日本国召喚~帰還艦隊~   作:シェリダン

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第2章ー5話「眼下の敵2」

■中央暦1643年5月上旬 第二文明圏東南海域 夕方

 

 

 茜色に染まりゆく海面を、4隻の潜水艦が、波を割って静かに進んでいた。

 

 先頭を切るのは、シータス級潜水空母「バテン・カイトス」。旧日本軍の伊四〇〇型潜水艦に匹敵する、巨大な艦体を持つ潜水空母である。その後に続くのは、基地の防衛に配備されていたケトス級潜水艦3隻――メンカル、カフアルジドマ、バークラウ。いずれも、旧日本軍の海中型潜水艦に相当する艦だった。

 

 バテン・カイトスの司令塔で、艦長ディフダ中佐は、通信兵から手渡された一枚の電文に目を落としていた。

 

 補給基地からの電報だった。

 

 文面を読み進めるうちに、ディフダの眉が、わずかに寄った。

 

「……水上機部隊が、全滅、か」

 

 電文には、こうあった。攻撃に向かった航空隊は壊滅。敵は想定をはるかに上回る強さであり、細心の注意をもって当たられたし――と。

 

「艦長」

 

 傍らに控えていた副長が、緊張した面持ちで尋ねてきた。

 

「いかがなさいますか」

 

 ディフダは、電文を畳むと、ふっと口の端で笑った。

 

「いかがも何も。どうせ我々に切れる手は、待ち伏せの一枚きりだ。今さら、何を慎重になれと言うのだ」

 

 潜水艦という兵種の本分は、隠れて待ち、不意を突くことにある。それ以外で殴り合う術など、はなから持ち合わせていない。

 

「予定の会敵位置が近い。そろそろ潜るぞ」

 

 ディフダは命じた。

 

「全艦に通達。潜航。深度を取りつつ、ゆっくりと敵艦隊へ接近する」

 

 命令は、隊列の各艦へと伝えられた。

 

 4隻の潜水艦は、ベントから空気を抜き、艦体を海面下へと滑り込ませていく。やがて潜望鏡だけを波間に残し、さらにその潜望鏡も引き込んで、深い藍色の水中へと姿を消していった。

 

 電動機の低い唸りとともに、艦は静かに水中を這う。バッテリーの限られた容量を気遣いながら、低速で、慎重に。

 

 しばらくして、ディフダは潜望鏡を上げ、接眼部に額を当てた。

 

 茜色の海面の彼方に、敵艦隊の姿があった。輪形陣を組み、こちらへとゆっくり近づいてくる。

 

「来たな」

 

 ディフダは、潜望鏡を畳んだ。

 

「深度をさらに取れ。敵が雷撃の射程に入るまで、息を潜めて待つ。射程内に入り次第、発射深度まで浮上し、一斉に雷撃する」

 

 水中通話機を通じて、その手筈が他の3隻へも伝えられた。

 

 4隻は、海中深くで息を殺し、獲物が罠の口に入るのを、じっと待ち構えた。

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 だが――彼らは、知らなかった。

 

 その海の中で、自分たちが、すでに「聴かれて」いることを。

 

 艦隊の前路を、はるか先行して進む一隻の護衛艦があった。護衛艦とよさか。その艦尾からは、長大な曳航ソナー――海中深くへと曳き流された受波器の列が、静かに水中の音を拾い集めていた。

 

 いかにディフダたちが、電動機の出力を絞り、息を殺して進んでいたとしても、まったくの無音とはいかない。スクリューの回転音、機関のかすかな振動。だが――問題は、その「かすか」の度合いだった。静粛化など微塵も考慮されていない、旧式の機関とスクリューを積んだ潜水艦である。現代の潜水艦が極限まで音を消すのとは、わけが違う。彼らが必死に絞り込んだその音は、現代の高性能ソナーにとっては、ほとんど丸聞こえに等しかった。その音が、海中を遠くまで伝わり、とよさかの曳航ソナーへと、はっきりと届いた。

 

「ソナーに感あり。複数の水中目標……スクリュー音、4。方位、ならびに距離、出ます」

 

 ソナー員の報告が、CICへと伝えられる。

 

 潜水艦。それも、複数。

 

 報せはただちに艦隊司令部へと共有され、対潜戦の幕が、静かに上がった。

 

「対潜ヘリ、発進」

 

 命令とともに、ヘリ甲板からSH-60K哨戒ヘリコプターが舞い上がった。とよさかのソナーが割り出した目標位置へと、機首を向けて飛んでいく。

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 海中。

 

 息を潜めて待つバテン・カイトスの水中聴音機に、奇妙な音を、聴音員が捉えた。

 

「……艦長。妙な音を拾いました。何かが、頭上を旋回しているような……」

 

 聴音員が、戸惑った声で報告する。ヘッドセットに手を当て、耳をそばだてる。

 

「上から、ということは……航空機か?」

 

 ディフダが問うと、聴音員は首をかしげた。

 

「それが、妙なのです。水上機が頭上を飛んでいるのなら、まだ分かります。ですが、この音は……一定の場所に、留まっているように聞こえるのです。飛びながら、その場に居座っているような――」

 

「オートジャイロの類か?」

 

 ディフダは、すぐにそう問い返した。帝国にも、回転翼を頭上で回し、短い距離で離着陸するオートジャイロは存在する。だが、聴音員は首をかしげた。

 

「いえ……オートジャイロとて、空に浮かんでいるためには、前へ進み続けねばなりません。なのに、この音は、まるで一点に錨を下ろしたかのように、その場から動かないのです。こんな飛び方をする機など、聞いたこともありません」

 

「一点に、留まり続けるだと……?」

 

 ディフダには、その意味が呑み込めなかった。前進をやめてなお、空中の一点に静止し続ける航空機など、帝国の常識のどこにも存在しなかった。

 

「……聞き間違いではないのか」

 

「いえ、確かに――」

 

 言いかけた、そのときだった。

 

「て、艦長! 何かが、頭上の海面に着水しました! ……まさか、爆雷!?」

 

 聴音員が、声を引きつらせた。

 

 潜水艦乗りにとって、頭上から海中へ投じられるもの――それは、まず爆雷を意味する。海中で炸裂し、衝撃波で艦体を圧し潰す、潜水艦最大の天敵。艦内に、一瞬で緊張が走った。

 

 だが――炸裂は、来なかった。

 

 代わりに、別の音が響いてきた。

 

 ピィン……ピィン……。

 

 艦内に、不気味な反響音が響き渡った。鋭く、硬質な、何かを探るような音。それが、艦体を撫でるように、繰り返し打ち付けられる。これだけ大きく、はっきりとした音であれば、聴音員でなくとも、艦内の誰の耳にも届いた。

 

「この音は……まさか、探信儀か……!」

 

 ディフダの顔から、血の気が引いた。

 

 探信儀――音波を能動的に発し、その反射で目標を捉える兵器。その存在を、ディフダは知っていた。本国でも、ようやく研究所で開発が進められている段階の、最新の技術である。

 

 実は、この潜水空母バテン・カイトスにも、その先行試作型を搭載する計画が、一時持ち上がったことがあった。だが、当時の試作品はあまりに動作が不安定で、実用に耐えうる代物ではなく、結局は搭載が見送られた経緯がある。

 

 そして――だからこそ、信じられなかった。

 

「あんな、まだ海のものとも山のものともつかぬ代物を……敵は、すでに実用化していると言うのか……!?」

 

 頭上のSH-60Kは、すでにHQS-104吊下式ソナーを、海中深くへと吊り下げていた。海面上にぴたりと静止し――聴音員が「その場に居座る」と訝しんだ、まさにその正体である。回転翼の生み出す揚力で空中の一点に留まり続けるこの機は、長いケーブルの先に吊るした送受波器から、強力な探信音を海中へと叩き込んでいた。

 

 反射して戻ってくる音は、潜む潜水艦の位置、深度、針路を、寸分の狂いもなく描き出していく。旧式潜水艦にとって、これほど一方的に丸裸にされる悪夢はなかった。

 

 機内の戦術士官のもとに、目標の諸元が刻一刻と更新されていく。やがて、その指先が、攻撃の指令を下した。

 

 ヘリの機体側面――兵装架に懸吊された97式短魚雷が、投下機構の作動とともに切り離される。2発の短魚雷が、宙を裂いて落下し、海面へと吸い込まれていった。

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

「着水音、二つ! ……沈んでます…爆雷!?」

 

 聴音員が叫んだ。だが、すぐにその声色が変わる。

 

「いえ、違う……沈んでいかない! 何かが、海中を……進んでいます! 自力で、こちらへ向かって――魚雷! 魚雷です!」

 

 聴音員の声が、悲鳴へと変わった。

 

「そんな……魚雷が、自分から動いて……? それに、この音は――探信音! 魚雷が、みずから探信音を発しながら、こちらを追ってきます! 二本とも! 目標は……メンカルと、カフアルジドマ!」

 

 着水した短魚雷は、自ら探信音を放ちながら、海中の獲物へと向かっていた。ヘリの吊下式ソナーが、あらかじめ目標の位置を精密に掴み、その情報を魚雷に与えていたがゆえに、魚雷は海中を闇雲に螺旋を描いて捜索する必要すらなく、迷うことなく、最短距離で標的を追い詰めていく。

 

「全艦、回避運動! メンカル、カフアルジドマ、急速潜航で振り切れ!」

 

 ディフダが叫ぶと、通信手がすぐさま水中通話機の送話器を握り、艦長の命令を二艦へと中継しようとする。だが、その手を、副長が押しとどめた。

 

「艦長、なりません! 通話機を使えば、こちらの位置が――」

 

「構わん、繋げ! このままでは、二艦とも沈むぞ!」

 

 通信手は唇を噛み、送話器のスイッチを入れた。

 

 だが――その指示は、あまりに虚しかった。

 

 電動機で、せいぜい数ノット。それが、潜航中の潜水艦に出せる精一杯の速力だった。対する魚雷は、その何倍もの速度で、執拗に追尾してくる。回避など、間に合うはずもなかった。

 

 くぐもった、しかし腹の底を抉るような炸裂音が、立て続けに二度、海中を伝わってきた。

 

 メンカル。短魚雷の炸裂が、その薄い艦体の側面を切り裂いた。轟音とともに耐圧殻が破られ、奔流のごとき海水が、抗う間もなく艦内へとなだれ込む。艦は瞬く間に浮力を失い、艦首を傾けて、暗い深淵へと沈み落ちていった。乗員が、最後の瞬間に何を思ったのか――それを知る者は、もういない。

 

 カフアルジドマ。こちらもまた、艦尾に致命の一撃を受けていた。推進軸をへし折られ、舵を失い、ひしゃげた艦体が、ぐらりと大きく傾く。亀裂から噴き出す気泡の柱を曳きながら、二隻目のケトス級も、僚艦の後を追うように、海の底へと吸い込まれていった。

 

 水中聴音機が拾うのは、艦体の悲鳴のような軋み、隔壁の潰れる不気味な音、そして――やがて訪れる、二つの沈黙だけだった。

 

「メンカル、応答なし……カフアルジドマも……」

 

 聴音員の声が、震えていた。

 

 ディフダは、拳を握りしめた。手も足も出ない。海中に潜むという、潜水艦唯一にして最大の利点が、まるで通用していなかった。こちらの姿は、とうに丸裸にされている。

 

「……艦長」

 

 聴音員が、ふと声を上げた。

 

「頭上の、あの妙な音……遠ざかっていきます。この海域から離れていくようです」

 

「何……?」

 

 ディフダの胸に、わずかな望みが差した。あの正体不明の頭上の脅威――おそらくは、こちらの位置を探り当て、魚雷を落とした張本人。それが、去っていくというのか。

 

「……今のうちだ」

 

 ディフダは、その細い糸に賭けた。

 

「よしバークラウと共に離脱する。深く潜り、この海域から離れるぞ。あの忌々しいのが、いなくなった隙に――」

 

 だが、彼は致命的な思い違いをしていた。

 

 頭上の脅威――SH-60Kは、決して、彼らを見逃して去ったわけではなかった。吊下式ソナーで掴んだ残る二隻の正確な位置情報は、すでにデータリンクを通じて、艦隊へと余さず送り届けられている。

 

 そして機が海域を離れたのは、魚雷を全て使ったので、母艦へ帰るためにすぎなかった。とどめは、もはやヘリの手を借りる必要すらなかったのだ。

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 護衛艦きず。

 

 ヘリから伝送された目標諸元が、戦闘指揮所の画面に映し出される。残存する敵潜水艦、2隻。その位置、深度、針路――すべてが、手に取るように分かっていた。

 

「目標、データ入力よし。発射用意」

 

 前甲板に据えられたMk41VLS。その発射口が、轟音とともに開いた。

 

「撃て」

 

 2発の07式垂直発射魚雷投射ロケットが、白煙の柱を噴き上げ、垂直に空へと突き上がった。

 

 ロケットは、初期旋回を終えると、推力制御装置を切り離し、超音速で目標海域の上空へと飛翔する。やがて前部弾体が分離し、パラシュートが開いて減速。フェアリングが外れ、中に収められていた97式短魚雷が、その姿を現した。

 

 魚雷は、目標海域の海面へと着水すると、パラシュートを切り離し、自らの探信音を放ちながら、海中の獲物へと牙を剥いた。

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 海中。

 

「何か二つ、着水! ……探信音! う、嘘だろ、また、あの魚雷です! こちらへ向かってきます!」

 

 聴音員の絶叫が、艦内に響いた。

 

 先刻、二隻を葬ったものと同じ音。もはや、それが何であるかを誤認する者はいなかった。だが――ディフダは、目を見開いた。

 

 頭上にいた、あの正体不明のそれは、確かに去ったはずだ。なのに、なぜ。今度は、いったいどこから魚雷が湧いて出たというのか。

 

「頭上のあれは、いなくなったのではなかったのか……! まさか、あの遥か遠方の敵艦から、空を越えて、魚雷そのものを撃ち込んできたとでも言うのか……!? そんな兵器が、この世にあってたまるか……!」

 

 もはや、回避を命じる気力すら湧かなかった。命じたところで、結果は分かりきっている。

 

 ピィン、ピィン、という探信音が、刻一刻と間隔を狭めながら、二隻へと迫ってくる。逃げ場のない海の底で、それは執拗に、確実に、獲物との距離を詰めていった。

 

 そして――炸裂した。

 

 バテン・カイトス。潜水空母としての巨躯を誇ったその艦体が、舷側に喰らった一撃で、根底から震撼した。耐圧殻が裂け、ひしゃげ、引き裂かれた亀裂から、刃のような海水が猛烈な勢いで噴き込んでくる。照明が爆ぜて闇に呑まれ、悲鳴と怒号が交錯し、足元が見る間に黒い水で満たされていく。巨大さは、もはや何の救いにもならなかった。むしろ、その重い艦体を、より速く、より深く、奈落へと引きずり込む錘でしかなかった。

 

 バークラウもまた、ほぼ時を同じくして、致命の一撃に貫かれていた。小柄なケトス級の艦体は、炸裂の衝撃に耐えきれず、く、の字に折れ曲がる。噴き出す気泡と油の帯を残しながら、最後の一隻も、ゆっくりと傾き、沈み始めた。

 

「……総員……」

 

 ディフダが、最後の命令を発しようとした。だが、その言葉は、耳をつんざく破断音と、押し寄せる濁流に呑まれて、誰の耳に届くこともなく、かき消えた。

 

 海面に切れ切れの気泡を残しながら、4隻の潜水艦は、一隻残らず、暗い海の底へと引きずり込まれていった。

 

 待ち伏せという、最後の切り札。それは、ただの一矢も報いることなく、海の藻屑と消えたのだった。

 

 茜色の海は、何事もなかったかのように、静かに凪いでいた。

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