲弾は、ただの砲弾ではなかった。

 

 いぶきから放たれた9発。そして、輪形陣の殿を守る護衛艦くらまからも、同じく9発。

 

 計18発の155ミリ砲弾は、敵編隊のただ中で、その近接信管を一斉に反応させた。

 

 次の瞬間――空が、爆ぜた。

 

 18発の砲弾が、ほぼ同時に炸裂し、無数の破片を四方へと撒き散らす。それは、文字通り巨大な鉄片の壁となって、突進してくる航空隊の前に立ちはだかった。

 

「――っ!?」

 

 アストルが息を呑む間もなかった。

 

 戦隊長カストルの機が、複数の僚機もろとも、その破片の嵐に呑み込まれた。機体は、紙くずのように引き裂かれ、原形を留めぬまま、ばらばらと海面へと降り注いでいく。

 

「大尉……!?」

 

 呆然とするアストルの眼前で、いぶきとくらまの155ミリ三連装砲は、なおも咆哮をやめなかった。

 

 計6基、18門の砲身が、揚弾機の唸りとともに次弾を呑み込み、白煙を吐き出しながら間断なく火を噴く。三連装ゆえの連射速度が、ここで真価を発揮していた。一斉射が終わるか終わらぬかのうちに、次の斉射が空を裂く。射撃指揮装置は逃げ惑う敵機の未来位置を冷徹に計算し続け、砲身は休む間もなく仰角と方位を微修正しては、新たな鉄火の塊を撃ち上げていく。

 

 砲弾の群れが上空に達するたび、近接信管が連鎖して反応し、空のあちこちで黒褐色の爆煙が膨れ上がった。炸裂の閃光が幾重にも重なり、海上には絶え間ない砲声が轟きわたる。その一発が炸裂するごとに、破片の網に絡め取られた帝国機が、翼をもがれ、胴を裂かれ、また一機、また一機と、黒煙を曳いて海面へと墜ちていった。

 

 逃げ場のない空に、容赦のない鉄の弾幕が、次から次へと張り巡らされていく。それは、もはや戦闘ですらなかった。一方的な掃討だった。

 

 もう、終わりだ。

 

 アストルの中で、何かがぷつりと切れた。

 

「ふ……ふざけるな! こんな、こんなバカげたことがあるか!」

 

 彼は、仲間も、誇りも、何もかもを投げ捨てた。機体下部の航空爆弾を投棄し、機体を反転させる。逃げる。ただ、逃げる。それしか、頭になかった。

 

「化け物め! 何なんだ、何なんだこいつらは! こんなの聞いていないぞ!」

 

 罵詈雑言を吐き散らしながら、アストルは全速力でその場から離脱しようとした。

 

 その背後――護衛艦ほそゆきのMk48VLSから、もう一発のESSMが、彼の機へと向けて発射された。

 

 ふと、嫌な予感に、アストルは背後を振り返った。

 

 白煙を引いて、一直線に自分へと迫りくる、細長い影。

 

 逃げ場などなかった。

 

「あ……」

 

 絶望に染まった顔で、アストルはそれを見つめることしかできなかった。

 

 直後、襲い来る衝撃とともに、彼の意識は途絶した。

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 どれほどの時が経ったのか。

 

 アストルが意識を取り戻すと、彼の機は、海上にゆらゆらと浮かんでいた。

 

 あたりは、静かだった。あれほど鳴り響いていた爆音も、断末魔の悲鳴も、もう聞こえない。味方の機影は、どこにもなかった。皆、墜とされたのだろう。生き残ったのは、おそらく自分だけだ。

 

 機体を見回す。尾翼は、根元から完全にもぎ取られていた。それでも、機体そのものは辛うじて原形を保ち、海面に浮いている。

 

「……はは。運がいい」

 

 アストルは、思わず口の端を吊り上げた。あの地獄の中で、自分だけが生き延びたのだ。

 

 だが、その笑みは、すぐに凍りついた。

 

 機体が、急速に沈み込んでいく。

 

「な……」

 

 操縦席に、海水が流れ込んでくる。アストルは慌てて安全帯を外そうとした。だが、衝撃で歪んだのか、留め具はびくともしない。

 

 その間にも、水位は容赦なく上がっていく。コクピットの半ばが、もう海面の下に没していた。

 

「くそっ、外れろ、外れろ!」

 

 焦りに震える手で、彼はナイフを引き抜き、安全帯を切りにかかった。何度も刃を滑らせ、ようやく帯を断ち切る。

 

 今度は、風防だ。

 

 アストルは風防に手をかけ、力任せに押し開けようとした。だが――ぴくりとも動かない。歪んだ機体に挟まれたのか、押しても叩いても、風防は固く閉ざされたままだった。

 

「開け……開けっ! 開いてくれ!」

 

 拳を打ちつけ、必死に叩く。だが、機体は、もはや完全に水面下へと沈み始めていた。

 

 冷たい海水が、コクピットを満たしていく。

 

 まるで――彼がこれまで犯してきた、数えきれぬ罪から、決して逃しはしないとでもいうように。炎上する商船。撃ち抜いた救命ボート。赤く染まった海。逃げ惑う非戦闘員に、笑いながら引き金を引いた、あの日々。

 

 機体は、アストルを乗せたまま、ゆっくりと、しかし確実に、暗い海の底へと引き込まれていった。

 

 やがて――海は、ようやく、静けさを取り戻した。

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