日本国召喚~帰還艦隊~   作:シェリダン

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幕話「新たな牙」

■ 中央暦1639年5月 東京・防衛装備庁 某室

 

昼休みの庁舎は、それなりに静かだった。

 

執務フロアの窓から差し込む初夏の光の中で、町陰はコンビニのサンドイッチを半分だけ食べ、残りをデスクの隅に置いたまま忘れていた。向かいの岡田は缶コーヒーを両手で包むようにして、ぼんやりと窓の外を見ている。

 

「……ロウリア、本気で侵攻してきたな」

 

町陰が独り言のように言った。

 

岡田は缶コーヒーから目を上げなかった。

 

「ギムが落ちたのは先月か」

 

「ああ。クワ・トイネ公国の国境の町だ。こっちとの条約がなければとっくに詰んでいた」

 

転移直後から友好関係を結んだクワ・トイネ公国。年間五千万トンを超える食料輸入が国民の食卓を支えている——その相手国に、ロウリア王国が六十万を超える大軍で侵攻してきた。政府内の空気が変わったのはその報告が入った翌日からだ。

 

「早急な戦力増強、という話が上から降りてきたのは聞いてるか」

 

「聞いてる。護衛隊群の増強か、追加建造の話か」

 

「どちらも正解だが」町陰はサンドイッチを思い出したように一口かじった。

 

「もう一つある。東遣艦隊の再戦力化だ」

 

岡田がはじめて窓から目を離した。

 

「……あの戦艦や空母の話か」

 

「そうだ」

 

「正気なのか?転移で気でもおかしくなったのか?」

 

「上は本気だ。間もなくこっちにも話が来る」

 

岡田は缶コーヒーをデスクに置き、腕を組んだ。

 

「大戦時の艦艇だぞ。設計が七十年以上古い。改造するより新規に造った方が——」

 

「話は最後まで聞け」

 

町陰が遮った。岡田は口をつぐんだ。

 

「まず船体の状態から言う。東遣艦隊の各艦は、昭和十八年の出撃直前まで極秘扱いで保管されていたのは知ってるな。計画倒れを装って密かに建造された艦ばかりだ。大戦中に外洋作戦に出たのは異界に向かった二年間だけで、それ以外はほぼ温存されていた」

 

「……船体は酷使されてもいない?」

 

「ああ。老朽化は通常の退役艦とは比較にならない。船体そのものは意外と使える状態にあるという評価が出ている。機関と電装を全部入れ替えれば、土台として成立する——という判断だ」

 

岡田は少し考える顔になった。

 

「それは分かった。だとしても、造船所は転移でごっそり消えた民間船の補填が最優先じゃないか。タンカーも貨物船も足りていない。そこに軍艦の新規建造が割り込む余地は——」

 

「そこが肝だ」

 

町陰は人差し指を立てた。

 

「新規建造となると、大型艦に対応できるドックが限られる。順番待ちで年単位かかる。だが船体改修なら話が違う。対応できるドックの数が増える。工期も大幅に短くなる。時間が惜しい今の状況で、既存の船体があるというのは無視できない利点なんだ」

 

「……なるほどな」

 

岡田は腕組みを解いた。

 

「骨董品扱いで切り捨てるより、土台として使い倒す方が早い、ということか」

 

「しかも前例がないわけじゃない。台湾海軍やフィリピン海軍が大戦型の艦艇を改修して現役に置いていた。全く不可能という話ではない」

 

岡田は天井を仰いだ。

 

「……まあ、理屈は分かった。それで、具体的にどこまで変えるんだ」

 

「駆逐艦と軽巡洋艦、補助艦艇は比較的早く動ける。機関換装、センサー類の刷新、武装の現代化——これは直ちに改修に入る方向だ」

 

「問題は大型艦か」

 

「そうだ」

 

町陰はデスクの上に身を乗り出した。声が少し低くなった。

 

「戦艦と空母、これが厄介でな。まず主砲をどうするかという話になる。このご時世に砲弾を撃ち合うとは思えんが、かといって外す理由があるのかという議論もある」

 

「ミサイルに換装するのか?」

 

「垂直発射システムの搭載を前提に設計を見直すなら、主砲塔の一部または全部を撤去してスペースを確保するのが現実的という意見が出ている。ただ、この星の連中には砲がある方が視覚的な威圧になるという別の意見もあってな」

 

「威圧の話か……」

 

岡田は苦笑した。

 

「確かにミサイルは見えないしな」

 

「見えない兵器は、知らない相手には意味がない。飛んでくる砲弾の方がよっぽど分かりやすい脅威だ。まあ、最終的にどう落ち着くかはまだまだ流動的だ」

 

「空母の方は」

 

「艦載機が問題だ。今の空自の機体を運用するには飛行甲板の長さが足りない。現状の設計のままではジェット機の発着艦は当然無理がある。F-35Bのような短距離離陸・垂直着陸ができる機体を前提に再設計するか、あるいはヘリコプター搭載の多目的艦として再定義するか、議論が割れている」

 

岡田はしばらく黙っていた。

 

「……わざわざ骨董品を引っ張り出して、課題がむしろ増えてないか?まあ色々使い道は考えようだとは思うけどさ」

 

「だろう」

 

「ただ、本当に運用できる人間がいるのかという問題が残るぞ。東遣艦隊の要員は現役として自衛隊に組み込まれるんだろうが、彼らはそもそも現代の装備を扱えるのか」

 

「訓練する時間は作る。向こうも二年間とはいえ実戦をくぐってきた人間たちだ。飲み込みは早いという評価らしい」

 

「らしい、って……お前、会ったのか」

 

「一回だけな。先月の末に。艦長クラスを何人か」

 

町陰はサンドイッチの残りをビニール袋に戻した。

 

「……思ったよりずっと、普通の顔をしていたよ」

 

岡田は何も言わなかった。

 

「この世界に来てから七十年後の日本にいきなり放り込まれた人間たちだ。もっと茫然としているかと思ったが」

 

町陰は窓の外に目を向けた。

 

「軍人というのはそういうものなのか、それとも彼らがそういう人間たちだったのか。よく分からんが——まあ、一緒に仕事ができそうだとは思った」

 

「……なんか急に人情話になったな」

 

「うるさい」

 

岡田は小さく笑い、缶コーヒーを飲み干した。

 

「で、いつうちに話が来るんだ」

 

「今週中には来るだろう。改修の優先順位と工期の試算から入ることになる」

 

「大変な作業になりそうだな」

 

「ああ」

 

町陰は頷いた。

 

「だが——」

 

少し間があった。

 

「どうせやるなら、ちゃんとした艦にしてやりたいとは思う」

 

岡田は答えなかったが、缶コーヒーを机の端に静かに置いた。否定の気配はなかった。

 

窓の外では、初夏の空が高く晴れていた。

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