■中央暦1643年5月上旬 第二文明圏東南海域の補給基地の沿岸部 朝
橋頭堡確保の報は、ただちに艦隊全体へと伝えられた。
それを合図に、上陸作戦は第二段階へと移行した。
くまのまるの全通甲板から、輸送ヘリが次々と舞い上がる。機体の下に物資を吊り下げ、あるいは機内に増援の人員を乗せ、確保されたばかりの浜の後方へと、ピストン輸送を開始した。
そして、沖合に待機していたあさやけ型輸送艦6隻も、ついに動き出した。
夜の間、大型の目標となることを避けて後方に控えていた輸送艦たちが、一列となって、堂々と砂浜へと艦首を向ける。浅瀬に乗り上げると、艦首の門扉が、重々しい駆動音とともに前方へと倒れ込んだ。門扉はそのまま渡し板となり、艦内と浜とを結ぶ橋となる。
最初に降り立ったのは、戦闘車両ではなかった。
小型ショベルや資材運搬車といった、施設科の車両群である。彼らの仕事は、これから続く車両たちの道を作ることだった。柔らかい砂浜は、装輪車両にとっては底なしの罠である。ショベルが地面を均し、その上に、金属製のランディング・マットが手際よく敷き延べられていく。連結式のマットは、みるみるうちに浜を横断する一本の道となった。
「マット敷設よし! 車両、前へ!」
誘導員の旗が振られ、物資を満載した73式中型トラックが、マットの上を慎重に渡っていく。続いて高機動車。次々と車両が浜に揚がり、内陸への集積地点へと向かっていった。
そして――渡し板が、ひときわ重い軋みを上げた。
四式中戦車改である。
30トン級の車体が、履帯の轍をマットに刻みながら、ゆっくりと浜へ降り立った。長砲身の主砲を前方に向けたその姿は、往年の日本戦車の面影を色濃く残しながら、しかし細部は別物へと変貌を遂げていた。
四式中戦車――秘匿名称チト。本土決戦の切り札として開発されながら、量産が間に合わぬまま終戦を迎えた、旧陸軍最後の希望というべき中戦車である。だが、あの秘密ドックでは、終戦後もひそかに量産が続けられていた。ドックで造られた車両は、量産に不向きな鋳造砲塔を、三式中戦車の溶接砲塔に装甲を増したものへと改め、車体正面の傾斜装甲も、17度からより避弾経始に優れた36度へと寝かされた、いわば量産改良型だった。
日本転移後、この車両たちにも出番が巡ってきた。陸上自衛隊の戦車をすぐに増備することは難しく、さりとて第〇軍が持ち帰った九七式中戦車や九五式軽戦車では、火力も防御も心許ない。その点、四式ならば、現在確認されている敵性勢力の装甲車両に対し、十分に優位に立てる――そう見積もられ、改修のうえ、遠征師団への配備が決まったのである。
改修の柱は、主砲の換装だった。本来の五式七糎半戦車砲の75ミリ砲弾は、もはやどこにも生産されていない。そこで白羽の矢が立ったのが、海上自衛隊などで運用実績の長い、オート・メラーラ76ミリ砲の弾薬だった。弾頭部と炸薬、装薬はオート・メラーラのものと共通化して生産設備を流用可能とし、ただし76.2×636ミリの原型薬莢では薬室に対して長すぎ、反動も過大となるため、薬莢を切り詰めた76.2×580ミリ弾が新たに起こされた。この短縮弾を撃つ76.2ミリ砲へと、主砲は生まれ変わった。砲弾の口径は、かつて陸自が長く使ったM41軽戦車のそれと同じであり、運用上の知見も豊富だった。
砲塔内には、特三式内火艇改と同じく、16式機動戦闘車のものを可能な限り流用した射撃管制装置――熱線照準システム、デジタル式弾道コンピュータ、レーザー測距儀が組み込まれた。砲塔容積の都合で砲安定装置こそ見送られたが、停止射撃の精度は、往年とは比べ物にならない。さらに、主砲換装に合わせて、本来の四式にはなかった同軸機銃として、74式車載7.62ミリ機関銃が増設された。車体側面には成形炸薬弾対策のサイドスカートが吊るされ、車内には内張り装甲、機関は新型ディーゼルに換装され、発煙弾発射機も追加されている。
70年前の「間に合わなかった戦車」は、現代の技術をまとい、今、初めての戦場の土を踏んだのだった。
浜の後方では、迫撃砲小隊が陣地構築の真っ最中だった。据えられているのは九七式曲射歩兵砲――こちらも旧軍由来の81ミリ迫撃砲である。砲床を固め、照準具を据え、弾薬箱を積み上げる兵たちの横を、四式中戦車改の車列が、地響きとともに通過していく。
迫撃砲兵の一人が、泥だらけの顔を上げ、行き過ぎる鋼鉄の車体を見送った。
「頼んだぞ……!」
四式中戦車改は、島の内陸で続く戦闘へと、履帯を軋ませて向かっていった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
■中央暦1643年5月上旬 第二文明圏東南海域の補給基地の島の内陸 昼
弾丸が、頭上の岩を削った。
ムー海軍歩兵のオリオ小隊長は、跳ねる石の破片を浴びながら、岩場の陰へと転がり込んだ。
「全員、無事か!」
「第1分隊、異常なし!」
「第2分隊、負傷1! 動けます!」
部下たちの声を確認しながら、オリオは岩の縁から、そっと顔の半分だけを覗かせた。
前方、緩やかな斜面の上に、それはいた。
小型の戦車が、3両。箱のような小さな車体に、小さな砲塔。そこから突き出た機関砲が、こちらの稜線に向かって、絶え間なく火を吹き続けている。着弾が土砂を跳ね上げ、岩を砕き、オリオの小隊は、完全に頭を抑えつけられていた。
グラ・バルカス帝国軍の1号戦車テリア――日本人が見れば、旧陸軍の九二式重装甲車に瓜二つと評したであろう、軽快な豆戦車である。基地や港湾都市の警備任務が多い帝国海軍陸戦隊は、襲撃してくる敵との戦力差、火力差を埋める切り札として、この種の装甲戦力を積極的に取り入れていた。この補給基地にも配備され、その多くは夜の艦砲射撃で潰されたが――生き残った3両が今、ムー海軍歩兵部隊の前に、立ちはだかっていた。
豆戦車とはいえ、歩兵にとっては十分すぎる脅威だった。
ムー側の砲兵隊は、まだ後方で揚陸の最中である。味方の装甲戦力も、この正面にはいない。機関砲と機銃を撃ちまくる鉄の箱を相手に、歩兵が取れる手は、あまりに少なかった。
「軽機、援護しろ! 第3分隊、右手の窪地から接近しろ! 徹甲弾で座視孔か履帯を狙え!」
オリオは、それでも打てる手を打った。
小隊の軽機関銃――銃身を太い放熱筒で覆い、上面に円盤型の弾倉を載せた、かつての地球でルイス軽機関銃と呼ばれた銃に酷似した得物――が、連射音を轟かせ、戦車の視察孔へ向けて牽制の弾幕を張る。
その援護の下、第3分隊の兵たちが、窪地伝いに匍匐で距離を詰めていった。ぎりぎりまで近づくと、小銃に徹甲弾――6.5ミリの鋼心弾を装填し、戦車の側面へと撃ちかける。
乾いた射撃音が続けざまに響き、火花が、テリアの車体表面で散った。
だが――それだけだった。
6.5ミリの鋼心弾は、装甲板の表面を虚しく弾け、かすかな凹みを残すのがせいぜいだった。豆戦車の薄い装甲すら、小銃弾では抜けない。
そして、反撃は苛烈だった。
攻撃に気づいたテリアが、砲塔をぐるりと巡らせる。車体の機銃と砲塔の機関砲が、第3分隊の潜む窪地へと、一斉に火を集中した。掃射が窪地の縁を薙ぎ払い、土煙の中に、部下たちの悲鳴が消えていく。
射撃が止んだとき、窪地から応える声は、もうなかった。
「……第3分隊……」
オリオは、岩に拳を叩きつけた。
「小隊長」
傍らに、部下の軍曹が這い寄ってきた。その手には、奇妙な形の袋が握られていた。
円錐形の、麻布の袋。その頂点から、麻紐を束ねた房が、しっぽのように垂れている。
「もう、これで肉薄するしかありません」
それは、対戦車手榴弾だった。
原型は、かつての日本陸軍が開発した三式対戦車手榴弾である。円錐形の本体に成形炸薬を仕込み、投げれば頂点の房が空気を掴んで姿勢を安定させ、底面から目標に命中する。炸薬の爆発エネルギーは一点に収束し、装甲板に対し45度の角度で当たってなお、5、6センチの装甲に穴を穿つ――金属をほとんど使わない、麻袋と木と炸薬だけの、驚くほど簡素な対戦車兵器だった。
グラ・バルカス帝国との開戦後、ムー軍は深刻な問題を抱えていた。歩兵部隊に、戦車へ対抗できる兵器が、ほとんど何もなかったのである。日本側からは、帝国軍の戦車の脅威について、繰り返し警告を受けていた。だが、ムーの工業力で即座に量産できる対戦車手段といえば、日本側から得られた情報の中でも、火炎瓶か、手榴弾を束ねた収束手榴弾がせいぜいだった。
そこに、日本から提供されたのが、この三式対戦車手榴弾だった。あの秘匿ドックには、現物のみならず、製造方法や図面までもが保管されていたのである。金属資源をほとんど食わず、簡便な素材と製法で作れるこの兵器は、ムーがまさに求めていたものだった。提供を受けるや、ムーは直ちに緊急生産を開始し、この島へ上陸した海軍歩兵たちの手にも、渡っていた。
だが――オリオは、すぐには頷けなかった。
この兵器の欠点は、明白だった。重い。ゆえに、遠くへは投げられない。投擲の間合いは、せいぜい十数メートル。それはつまり、機銃を撃ちまくる鉄の箱へ、その懐まで生身で駆け寄れ、ということだった。必然、決死の肉弾攻撃となる。第3分隊を失ったばかりの部下たちに、それを命じられるのか。
迷うオリオの眼前で、しかし、戦況の方が動いた。
テリアの3両が、エンジン音を高め、前進を始めたのである。その背後に、帝国の歩兵たちの姿もちらつく。相手がムー軍で、有効な対戦車兵器を持たぬと見切ったのか、距離を詰めて、一気に押し潰す腹だった。
もはや、迷っている暇はなかった。
「……総員、伏せろ。待ち伏せる」
オリオは、腹の底から声を絞り出した。
「岩陰に散開。やつらが懐に入るまで、指の一本も動かすな。合図とともに、投擲手は駆け出せ。狙うのは先頭の一両――上面か、機関室だ」
部下たちが、無言で頷き、対戦車手榴弾を握りしめて散っていく。
地を這う静寂の中、履帯の軋みだけが、じりじりと近づいてきた。
先頭のテリアが、警戒も疎かに、岩場の間へと乗り入れてくる。10メートル。8メートル――
「今だ!」
オリオの号令一下、数名の兵が、岩陰から一斉に躍り出た。
駆けながら、外袋の房の付いた先端部を開き、露出した着発信管の安全ピンを引き抜く。先端部を戻し、垂れ下がる麻の房を、しかと右手に握り込む。
テリアと随伴歩兵が、即座に反応した。機銃が吼え、駆ける兵たちへ弾丸の雨が浴びせられる。一人が胸を撃たれて崩れ落ち、もう一人が足を薙がれて転倒した。
それでも――一人が、届いた。
振りかぶった腕から、麻の房を残して、円錐形の弾体が放たれる。房が空気を掴み、弾体はくるりと姿勢を整え、底面を先にして、吸い込まれるようにテリアの機関室上面へと落下した。
命中の、刹那。
鈍い炸裂音とともに、収束された爆発のエネルギーが、装甲板を一点で穿孔した。灼熱の噴流が車内へと吹き込み、機関を、弾薬を、乗員もろとも内側から破壊する。テリアは、ハッチというハッチから黒煙を噴き出し、その場にがくりと停止した。
「やった……!」
だが、歓声を上げる間は、なかった。
僚車の末路を目の当たりにした残る2両が、即座に後退し、距離を取り直した。そして、対戦車手榴弾の届かぬ間合いから、こちらの岩場へと、猛烈な射撃を加えてくる。機関砲弾が岩を砕き、機銃弾が頭上を絶え間なく飛び交う。帝国の歩兵たちも、射撃の傘の下、じりじりと距離を詰めてきていた。
前進もできず、後退もできない。
オリオは、岩陰で歯を食いしばった。手榴弾は、届かない。銃弾は、効かない。囲まれれば、終わりだ。
(……ここまで、か)
死を、覚悟した――その時だった。
どん、という重い砲声が、横合いの林から轟いた。
次の瞬間、残る2両のうちの1両が、正面から砲弾を喰らい――爆散した。
車体は内側から爆ぜ、砲塔が吹き飛び、周囲に付き従っていた帝国歩兵の数名までもが、爆風に巻き込まれて薙ぎ倒される。
「な……何だ!?」
オリオが目を見開いた、その視線の先。
木々の間を押し割って、一両の戦車が姿を現した。
テリアなどとは比べ物にならぬ、堂々たる車体。長い砲身が、まだ硝煙をたなびかせている。車体に描かれているのは――日の丸だった。
四式中戦車改である。
現れた鋼鉄の巨体は、砲塔の同軸機銃――74式車載7.62ミリ機関銃を唸らせ、帝国歩兵たちを掃射しながら、返す刀で主砲に次弾を装填。集結しかけていた歩兵の一団へ、榴弾を撃ち込んだ。炸裂が敵兵を吹き散らし、生き残った最後のテリア1両と歩兵たちは、蜘蛛の子を散らすように、慌てて後方の斜面へと退がっていく。
「日本の……戦車……!」
オリオの小隊から、誰からともなく、歓声が上がった。
オリオは岩陰から飛び出すと、身を低くしたまま、前進してきた四式中戦車改の背後へと回り込んだ。車体後部に備えられた車外電話機――歩兵が車内の乗員と直接話すための装置の受話器を、ひったくるように掴む。
「こちらムー海軍歩兵! 助かった、感謝する! だが、敵の装甲車両がまだ1両、後方へ退がった! 歩兵も一緒だ! 追撃して、撃破してほしい!」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
車外電話からの依頼は、車内を経て、無線で小隊長車へと届けられた。
「――了解した。本部小隊で援護する。2号車、3号車、続け」
戦車第一大隊長、竹内孝四郎1等陸佐は、短く応じると、自ら先頭に立って前進を命じた。3両の四式中戦車改が、くさび形の隊形を組み、敵の退がった斜面へと履帯を進める。
接敵は、早かった。
斜面の中腹、岩の陰に車体を半ば隠して、最後のテリアが待ち構えていた。砲塔の機関砲が、必死の連射を、先頭の竹内車へと浴びせかけてくる。
かん、かん、かん、と乾いた金属音が、車内に響いた。
それだけだった。
豆戦車の機関砲弾ごときが、四式中戦車改の装甲を抜けるはずもない。跳ねた弾丸が、虚しく火花を散らして弾け飛んでいく。
「悪あがきを」
竹内は、静かに下令した。
「目標、正面の敵戦車。榴弾、撃て」
砲手が、照準器の中にテリアを捉える。レーザー測距儀が距離を刻み、弾道コンピュータが照準点を修正する。
発射。
76.2ミリ砲が火を噴いた。撃ち出されたのは、榴弾である。オート・メラーラ76ミリ砲の弾薬体系には、艦載砲ゆえに徹甲弾の類がなく、榴弾と対空砲弾が主だった。だが、それで十分だった。現状、グラ・バルカス軍が装備するいかなる装甲車両が相手でも、この砲の初速と榴弾の爆圧をもってすれば、十分に撃破可能――そう見積もられていたし、事実、その通りだった。
高初速で叩きつけられた榴弾は、テリアの正面装甲の上で炸裂した。凄まじい爆圧が薄い装甲板を叩き、装甲は耐えきれずに破断。めくれ上がった鉄板の裂け目から爆炎が車内へと吹き込み、最後の1号戦車テリアは、黒煙を噴いて沈黙した。
これで、この正面の敵装甲戦力は、一掃された――
と、思われた、その時だった。
どん! どん! と、二つの発砲炎が、行く手の斜面の裾で閃いた。
着弾。竹内車の至近で土砂が跳ね、2号車の車体前面で、炸裂の火花が散る。
「敵砲! 正面、掩蔽壕! 2門!」
斜面の裾に、丸太と土嚢で固めた対戦車用の掩蔽壕が、巧妙に偽装されて潜んでいた。中に据えられているのは歩兵砲――テリアは、囮も兼ねていたのだ。追撃してくる戦車を、この砲の射界、すなわちキルゾーンへと誘い込む腹づもりだったのである。
だが――その歩兵砲の一撃もまた、四式中戦車改を仕留めるには、あまりに非力だった。2号車の正面装甲は、36度に寝かされた避弾経始と75mm装甲で、砲弾を受け止めきっていた。
「小癪な。全車、目標、正面の掩蔽壕! 小隊射撃、撃て!」
竹内の号令一下、3両の76.2ミリ砲が、一斉に咆哮した。
3発の榴弾が、掩蔽壕の銃眼へ、土嚢の壁へ、ほぼ同時に突き刺さる。丸太が爆ぜ、土嚢が吹き飛び、続く第二斉射が、崩れた壕を完全に叩き潰した。2門の歩兵砲は、二度と火を噴くことなく、沈黙した。
「ムー歩兵が続きます!」
操縦手の声の通り、後方から、オリオたちムー海軍歩兵が、雄叫びを上げて駆け抜けていった。半壊した掩蔽壕へと肉薄し、銃眼へ手榴弾と火炎瓶を投げ込む。くぐもった炸裂と炎が壕内を舐め、突入したムー兵たちが、残敵を制圧していった。
戦車が敵の牙を折り、歩兵が止めを刺す。日本とムー、二つの世界の兵が、肩を並べて戦っていた。
その後も、上陸部隊は着実に戦線を押し上げていった。
RQ-21が上空から敵の集結を暴き、艦砲と迫撃砲がそれを叩き、四式中戦車改と特三式内火艇改が先陣を切り、日本とムーの歩兵がその後に続く。組織的な抵抗の芽は、生まれる端から摘み取られていった。
島の内陸部は、じわじわと、しかし確実に制圧されていき――
翌日の昼には、地下司令部を擁する最後の陣地を残して、島の全域が、上陸部隊の占領するところとなったのだった。