日本国召喚~帰還艦隊~   作:シェリダン

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第2章ー3話「対空戦1」

■中央暦1643年5月上旬 第二文明圏東南海域 昼

 

 穏やかな波を切り裂きながら、8隻の護衛艦が、輸送隊を中心に据えた輪形陣を組んで洋上を進んでいた。

 

 その先頭を行くのが、隊列で最も大きな戦闘艦――今回の艦隊旗艦を担う、護衛艦いぶきである。

 

 旧名を伊吹。改鈴谷型重巡洋艦の1番艦として計画され、東遣艦隊と第〇軍の装備を秘密裏に準備していた、あの地下ドックに眠っていた一隻だった。

 

 もともと伊吹は、建造の途上で航空母艦への改装が決定し、その線で工事が進められていた。しかし戦後、この地下施設で再び建造が再開された際、輸送隊の殿を務める2番艦の鞍馬――現在の護衛艦くらまと足並みを揃えるなら、同じ重巡洋艦として完成させたほうが手間が少ない、との判断が下された。こうして伊吹は重巡洋艦として竣工し、そのまま長き眠りについていた。

 

 防衛省への提供を経て、伊吹は護衛艦いぶきへと生まれ変わった。

 

 最も目を引くのは、前部甲板にそびえる3基の主砲塔だった。元の50口径20.3センチ連装砲は、本来であれば62口径5インチ砲やVLSへ換装する構想だった。だが、転移後初の本格的な戦闘となったロウリア王国との戦いで、性能はともかく、数百隻を超える敵船を相手取るには対艦誘導弾の枯渇が懸念されることが明らかになった。加えて、今後は上陸作戦のような任務の増加も予想された。

 

 そこで採られたのが、苦肉の策とも言える代替案だった。陸上自衛隊の99式自走155ミリ榴弾砲――その砲身と装填機構をそのまま転用し、52口径155ミリ三連装砲を新たに開発し、前部の主砲3基をこれに置き換えたのである。安価な砲弾を惜しみなく撃てるこの砲には、対地・対水上の両面で大きな期待が寄せられていた。なおこの主砲は後に、ムー海軍の戦艦ラ・カサミを日本で改修する際、砲塔に複合装甲を施したうえで前部主砲として採用されることになる。

 

 後部は大きく姿を変えていた。後部マストと後部主砲2基は撤去され、残された砲塔のリングサポートの内側に納める形で、Mk41VLSが24セルずつ、2組組み込まれている。旧来の40口径12.7センチ連装高角砲4基は、70口径40ミリ単装機関砲へと換装。水上機運用のための航空艤装は撤去され、ヘリ格納庫とヘリ甲板に改められ、SH-60Kと、艦砲射撃の弾着観測用にアメリカ製の小型無人機を国産化したものを搭載していた。電子装備も多機能コンパクトAESAレーダーをはじめ、一式が現代のものに刷新されている。短魚雷発射管、近接防御火器、そして艦の中部両舷には17式艦対艦誘導弾の4連装発射筒も追加され、往年の重巡洋艦は、対空・対艦・対地のすべてをこなす万能艦へと変貌を遂げていた。

 

 いぶきの後方には、輪形陣を構成する僚艦が続く。

 

 ふぶき型護衛艦が2隻、はつはる型護衛艦が2隻。いずれも輪形陣の各所に配され、それぞれの防空火器で空の守りを固めている。

 

 そして、今回の作戦に新たに加わった2隻――護衛艦よしのと、護衛艦きずである。

 

 よしのは旧長良型軽巡洋艦、きずは旧川内型軽巡洋艦を改修した艦だった。かつては石炭との混焼缶を抱え、複数の煙突を林立させていたが、機関の換装に伴い、今では一本の煙突にまとめられている。船体が駆逐艦よりひと回り大きい――とはいっても現代の基準では小ぶりだが――その利点を活かし、ヘリ運用能力を持たないふぶき型・はつはる型を補う形で、ヘリ格納庫を備えていた。対空兵装も本格的で、前部にはMk41VLSを32セルずつ搭載している。輪形陣の対空網を支える、貴重な戦力だった。

 

 計8隻の護衛艦が、輸送隊を守り立てながら、敵地を目指して静かに洋上を進んでいた。

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 護衛艦いぶきの艦橋。

 

 艦隊司令、笠井隆賢海将のもとへ、報告に上がってきた。

 

「司令。先刻より、諸島の方角から、無線交信と思われる電波の発信が急に増えております」

 

「ふむ」

 

 笠井は腕を組み、わずかに目を細めた。白髪交じりの精悍な顔に、かすかな緊張が走る。

 

「そろそろ、見つかったか」

 

 傍らに立つ艦長の大塚が、のんびりとした調子で口を開いた。

 

「でしょうねえ。これだけ堂々と進んでいれば、向こうも気づくでしょう」

 

 穏やかな、まるで授業の合間の世間話でもするような口ぶりだった。大塚は元々、満州で国語の教師をしていたという変わり種である。軍人らしからぬ柔らかな物腰と、緊張感に欠けた態度を崩さない男だが、その状況判断は的確で、指示には一片の迷いもない。若手ながら、軽巡洋艦吉野の副長から、旗艦いぶきの艦長に抜擢されたのも、その能力ゆえだった。

 

「本作戦を邪魔されぬよう、ここまで島の周辺海域の戦力は、片端から叩いてまいりました。さすがに敵も警戒を強めているでしょうし、向こうとて馬鹿ではない。島々に監視所のひとつも置いて、広く網を張っているだろう、とは予想していた通りで」

 

「想定の範囲内、というわけだ」

 

 笠井が頷きかけた、そのときだった。

 

「対空レーダーに感あり! 方位、敵基地方向! 多数の航空機です!」

 

 レーダー員の鋭い声が、艦橋に響いた。

 

「数は?」

 

「な……70機以上! 大規模編隊と思われます!」

 

 艦橋が、にわかに緊張に包まれた。

 

「70機……」

 

 大塚が、ほうと息を吐いた。のんびりとした表情のまま、しかし目だけは鋭く島の方角を見据えている。

 

「やはり、先手は向こうに取られましたか」

 

「予想はしていたことだ」

 

 笠井は短く言うと、即座に命令を下した。

 

「全艦へ通達。対空戦闘の用意。来たる敵機を、ことごとく墜とせ」

 

「対空戦闘用意! 全艦、対空戦闘用意!」

 

 通信士が復唱し、その号令はただちに各艦へと飛んでいく。輪形陣を構成する8隻が、一斉に戦闘態勢へと移行した。

 

「私は戦闘指揮所へ移る。艦橋は任せたぞ、艦長」

 

「お任せを。こちらは滞りなく」

 

 笠井は艦橋を後にし、CICへと向かった。

 

 歩きながら、彼の胸中には、拭いきれない一抹の不安がよぎっていた。

 

 今回、味方に空母はいない。上空を守る戦闘機の傘がないのだ。

 

 艦艇のみで、これほど大規模な航空攻撃を防ぎきることは不可能――それが、笠井を含む、かつての帝国海軍に身を置いた者たちにとっての、揺るぎない常識だった。どれほど高角砲を撃ち上げ、機銃を撃ちまくろうと、空から殺到する敵機の全てを叩き落とすことなど、決してできはしない。航空機の前に、無傷でいられた艦などなかった。それを、笠井は嫌というほど見てきた。

 

 もっとも、現代の艦艇においては、その常識がもはや過去のものであることも、彼は理解していた。海上自衛隊に身を置いて以降、幾度となく重ねてきた訓練が、それを証明していた。多機能レーダーが空のすべてを見通し、艦対空誘導弾が遥か遠方の敵機を撃ち落とす。すり抜けてきた脅威は、近接防御火器が最後の一線で削り取る。頭では、分かっている。

 

 それでも――かつて染みついた不安は、そう簡単に拭い去れるものではなかった。

 

 そして恐らくは、それはこの場にいる誰しもが、多かれ少なかれ抱えている感覚なのだろう。旧き海軍を知る者ほど、その重みを知っている。

 

 CICに入ると、笠井は薄暗い空間に並ぶ画面の前に立った。

 

 レーダーが描き出す光点の群れ――こちらへ向かって押し寄せてくる、70あまりの敵機の姿を、笠井は静かに見つめた。

 

(……頼んだぞ)

 

 彼は、旗艦いぶきが宿す現代の力に、祈るように心の中で呟いた。

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

雲ひとつない青空を、グラ・バルカス帝国の航空隊が編隊を組んで進んでいた。

 

 観測哨から送られた座標を頼りに、敵艦隊の位置へと一直線に針路を取る。やがて編隊は、あらかじめ定められた手筈に従い、大きく二手に分かれた。

 

 デネブ型戦闘水上機を先頭に、プロキオン型水上偵察機、カノープス型飛行艇を擁する基地航空隊は、東から。水上機母艦の飛行隊と、潜水空母から放たれたアクルックスの艦載機組は、南から。それぞれ別方向から同時に殺到し、敵の対空火力を分散させる――それが、この攻撃隊に与えられた基本方針だった。

 

 基地航空隊を率いる戦隊長ポルクス少佐は、プロキオン型水上偵察機の操縦席から、前方の海面を見据えていた。

 

 やがて、水平線の彼方に、点々と連なる艦影が見えてくる。

 

「……いたか」

 

 ポルクスの口元が、自然と吊り上がった。

 

 間違いない、敵艦隊だ。輪形陣を組み、こちらに気づいて何やら陣形を整えつつあるように見える。隊列の中には、見覚えのあるムーの艦影も交じっている。残る艦の所属までは判然としないが、どうせムーに与する弱小国の寄せ集めだろう。だが、それがどうした。どこの国であろうと、空母を持たぬ艦隊である以上、空からの脅威には為す術もない。

 

「カイル、聞こえるか。敵艦隊を視認した。座標を基地に送れ。これより攻撃に移る、と」

 

「了解!」

 

 後席の偵察員カイルが、すぐさま無線機に取りついて報告を打電する。ポルクスは前方の艦隊を睨みながら、じりじりと距離を詰めていった。

 

 距離が縮まっていく。

 

 しかし――いつまで経っても、敵機が上がってくる気配がない。

 

 迎撃に飛び立つ戦闘機の影も、こちらへ向かってくる機影も、ただのひとつも見当たらなかった。

 

「やはりな」

 

 ポルクスは確信した。事前の情報通り、敵には航空戦力がない。空母を持たぬのだから当然だ。上空援護のない艦隊など、餌をぶら下げて待っているも同然である。

 

 たとえこちらが、フロートという錘を抱えて空戦性能では一段劣る水上機の群れであろうと、迎え撃つ翼がいない以上、何ら障害にはならない。

 

「全機に通達。手筈通り、敵艦隊防備の要を叩く。輪形陣の外周を固める巡洋艦級から、集中して潰せ。あれさえ黙らせれば、あとは輸送船など好きに料理できる」

 

 無線電話を通じて、命令が各機へと飛んでいく。

 

 基地航空隊の各機が、緩やかな降下に移った。高度を下げ、速度を乗せながら、獲物へと迫っていく。エンジンの咆哮が高まり、機体が小刻みに震えた。

 

 ポルクスの胸に、抑えきれない高揚が湧き上がってきた。

 

 あとは、ただ叩くだけだ。

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