クルタ族の継承者   作:マルク

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1.ハードモードな人生

 

 

ルクソ地方にて1人の少女が金髪のツインテールを揺らしながら山道を駆け回っていた。

そして些細な不注意から少女は足元の石に躓く。

 

「あっ!?」

 

ぐるりと天地が逆さまになる。

受け身も取れず、そのまま崖を転げ落ち――岩へと頭を強く打ち付けた。

ゴツンッと衝撃が脳を揺らし、視界が真っ白に染まる。

 

(……あ)

 

その瞬間だった。

忘れていた記憶が、洪水のように流れ込んできた。

日本で生きていた日々。

学校。

家族。

漫画。

ゲーム。

そして――。

 

「……ハンター×ハンター?」

 

前世の自分が大好きだった作品。

何度も読み返した物語。

その世界に、自分は今いる。

 

「え……?」

 

痛みも忘れ、少女は震える。

金色の髪。

緋の眼を宿す民族。

山奥の集落。

幼い頃から遊んできた友達。

全部繋がった。

 

「……クルタ族だ」

 

その一言を呟いた瞬間、顔から血の気が引いた。

 

「……あ」

 

「…………」

 

「クモが来ちゃう」

 

青ざめた。

 

「クモが来ちゃう!!」

 

絶叫した。

クモ。

幻影旅団。

この世界最悪クラスの盗賊集団。

 

そして――クルタ族を皆殺しにする連中。

 

「やばいやばいやばいやばい!!」

 

少女は頭を抱えた。

 

どうしよう。

どうしよう。

どうしよう。

 

幻影旅団は好きな連中だけど、それは自分が蚊帳の外にいたからだ。

実際に関わるとなれば話は別である。

 

残り時間は何年ある?

団長は?

ウボォーギンは?

ノブナガは?

フェイタンは?

マチは?

ヒソカはまだ入団してない?

 

そんなことばかり考える日々が始まった。

夜になるたび悪夢を見る。

 

赤く染まる村。

倒れていく仲間達。

泣き叫ぶ子ども。

そして――クラピカの絶望した顔。

 

「う~ん……嫌だよぉ……」

 

何度も布団の中で魘された。

しかしそんなある日。

 

「ベル! また森へ行こう! 今日はパイロも一緒だ!」

 

笑顔で迎えに来たクラピカ。

その隣ではパイロが優しく微笑んでいた。

 

「また無茶しないでね? ベルはすぐ危ないことするから」

 

「えへへ……」

 

その笑顔を見ると少女――ベルの胸は締め付けられる。

 

(あぁ……)

 

漫画じゃない。

架空の人間じゃない。

生きてる。

笑ってる。

怒ってる。

泣いてる。

目の前にいる。

毎日一緒に遊んでいる。

家族みたいな存在になっていた。

気付けば三人で山を走り回り、魚を捕り、木の実を集め、夕方まで笑っていた。

そんな時間が増えるほどベルの恐怖は別の感情へ変わっていく。

 

「……助けたい」

 

ぽつりと漏れた一言。

クラピカが首を傾げる。

 

「ベル?」

 

「ううん! 何でもない!」

 

笑って誤魔化した。けれど、その決意は本物だった。

 

(私、この子達を助けたい)

 

(みんなを助けたい)

 

その夜。

ベルは一人、天井を見上げていた。

 

「落ち着け、私」

 

前世の知識がある。

未来も知っている。

完全な詰みじゃない。

クルタ族は身体能力が高い。

緋の眼がある。

基礎能力も高い。

つまり――

 

「スペックは十分なんだよね」

 

問題は「私が頑張れるかどうか」だった。

前世では普通の一般人。

運動も人並み。

格闘技経験なし。

努力家というほどでもない。

 

「いやいや、ここで諦めたら未来知ってる意味ないじゃん」

 

拳を握る。

 

「未来を知ってる。時間もまだある。だったら――」

 

立ち上がる。

 

「やってやる、やってやるぞ!!」

 

静かな夜の村に少女の声が響いた。

まずは体を鍛える。

情報を集める。

旅団の動向を探る。

最悪の場合は村ごと避難させる方法を考える。

やれることは全部やる。

 

「目標――クルタ族全員生存!」

 

ベルは夜空へ向かって拳を突き上げる。

満天の星空が静かに輝いていた。

こうして、一人の転生少女による『クルタ族救済作戦』が幕を開けた。

 

 

 

 

「よし! まずは念能力だ!」

 

ベルは鼻息荒く机の上へコップを置いた。

水を注ぐ。

木の葉を一枚浮かべる。

準備は完璧。

 

「ふんっ!」

「……」

「…………」

「………………」

 

何も起こらない。

ベルは首を傾げた。

 

「……あれ?」

 

水面は静かなままだ。

 

「えーっと、纒をして……」

 

そこでベルは固まった。

 

「……纒ってどうやるの?」

 

嫌な予感がした。

前世の記憶を必死に探る。

 

ウイングがゴン達へ教えていた。

精孔を開く。

オーラを纏う。

水見式。

順番は知っている。

 

「でも……精孔ってどうやって開けるの?」

 

沈黙が流れる。

 

「…………」

 

ベルの笑顔が引きつる。

 

「ウイングさん、いないじゃん!!」

 

勢いよく机へ突っ伏した。

 

「そうだよ! あの人がいたからゴン達は念を覚えられたんじゃん! 私、バカだぁぁぁ!!」

 

机へ額をゴンゴンぶつける。

 

「知識チートじゃなかったの!?」

 

「全然チートじゃないじゃん!」

 

「入口が分からない!」

 

しばらく落ち込んだあと、ベルは深呼吸した。

 

「オーケー、オーケー。落ち着け私……。考えろ……」

 

知識はある。

方法がないだけだ。

原作で精孔を開く方法は二つ。

一つは念能力者から強制的に開いてもらう。

 

「却下」

 

村に念能力者なんていない。

もう一つ。

 

「長年の修行……」

 

「これも無理!」

 

何年も待っていたら旅団が来る。

時間がない。

 

「じゃあ死にかける?」

 

一瞬だけ考える。

 

「いやいやいや!」

 

首をぶんぶん振る。

 

「大怪我して寝込んでる間にクモが来たら終わりじゃん!」

 

却下。

 

「じゃあ瞑想して集中力を高める?」

 

腕を組む。

 

「……私にそんな才能あるかなぁ」

 

自信はない。

 

「駄目だ。詰んだ…」

 

机に突っ伏して恨めし気にコップを見つめるベル。

窓から差し込む夕陽がまるで血のようだ。

その時だった。

ベルの脳裏へ一つの単語が浮かぶ。

 

「……緋の目」

 

顔を上げる。

 

「そうだ! 私にはこれがあった!!」

 

クルタ族最大の特徴。

怒りで発現する真紅の瞳。

その時だけ身体能力が飛躍的に上昇する。

 

「もしかして……オーラが活性化してるんじゃ?」

 

確証はない。

完全に仮説だ。

でも――

 

「試す価値はある!」

 

翌日からベルの奇妙な修行が始まった。

木に向かって悪口を言う。

 

「バーカ!」

 

全然怒れない。

クラピカにボードゲームで勝負を挑み、わざと負ける。

 

「きぃいいい!」

 

少し惜しい。

パイロにお菓子を全部食べられる妄想をする。

 

「それはちょっと怒る!」

 

旅団のことを思い浮かべる。

皆が殺される未来を想像した。

 

クラピカ。

パイロ。

村のみんな。

 

絶対に失いたくない。

 

「来るな……」

 

瞳が赤く染まる。しかし長くは続かない。

気持ちが落ち着けばすぐに元に戻る。

何度も何度もこれを繰り返した。

感情を昂らせては落ち着かせ、また昂らせる。

やがて数週間後。

 

「……で、きた?」

 

ごく短時間だが自力で呼び起こせるようになっていた。

木漏れ日の中で静かに座る父の姿を見る。

 

「……?」

 

父の身体の周囲に、何かが揺らめいているのが見える。

陽炎や湯気のように空気が歪んでいた。

 

目を擦る。

消えない。

続けて村人を見る。

皆、同じだった。

人によって濃さは違う。

しかし確かに何かが身体から流れ出ている。

 

「これ……」

 

ベルの鼓動が速くなる。

 

「これが……オーラ?」

 

誰にも見えないと思っていた生命エネルギー。

緋の目になったことで目の精孔が開いたのか、微弱ながら知覚できるようになっていた。

 

「じゃあ今なら……」

 

ベルは自分を見る。

自分の身体からも、細い霧のようなものが絶え間なく漏れ出している。

 

「止められるかも」

 

見えてしまえば話は早かった。

呼吸を整えて意識を向ける。

両手からダラリと力を抜き棒立ちになり、漏れていくものを制御する。

頭の天辺から左手へ、左手から左足、左足から右足、右足から右手、右手から再び頭へとオーラが流れをイメージする。グルグルと己を軸に渦を巻き、その流れが次第に緩やかになって最後は――

 

「留める…」

 

これが難しい。

流れを制御するのが己の感覚頼りなのが辛い。

しかもベルの場合は緋の目を出した状態で行うのだから難易度が跳ね上がる。

 

何度も失敗しては寝込んだ。

だが、少しずつ。

本当に少しずつオーラは身体に留まるようになっていった。

数日後。

ベルは静かに目を開ける。

 

「……できた。」

 

『纒』

 

誰にも教わらず。

誰にも精孔を開いてもらわず。

ベルは自力で念能力への第一歩を踏み出した。

 

「これでようやくスタートライン。でも、前途多難だなぁ…」

 

未来を変える為の武器を自力で手にした達成感はあるが、呑気に胡坐をかいてる暇はない。

クモが来るまで残された時間は決して多くないのだ。

運命の日が訪れるまでどこまでできるか分からないが、できるだけ足掻いてみせる。

 

ベルは固く握りしめた拳に誓うのだった。

 

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