ベルは改めてコップいっぱいの水に木の葉を浮かべた。
今度は違う。
身体を覆うオーラを纏い、静かに両手を添える。
「……」
数秒後、透明だった水がゆっくりと色づき始めた。
「……あ、色が変わった」
薄い琥珀色へと変化した水面を見て、ベルは目を丸くする。
水見式。
水の色が変化するのは放出系。
「でも放出系かぁ……」
嬉しさより先に、複雑なため息が漏れる。
「具現化系か変化系が良かったなぁ」
クラピカ。
キルア。
ヒソカ。
どれも応用力の塊だ。
対して放出系と聞けば、真っ先に思い浮かぶのはレイザーやフランクリン。
強い。
だが正面から殴り合うタイプが多い。
「強化系じゃウボォーギンに勝てないし」
あの怪物は真正面から挑む相手ではない。
「操作系も微妙すぎる……」
シャルナーク。
そして団長。
「あの二人なら能力の仕組みなんてすぐ見抜くだろうし」
旅団は頭が切れる。
一度見せた能力は二度目から通じない相手ばかりだ。
「うーん」
腕を組んで唸る。
だが、そこでふと系統図を思い出す。
「……ん?」
放出系。
その隣。
「操作系…」
ベルは目を瞬かせた。
「そうだ」
ニヤリと口元が吊り上がる。
「見破られること前提で能力を作ればいいんだ」
相手は能力を解析してくる。
ならば、解析されることまで計算に入れる。
「『能力を理解した』と思わせる能力」
一段目が本命ではない。
二段目。
三段目。
見破った瞬間こそ罠。
「心理戦なら、むしろ旅団相手の方が引っ掛けやすいかも」
知能が高い人間ほど、自分の推理を信じる。
そこを利用する。
「よし」
ベルは拳を握った。
「放出系だから弱いんじゃない。放出系だからできる戦い方を考えよう」
クルタ族を守るためなら。
真正面から最強を目指す必要はない。
旅団全員を倒す必要もない。
必要なのは――
「旅団が、この村を襲う価値はない」と思わせること。
そのための能力を、ベルはこれから作り上げていく。
◇
ベルが静かに纏を維持していると、不意に背後から聞き慣れた声が飛んだ。
「……ベル」
「ひゃっ!?」
驚いて振り返る。
そこには長い白髭を撫でる祖父――クルタ族の長老が腕を組んで立っていた。
「げっ、おじいちゃん」
「何をしておる」
ベルは慌てて両手を後ろへ隠す。
「えっと……その……深呼吸?」
「ほう」
長老はゆっくり近付く。
そしてベルの身体を包む薄いオーラを静かに指差した。
「ならば、その力は何じゃ」
「……」
ベルの表情が固まる。
誤魔化せない。
見えている。
「いつから、それが使えるようになった?」
穏やかな声だ。
怒ってはいない。
だが、その瞳には嘘は許さんと強い意志が込められていた。
「えっと……最近」
「誰に教わった」
「ど…独学?」
「独学じゃと!?」
今度こそ長老の眉が動いた。
念を独学で習得する者はいなくもないが、ごく僅かだ。
ベルは気まずそうに頬を掻く。
「なんか見えるようになって……色々試してた」
長老はしばらく黙り込んだ。
やがて深く息を吐く。
「……ベル」
「はい」
「修行はそこまでにしておけ」
予想外の言葉だった。
「え?」
「お前にはまだ早い」
静かな声が続く。
「いや……不要な力じゃ」
一拍置いて長老は首を横へ振る。
ベルは目を丸くした。
「どうして?」
「その力を知れば、人は使いたがる」
長老は森へ目を向ける。
「力は人を助ける事もできる。じゃが、それ以上に災いを呼ぶ」
「……」
「クルタ族は争わぬ」
「森で暮らし」
「家族と笑い」
「静かに生涯を終える」
それで十分なのだと長老は語る。
「だから儂らは、この力を子供には教えん。子供が力を振るう日など来てはならぬからじゃ」
ベルは俯いた。
胸が痛む。
この人は知らない。
あと数年で、その平穏が血に染まることを。
旅団が来る。
クラピカは一人生き残る。
皆殺しになる。
だからこそ、ベルはゆっくり顔を上げた。
「……ごめん、おじいちゃん。私は止めない」
「どうしてじゃ」
「守りたい人がいるから」
長老は静かに微笑む。
「皆、お前の家族じゃ」
「うん、だから――」
ベルは小さく頷く。
拳を強く握る。
「私は、家族だから守りたいんだ」
その言葉に、長老は何も返さなかった。
返せなかった。
ベルの瞳には、幼い少女が持つにはあまりにも重い覚悟が宿っていたからだ。
長老は胸の内で小さく呟く。
(その眼は……何を見ておる)
まるで未来を知っている者のような、その悲しみを帯びた瞳を見て、長老は初めて「この子は何かを背負っている」と感じるのだった。