そして魔術師は銀灰の雨に濡れる   作:ニコウミ

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始まりの戦

「ハァ―――ハァ―――ハァ―――ッ」

 

 泥濘(ぬかる)んだ大きな川沿いを駆け抜ける青年が一人居た。歳はまだ二十歳に満たない程度、黒髪に雑じった銀髪を汗と()で濡らし、疲労を隠せない様子だ。民族的な衣装はところどころ破れ汚れ、彼に何があったかを教える。

 高身長に加え、端整な顔立ち。一見は普通だが、彼の右腕は人では“無かった”。

 銀灰色の籠手のような腕。見てくれだけで畏怖と禍々しさを感じさせる魔物の腕で二メートル近い槍を抱えながら、青年――カナメ・クルーシェは視線を巡らせる。

 

「ハァ……ハァ……クソッ! 十字軍は一万じゃねぇのかよ! どう見たって二万の軍勢だぞ! 上手く作戦が決まりゃ良いが……」

 

 彼の視界に飛び込んだのは人、人、人。まるでアリの群れのような人に溢れかえる約二万人で形成される軍だった。

 そして迎え撃つのはカナメと同じ様に身体の一部が人間ではない者達。火の玉や弓や槍を雨のように放っているが二万の軍勢の進行は止まる様子が無い。

 ギリッと思わず歯軋りをした。

 

「指揮官を見つけたぞォッ!!」

「相手は一人だが、浸食者(イロウシェン)だ!! 魔物の力に気を付けて殺すぞ!! 八人で囲めばやれない訳ない!!」

 

 そんなカナメに弓矢が三本、飛来する。それを槍で弾き、逃した一本を肩に受ける。勢いに蹌踉(よろ)めき、その隙に八人の兵士がカナメを取り囲んだ。

 四八方から向けられる剣に隠った殺意を受け止め、カナメはゆっくりと肩に刺さった矢を根本から折る。

 

「……畜生が……ッ! 俺達がテメェらに何かしたかよッ!!」

「魔物の血を受け継ぐ異端者だッ!! 貴様らが何れ魔物となり我等を殺す!! その前に根源を絶つのだッ! 恨みは無いが……死ねぇっ!!」

 

 幾ら言葉を放っても、十字軍を名乗る彼等にカナメ達の人間ではない部分を受け入れることは無い。だから戦争なんてことになってしまっている。

 振り(かざ)される剣を見ながら、カナメの顔は悲痛に染まる。向けられる殺意と受け入れられない思い。混ざり合う複雑な内心を、カナメは咆哮に変えて槍を振った。

 

「テメェらがそんなことだからッ!! こんな殺し合いなんかするから―――俺達が魔物になっちまうんだよォオオオオオオオッ!!」

 

 振り下ろされる剣ごと槍で三人を突き殺す。生々しい感触を感じながらカナメは右から迫る剣を銀灰の右腕で受け止めた。

 まるで鉄と鉄がぶつかり合ったような甲高い音が響き渡り、兵士が持っていた安物の剣は木の棒のように折れる。

 

「対魔の魔術がかけられた剣だぞ……!?」

「サタナキアの右腕にんなもんが聞くかッ!!」

「ひっ……!?」

 

 振り払うように振られた右腕が兵士の胸を貫く。短い悲鳴は絶命によって止められ、カナメが腕を引き抜くと力無く地面に倒れた。

 

「良くも仲間をォォォォオオッ!!」

「……ッ死にたくねぇなら剣を向けんじゃねぇよォッ!!」

「ぎゃあああああああっ!?」

 

 さらに迫る二人にカナメは槍を薙いだ。剛槍は鎧ごと兵士を斬り裂き、宙に吹き飛ぶと大きく後方に落ちる。

 人間の力では無い。最後方で見ていた部隊の指揮官らしき兵士は、目の前に落ちる仲間だった上半身を目にし、倒れ込みながら悲鳴をあげた。

 

「ま、魔術も無しで……っ!?」

「化け物だぁ……に、逃げろぉぉぉっ!?」

 

 踵を返して逃げていく二人の兵士。此処で逃がすと自分の場所がバレてしまうと慌てて後を追おうとした瞬間。

 

「がぁ……っ!」

「ぎぃ……っ!」

 

 カナメの後ろから飛来した細長い鋭利な棒が二人の首を的確に貫く。音も無い必殺の攻撃にカナメは安息の息を吐いて後ろに振り返った。

 

「ご無事ですか若様!!」

 

 カナメを若と呼ぶ透き通るような女性の声。そこに居たのは鋭利な大棘が目立つ銀灰の左足を持った美少女だ。

 カナメの雑じった銀髪とは違い、彼女の髪は純粋な肩くらいまでの銀髪。作られた人形のような端整な顔立ちは土と血で濡れている。彼女もまたカナメと同じ様に魔物の身体を持つ。

 彼女はカナメの傍まで駆け寄ると、直ぐに跪く。

 

「火急によりご無礼をお許しください! 御怪我は!?」

「大丈夫だ、いすず。それよりお前は?」

 

 変わらない彼女、いすずの様子にカナメは苦笑を漏らしながら問う。

 

「わ、私などより御身をお気遣いください! 若に何かありましたら私は…」

「平気だ、これでも修羅場は何回も潜ってきてんだよ。被害は?」

「はっ! 近隣の仲間達は頼れる者へと逃亡を完了。十字軍との戦闘で我が軍は二千の死者。現在は五千が前線を支えつつ、川沿いまで引いております!」

「っ……二千人死んだか……川の罠はどうなった?」

「前日の豪雨により増水が激しかったため、準備は既にサスケが終えております。後方の準備も既に」

「よし、よしよしよしっ!! 予定より速く完璧だ!! 十字軍の援軍は!?」

「魔物の討伐とお題名目で既に援軍は合流したようです。その数二万」

 

 魔物の討伐。いすずの口から放たれた言葉にカナメは顔に悲しみを浮かべる。自分もいすずも、なんて変わらない人間だ。ただ魔物の力を持ってしまっただけの、同じ人間なのに。

 聖職者の十字軍はそれを受け入れない。殺し合う理由など無いというのに、彼等にはある。いや、世界の殆どが納得している。

 歯痒い想いを抱くカナメにいすずは同じ様に悲しみを浮かべた。

 

「若様、我々は悪などではありません」

 

 気遣いで言ういすずに、カナメは曖昧に頷いた。

 そんな敬愛する主人の様子に、いすずはたまらずカナメの手を握り締めた。カナメの悲しみを少しでも消すようにと。

 

「……悪とか正義とか。くっだらねぇよな、本当に……」

「若様……」

「……ありがとう、いすず。大丈夫だ、無抵抗で殺されてやる奴なんかいねぇ、降り掛かる火の粉は払うのが当たり前だ。よしっ! おっぱい触らせてくれ!」

「は、はいっ! ってうえええぇッ!?」

 

 自然な言葉に混じらせたセクハラにいすずは顔を真っ赤に染めて後退る。

 

「ご褒美!! ご褒美ないともう頑張れないから!!」

「だ、いや、あ、う、あう……っ!? わ、私などで良ければ幾らでもッ!! って私は何を言っているんだぁあっ!?」

「マジでッ!? 冗談だったのによっしゃぁっ!!」

「わ、若様ぁっ!!」

「くっはははははっ! ったく面白ぇな、いすず! 頃合いだ、合図を上げるぞ!」

「うっう~……」

 

 恥ずかしさで顔が爆発しそうな程の真っ赤な顔でいすずは唸り、露出の多い服装のベルトから手のひらサイズの玉を取り出す。そしてカナメに目で確認をとると、カナメは小さく頷いた。

 瞬間、いすずはカナメから少し離れ、玉を真上に投げると大きく屈んだ。ビキビキと左足が唸る、引き絞る弦のように、引き絞るバネのように力を籠め。溜まりに溜まった力を――

 

「――ふっッ!!」

 

 放つ。

 バク転の蹴りは落ちてくる玉を遥か大空に蹴り上げ、ぐんぐんと空に上っていく。その玉を見ながらカナメは左手を懐に入れ、ある物を引き抜いた。

 それは拳銃。

 カナメのいる世界には不釣り合いな産物の大型マグナム。名をトラース・レイジングブル。二百五十六ミリのカナメが世界に持ち込んだ唯一の存在を玉に向け、引き金を引く。

 爆音と共に放たれた高速の弾丸は一瞬で玉を貫き、弾けさせた。そして、玉の中に詰まった火薬が一気に爆発を引き起こす。空を劈く爆発に地面が揺れる。

 

「これで気付くよな?」

「七百メートル先でもサスケの耳は良いです。アイツなら気付くでしょう」

「だと良いが……」

 

 二秒三秒。爆発による揺れが収まっていく。が、再び小さな揺れが小刻みに起き始めた。それは川の上流から迫り来る自然の猛威を人の手で起こした産物。水の濁流が軍勢と軍勢を絶つように迫ってきていた。

 

「来た来たキタッ!! すっげぇなありゃあ! いすずっ!!」

「御意にっ!!」

 

 その濁流を見ながらいすずへ指示を出すと、いすずは左足を軸に踏み込み味方の軍勢へと翔る。地面を砕き疾走するいすずはあっという間に仲間達の中央へ飛び込むと、息を大きく吸い込み。

 

「カナメ将軍より伝令ぇっ!! ―――全軍、引けええええええええええッ!!」

 

 空に吠える。全ての仲間に言葉は届かないが、部隊に伝令を回す役目を与えられた兵がその伝令を全軍に回していく。

 

「濁流が来るぞぉぉぉっ!! 引けえええええっ!!」

「引けえええええっ!! 呑み込まれるぞォっ!!」

 

 前線を支えていた者達は重い盾を捨て、大弓を持っていた者は弓を捨て素早く軽装に変えると川から引いていく。その行動の速さは事前に伝えられ、考え抜かれていたお陰か、軍勢はすぐに川から逃げ出すことに成功した。

 すぐ其所まで迫る濁流をいすずは横目で見、そして敵の軍勢を見た。

 

「……っ! 若様の言った通りか……見抜かれている」

 

 敵の軍勢はまるで焦った様子も無く軍を下げていた。相手の軍勢は二万、数のせいか全員が逃げ出すことは不可能だが、濁流に呑み込まれるのはせいぜい三千。二万の数から三千を引いても味方を潰すには訳ない数だ。

  罠は失敗。本来なら過半数の兵士を濁流で呑み込み、追い打ちをかけて勝利する罠であった。だが。

 

「相手の指揮官、出来る奴だ……だが若様ほどではない……顔を拝んでおこう」

 

 いすずは濁流に呑み込まれる寸前、地面を蹴り飛ばし空高く跳び上がる。その僅かな瞬間に敵の中央にやたらと豪華な天幕に座る人物を睨んだ。

 いすずの高い視力が、傲慢な顔を確りと捕らえる。白髪混じりの肥満が目立つ髭顔。既に勝利を確信しているような勝ち誇った顔。その顔を見ながら地面に落ちていくいすずは冷静な表情で鼻を鳴らした。

 

「……やはりな。若様の方が何倍も格好いいし強いっ!!」

  

 子供のような言葉を吐き捨てながら、いすずは軍勢を率いて撤退を指示した。

 

◆ ◆ ◆

 

 カナメ達とは間反対。十字軍の指揮を執る総指揮官、ゲルト・カムリンはたまらず笑みを零した。前方の仲間を呑み込む濁流を見つめ、自慢の顎髭を撫でる。そんなゲルトのいる天幕に伝令係が駆け寄ってきた。

 

「伝令でありますっ!!」

「言うが良い」

「浸食者共の軍勢は濁流を餌に鉱山地帯まで撤退を開始した模様!! 我が軍の被害は三千あまり、支障はございません!」

「はっ……千の弓兵と三千の魔術師を連れ、異端者にトドメを刺せに行けと伝えろ」

「はっ!!」

 

 伝令が頭を下げ去っていく背中を一瞥(いちべつ)するとゲルトは顎髭を撫でながら真横に立っている側近を指で呼ぶ。側近はゲルトに従い、傍まで歩み寄ると跪いた。

 

「鉱山地帯と言ったな」

「はっ。浸食者共のまともな稼ぎらしく、豊富な鉄や金がとれる地帯と聞いております。囲まれた絶壁、逃げ場は無いでしょう」

「逃げ場は無い場所か……伏兵はあると?」

「いえ、無いでしょう。浸食者共にそれを考えられる指揮官はおりますまい。事実、視界が広く地面が柔らかい地帯で水を塞き止めるなど……地理が無い我々でも濁流を引き起こすと簡単に予想出来ました」

「相手はこの濁流で決めるつもりだった、か」

「実際に剣や盾を捨てております。間違い無いでしょう」

「ふむ……」

 

 ゲルトは髭を撫でる。

 

(仮に伏兵がいても二千が限度。浸食者を手助けする者などそうはいまい……我が軍は四千を無くしても一万二千。装備や兵士で上回っている我等が負ける理由は無いか……決まったな、これは)

 

 笑みを零した。詰みだ。装備を無くし、罠を外した敵に負ける要素は無かった。このまま追い詰めれば勝ちは確実。ゲルトは勝利の報酬として地位を高め、さらに重要な役職につく。

 逃す手は無かった。にやつく笑みが止められないままゲルトは立ち上がると、天幕から抜け、腕を上げた。

 

「後方の軍を動かすっ!! 馬を寄越せ!!」

「「「ぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」」」

 

 ゲルトの激高に兵は吠え、装飾の装備を着込んだ馬をゲルトに手渡した。三人の兵の手を借り、ゲルトは馬に乗り込むと、動き出す軍勢と共に馬を走らせる。川沿いの向こう側、すぐ傍にある鉱山地帯へと踏み込む。

 絶壁に囲まれたその場所は所々に洞穴があるが、入り口は狭く大人二三人が通れる程度。

 

「ふんっ……伏兵がいるかと思ったが、あの狭さでは伏兵は不可能だな。杞憂だったか……やはり無能な指揮官しかおらぬか」

 

 洞穴の数も二三。伏兵が居たとして五十人が限度、一万二千の兵士にダメージを与えるなど不可能な人数だ。

 馬を少し歩かせると、其所に五千人の浸食者達がゲルトの軍勢をけん制し、追い込まれていた。彼等の顔には絶望が見える。

 その中でも一人、最前線で槍を振るう青年がゲルトの目についた。

 

「―――ぉぉぉおおおおおおおおおおおおラァッ!!」

 

 剛槍。

 ゲルトの脳裏にその言葉が過ぎり、無意識に感心の息を吐いてしまった。一度振るえば数人の血霧が舞い、地を抉り敵を寄せ付けない。ゲルトが所属する十字軍にも何人と居ない猛者だ。

 ――欲しい。

 また無意識に想う。例え相手が十字軍の忌み嫌う浸食者であろうと、奴隷として手に入れる価値がある人材だった。ゲルトがこれから行うであろう戦に、必要となる強者。

 

「側近よ!!」

 

 傍に控えている側近に吠える。

 

「はっ!」

「アレは誰だ!? 知っているか!?」

「はっ。銀灰色の右腕。地を抉る剛槍。私の知る限りでは一人」

「名は!?」

「浸食者で形成された傭兵団を率いるグリモアの弟子。恐らくは敵の総大将。銀灰の魔術師――カナメ・クルーシェ」

「……カナメ・クルーシェ」

 

 僅かな畏怖を籠めて名を呟いた。一人だけ力が格段に違う。ただの兵士でないのは見て取れた。仲間である者達に信頼され、場に置いては的確な指示を牽制を続けている。

 欲しい。欲しいぞ。アイツを手に入れれば私は。

 恐怖より人欲が(まさ)った瞬間だった。

 

「停止の笛を吹けぃっ!!」

「なっ……げ、ゲルト様!! なにを!?」

「彼奴を奴隷にする。異論は許さん!! そこのお前、速く吹けぃ!!」

「は、はっ!!」

 

 ゲルトに指差された兵が首にぶら下げていた笛を一定のリズムで吹いた。場全体に響く音にカナメ達の軍勢は脚を止め、十字軍も同様に脚を止める。

 まさに睨み合う体制になった軍と軍。その戦闘にカナメが立ち、槍を構えて約二百メートル先にいるゲルトを睨んだ。

 

「伝令よ!! あのカナメとやらに降伏しろと言え。条件は交渉するとな!」

「はっ!」

 

 素早く馬を走らせ、カナメの元へと進んでいく伝令。

 その伝令を見ながら、カナメは槍を下げた。

 

「全員下がれ。弓や剣は持つなよ」

 

 カナメの言葉に従い、カナメより数歩後ろに下がる仲間達。それを横目で確認し、カナメは一歩前に進み、此方に向かってくる敵の伝令が到着するのを待った。

 時間にして数十秒。自棄に長く感じる数十秒で敵の伝令がカナメの前で馬を止めると、カナメの右腕を忌々しそうに睨みながら口を開く。

 

「総大将ゲルト様よりカナメ・クルーシェに降伏を命ずる!! 従うならば槍を捨てよ!!」

「……条件は?」

「寛大なゲルト様は交渉すると仰っている!!」

 

 それ以上の言葉は無いのか、伝令は口を閉ざしてカナメを睨む。交渉するとはよく言ったモノだと内心で毒を吐いた。カナメ達のような魔物の身体を持つ者が十字軍に捕まれば、待っているのは奴隷としての死のみ。

 受け入れるはずが無い。

 後ろに居る仲間を見た。皆が疲弊し、死に恐怖している。

 周りは絶壁。後方は行き止まり。唯一の逃げ道は一万二千の敵が遮っている。此方の軍勢は五千。武器を持っていない者まで居る。

 

 誰がどう見ても虐殺がカナメ達に待っていた。

 

 カナメが全てを頭に入れ、した行動は。

 

「……」

 

 ――剣を捨てることだった。

 地に落ちる剣を敵の伝令が睨む。後方のゲルトは笑みを零す。

 

「槍も捨てろ!!」

 

 言われるがまま、カナメは槍を目の前に突き刺した。

 

「ゲルト様に忠誠を誓い、跪け!」

 

 終わったと敵の軍勢はほくそ笑む。十字軍は異端な存在を殺し、世界を正義に近付けたと勝ち誇る。また、ゲルトも同じ感情だった。

 人より凶悪な力を持った七千の軍勢を五千の死者で勝ち、さらに優秀な奴隷を五千も手に入れる。勝ちだ。勝利。カナメが膝を折っていくにつれ確信が現実に変わっていく。

 カナメは頭を下げながら、“大きく息を吸い込んだ”

 

「――――今だァァァああああああああああああああああッ!!」

 

 ―――刹那、絶壁が文字通り爆発を起こす。

 

「な、なにを…っ!?」

 

 爆発により馬が驚き、体勢を崩す。崩れ去る絶壁が岩雪崩となり、十字軍のど真ん中に降り注いだ。

 

「な、何が起きているっ!?」

 

 ゲルトが目を見開き驚きを露わにしながら吠える。

 

「り、両端の絶壁が爆発!! 岩雪崩が我等の軍を真っ二つに分断しましたぁっ!!」

「う、狼狽えるな!! 体制を整え…」

 

 ゲルトが視線を巡らせた時、カナメの姿を偶然捕らえた。

 カナメは地面に突き刺した槍を銀灰の右腕で引き抜き、馬を踏み台に跳び上がる。身体を捻りながら真っ直ぐとゲルトを睨みつけ、ギチギチと右腕に力を溜め―――

 

「いすずゥゥゥッ!!」

 

 名を叫びながら、投擲。

 投げられた槍は、矢をすり抜け、兵士をすり抜け、落ちてくる岩雪崩をすり抜け。軍の頭をすり抜け。愚直なまでに真っ直ぐと飛ぶ槍は容易く二百メートルの距離を縮め。

 

「ひっ……ぎゃ……―――っ!?」

 

 ゲルトの額を貫いた。

 

(爆発だと……? そんな火薬の物資をあいつらが持っている筈が……ッ!?)

 

 薄れゆく意識のまま残された思考で疑問を抱く。ゆっくりと地面に落ちていくゲルトの耳に入った怒号は。

 

「若様ぁあああッ!!」

 

 爆発と。

 

「ふ、伏兵だああああああああああああッ!!」

 

 悲鳴。

 

(ハメられた……ッ!!)

 

 ゲルトがカナメの思惑に気付いた時、全ては遅く。地面に倒れ伏せるゲルトは為す術無く絶命した。

 

「総大将ゲルト・カムリンはカナメ・クルーシェが討ち取ったァッ!!」

 

 次々と絶壁が爆発し、穴から浸食者たるカナメの仲間達が飛び出してくる。その数、四千。

 

 鉱山地帯の絶壁はまるでアリの巣のように複雑な洞穴で繋がっていた。カナメが考えた伏兵は実に単純。洞穴の壁に面している部分を爆発で吹き飛ばし、中に隠れている伏兵が飛び出し、奇襲をかけるだけ。

 

 さらに合わせるように洞穴が繋がっていない場所まで敵を引き寄せ、絶壁を爆発。岩雪崩は敵を真っ二つに両断し、敵軍を二つに別れさせる。

 さらに。カナメかいすずのどちらかが総大将を奇襲。指揮系統を破壊。

 重要なのは敵に勝ったと想わせ深追いさせること。だからこそ川の濁流を引き起こす偽物の罠をわざと失敗させた。

 

 完璧に決まった。人目を憚らずガッツポーズをとるカナメは、その勢いのまま仲間達に向かって腕を振るう。

 

「武器を取り出せえええええっ!!」

 ――――おおおおおおおおおおおおッ!!

 

 仲間達は地面の溝に隠していた剣や槍を手に取り。

 

「―――突撃ぃいいいいいいいいいいいいいいいいッ!!」

 

 カナメと共に雄叫びをあげながら敵に突っ込む。混乱し指揮官を失い、真っ二つに両断された十字軍は人に巻き込まれ動くに動けず、凶刃の餌食になっていく。傍に死んでいく仲間に恐怖し、混乱は頂点へ上った。

 

「に、逃げろぉっ!!」「どこに逃げるんだよぉ…ぎゃあっ!!」「下がれよっ!?」「岩が邪魔で…ぐあっ!!」「敵は何人居るんだぁっ!!」

 

 勝ったとカナメは想わない。油断は最後までしない。だからこそ。

 

「後ろから伏兵だああああああああっ!!」

 

 最後の一手を決める。千程度の少ない数だが、伏兵と言う事に意味がある援軍。川の罠を作っていた仲間が最後方から十字軍に奇襲をかけた。

 

「よし、よしよしよしッ!! オオラァッ!!」

 

 拳で敵を殴り飛ばし、顔を砕くと瞬時に敵の剣を掠め取る。

 一兵にしては良い剣をカナメは巧みに操り、敵を次々と斬り裂き、殴り飛ばし、蹴り飛ばし、投げ飛ばす。

 枷が外れた猛将は敵を恐怖に追い込む。

 

「まだだ、貴様を殺せば我々はッ!!」

「一斉に突けぇっ!!」

 

 兵の中にも冷静な者は僅かに居る。その者達は八人でカナメに向かって槍を突く。

 

「あっぶねッ!!」

 

 しゃがみ込み四八方の槍を躱し、剣を一人に投げ付ける。投擲された剣は一人を蹌踉めかし、その隙に槍を奪い取った。

 

「ぉぉぉおおおおおおラァアアアッ!!」

 

 そして剛槍。鎧ごと八人を貫き殺し、血霧を舞い上げる。

 銀灰色の右腕が血に濡れるのを構わず、右腕に魔力を貯めながら敵陣に向けると。

 

「怒り狂えッ!! サタナキアァッ!!」

 

 目に見えない衝撃が何十人と言う兵士をぶっ飛ばす。悲鳴が劈く中、カナメは槍を巧みに振るい血を払うと頭の上で槍を回して構える。

 

「銀聖の傭兵団、次期団長!! カナメ・クルーシェに殺されたく無ければ降伏しろぉぉぉおおおッ!!」

 

 血霧と銀灰色の魔術師。その宣言は。

 

「銀灰の魔術師……っ!? に、逃げろぉぉぉおおおおおおおおおッ!!」

「あんなのに敵う訳がねぇんだあああああっ!?」

 

 敵の最後の希望を打ち砕いた。

 次々と武器を捨て逃げ出す者や、降伏する者。この時点でカナメは安息の息を吐く。援軍が合流し、七千の軍勢となった味方が刃を振るい、敵の数をあっという間に減らしていく。

 勝利。

 ギリギリの勝利であり、仲間を何千と失ったが、勝利を獲た。槍を下げ、敵にトドメや捕縛していく仲間を見ながら、カナメは槍を下げる。そんなカナメに影がかかる、ふと空を見上げれば、此方に落ちてくる片翼の少年。

 

「大将ぉ!! ご無事ですかいっ!?」

 

 見た目はまだ十幾つの少年。背中に魔物の片翼を生やす彼はカナメの傍に着地すると詰め寄る。そんな少年にカナメは唇を吊り上げる笑みを浮かべ親指を立てた。

 

「おうよ! サスケ、良くやってくれたな! めちゃくちゃ良いタイミングだったぜ!」

「た、たいみんぐ? ですかい? 大将の言葉は相変わらず良く分からんぜよ」

「あぁ……英語って伝わらねぇもんなぁ……なんで日本語は伝わって英語が駄目なんだか……まぁ良いか。首尾は?」

「そう、それなんだよ! 少し前だが後方に軍を見たぜ! 数は多分三千、旗は龍と牙、十字軍じゃなかったのは確認した!」

「……十字軍の援軍か? いや、んならとっくに合流している筈だ……たまたま通りかかった奴らか? ……不安だな、グリモアさんには?」

「伝えたぜよ! 親っさんは敵じゃ無いっつってたけどよ」

「グリモアさんがそう判断したなら、まぁ、大丈夫だろ。それよか、最後方の方はどうなった?」

 

 カナメが問うとサスケは歯を見せながら笑みを浮かべ、カナメと同じく親指を立てる。

 

「バッチリ! 全員降伏したから捕縛してる途中よ!」

「よし! ナイス!」

「へへっ! 殺さないで良いならそっちの方が良いしな、それに大将も…」

「若様に気安く話し掛けるなァッ!!」

「ゲファばあぁッ!!」

 

 話していたサスケが瞬きの間に消える。変わりに現れたのはさっきより服が少し破れたいすずだった。左足を上げているのを見るに、サスケを蹴っ飛ばしたのだろう。そんなことはどうでもいいと言わんばかりにいすずはカナメの目の前まで駆け寄り跪く。

 

「若様、十字軍の制圧を間もなく完了いたします! 後のことはこのいすずにお任せし、どうか御怪我の手当てを致してください!! 御身が傷付くことを容認出来るのは戦のみでございます! あぁっ……肩に矢が刺さっています! 抜かないと……っ……し、しじゅちゅです!! 」

「お、おう」

 

 剣幕に押されながら想わず頷く。

 

「何しやがるクソ女あああぁっ!!」

 

 そんないすずを怒鳴り上げるサスケに、いすずは酷く面倒くさそうに溜め息を吐いた。

 

「何しやがるは此方の台詞だクソ鴉。貴様如きが若様に気安く話し掛けるなど言語道断だ! 他の兵士に示しがつかん!!」

「事務的な話があるだろうがッ!?」

「事務的な話は認めよう、だがたわいも無い話はするな!!」

「お・ま・え・が・い・う・なっ!!」

「私は良いのだ!!」

「子供かっ!?」

 

 至近距離で睨み合う二人に呆れた苦笑を浮かべる。

 段々と肩に乗る重荷が和らいでいく一方で、落ち着いてきた頭が身体の怪我を今更に訴えだした。切り傷どころか、矢の先端まで刺さっている。確かにいすずの言う通りさっさと治療しなければ倒れてしまいそうだ。

 

「いすず」

「はっ!!」

 

 遠く離れたいすずが直ぐさま駆け寄り跪く。その瞳はキラキラと輝き、もし彼女に犬の尻尾があればはち切れんばかりに揺れていただろう。

 

「あとどれくらいの敵がいる?」

「三千程度、数分で終わります!」

「んなら、それまで踏ん張るか……こう言う時、椅子が欲しいよなぁ……」

「な、ならば私の背中にお座りください!!」

「座るかっ!!」

「な、なんでですか!?」

「いや、なんで疑問抱くんだよ!?」

 

 四つん這いになろうとするいすずを止めるカナメに仲間達が笑いを溢す。約三週間にも渡る戦の終わりに皆が安堵していた。死の恐怖からの解放。それはどんな報酬より安息を与える。

 やっと一息付けたと思った時、一人の兵士が高台から降り、走ってくる。

 

「伝令っ!」

 

 その切迫詰まる様子に、いすずが素早く立ち上がり口を開く。

 

「報告しろ!」

「後方五百メートル位置に三千程度の軍勢を確認。早馬が此方に向かっております!」

「なんだと……? 数は!?」

「見る限りは一人! 魔物の目を持つ仲間も確認しております! いかが致しましょう!?」

 

 休む間のない来訪。指示を仰ごうといすずがカナメに視線を向けると、カナメは銀灰色の右手で顎を撫でる。

 

「……ふむ、分かんねぇや」

「一先ず兵を向かせ、要件をお聞きしましょう。それが最善かと」

「そうか? いすずがそう言うならそうすっか……んじゃちょっと行ってくる」

 

 実に自然な流れでそう言うとカナメは槍を肩に担ぎ歩いて行こうとする。そんなカナメにいすずやサスケがあっけにとられ、はっと気付いたようにカナメの腕を二人で掴み取った。

 

「は、はい!? 何をお考えですか若様ぁっ!!」

「う、うぇ? な、何が?」

「な、何がじゃねぇよ大将!? 訳も分からねぇ早馬を直接迎えに行く総大将が何処に居るぜよ!?」

「大丈夫だろ」

「「大丈夫な訳ないでしょうッ!!」」

「相変わらず心配性だな、お前ら」

「そ……そう言う問題じゃなくてですね……若様に何かがあったら私は死んでしまいます!!」

「大将は大将らしくどっしり座ってりゃ良いぜよ!! 早馬なら俺が確認してくるから!!」

 

 不思議そうに首を傾げるカナメに二人は心底疲れた息を吐く。総大将の自覚が無いと言う訳では無い。だがカナメにはこう言った抜けた部分があるのを否定は出来ないのだ。

 いすずは手のひらで顔を覆う。

 

(まぁ、こんな若様だからこそ若様なのだが……強く逞しく聡明で勘が鋭く、そして優しい。頬にある傷もまた若様の凜々しさを圧倒的に引き立て素晴らしく…)

「で、早馬ってどっから来てんだ?」

「はっ! 南の方角であります!」

「サスケ!」

(…と、若様はやはり凄い。もう凄い。槍を持った若様は名を残す英雄の姿であり…)

「なんでい、大将?」

「お前は後方に行って細かい指示を出してこい。早馬には攻撃するなって伝えろよ」

「了解! 間違っても行かないでくれよ大将!」

「いすずに行かせるさ」

(…つまり若様は私にとって神だ。若様に頭を触られただけで私はまさに天国に登る快感に支配され…)

「いすず」

「若様の手はもはや凶器で…ひゃい?」

 

 ぽんっといすずの頭に何かが乗る。思考(妄想)から現実に帰ってくると目の前に立つカナメがいすずの頭を軽く撫でていた。

 理解するまでに四秒。顔が完全に火照るまで零点二秒。

 

「はわわわわわわ、わ、わ、わ、わ……」

 

 思考が完全に止まり幸せの絶頂に登りつめるいすずに、カナメは不思議そうな顔をして額に手を置いた。

 

「ん? 熱があんのかお前? まぁ、連戦だったし無理ねぇか……」

「わ、若しゃまぁ……っ」

「やっぱり俺が早馬に会ってくる。ここは頼んだぞ」

「ふ、ふぁいっ!!」

 

 もはや自分が何を喋っているか良く分からず、言われるがまま頷いた。惚ける頭でただ去っていくカナメの背中を見つめ続け、姿が見えなくなるまで視線で追う。

 

「あの、いすず様……」

 

 そんないすずに伝令の兵士が怖ず怖ずと声をかける。

 

「なんだ……」

「よろしいのですか? カナメ様が行ってしまいましたけれど……」

「…………」

 

 兵士の言葉に段々と我に返り、場を自覚していき。

 

「ッ!?」

 

 己の失態に気付いた時には遅かった。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 長い杏色のポニーテールを揺らしながら馬を走らせる少女が一人、絶壁の真上に位置する南側で感心の溜め息を吐きながら下を見た。

 

「はぁっ~~……二倍差の軍勢をこんな一瞬で制圧とは、凄いっすね~こりゃ……」

 

 流れるような伏兵の嵐。余程、年密に考え抜かれミスを許されない作戦。それを見事にこなした軍勢に、彼女はただただ感心する。馬に括り付けた巨大な籠手を横目に、苦笑する。

 

「持ってきたのは杞憂っしたねぇ……援軍もいらないとは、姫が欲しがるだけの人材ってことっすか。ん?」

 

 ふと視線を上げると、東側に一人の兵士が歩いている姿を見付ける。兵士にしては鎧も着けず比較的軽装、槍しか持っていない青年だ。敗走兵かと一瞬だけ疑うが、青年の右腕に目が行くとその考えは消える。

 禍禍しい銀灰色の右腕。魔物の血を引く人間が十字軍の筈が無い。

 

「伝令兵っすかね。まぁ丁度良いか……おぉーいっ!! 其所の人ぉ~っ!!」

 

 青年に気付くように手を振りながら馬を走らせ近付く。

 銀髪混じりの黒髪を持つ青年、カナメは声に気付き視線を惑わせると近付いてくる杏色の少女を見付ける。

 

「ん? 俺か?」

「そうっす! そこの人っす! お兄さん、銀聖の傭兵団の人っすよね!」

「あぁ、そうだが……お前は?」

「申し遅れたっす! アンズは“王都ルファーレス軍”ネェーデ姫近衛隊のアンズ・アンリカと申しますっす!」

「王都ルファーレス?」

 

 その国の名は知っていた。何を隠そうカナメが立つ、この地面が王都ルファーレスの領土その物なのだから。国の中心を護る軍の一人が今カナメの目の前にいるのだ。想わずマジマジと顔を見つめてしまう。

 アンズと名乗った少女は名の通り杏色のポニーテールを風に靡かせる。端整な顔立ちに丸い目、服装は露出が多く上半身に至ってはほぼ水着だ。

 

(なんてデカイおっぱい……っ!! この娘すげぇっ!!)

「ネェーデ姫より伝令を預かっているんすよ。叶うなら総大将カナメ・クルーシェ様にお目通り願いたいんすけど、お兄さんどうっすかね?」

「……あ、ん? 俺か? 王都の近衛隊が俺にどんな要件があんだ?」

「あぁ……姫からはカナメ様に直に言えと言われてるんすよ。お目通りはなんとか無理っすかね~?」

「お目通りつか、俺がカナメ・クルーシェだぜ」

「はっはっはっ! んな総大将が一人で軍から離れた此処にいる訳ないじゃ無いっすか! もしいるなら余程の死にたがりかマヌケっすからね! んな嘘くらいアンズでも騙されないっすよ! 第一、カナメ様は銀灰色の右腕に剛……槍……に銀髪混じりの……」

 

 銀灰色の右腕。槍。銀髪混じりの黒髪。歳は二十歳に満たない。

 アンズが聞かされていたカナメの特徴と全てが一致していた。死にたがりにマヌケと自ら言った言葉をすぐに後悔する。冷や汗が噴き出し、顔が自然に青ざめた。

 

「あ……ああああああああああのっ!! もしかして……カナメ様……だったりしますぅ……?」

「まぁ、君が言うカナメが俺ならな……しっかし死にたがりのマヌケか……いすずにも良く言われんだよなぁ。一人で歩くくらいんなに可笑しいことかな?」

 

 完璧にやってしまった。

 

(や、やべぇぇぇっ!? 姫には無礼なく敵意を与えるなって言われてんのにやっちまったっすよアンズぅっ!? あ、謝ればワンチャンあるっすかこれっ!? あるっすよねっ!? あってくれっす神様ああぁっ!?)

 

 馬上から転がり落ちるように地面に着地し、片膝を突きながら頭を大きく下げる。

 

「ば、馬上にてとんだ失礼を致しましたァッ!! 数々の御無礼と失言を撤回いたしますぅっ! 我が近衛隊は決して敵意を持つ訳ではなく、その、えっと……(こ、言葉が見つかんねえええええええっ!! アンズの頭じゃなんて謝れば良いのか全く分からんすよっ……た、助けて姫ぇ……っ!!)」

「い、いやいや! んな頭なんか下げんなって!? 別に構いやしねぇよ、んくらい!!」

「し、しかしっ!! (激おこっすか!? ま、まずい……五千人の浸食者の軍をアンズの一言で敵に回したら打ち首どころじゃ……ひ、ひぃぃ!? だいたいなんで総大将がこんなところにいるんすかぁぁぁっ!!)」

「良いから、気にすんなって!」

「打ち首だけは……っ……え? い、良いんすか?」

 

 まだ疑っているのか、アンズは顔を上げてカナメの顔をマジマジと見つめる。そんなアンズにカナメは疲れたように息を吐き、小さく頷いた。

 

「そこまで偉い人間じゃねぇさ。それに軍属の礼儀とか良く分からねぇし……それよりよ、王都の近衛が俺に何のようなのか教えてくれないか? 後方に控えてるアンズさんの軍にうちらがビビっちまってるんだ」

「は、はいっす! カナメ・クルーシェ様には我が主であるネェーデ姫との謁見をお願い賜りたく参上したっす! 願わくばカナメ様には我が軍の天幕までお足を運び願いたいっす!」

 

 堅苦しく固めた言葉だが、彼女らしい口調が抜け切れていない。話を簡単にするなら、王都の姫が自分と話したいから来てくれと言う事だろう。

 

「王都の姫様が俺にねぇ……何の話だ?」

「アンズは話を聞いておりませんっす。望むなら此方から其方の天幕に向かうこともするっすよ。どうですかね?」

「まぁ、俺は構いやしねぇが…」

「―――若様ぁっ!!」

「アイツが五月蠅いんだよね……」

 

 背中から聞こえてきた声にカナメは苦笑を漏らす。離れたり近付いたり面白い奴だと内心で笑いながら、カナメは真上からアンズと自分を遮るように落ちてくるいすずを見上げた。

 音もなく着地し、いすずはアンズを鋭い目付きで睨み上げる。元からキツい印象を与える顔のせいか、アンズの顔が自然と引き攣った。

 

「あ、アンタは?」

「……あ? 何故貴様に名乗る必要性がある?」

「いすず。ちゃんと言え」

「私の名はスズミ・いすず。カナメ様の一配下にしてカナメ様の様々な御世話から護衛。ご奉仕をする名誉ある近衛だ」

「……は、はぁ……そうっすか……」

 

 百八十度の変わり身に呆れるどころか唖然とするアンズにいすずは唯睨む。

 

「話は聞いた。カナメ様は酷く疲労があり御怪我もなさっている。さらに言えば戦後のすぐに援軍もしていない奴等が堂々と話し合いを要求するなど傲慢であり……カナメ様に無礼を働いたな貴様……ッ!!」

「ぶ、無礼は謝りますっす! (と、当然の反応が今更来たっす!? なんか安心出来たのが不思議っすっ! てもやべぇっ!! この人滅茶苦茶怖いっ!!)」

「謝るだ? 首を置いていき、ネェーデとやらが頭を下げ首を置いていかねば私の怒りは到底静まる物では…」

「その辺にしとけ」

「私の怒りは消えた。カナメ様の深き慈悲に感謝するがいいっ!」

「……この人面白いっすね」

「……否定は出来んな」

 

 無表情に戻るいすずに苦笑を浮かべながら頭を抑えた。

 

「話を戻そうぜ。その姫様が俺と話したいんだよな」

「は、はいっす」

「カナメ様、僭越ながら言葉を挟ませて貰います。ここは向こう側から此方に来るのが通り。我等が向かう必要など微塵もございません」

「……しかしなぁ。疲弊しきってる仲間に余計な心配事を見せるのも悪い。面倒な騒ぎや喧嘩を起こされても困る、なんせ相手は王都だしな」

「しかし、王都だからと言って全てが許される訳ではありません! 後方で勝利を見守っていた軍など、若様が前に行ったギョフノリを狙っていたかも知れないでしょう! そんな奴等を信用など…っ!」

「漁夫の利な。それに、信用は信頼を向けなきゃ手に入らねぇよ。アンズって言ったよな?」

「若様…あうぁ!」

 

 プンプンと怒るいすずの額を掌で小突き、言葉を遮るとカナメはアンズを見る。静観していたアンズは顔を上げ、カナメを見つめ返した。

 

「はいっす」

「案内を頼む」

「寛大な懐に感謝をするっす。護衛はどれくらいをお考えっすかね?」

「護衛? ……あぁ……一人?」

「……は、はぁっ!? ひ、一人っすか!?」

 

 予想外の言葉に目を見開き驚きを露わにするアンズに、カナメは何回目か分からないほど首を傾げる。

 

「ん? なら俺一人で行こうか?」

「い、いや……」

 

 アンズは交渉する立場を忘れ、カナメの隣で頭を抱えるいすずに救いを求める視線を向けた。いすずは心配で痛む頭を片手で抑えながら口を開く。

 

「二百人だ。全員騎馬兵にさせて貰おう」

「別に俺一人で…」

「二百人ですっっっ!!」

「お、おう」

 

 気迫迫るいすずに想わず曖昧に頷く。そんなカナメにいすずは再び溜め息を吐き、アンズに顔を向けた。疲れ切っているいすずにアンズはカナメを横目で見ながら冷や汗を垂らす。

 

「……凄い人っすね。色々と……アンタに同情するっす」

「……分かってくれるか」

 

 不思議な意気投合をする二人にカナメはさらに深く首を傾げるのだった。

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