日本国召喚~帰還艦隊~   作:シェリダン

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第2章ー7話「艦砲射撃2」

■中央暦1643年5月上旬 第二文明圏東南海域の補給基地 夜

 

 

 島の表側で、艦砲射撃の轟音が絶え間なく響き続けている――その頃。

 

 砲声の届かぬ島の裏手の浜辺では、最後の反撃の支度が、密やかに進められていた。

 

 木々の陰に隠された格納庫から、レクセル型魚雷艇が、一隻、また一隻と、レールに載せられて海岸へと送り出されていく。全長わずか18メートル余り、排水量20トンそこそこの、木造の小艇である。細く鋭いV型の船体の両舷には、457ミリ魚雷の落射機が一基ずつ。あとは申し訳程度の機銃を備えただけの、ちっぽけな艇だった。旧軍を知る日本人が見れば、かつての日本海軍が建造した第一号型魚雷艇と、瓜二つの姿と映っただろう。

 

 だが、その小さな船体には、1,800馬力を超える機関が押し込められている。ひとたび走り出せば、38ノットの快速で海面を疾駆する――大艦に肉薄し、必殺の魚雷を叩き込むためだけに生まれた、海の刺客であった。

 

 合計12隻の魚雷艇が、次々と静かに海面へ滑り降り、低い機関音を殺しながら、隊列を組んでいく。手筈通り、島を大きく回り込み、敵艦隊の側背へと忍び寄る針路だった。

 

 先頭を行く指揮艇の操舵室に、その男は立っていた。

 

 魚雷艇隊を率いる艇長、ハダル大尉。熊を思わせる巨躯に、岩のような髭面。太い腕で操舵輪の脇に仁王立ちする姿は、小さな魚雷艇には、いかにも窮屈そうだった。

 

 やがて、回り込む島の稜線の陰から、明滅する光が見え始めた。

 

 敵艦の、発砲炎である。

 

 島の表側は、見るも無残な有様だった。閃光が瞬くたび、島の斜面が赤く照らし出され、数瞬遅れて、腹に響く炸裂音が海を渡ってくる。味方の陣地が、一方的に、際限なく叩かれ続けているのが、嫌でも見て取れた。

 

「……見ろ、野郎ども」

 

 ハダルは、太い声で唸った。

 

「島が、あの様だ。仲間が今も、頭の上に砲弾の雨を浴びてやがる。敵が島に上がっちまえば、もう終わりだ。海の上で敵を殴れるのは――俺たちが、最後だ」

 

 操舵室の部下たちが、ごくりと唾を呑んだ。

 

「怖気づくなよ。魚雷艇乗りってのはな、でかい図体の軍艦様に、囁くほど近くまで忍び寄って、鼻っ面に魚雷をぶち込むのが商売だ。今夜ほど、腕の見せ甲斐がある晩はねえぞ」

 

 ハダルは、後続の僚艇へと目をやった。12隻の魚雷艇が、予定の展開位置へと、扇状に広がっていく。多方向から同時に襲いかかり、敵の防御火力を分散させる――魚雷艇戦術の定石だった。

 

 全艇の配置が整ったのを見届けると、ハダルは大きく息を吸い込んだ。

 

「全艇、突撃! 機関、最大船速!」

 

 12隻の機関が、一斉に咆哮を上げた。

 

 1,800馬力の機関が唸りを上げ、艇尾から白い水流が噴き出す。木造の軽い艇体が、ぐんと前へ押し出され、艇首が波を割って持ち上がった。V型の船底が海面を叩き、跳ね、滑走へと移っていく。舞い上がる飛沫が夜気に散り、月明かりを受けて銀色に煌めいた。

 

 速力はみるみる上がっていく。20ノット、30ノット――そして38ノット。12条の白い航跡が、夜の海面に扇状の軌跡を描きながら、敵艦隊めがけて一直線に伸びていった。操舵室のハダルの髭面に、しぶきが容赦なく叩きつけられる。それでも彼は、微動だにせず前方を睨み続けた。

 

 魚雷艇の群れは、初手から全速力で、敵艦隊への突進を開始した。

 

 本来の魚雷艇の戦法であれば、もっと深く、息を殺して忍び寄ってから、最後の瞬間に増速するのが常道だ。だが、ハダルはあえてその定石を捨てた。

 

(敵は、十中八九、レーダーを積んでやがる。それも、うちの艦の物より、よほど上等な代物をだ。夜の闇なんぞ、あいつらには壁にもならねえ。どうせ、動き出した瞬間に見つかるんだ――なら、端から全力で距離を詰めた方が、まだ目はある)

 

 この読みは、正しかった。

 

 だが――正しさが、勝利をもたらすとは限らなかった。

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 護衛艦いぶき、CIC。

 

「対水上レーダーに感! 高速の小型艇、多数! 数、12! 島の裏手より回り込み、本隊へ向け急速接近中!」

 

 管制官の報告が、CICに響いた。

 

 笠井は、画面に浮かび上がった小さな光点の群れを見据えた。輪形陣の側背へ、扇状に広がりながら突っ込んでくる、12の高速目標。その陣形と速度が、彼らの正体を雄弁に物語っていた。

 

「……魚雷艇か」

 

 小さく、速く、そして輪形陣の懐にさえ潜り込まれれば、魚雷の一撃で輸送艦を沈めうる。侮れる相手ではなかった。

 

「島への砲撃、一時停止。全艦、対水上戦闘。接近する敵高速艇を迎撃せよ」

 

 命令が、各艦へと飛ぶ。

 

 それにしても、と笠井は思わずにはいられなかった。航空隊を潰し、潜水艦隊を沈め、脱出艦隊を討ち、島の陣地を叩いてもなお――まだ、これだけの戦力を繰り出してくる。たかが秘匿補給基地一つに、この戦力層の厚さ。

 

(グラ・バルカス帝国……やはり、恐るべき国力だ)

 

 笠井の脳裏に、否応なく、かつての敵の姿が重なった。撃っても撃っても、水平線の向こうから際限なく湧いてくる艦艇と航空機の群れ。物量で押し潰してきた、あの米国である。防衛省の分析でも、グラ・バルカス帝国の国力は、大戦当時の米国に匹敵、あるいはそれ以上の可能性すらあるとされていた。辺境の補給基地一つがこの層の厚さなら、その見立ては、決して大袈裟ではあるまい――笠井は、あらためて気を引き締め直した。

 

 いぶきの前部で、155ミリ三連装砲が旋回する。砲口が、夜の海面を疾走する小さな影へと向けられ――咆哮した。

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 護衛艦ほそゆき、CIC。

 

「艦長、本艦も対水上戦闘に移行します。敵は小型の高速艇、12隻!」

 

「対艦誘導弾は使うな」

 

 艦長の坂田は、即座に判じた。

 

 17式艦対艦誘導弾は、軍艦を仕留めるための兵器だ。だが、相手は木造の、たかだか20トンの小艇である。波間に紛れ、38ノットで踊るように走るあの的を、艦影を求めて飛ぶ対艦誘導弾が正確に捉えきれるか――心許ない。ならば。

 

「ESSMを対水上モードで使用する。目標、接近中の敵魚雷艇。イルミネーター、照射準備」

 

「ESSM、対水上モード! 目標指示、入力します!」

 

 本来は空の敵を撃ち落とすための艦対空誘導弾を、海面の目標へと差し向ける――ESSMが持つ、対水上射撃能力である。艦のイルミネーターが放つレーダー波の反射を頼りに、誘導弾はセミアクティブ・レーダー・ホーミングで、海面すれすれの獲物へと吸い込まれていく。小さく速い水上目標が相手だろうと、対艦誘導弾よりも、よほど確実だった。

 

「撃ち方はじめ!」

 

 ほそゆきの中部、Mk48VLSの発射口から、ESSMが白い尾を引いて夜空へ駆け上がった。

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 最初に降ってきたのは、砲弾だった。

 

 疾走するハダルの艇の周囲に、突如、巨大な水柱が林立した。155ミリ砲弾の弾着である。

 

 海面が、白く爆ぜた。何本もの水の柱が、艇の何倍もの高さまで一斉に突き上がり、夜空を割く。衝撃波が木造の艇体をびりびりと震わせ、崩れ落ちる水塊が、滝のように操舵室へと叩きつけられた。視界が白い飛沫に呑まれ、波に翻弄された艇体が、大きく右へ左へと揺さぶられる。

 

「ぐっ……!」

 

 全身にしぶきを浴びながら、ハダルは操舵輪にしがみついた。

 

 弾着が、近い。近すぎる。初弾から、ほとんど夾叉されている。

 

(この対応の速さ……この暗闇で、この精度……! やっぱりだ、やっぱり敵はレーダーを持ってやがる!)

 

 読みが当たったことに、しかし喜びなど微塵もなかった。

 

「構うな! 蛇行しながら、どんどん突っ込め! 止まったら死ぬぞ!」

 

 魚雷艇の群れは、砲弾の水柱の間を縫うように、ジグザグの回避運動を描きながら、なおも突進を続けた。

 

 だが――敵の砲火は、容赦がなかった。

 

 右翼を走っていた一隻の至近に砲弾が落ち、炸裂の破片が木造の船体を薙ぎ払った。艇はたちまち推進力を失い、波間に取り残されていく。続いて、別の一隻に砲弾が直撃した。20トンの小艇など、155ミリ砲弾の前では紙細工も同然だった。艇体は一瞬で砕け散り――次の刹那、積んでいた魚雷が誘爆した。

 

 夜の海に、ひときわ巨大な火球が膨れ上がった。457ミリ魚雷の炸薬が艇もろとも爆ぜ、燃える木片が、雨のように海面へ降り注ぐ。

 

「クレイの艇が……!」

 

 部下の悲鳴を、ハダルは歯を食いしばって聞いた。

 

 そこへ、さらに追い打ちが来た。

 

 空から、白い光の尾を引いて、何かが突っ込んでくる。それは隣を並走していた僚艇の真横で炸裂し――次の瞬間、その艇は、まるで海面から巨大な手で掬い上げられたかのように、船体ごと宙へと舞い上がった。ばらばらになった艇体が、乗員もろとも、夜の海へと叩きつけられる。

 

「畜生……! ありゃあ……まさか、例の『誘導弾』か!」

 

 出撃前、基地で聞かされた話が、ハダルの脳裏をよぎった。航空隊を全滅に追い込んだという、みずから獲物を追いかけてくるロケット弾――生き残った搭乗員の証言として伝えられた、その悪夢のような兵器。半信半疑で聞き流していたが、今、目の前で僚艇を屠ったあれこそ、まさにそれではないのか。

 

 だが、正体が分かったところで、防ぐ手立てなど何一つなかった。

 

「護衛の艦は全部無視しろ! 目もくれるな! 狙うのは輸送艦だけだ! 輸送艦さえ食えれば、俺たちの勝ちだ!」

 

 ハダルは吠えた。

 

 護衛艦と撃ち合ったところで、勝ち目など万に一つもない。だが、敵の目的が上陸である以上、兵員を満載した輸送艦こそが、敵の急所だ。それさえ沈めれば、この島は守られる。

 

 残った魚雷艇は、砲火の只中を、ただひたすらに輪形陣の中心を目指して突き進んだ。

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 護衛艦の側でも、戦況は動いていた。

 

「ESSM、残弾わずか!」

 

 対空戦闘で敵航空隊を迎え撃ち、さらに対水上射撃でも消費を重ねたESSMは、いよいよ残りが底をつきつつあった。

 

「主砲に切り替え! 砲で叩き落とせ!」

 

 各艦の5インチ砲が、猛然と火を噴き始める。射撃指揮装置に導かれた砲弾が、夜の海面を走る小艇へと、次々に浴びせかけられた。

 

 輪形陣の一角を守る護衛艦はつはるでも、迫る魚雷艇との距離が詰まるにつれ、火器が近接戦闘用へと切り替わっていった。艦上に据えられた30ミリ単装機銃が、鋭い連射音とともに曳光弾の帯を闇へと伸ばす。海面を跳ねる着弾の飛沫が、走り抜ける魚雷艇を執拗に追い回した。後部のSeaRAMも、自らのレーダーで目標を捉えるや、短い唸りとともに誘導弾を撃ち放つ。

 

 魚雷艇の側も、ただ黙って死を待ちはしなかった。

 

 白い尾を引いて迫りくる誘導弾へ向け、各艇の機銃手が、必死の形相で銃座にしがみつき、引き金を絞り続けた。細い曳光弾の筋が、夜空へ何条も伸びていく。せめて一発でも当たれば――その一縷の望みに賭けた、決死の対空射撃だった。

 

 だが、頼みの機銃は小口径の旧式で、照準は人の目と勘だけ。音速に迫る速さで、しかも急旋回しながら突っ込んでくる小さな弾体を捉えるには、あまりにも非力だった。曳光弾の筋は虚しく夜空を掻くばかりで、誘導弾は、その弾幕をあざ笑うかのようにすり抜けていく。

 

 次の瞬間、機銃を撃ち続けていたその艇の真横で、誘導弾が炸裂した。破片の嵐が銃座ごと機銃手を薙ぎ倒し、艇体は横倒しに引き裂かれて、波間に呑まれていった。

 

 一隻、また一隻と、魚雷艇は夜の海に沈められていった。

 

 それでも――止まらなかった。

 

 生き残った数隻は、僚艇が爆散する炎を横目に、なおも死に物狂いで、輪形陣の内側へと突き進んでくる。

 

「……この動きは」

 

 ほそゆきのCICで、坂田は唸った。レーダー画面の上で、残った敵艇は、護衛艦への反撃を一切捨て、ただ一直線に、輸送艦のいる陣形中央へと針路を取っていた。

 

「護衛を全部無視して、突っ切る気か」

 

 敵ながら、正しい判断だった。そして、正しいからこそ、通すわけにはいかなかった。あの輸送艦には、第一遠征師団の将兵が――かつての戦友たちの、その部隊が乗っているのだ。

 

「面舵! 敵艇の針路に割り込む! ぶつけてでも止める!」

 

 ほそゆきが、艦首を翻した。護衛艦の鋼の艦体が、自らを盾とするように、魚雷艇の突撃針路へと躍り出る。

 

「高性能20ミリ機関砲、対水上射撃! 撃ち方はじめ!」

 

 最後まで生き残り、輪形陣の内懐へあと一歩まで迫っていたのは――ハダルの指揮艇、ただ一隻だった。

 

 僚艇はすべて海に沈んだ。それでも、彼の艇はまだ走っていた。魚雷はまだ、二本とも残っている。あと少し。あと少しで、射点に届く。ハダルは血走った眼で、闇の先の輸送艦の影を睨みつけた。

 

 その針路上に、鋼の壁のごとく躍り出た護衛艦の艦上で――艦橋前に据えられた白い砲塔が、独特の駆動音とともに旋回した。高性能20ミリ機関砲、いわゆるCIWS。本来は、飛来する対艦ミサイルを最後の一線で撃ち落とすための守り神である。その6本の銃身が束ねられたガトリング砲が、海面を疾走する最後の魚雷艇へと向けられ――

 

 咆哮した。

 

 毎分4,500発。

 

 それは、もはや射撃というより、鉄の奔流だった。バリバリバリという凄まじい砲声とともに、曳光弾の描く一本の赤い光の帯が、夜の海面へと叩きつけられる。着弾は瀑布のような水煙の壁を作り、その壁が、疾走する魚雷艇を正面から呑み込んだ。

 

 20ミリ弾の雨は、木造の艇体を、文字通り穿ち、削り、引き裂いていった。

 

 やがて――弾倉が尽き、射撃が止んだ。

 

 鉄の奔流が途絶えた海面に、最後の一隻が、ぼろぼろの姿を晒していた。艇体は蜂の巣と化し、機関は沈黙し、操舵室に仁王立ちしていた大きな影も、もうどこにも見えない。白い航跡は見る間に細く、弱くなっていく。惰性だけでしばらく波を切り――そして、ゆっくりと、完全に、止まった。

 

 夜の海に、再び静寂が戻ってきた。

 

 燃え尽きようとする木片の炎だけが、ぽつり、ぽつりと、波間に揺れていた。

 

 グラ・バルカス帝国東南海域秘匿補給基地――その最後の海上戦力が、この時、完全に失われたのだった。

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