日本国召喚~帰還艦隊~   作:シェリダン

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第2章ー11話「答え合わせ」

■中央暦1643年5月上旬 第二文明圏東南海域の補給基地司令部 昼過ぎ

 

 

 地下司令部の指揮所で、ケトスは、深く椅子に沈み込んでいた。

 

 もはや、指揮すべきものが、何も残っていなかった。

 

 昨日、有力な敵装甲戦力出現の報が前線から届いた。それが、最後の一押しだった。艦砲射撃で骨組みだけになっていた防衛線は、その報を境に、音を立てて崩れていった。抵抗の拠点は各個に潰され、通信は一つ、また一つと途絶え――今や、この司令部陣地以外から届く連絡は、完全に絶えていた。

 

 観測員の最後の報告によれば、敵の戦力は司令部の周囲へと着々と集結し、包囲の輪は、すでに閉じられつつあるという。

 

 指揮所の中も、もはや指揮所の体を成していなかった。運び込まれた負傷兵が床を埋め、うめき声と、消毒液と血の匂いが、薄暗い空間に満ちている。衛生兵の数も、包帯も、とうに足りていなかった。

 

(……ここまで、か)

 

 ケトスは、目を閉じた。

 

 不思議と、悔いは薄かった。航空隊は勇敢に飛び、潜水艦隊は最後まで役目を果たそうとし、魚雷艇乗りたちは夜の海に散った。警備隊の将兵は、あの圧倒的な砲火の下で、それでも浜を、林を、一昼夜守り抜いた。圧倒的に不利な状況下で、皆、十二分に戦った。誰にも、恥じるところなど、ありはしない。

 

 今日の昼頃、一人の男が、白旗を掲げて司令部陣地へとたどり着いた。浜の戦闘で敵の捕虜となっていた、警備隊の兵の一人だった。敵は彼を解放し、使者として送り届けてきたのである。携えてきたのは、降伏勧告だった。曰く――これ以上の抵抗は無意味である。降伏すれば、捕虜の生命と負傷者の手当は保証する、と。

 

 その兵は、涙ながらに語った。捕虜となった仲間たちが、丁重に扱われていること。負傷した者は、敵の軍医の治療を受けていることを。

 

 ケトスは、静かに立ち上がった。

 

「……書類の処分は、終わっているな」

 

「は。暗号表、作戦要務書、いずれも焼却を完了しております。残る書類も、焼却炉と、間に合わぬ分は破砕処分を……」

 

「そうか。ご苦労だった」

 

 ケトスは、頷いた。そして、告げた。

 

「使者を出せ。――降伏勧告を、受託する」

 

 指揮所が、静まり返った。誰も、何も言わなかった。ただ、どこかで、負傷兵の一人が、細く長い息を吐くのが聞こえた。それは安堵の息のようにも、嗚咽のようにも、聞こえた。

 

 伝令が駆け出していく。

 

 ケトスは、再び椅子に深く沈み込むと、天井を仰ぎ、大きく、長いため息をついた。

 

 こうして――中央暦1643年5月、グラ・バルカス帝国東南海域秘匿補給基地は、その機能を完全に停止した。

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 数刻後。

 

 補給基地の各所で、武装解除が粛々と進められていた。

 

 生き残った警備隊の兵たちが、小銃を、機銃を、指定された集積所へと積み上げていく。負傷兵は担架で運び出され、日本とムーの衛生兵たちの手で、手当てを受け始めていた。

 

 ケトスは、地下司令部の自室で、身支度を整えていた。

 

 煤と土にまみれた軍服の埃を払い、歪んだ軍帽の形を直す。鏡もない薄暗い部屋で、それでも彼は、襟元を正し、帽子を目深に被り直した。基地司令として――敗軍の将として、最低限の威儀だけは、保たねばならなかった。

 

 地上へと続く階段を、一段一段、上っていく。

 

 昇りきった先の陽光に、思わず目を細めた。

 

 地上は、見知らぬ場所のように変わり果てていた。見慣れた施設は瓦礫と化し、木々は薙ぎ倒され、大地のあちこちに、巨大な弾痕が口を開けている。

 

 そして、そこには――勝者たちがいた。

 

 ムー海軍歩兵の姿に交じって、見慣れぬ軍装の兵たちが、きびきびと動き回っていた。その肩に、装備に描かれた国籍マーク――白地に赤い丸。

 

(あれが……日本、か)

 

 開戦以来、幾度となく報告書の上で目にしてきた国名。東方の新興国。その兵士たちをケトスは今、初めて自分の目で見た。

 

「ケトス司令ですね。お迎えに上がりました」

 

 歩み寄ってきたのは、日本の将校だった。

 

「第一遠征師団の三浦です。これより、貴官を艦へ護送します」

 

 三浦と名乗ったその将校は、敗将に対して、ぞんざいな素振り一つ見せなかった。淡々と、しかし折り目正しく、ケトスを促す。

 

 護送の道すがら、ケトスは、敗者の目で、勝者の陣容を見た。

 

 まず目についたのは、行き交う日本兵たちの得物だった。誰も彼もが――一兵卒に至るまで――自動小銃を、当たり前のように提げている。分隊に一挺の機関銃を貴重品として扱う帝国の常識からすれば、それは目眩のするような光景だった。

 

 次いで、広場の脇に、それはいた。

 

 日本の戦車である。長い砲身を持つ、堂々たる車体が数両、整然と並んでいた。前線を崩壊させた「有力な敵装甲戦力」の正体が、これか。一目で分かった。帝国のハウンドやシェイファーとは、格が違う。姿かたちの端々から、火力も、装甲も、明らかに一段も二段も上だと知れた。

 

(陸戦兵器まで、この水準か……)

 

 やがて、広場の上空に、爆音が近づいてきた。

 

 見上げたケトスは、目を疑った。

 

 機体の上で、巨大な回転翼を旋回させながら、その飛行物体は、ゆっくりと、垂直に、広場へと舞い降りてきたのである。固定翼などどこにもない。ただ頭上の回転翼だけで宙に浮かび、空中の一点に静止し、そして音もなく――否、盛大な爆音とともに、しかし確かに、その場に降り立った。

 

 胴体には、日の丸が描かれていた。

 

(回転翼機……! 話には聞いたことがある。だが、まさか、もう実用化していたのか……!)

 

 帝国でも、回転翼で浮上する航空機の研究は、机上の構想としては存在していた。だが、それはあくまで、遠い未来の夢物語のはずだった。それが目の前で、当然の顔をして離着陸している。

 

 ケトスは、UH-1Jと呼ばれるその機体に乗せられた。轟音とともに機体が浮き上がり、島が、眼下に遠ざかっていく。二日間の戦いの跡が――潰された陣地が、焼けた森が、弾痕だらけの浜が、箱庭のように一望できた。

 

 機は、沿岸に停泊する艦隊へと向かっていた。

 

 やがて、行く手に艦影の群れが見えてくる。機が高度を下げ、全通甲板を持つ大きな輸送艦――くまのまるへと降下していく、その途中だった。

 

 ケトスの目が、停泊する艦のいくつかに、吸い寄せられた。

 

 報告に散々上がってきた、あの艦たちだ。巡洋艦と思しき大きな艦が二隻。駆逐艦らしき艦が数隻。誘導弾を操り、化け物じみた速射砲を振るい、我が方の航空隊と艦隊を一方的に葬った、張本人たち。

 

 その艦影は――どこか、帝国の艦に似ていた。

 

 ミリシアルの奇怪な多面体とも、ムーの古めかしい艦とも違う。艦橋の構え、砲塔の配置、船体の伸びやかな線。妙に、既視感のある姿だった。だからこそ、司令部でも最後まで、敵の正体を測りかねたのだ。

 

 ケトスは、隣に座る三浦へ、機内の騒音に負けぬよう、声を張って尋ねた。

 

「――一つ、聞かせてくれ。あれは……あの艦たちは、君たちの、日本の艦艇か?」

 

 三浦は、一瞬、質問の意図を測りかねたように、軽く首を傾げた。敵の司令官が、今さら何を確かめたいのか、と。だが、すぐに簡潔に答えた。

 

「ええ、そうです。我が国の護衛艦です」

 

「……そうか」

 

 ケトスは、それきり口を閉ざし、深く、目を瞑った。

 

 やはり、日本だったのだ。

 

 大口径の主砲を持つ艦などない、と情報部は言っていた。その情報を根拠に、司令部では日本説を疑問視していた。だが、違ったのだ。我々の持っていた情報など、あの国のほんの一面を、遠目に掠め見ただけのものにすぎなかった。

 

 誘導弾。空に静止する回転翼機。一兵卒まで行き渡った自動小銃。桁違いの戦車。そして、出所も知れぬ、帝国の艦によく似た謎の艦隊――そのどれ一つとして、帝国は、事前に掴めていなかった。

 

(我々は……何も分かっていなかった)

 

 この世界のことを。この世界に潜む国々のことを。その底力のことを。

 

 何も分からず、知ろうともせず、緒戦の勝利に驕り、ただいたずらに調子に乗って――そして、眠れる巨人の脛を、蹴りつけてしまったのだ。

 

 目蓋の裏に、燃える脱出艦隊が、沈んだ友の顔が、浮かんでは消えた。

 

 リゲル。お前が本国へ届けるはずだった警告は、届かなかった。ならば、この負け戦の報せすら、本国はしばらく知ることもあるまい。何も知らぬまま、帝国は、この巨人との戦争を続けるのだろう。

 

 その先にあるものを――ケトスは、はっきりと予感していた。

 

 祖国の、敗戦を。

 

 UH-1Jは、ゆっくりと、くまのまるの甲板へと降りていった。

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 こうして、グラ・バルカス帝国が第二文明圏東南海域に築いた秘匿補給基地は、日本・ムー連合部隊の手に落ちた。

 

 この拠点の喪失は、帝国が第二文明圏で展開していた通商破壊作戦にとって、大きな打撃となった。

 

 そして、打撃は、それだけに留まらなかった。

 

 ケトスたちが焼却し、破砕し、処分し尽くしたはずの機密書類――その燃え残りや破砕片は、占領後、日本側によって丹念に回収されていた。焼け焦げた紙片から文字を読み起こし、細切れの断片を突き合わせて復元する。科学捜査研究所をはじめとする日本の鑑識技術の粋を集めた解析により、書類の内容は、その相当部分が把握されてしまったのである。

 

 浮かび上がったのは、帝国の通商破壊網の全貌だった。

 

 他の秘匿補給基地の位置。通商破壊部隊の巡回経路。

 

 しかも、この情報は、日本一国の手に留まらなかった。当然のごとく、盟邦ムーへ、そして神聖ミリシアル帝国をはじめとする諸国へと共有されていく。各国は、自らの近海に巣食う帝国の通商破壊網の在り処を、一挙に知ることとなったのだ。

 

 帝国の通商破壊部隊にとっての悪夢は、ここから始まった。秘密であるはずの補給地点に、次々と敵が現れる。安全であるはずの航路で、艦が消えていく。日本の本格的なムー大陸への介入を目前に控え、グラ・バルカス帝国の通商破壊部隊の活動は、第二文明圏の一角に留まらず各地で、坂を転げ落ちるように、縮小の一途をたどっていくこととなる。




第二章完、書き溜めていたのはここまでなので、投稿頻度は落ちます。
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