日本国召喚~帰還艦隊~   作:シェリダン

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第2章ー8話「上陸戦1」

■中央暦1643年5月上旬 第二文明圏東南海域の補給基地の沿岸部 明朝

 

 

 東の水平線が、うっすらと白み始めていた。

 

 夜を徹して繰り返された砲声は、いつしか止んでいた。魚雷艇の突入は水際で潰え、燃え残った木片が、まだ波間のところどころで、細い煙を燻らせている。

 

 艦隊は、夜戦の態勢から、静かに次の局面へと移行しつつあった。

 

 護衛艦いぶきのCICで、笠井は、この一晩の戦況を頭の中で整理していた。

 

 艦砲射撃は、十分な成果を上げた。無人機の眼が暴き出した海岸の火点――高射砲、対戦車砲、重機関銃の陣地は、その大半を潰した。レーダー施設も無線施設も、開幕早々に叩いてある。少なくとも、水際でこちらの舟艇を待ち構える組織的な火網は、大きく削がれたと見てよい。

 

 だが、と笠井は自らを戒めた。

 

(内陸は、別だ)

 

 砲弾は、地表の陣地は潰せても、地下に潜った兵までは殺しきれん。壕に籠り、砲撃をやり過ごした敵の地上戦力は、まだ相当数が健在と見るべきだった。上陸した将兵が最後に相対するのは、結局のところ、生き残った敵兵の銃剣なのだ。艦砲がどれほど吼えようと、島を獲るのは、地を這う兵隊である。それは、70年前も、今も、変わらない。

 

「司令、気象班より報告です」

 

 幕僚が歩み寄ってきた。

 

「風は北東より3メートル、うねりは0.5メートルほど。舟艇の泛水と航走に、支障なしとのことです。薄明開始は間もなく。日出は約1時間後です」

 

「潮は」

 

「上げ潮に入ります。座礁の危険は少なく、舟艇の擱座にも好都合かと」

 

 笠井は頷いた。波は穏やか、風も弱い。上陸日和と言ってよかった。

 

「ムー海軍側との刻限合わせは」

 

「完了しております。彼らの艀も、我が方の発進に合わせて降下を開始するとのことです」

 

「よろしい」

 

 笠井は、正面の画面――夜明け前の島影を映すその映像を、見据えた。

 

「上陸作戦、予定通り決行する。輸送隊に発進命令を」

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 発進海域に、その艦は静かに占位していた。

 

 輸送艦くまのまる。

 

 朝靄の中に横たわるその姿は、一見して奇妙な艦だった。艦の全長を貫く、平坦な全通甲板。空母のようでいて、艦載機の姿はなく、代わりに甲板上には、第1輸送ヘリコプター群から分遣されたヘリ部隊の機体が、ローターを畳んで並び、輸送準備を進めている。

 

 その正体は、大日本帝国陸軍が建造した特種船M丙型――熊野丸である。

 

 全通式の飛行甲板を持ち、護衛空母としての機能を兼ね備えた、上陸用舟艇の母船。現代の言葉で言えば、強襲揚陸艦の先駆けというべき船だった。史実においては昭和20年3月に竣工しながら、実戦の機会のないまま終戦を迎えている。だが、この船は――あの秘密ドックに保管されていた同型の一隻は、70年の眠りを経て、海上自衛隊の輸送艦として蘇っていた。

 

 機関は換装され、艦首にはバウスラスターが追加された。全通甲板は改修を受け、ヘリコプターと無人機の運用能力を獲得している。だが、この艦の真骨頂は、甲板の上ではない。

 

 船体の、水線にほど近い深部――そこに、艦の全長を貫く「全通式舟艇格納庫」が広がっているのだ。

 

 今、その格納庫の中は、出撃前の熱気に満ちていた。

 

 格納庫の床には、艦尾へと続く軌条が敷かれ、無数のコロ――ローラーが並んでいる。その上に、上陸用舟艇「大発動艇」が、ずらりと列をなしていた。全長約15メートル、艇首に可倒式の道板を備えた、傑作上陸用舟艇である。

 

「第1中隊、乗艇急げ! 装具の点検を怠るな!」

 

「工兵は爆索と探知機の固縛よし! 弾薬箱、積み込み完了!」

 

 怒号にも似た号令が飛び交う中、第一遠征師団の歩兵たちが、89式小銃を抱え、次々と大発へ乗り込んでいく。その傍らでは、工兵たちが、破壊筒や爆索、地雷探知機といった資材を艇内へ積み上げていた。

 

「いいか、段取りをもう一度言うぞ」

 

 大発の一隻で、歩兵中隊の中隊長が、部下の小隊長たちに最後の確認を行っていた。

 

「まず工兵が水際の障害と地雷を啓開し、突破口を開く。歩兵はその突破口から一気に浜を駆け抜け、内陸の一線を確保――橋頭堡を築く。橋頭堡さえ固めれば、あとから重装備が続々と揚がってくる。最初の三十分が勝負だ」

 

「了解!」

 

 そして――格納庫の最も奥まった一角に、それらとは明らかに異質な車影が、鎮座していた。

 

 特三式内火艇改。

 

 水陸両用戦車である。車体の前後に、航洋のための大きなフロート――浮舟を装着し、その姿はさながら、戦車が小舟の胴を貫いたかのようだった。車体は防水処理が施され、水上では艇尾のスクリューで航走し、浜に乗り上げればフロートを切り離して、戦車として戦う。

 

 かつての特三式内火艇は、海軍陸戦隊の兵器として生まれながら、日本本土に留め置かれたまま、一度も実戦の機会を得ずに終戦を迎えた悲運の車両だった。それが、あの秘密ドックに保管されていた車両たちに、ようやく――70年越しの初陣が巡ってきたのである。

 

 むろん、ただ眠りから起こされただけではない。

 

 主砲は、もはや砲弾の生産されていない一式四十七粍戦車砲から、弾薬を共通化できる30ミリ機関砲へと換装された。砲塔内には、16式機動戦闘車のものを可能な限り流用した射撃管制装置――熱線照準システム、デジタル式弾道コンピュータ、レーザー測距儀が押し込まれている。狭い砲塔に収めるため、砲安定装置の搭載こそ見送られたが、停止射撃であれば、夜間でも正確無比な射撃を叩き込める。車内には乗員を破片から守る内張り装甲が張られ、機関も新型に換装、発煙弾発射機も追加された。

 

 そしてもう一つ、往時の姿と決定的に異なる点があった。

 

 砲塔の上に、あの特徴的な、高くそびえる展望塔がないのである。

 

 本来の特三式は、潜航中の潜水艦から発進するという、世界でも類を見ない運用を想定した兵器だった。あの高い展望塔と吸排気筒は、波を被りながら海中から浮上し、航走するための装備である。だが、今回の発進母体は水上艦、くまのまるだ。潜水発進の必要がない以上、あの背高の塔は、被発見率を上げるだけの無用の長物でしかない。ゆえに、改修にあたって撤去され、車高の低い、精悍な姿へと生まれ変わっていた。

 

 その特三式内火艇改が今、橇状のパレット――滑走架台に載せられ、軌条の上で出番を待っていた。整備員が車体の周りを回り、架台への固縛状態を、指差しで一つひとつ確認していく。

 

「固縛よし! 浮舟、取付よし! 泛水姿勢、異常なし!」

 

 やがて、格納庫に、けたたましいブザーが鳴り響いた。

 

 艦尾の泛水口――観音開きの大扉が、重々しい駆動音とともに、左右へ開いていく。扉の向こうに、白み始めた海と空が、四角く切り取られて現れた。

 

「泛水はじめ! 第1艇、発進!」

 

 号令一下、先頭の大発動艇が、コロの上を滑り出した。

 

 兵員を満載したままの艇体が、軌条の上をごろごろと転がり、艦尾へ――そして滑走台を一気に滑り降り、艇尾から海面へと突っ込んだ。盛大な飛沫が上がり、艇は大きく一度沈み込んでから、ぷかりと浮き上がる。すぐさま機関が始動し、白い航跡を引いて、泛水口から離れていった。

 

「第2艇、発進! 続けて第3艇!」

 

 一隻、また一隻。兵員と資材を満載した大発が、次々と海面へ吐き出されていく。ウェルドックに注水して浮かべる現代のドック型揚陸艦とは違う、滑走台で豪快に滑り落とす、往年の泛水方式だった。それでも、この連続発進の速さこそが、特種船の身上である。

 

 そして、最後に――

 

「特三式、発進!」

 

 ひときわ重い音を立てて、滑走架台に載った特三式内火艇改が、軌条を滑り出した。十数トンの車体が架台ごと滑走台を駆け下り、海面へと飛び込む。巨大な水柱が上がり、フロートを備えた車体は、深く沈み込んでから、ゆっくりと浮上した。架台から離れた車体は、艇尾のスクリューを回し始め、鈍重ながらも確かな足取りで、大発の列を追っていった。

 

 沖では、ムー海軍の輸送艦でも、揚陸準備が進んでいた。

 

 舷側に吊るされていたのは、ムー独自の上陸用艀である。天井部と操舵所、機関部に装甲板を張った自走式の艀で、艇首には可倒式の道板を備え、浜に乗り上げると同時に、それを繰り出して兵員を一気に吐き出せる造りになっていた。舷梯を伝ってムー海軍歩兵が乗り込み、満載となった艀から順に、ダビットで海面へと降ろされていく。

 

 日本の大発と、ムーの装甲艀。二つの世界の上陸用舟艇が、白み行く海の上で合流し、徐々に、発進線へと集結していった。

 

 夜明けとともに、島への上陸が始まろうとしていた。

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

■中央暦1643年5月上旬 第二文明圏東南海域の補給基地司令部 明朝

 

 

「……司令。観測所より報告。敵艦隊に動きあり。輸送艦の周囲に、多数の舟艇が展開しつつあります。敵は――上陸作戦を、開始した模様」

 

 伝令の声が、地下司令部に重く響いた。

 

「……いよいよ、か」

 

 ケトスは、静かにその報せを受け止めた。

 

 魚雷艇隊による最後の奇襲は、失敗に終わった。夜通し続いた艦砲射撃で、海岸の防御陣地は軒並み叩き潰され、レーダーも無線もやられた。残された手札は、もう地上での抵抗しかない。

 

「警備隊に伝達。全部隊、迎撃配置につけ。敵の上陸を、水際で――いや」

 

 ケトスは、言い直した。水際の火点は、もうほとんど残っていない。

 

「……可能な限りの地点で、迎え撃て、と」

 

「はっ……」

 

 伝令が駆け出していく。

 

 司令部の中を、ケトスはゆっくりと見回した。

 

 地下深くに設けられた司令部そのものは、直撃を免れている。だが、頭上で夜通し轟き続けた砲声と振動は、確実に人の心を削っていた。要員たちの顔には、濃い疲労の色が滲み、誰の目にも、もはや士気の高さは見て取れなかった。皆、分かっているのだ。制空も、制海も失い、外への連絡も絶たれた孤島で、この先に何が待っているのかを。

 

(……さて、どこまで足掻けるか)

 

 ケトスは、椅子に深く身を沈め、目を瞑った。

 

 もはや、打てる手は打った。あとは、地上の将兵たちがどれだけ持ちこたえるか――そして。

 

(届いていてくれ……誰か一人でもいい。この島の窮状が、本国に届いていてくれ)

 

 沈んだ脱出艦隊の、万に一つの生存者に。あるいは、途絶する前の無線が拾われた奇跡に。救援部隊という、来るはずのない幻に。

 

 ケトスは、ただ、祈ることしかできなかった。

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