日本国召喚~帰還艦隊~   作:シェリダン

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第1章ー2話「救援」

■ 中央暦1643年3月 第二文明圏ムー大陸東海域 昼過ぎ

 

通信士の声が、静かな艦橋に飛び込んできた。

 

「緊急入感——日本船籍『あさぎり丸』より遭難信号。方位一九八、距離およそ六十八海里。航空攻撃を受け——」

 

「繰り返せ」

 

笠井は即座に言った。

 

「水上機による航空攻撃を受け、船体に損傷。艦橋に負傷者あり。不審艦艇二隻に追跡中——救援を求む、と。電文は以上です」

 

通信士が読み上げを終え、艦橋内がわずかの間だけ静止した。

 

「……航空攻撃か」

 

坂田が糸のような目を少し細め、呟いた。当直士官たちの視線が笠井に集中する。

 

笠井は一秒も待たなかった。

 

「両艦、最大戦速。あさぎり丸に向かう。——坂田艦長、戦闘配置を発令せよ」

 

「了解、戦闘配置ッ」

 

艦内放送のブザーが鳴り響き、通路を走る靴音が一斉に始まった。「ほそゆき」の機関が唸りを上げ、艦体が前のめりになるように加速する。後方で「はつあかり」が艦首波を跳ね上げながら続いた。

 

「あさぎり丸へ送れ。——救援に向かう。あと一時間ほど持ちこたえよ」

 

笠井が通信士に指示を出している間、坂田がCICへの降下口に向かいながら声を上げた。

 

「司令、あわゆき・とよさかへも打電しますか」

 

「打て。ただし合流を急がせるな。現着まで時間がかかる——まず我々二隻で対処する」

 

「了解です」

 

笠井は艦橋の前窓に近づき、南の海面を睨んだ。波が艦首に当たり、白い飛沫が流れていく。六十八海里——全速で一時間はかかる。その間、あさぎり丸が持つかどうか。

 

この付近に島はない、なのに航空攻撃があったということは、艦に水上機が搭載されている。巡洋艦か、あるいは水上機母艦の類か。

 

「不審艦艇、二隻」

 

笠井は口の中だけで繰り返した。艦種不明。速力不明。武装不明。分からないことだらけだったが、手元の情報でやるしかない。それはいつも同じことだった。

 

 

急行を始めて二十分ほどが経った頃、はつあかりから短い通報が入った。

 

「はつあかりよりほそゆき——対空電探、感あり。方位一七四、距離二十二海里。低速、低空——機影一、接近中」

 

ほそゆきのCICでも同時に反応が出ていた。当直のレーダー員が確認を重ねながら報告する。

 

「味方識別機の反応なし。ムー軍機か、帝国機か——現時点では判別不能です」

 

笠井は少し考えた。

 

ムー軍の航空機がこの海域を飛ぶ可能性はある。だが事前の連絡は来ていない。しかも「あさぎり丸」が攻撃を受けた直後のタイミングで、IFF無応答の機体が接近してくる——偶然と取るには、都合が良すぎる。

 

「艦橋に上がる」

 

笠井はCICを出た。

 

艦橋に戻り、前窓越しに南の空を探すと、すぐに見つかった。低い高度で旋回するように飛ぶ小型の単発機——フロートを両翼下に吊った水上機だった。距離はまだ遠いが、双眼鏡を構えればはっきりと機体の輪郭が見える。

 

胴体と主翼の曲線、エンジンカウリングの形状、浮舟の取り付け位置——。

 

「……」

 

笠井は双眼鏡を覗いたまま、しばらく動かなかった。

 

「司令?」

 

坂田の声がしたが、笠井はすぐに答えなかった。

 

見覚えがあった。正確には、見覚えがあるものと「よく似ている」——胴体に書かれた紋章を確認するまでは確信が持てなかったが、双眼鏡の倍率を上げた瞬間、機体に描かれたマークが目に飛び込んできた。翼を広げた鳥の意匠——帝国の徴だと、以前の情報交換で教えられていた。

 

グラ・バルカス帝国の機体。

 

そして、その全体の形は——笠井が二年間の異界での戦いで幾度となく格納庫に見送り、甲板上に迎えた機体の、あの流麗な曲線に、あまりにも似ていた。

 

「……零式水上偵察機に、よく似ておる」

 

声に出すつもりはなかったが、出てしまった。

 

坂田がそっと双眼鏡を構え、少し間を置いてから言った。「……確かに、そっくりですね」

 

帝国の兵器が日本軍の旧式兵器に酷似しているという話は、赴任前の情報交換で聞かされていた。実際に目にするのは、笠井にとってこれが初めてだった。

 

なぜそうなっているのか、誰にも分からないと言っていた。転移してきた国家同士の、何らかの因果があるのか——あるいはまったくの偶然か。

 

理由は関係なかった。

 

ただ、あの形の機体が、今この瞬間、日本の民間船を追い詰めた張本人の目として空を飛んでいる——その事実が、笠井の胸の奥を、静かに、しかし確実に重くした。

 

「司令」

 

今度は通信士が声を上げた。

 

「敵水上機——こちらの位置と針路を打電しようとしています。通信を傍受しました」

 

笠井は双眼鏡を下ろした。

 

選択の余地はなかった。

 

「撃墜せよ」

 

一言だった。

 

「対空噴進弾を使え。はつあかりには待機を指示」

 

「了解ッ」

 

坂田がCICへ命令を下達した。笠井は前窓から目を離し、CICへ降りる降下口に向かった。ここで見届けるより、次の判断に備える方が先だった。

 

背後で、かすかに発射音がした——正確には、VLSセルの爆発的な排気音だ。慣れた音ではなかったが、確かな音だった。

 

 

空の上では、何が起きたのか誰にも分からなかった。

 

ルテティア搭載の水上偵察機の後席偵察員は、ほそゆきとはつあかりの艦種と針路を打電しようと電鍵に手を置いた瞬間——何かが来た、と感じる間もなく、全てが終わった。

 

音もなく。

 

爆炎が一瞬、海面の数百メートル上で咲き、散った。

 

 

CICに戻った笠井は、レーダー画面から機影が消えたことを確認した。当直員が短く「撃墜確認」と告げる。

 

「続けろ」

 

笠井はそれだけ言い、電図台に目を向けた。あさぎり丸の最後の通信位置まで、あと五十海里弱。速力を維持すれば、四十分強で現着できる計算だ。

 

問題は、その間にあさぎり丸がどうなるか、だった。

 

「坂田艦長」

 

「はい」

 

「敵艦——水上機の発進能力があるということは、搭載火砲もそれなりのものを積んでいる可能性が高い。油断するな」

 

「了解です。——CICではすでに対水上戦闘の準備に入っています」

 

「よし」

 

艦が揺れた。速力三十ノットを超えた艦体が、波を砕きながら南へ向かっていた。

 

CICのスクリーンに映る電子的な海図の上で、ほそゆきとはつあかりの艦影が、少しずつあさぎり丸の位置へと近づいていく。

 

笠井は腕を組み、その動きを黙って見ていた。

 

間に合え。

 

声には出さなかった。

 

 

 

■ 中央暦1643年3月 第二文明圏ムー大陸東海域 昼過ぎ

 

四発目の命中弾が出た時、艦橋内に歓声が上がった。

 

ルテティアの艦橋からも肉眼で確認できた——あさぎり丸の上部構造物付近に黒煙が立ち上り、それまで13ノット前後を維持していた船速が、目に見えて落ちていた。機関部に損傷が出たか、あるいは乗員が操舵を諦めかけているのかもしれない。

 

「機関部に損傷あり、と見てよいでしょう。あとは——」

 

副官のソルムが満足げに言いかけたところで、ゾルクは片手を上げて制した。

 

「止めろ。砲撃止め」

 

「……今ですか。もう少しで——」

 

「砲弾は無限ではない」

 

ゾルクは短く言った。

 

「仕留めるのに手間をかけ過ぎている。敵海域でもたもたしている場合じゃない」

 

あさぎり丸は確かに弱っていた。だがこの手の大型輸送船は頑丈だ。砲撃だけで沈めようとすれば、まだ時間がかかる。それよりも——

 

「シュテインスに留まるよう伝えろ。ルテティアだけ前に出る。魚雷で仕留める」

 

命令が飛び、ルテティアは加速しながら前へ出た。魚雷発射に適した距離まで詰めれば話は早い。手間と弾薬を節約する、それだけのことだった。

 

ゾルクは艦橋前面のガラス越しに前方を見つめながら、ふと眉根を寄せた。

 

「水上機から連絡がない」

 

「……言われてみれば、しばらく入っていませんね」

 

ソルムも首を傾げた。

 

発進させてから一時間以上が経つ。定時の連絡はとうに過ぎている。墜落したとは思いたくないが、機材の故障か、あるいは——

 

「索敵を広げさせるつもりが、遠くへ行き過ぎたのかもしれん。引き続き待て」

 

ゾルクは気を取り直してあさぎり丸へ視線を戻した。距離は縮まっている。あと少しだ。

 

「対水上レーダー、感あり——」

 

その声が、艦橋の静寂を突いた。

 

「方位北北東、距離……二十七海里。反応、二つ。接近中です」

 

艦橋内の空気が一変した。

 

ゾルクがレーダー室に踏み込むと、スコープには確かに二つの輝点があった。間隔をおかずに並び、ゆっくりとではなく——はっきりと、速い動きでこちらへ向かってきている。

 

「ムー艦艇か」

 

「確認中です——」

 

レーダー手が懐中時計を片手に、スコープ上の輝点の位置を読み続けた。時計を睨み、輝点の移動量を数えて——顔を上げた時、その表情がわずかに険しくなっていた。

 

「ムーにしては、速すぎます。25ノット以上、おそらく30ノット近い速度で接近中かと」

 

「30ノットだと?」

 

ゾルクは声に出して繰り返した。ムーの主力艦でそこまでの速力を持つものは限られる。しかもこの海域に、事前の情報なく——。

 

「距離の縮み方から、こちらに向けて最大速力で来ています」

 

「……」

 

嫌な感触が、胸の奥を這い上がってきた。

 

水上機の沈黙。高速艦艇が二隻。

 

ゾルクは一度だけ目を閉じ、すぐに開いた。

 

「シュテインスに打電。北北東に快速艦二隻接近中。対水上戦闘に備えよ。——同時に日本船を前方に置く。砲撃側に立ちふさがるよう位置を取れ」

 

副官が「人質ですか」と低い声で言った。

 

「交渉の余地が生まれるかもしれん。それだけだ」

 

ゾルクは硬い声で言い返した。

 

「急いで砲戦配置。有効射程に入り次第、撃つ」

 

号令と同時に艦内が動き出す。砲塔が旋回し、弾薬が装填される音が甲板下から伝わってきた。

 

嫌な予感がどうしても拭えなかった。

 

水上機は、何を見た——?

 

 

護衛艦ほそゆきのCICは、静かな緊張の中にあった。

 

「目標三、確認。先行する一隻があさぎり丸と思われます。後方二隻は高速艦——レーダー反射からして民間船ではありません」

 

当直士官の報告に、笠井は電図台の前で腕を組んだ。

 

状況はほぼ読めていた。逃げるあさぎり丸、それを追う二隻——後者がグラ・バルカス帝国の艦艇だろうとの予断は、発進した水上機の機種で固まっていた。だが予断は予断だ。

 

「目視確認ができるまで、手は出せん」

 

笠井は言った。

 

「あさぎり丸から連絡が途絶えているのは気になりますが——」

 

坂田が電図を眺めながら言った。

 

「可能性として、誰かが生きていれば無線は使えるはずですよね」

 

「損傷が大きければ使えまい。それに——」

 

笠井は続けた。

 

「万が一にも誤射するわけにはいかん。手続きを踏む」

 

距離が詰まるにつれて、ほそゆきの光学照準装置がゆっくりと前方三者の映像を捉えはじめた。電子光学装置のスクリーンに、三つの船影が映し出される。

 

前方の一隻——大型の箱型船体、上部構造物付近に黒煙。日本船籍に多い船形だ。

 

後方の二隻——細長い船体、前後に砲塔らしき構造物。白い航跡を引きながら高速で追従している。

 

CIC要員の一人が資料と照合し、短く言った。

 

「ムー情報局から提供されたシルエット資料と一致——仮装巡洋艦型、二隻。グラ・バルカス帝国艦艇と判断します」

 

「よし」

 

笠井の声は静かだった。しかし一言に力があった。

 

「はつあかりに伝えろ。我に続け——直ちに対艦戦闘に移る。ほそゆき、対艦噴進弾を用意」

 

坂田が射撃指揮官へ向き直り、即座に言い換えた。

 

「対艦誘導弾——第一、第二発射筒、発射準備」

 

「第一、第二発射筒、発射準備——よし」

 

CIC内で複数の操作員が手を動かした。照準系統が後方二隻のうち、あさぎり丸から遠い方の敵艦を捉える。あさぎり丸に近い方を先に狙うのは、誤爆のリスクを考えれば避けるべきだった。

 

「目標、後方の敵艦——あさぎり丸から遠い方だ。第一射、二発」

 

「照準、合います」

 

「撃て」

 

命令が落ちた瞬間、ほそゆきの舷側発射筒から白煙が噴き出した。二発の対艦誘導弾が、ほぼ同時に海面すれすれの高度へ飛び出し——あっという間に目視できなくなった。

 

CICのスクリーンだけが、その飛翔を数字として追っていた。

 

 

シュテインスの見張り員が異変に気づいたのは、それが近づきすぎてからだった。

 

水平線方向から、何か光るものが来る——と目で追い、「報告します、方位——」と口を開きかけた瞬間、それがもう数百メートルの距離に迫っていた。

 

「ッ——」

 

機銃手が跳び起きて配置に向かった。だが引き金を引く間がなかった。

 

シュテインスの右舷中央部に一発目が当たった。

 

鉄が引き裂かれる音と、船体を揺るがす爆発が重なった。続いて二発目が前部構造物に命中し、誘爆が連鎖した。機関部へ炎が走り、艦体が傾きはじめる。

 

甲板に出た乗員たちが炎と煙の中で逃げ場を失っていた。

 

 

ゾルクがシュテインスに目をやったのは、砲撃準備の状況を確認しようとした直後だった。

 

「何かシュテインスの方に——」

 

部下が言いかけた時、後方の空気が振動した。

 

爆発音が届いた時、ゾルクは艦橋の後方窓に張り付いていた。

 

シュテインスが、燃えていた。

 

船体の中央部から前部にかけて炎と黒煙が噴き上がり、艦がゆっくりと——まるで何かに腰を折られるように——右舷へ傾いていた。一度傾き始めると早かった。艦体が海面に押しつぶされるように倒れ、波がその上に被さり——白煙と蒸気が舞い上がる中で、シュテインスは沈んでいった。

 

「……」

 

ゾルクは声が出なかった。

 

「て……敵の攻撃ですか」「魚雷か」「いや、違う——どこから」

 

艦橋内で声が飛び交ったが、ゾルクの耳には入っていなかった。

 

爆発から沈没まで、一分もかかっていなかった。

 

一体、何が——

 

ゾルクは北北東の方向に目を向けた。遠く、水平線の手前に、二つの艦影があった。砲煙はない。火炎もない。ただ、静かに、こちらへ向かってきていた。

 

それだけで充分だった。

 

シュテインスを、あの距離から——?

 

喉が渇いた。艦橋内で誰かが「戦闘配置、急げ」と叫んでいるのが、遠い場所の出来事のように聞こえた。

 

 

ほそゆきのCICで、レーダー手が確認を上げた。

 

「後方目標——沈降確認。目標一、消失」

 

「よし」

 

笠井は電図から目を離さなかった。

 

「次はもう一隻だ。——坂田艦長、距離を詰めろ。あさぎり丸の安全が確認できる位置まで」

 

「了解です。——司令、あさぎり丸から通信、入りました」

 

「なんと言っている」

 

「生存者あり、機関停止。漂流中——救援を求む、との内容です」

 

笠井はわずかに目を細めた。

 

「生きているか」

 

それだけ言った。

 

ほそゆきとはつあかりは、減速することなく前へ出た。

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