日本国召喚~帰還艦隊~   作:シェリダン

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第2章ー2話「迎撃準備」

■中央暦1643年5月上旬 第二文明圏東南海域の補給基地 昼

 

 

 地下に掘られた司令部は、薄暗い照明の下で重い沈黙に包まれていた。

 

「もう一度言ってみろ」

 

 基地司令ケトス中佐は、報告書を片手に持った下士官を見据えた。声には抑えきれない苛立ちが混じっている。

 

「は……今月、本基地周辺海域にて消息を絶った艦艇は4隻、航空機は8機です。すべて、悪天候や荒波に巻き込まれたという記録はありません」

 

「4隻と、8機……」

 

 ケトスは報告書を机に叩きつけた。

 

「先月の数字を覚えているか。0隻と3機だ。それが、たった一か月でこの数字になっている」

 

 部屋の奥に立つ、もう一人の将官――補給線護衛にあたる第三護衛艦隊司令官、リゲル大佐が低く呟いた。

 

「遭難事故の数として、明らかに異常だ。荒天もなく、戦闘の記録もない。それなのに、これだけの艦と機が消えている」

 

「しかも」

 

 下士官が震える声で続けた。

 

「損傷した状態で帰還できた艦艇や機体はありません。消息を絶った艦は全て、それきり何の連絡もなく――」

 

 ケトスは眉間に深い皺を刻んだ。

 

「つまり、襲われた艦と機は、例外なく全滅しているということか」

 

「……そのように見受けられます」

 

 部屋に重い静寂が落ちた。

 

 ケトスは机に両手をつき、しばし目を閉じた。

 

「リゲル、お前はどう思う」

 

「正直に言えば、考えたくない可能性が一つある」

 

 リゲルは慎重に言葉を選びながら言った。

 

「この海域の基地の存在自体が、すでに敵に把握されているのではないか、ということだ。位置が割れているのなら、これだけの艦と機が次々と消えていくのも説明がつく」

 

「ここが集中的に狩られている、ということか」

 

「そうとしか思えない」

 

 ケトスは深く息を吐いた。冷静に考えれば、それ以外の説明は見つからなかった。だが、もしそうであるならば――この基地そのものが、すでに敵の標的として睨まれているということになる。

 

「……いや、待て」

 

 リゲルが、ふと何かを思い出したように声を上げた。

 

「実は、もう一つ気になっている話がある。誰も帰ってこない、ということで思い出した。お前も聞いているか、バルチスタの戦の話を」

 

「バルチスタ沖で起きた海戦のことか? 我が軍の大勝利だろう」

 

 ケトスが当然のように答えると、リゲルは僅かに表情を曇らせた。

 

「政府や軍の上層部が喧伝しているほど、一方的な勝利ではなかった、という話がある」

 

「何だと?」

 

「俺も海戦の場に居た知人から聞いた噂程度の話だ。だが――海戦の後半、戦況がこちらに優位に傾きかけていたところに、突如、巨大な空中戦艦が乱入してきたというんだ」

 

「空中…戦艦……?」

 

 ケトスの顔から、表情が抜け落ちた。

 

「リゲル、お前は何を言っているんだ。いくらこの世界で魔法が実在するからって空を飛ぶ戦艦などあるものか。寝言は寝てから言え」

 

「俺もそう思っていた。だが、その噂には妙に具体的な数字が伴っていてな」

 

 リゲルは構わず続けた。

 

「直径、およそ250メートル前後。それが突如出現し、警戒に当たっていた第一打撃群の航空隊1個飛行隊を、まるごと撃墜したという。それだけでは終わらず、第一打撃群麾下の艦艇36隻も、それに続いて全滅したと聞いている」

 

「……馬鹿な」

 

 ケトスは絶句した。第一打撃群といえば、本国でも有数の精強な戦力として知られていたはずだ。それが、丸ごと消し飛んだというのか。

 

「俺も最初は与太話だと思っていた。だが、この一か月のこの基地周辺の有様を見ていると――」

 

 リゲルは言葉を切り、ケトスを見据えた。

 

「もし、それと同じ兵器の類がこの方面にも現れているとしたら、説明がつくとは思わないか」

 

 ケトスの背筋を冷たいものが走った。

 

「そんな化け物が、もしここに来てるというのなら……この基地など、ひと撫でで消し飛ぶぞ」

 

「俺もそれを考えていた。今すぐにでも、基地の移設を検討すべきかもしれん」

 

 二人の顔から、みるみる血の気が引いていく。

 

 そのとき、扉が荒々しく開いた。

 

「司令!緊急報告です!」

 

 通信兵が、息を切らせながら駆け込んできた。

 

「敵艦隊、来襲! 観測哨より、複数の艦影がこちらへ向けて接近中との報告です!」

 

「やはり……位置が割れているのか!」

 

 ケトスが歯を食いしばった。リゲルも顔色を変える。

 

「規模は?? まさか、あの空中戦艦も――」

 

 空中戦艦という言葉に通信兵は一瞬たじろぎながら、報告を続けた。

 

「い、いえ。空中の脅威は確認されていません! 観測された艦影は、巡洋艦級および駆逐艦級と思われる艦が中心で、輸送艦らしき船影も複数確認されています!」

 

 ケトスとリゲルは、思わず顔を見合わせた。

 

「……空中戦艦ではない、ということか」

 

「はい。少なくとも、観測哨からの報告では、通常の艦隊と判断されます」

 

 二人の肩から、わずかに力が抜けた。それでも、危機的状況であることに変わりはなかった。

 

「だからといって、油断はできん」

 

 ケトスは即座に切り替え、立ち上がった。

 

「通商破壊部隊の補給を担う、この方面における要の基地だ。易々と陥落させられるわけにはいかん」

 

「それは分かってる」

 

 リゲルも頷き、すぐに踵を返した。

 

「俺は今ここにいる艦で、迎撃の指揮を執る。まずは航空隊か?」

 

「そうだな。直ぐ動けるのはそれだ、基地の航空隊に召集を掛ける。警備隊にも防衛戦の準備をさせろ!」

 

 ケトスの号令で、司令部内は一瞬の静寂から、一気に喧騒へと転じた。電話が鳴り、伝令が走り回り、各部署への連絡が矢継ぎ早に飛んでいく。

 

 この秘匿基地が、初めて実戦の脅威に晒される時が、ついに訪れようとしていた。

 

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 警報が、海岸線の木々を震わせるように鳴り響いた。

 

 海岸からわずかに奥まった林の中、密生する樹冠に覆い隠されていた水上機の駐機エリアが、にわかに騒然となった。整備兵たちが固定具を外し、機体を押し出す。砂浜の上には、駐機エリアから水際まで真っ直ぐにレールが敷かれており、機体はそこに乗せられて、滑るように海面へと送り出されていく。

 

 この基地には、秘匿性を優先するため、周りから目立つ地上の滑走路は設けられていなかった。代わりに、水上機と飛行艇のみで編成された基地航空隊が配置され、出撃のたびにこのレールを使って機体を水面まで運び出す手順が定められている。

 

 次々と海面に押し出されるデネブ型戦闘水上機は、機体中央に大きな主フロートを一つ据え、両翼下に小型の安定フロートを備えた単発の戦闘機だった。旧軍に詳しい日本人が見れば、二式水上戦闘機を思わせる姿だろう。フロートで水を切りながらエンジンを唸らせ、白い水煙を立てて次々と滑走を始める。

 

 続いて海面へ進み出たのは、より大柄なプロキオン型水上偵察機だった。胴体下に左右二本の細長いフロートを並べた、双フロート式の単発機である。日本の瑞雲によく似たその機体は、機体下部に250キロ航空爆弾を懸吊できる多用途機で、偵察のみならず急降下による対艦攻撃もこなせる。

 

 さらに後方からは、4基のエンジンを翼に並べたカノープス型飛行艇が、重々しい機体を持ち上げ、ゆっくりと空へ舞い上がっていく。長大な肩翼に四発のエンジンを配し、双尾翼を備えたその姿は、かつての九七式大型飛行艇を彷彿とさせた。胴体内には魚雷を懸吊しており、今回の作戦では雷撃による対艦攻撃を担う。

 

 基地の沖合に停泊していた水上機母艦からも、カタパルトが作動する轟音とともに、プロキオン型水上偵察機が次々と射出されていった。

 

 そして、数刻前にこの基地へ到着していた第二潜水艦隊所属、シータス級潜水艦バテン・カイトス。その甲板上の格納庫からは、潜水空母として搭載していた特殊攻撃機アクルックスが、3機すべて発艦の準備を整えていた。アンタレス型艦上戦闘機の主翼に折り畳み機構を追加し、機体下部に単一のフロートを取り付けた試作水上戦闘機である。潜水艦の限られた格納庫に収めるため、徹底して小型化が図られた一機種だった。

 

 各機が空中で合流し、編隊を組み上げていく。

 

 この日、出撃した攻撃部隊の編成は以下の通りだった。

 

 基地水上機航空隊――デネブ型戦闘水上機24機、プロキオン型水上偵察機12機。

 

 基地飛行艇航空隊――カノープス型飛行艇12機。

 

 水上機母艦飛行隊――プロキオン型水上偵察機24機。

 

 潜水空母搭載機――特殊攻撃機アクルックス3機。

 

 総数75機。基地に空母こそ持たぬものの、これだけの機数を一挙に投入できる戦力が、この秘匿補給基地には備えられていた。

 

 敵には空母の影が見当たらない。となれば、上空援護が無い以上、フロートという足かせを抱えて空戦性能では一段劣るとされる水上機部隊であっても、十分な打撃を与えられるはずだった。艦載砲と対空機銃だけで航空攻撃を完封できないというのは、グラ・バルカス帝国海軍にとって常識中の常識である。空からの一撃に対して無傷でいられる艦隊など存在しない。

 

 その編隊の中、特殊攻撃機アクルックスの一機を操るのは、パイロットのアストルだった。

 

「……やっと、まともな仕事が回ってきたか」

 

 操縦席の中で、アストルは口元を歪めた。

 

 ここ数か月、彼が命じられてきた任務は、戦意も抗う力もない民間の商船を狙う、地味で一方的な仕事ばかりだった。最初の数回は、確かに胸が躍った。無抵抗の獲物を狙い撃つ快感は、それなりに彼の渇いた欲求を満たしてくれた。

 

 だが、それも繰り返せば飽きが来る。

 

 毎度同じだ。相手は逃げ惑うだけで、反撃の手段すら持たない。撃てば沈み、撃てば燃える。何の手応えもない、退屈な作業の繰り返し。

 

 今回は違う。本物の艦隊が相手だ。

 

「……腕の見せ場ってわけだ」

 

 アストルの口元に、薄い笑みが浮かんだ。

 

 水上機が主体とはいえ、これだけの数だ。空母も持たぬ弱小国の艦隊など、束になったところでひとたまりもないだろう。アストルは内心でそう決めつけながら、機体を編隊の位置へと滑り込ませた。

 

 75機の編隊は、高度を上げながら、海上の彼方を目指して進路を取った。

 

 その先には、グラ・バルカス帝国の通商破壊部隊を支えてきた秘匿補給基地を目指して接近する艦隊が待っている。

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