クルタ族の継承者   作:マルク

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3.森の妖精

 

 

森の中を歩くベルは、首を傾げていた。

 

「最近、おかしいんだよねぇ……」

 

クラピカとパイロ。

二人とも朝になると決まって弁当を持って出掛けていく。

ここまではいい。

森で遊ぶことなど珍しくもない。

だが。

 

「なんで辞書まで持っていくの?」

 

昨日は植物図鑑。

今日は分厚い辞書。

その前は医学書。

どう考えても虫取りに行く荷物ではなかった。

 

「怪しい」

 

ベルの探偵魂に火が付く。

 

「よし、尾行開始!」

 

木陰から木陰へ。草むらに伏せ、自分でも驚くほど手慣れた動きで二人を追っていく。

 

(転生前なら絶対迷子になってたなぁ。)

 

そんなことを考えながら歩くこと数十分。

 

「……あ」

 

小さな空き地だった。

そこには見慣れない少女が座っていた。

年齢は少し上だろうか。

足には包帯が巻かれている。

クラピカは辞書を開き、パイロは水を差し出していた。

 

「その単語はね――」

 

「なるほど」

 

「へぇー」

 

楽しそうな三人。

ベルは思わず声を漏らした。

 

「……だれ?」

 

しまった。

口を押さえた時には遅かった。

三人が一斉にこちらを向く。

 

「あ」

 

「ベル!?」

 

パイロが青ざめる。

クラピカも珍しく動揺していた。

 

「どうしてここに!」

 

ベルは木の陰からひょこっと顔を出す。

 

「尾行」

 

「堂々と言うな!」

 

クラピカが頭を抱える。

パイロは慌てて駆け寄ってきた。

 

「頼むよ、ベル!」

 

「ジーさまたちには言わないで!」

 

「お願い!」

 

必死に頭を下げる二人。

ベルは腕を組み、ふーむと考える素振りを見せる。

 

「なるほどなるほど。秘密ねぇ」

 

二人はゴクリと唾を飲む。

ベルはにやりと笑った。

 

「だったら…私も仲間に入れてよ」

 

「え?」

 

「秘密を共有すれば裏切れないでしょ?」

 

悪戯っぽく八重歯を見せる。

パイロはクラピカを見る。

クラピカは大きくため息を吐いた。

 

「……最初からそのつもりだったな」

 

「えへへ」

 

「全く」

 

クラピカは肩をすくめる。

 

「勝手に長老へ言われても困るしな。だから、今日からお前も共犯だ」

 

「やった!」

 

ベルが飛び跳ねる。

その様子を見ていた少女が、小さく笑った。

 

「ふふっ。賑やかな子ね」

 

ベルは改めて彼女を見る。

茶色の髪。

優しい笑顔。

そして足の包帯。

間違いない。

 

(この子がシーラか…)

 

クラピカと旅団、両方に関わる重要人物。

原作では彼女との出会いが、クラピカの世界を大きく広げるきっかけになった。

 

(ここは変えちゃダメだ)

 

ベルは心の中でそう決める。

救うべきはクルタ族。

けれど、この出会いだけは残したい。

 

「私はベル!」

 

元気よく右手を差し出す。

 

「よろしくね!」

 

シーラも微笑みながらその手を握った。

 

「私はシーラ。こちらこそ、よろしくね」

 

こうして四人になった秘密の勉強会が始まる。

ベルは笑顔を浮かべながらも、胸の奥では別のことを考えていた。

 

(シーラがここに来たってことは……旅団がクルタ族を襲う未来まで、もうあまり時間は残されていない)

 

楽しげな笑い声が森に響く。

その穏やかな時間が、どれほど貴重なものかを知っているのは、この場ではベルただ一人だった。

 

 

 

 

森の夜は静かだった。

 

葉擦れの音だけが耳を撫で、淡い月明かりが木々の隙間から差し込んでいる。

ベルは大木の根元に腰を下ろし、小さくため息をついた。

 

「どーしよっかなぁ」

 

目の前には、水を張ったコップ。

木の葉が一枚、静かに浮かんでいる。

放出系。

水見式で判明した自分の系統だ。

 

「具現化系なら鎖とか作れたのになぁ。変化系でも面白かったのに」

 

肩を落としながらコップを指で突く。

波紋が広がり、木の葉がゆらゆらと揺れた。

 

「放出系で自分に合った能力か…」

 

ベルは立ち上がる。

自分に勝てる相手、自分に勝てない相手。

それくらいは冷静に分析できる。

 

旅団。

その中でもウボォーギン。

今の自分では、どうあがいても勝てない。

剣術はまだ子供。

念の修行も始まったばかり。

オーラの量など比較するのも馬鹿らしい。

 

「ミミズとドラゴンくらい違うもんね」

 

苦笑する。

なら答えは一つだった。

 

「私が勝つ必要なんてない」

 

ベルは枝を一本拾い、地面へ円を描く。

 

「私」

 

小さな丸を書く。

少し離れた場所に大きな丸。

 

「旅団」

 

さらに周囲へいくつもの丸を書く。

 

「村の戦士達」

 

枝を走らせながら、一人頷いた。

 

「勝つんじゃない。分ける」

 

旅団は集団だから強い。

なら分断すればいい。

全員を惑わせる必要はない。

ウボォーギン一人だけ孤立させれば、それだけで戦力は大きく削げる。

 

「でもそれをどうやってやるか…」

 

考え込んでいたベルは、ふと夜空を見上げた。

木々の隙間から、小さな光が飛んでいる。

蛍だった。

 

「あ」

 

その瞬間だった。

 

「これだ」

 

ベルの瞳が輝く。

 

『光』

 

『夜』

 

『森』

 

『妖精』

 

次々と言葉が繋がっていく。

 

「オーラを細かい粒にして……」

 

掌から放たれたオーラを、限界まで微粒子化していく。

 

放出系だからこそ可能な芸当。

粒子は夜風に乗って森へ広がる。

まるで妖精の鱗粉のように。

 

「見ると方向感覚が狂う」

 

「害はない」

 

「でも、光を追えば追うほど迷う」

 

ベルは笑った。

 

「妖精って悪戯好きだもんね」

 

敵を殺す能力ではない。

敵を惑わせる能力。

 

「能力名は……」

 

腕を組んで考える。

 

「オーラ」

 

「催眠」

 

「森」

 

「妖精」

 

しばらく唸ったあと、ポンと手を叩いた。

 

「よし、決まり!」

 

両手を広げる。

夜風に乗った光が森いっぱいへ舞い散った。

 

「『妖精の鱗粉(フェアリー・パウダー)』!」

 

幻想的な光景だった。

まるで森そのものに妖精が住んでいるかのような、美しい景色。

ベルは満足そうに頷く。

 

「うん、いい名前」

 

しかし、その笑顔はすぐ真剣なものへ変わる。

 

「でも……」

 

能力は完成した。

だからといって、自分が旅団に勝てるわけではない。

クロロには見抜かれるだろう。

シャルナークも違和感に気付く。

オーラ量も経験も、すべてが向こうが上だ。

 

「それでいい」

 

ベルは静かに呟く。

 

「私が相手にする必要なんてない」

 

狙うのはただ一人。

 

「ウボォーギン」

 

単純で、真っ直ぐで、誰よりも強い男。

だからこそ、一番誘導しやすい。

 

「あなたは勘だけで集落まで来る。でも、それで十分」

 

そこに村の大人達が待機させておけば――

 

ベルが欲しいのは、ほんの僅かな時間。

避難する時間。

迎撃の準備を整える時間。

それだけでいい。

 

「私は英雄じゃない」

 

前世でも、今世でも変わらない。

世界を救うほど強くはない。

だからできることをやるだけだ。

 

「守るのは大人達」

 

「私は、その手伝い」

 

夜風が金色のツインテールを揺らした。

ベルは森の奥、クルタ族の集落を見つめ、小さく拳を握る。

 

「みんなを……助ける」

 

その決意だけは、旅団にも負けないほど強く燃えていた。

 

 

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