森の中を歩くベルは、首を傾げていた。
「最近、おかしいんだよねぇ……」
クラピカとパイロ。
二人とも朝になると決まって弁当を持って出掛けていく。
ここまではいい。
森で遊ぶことなど珍しくもない。
だが。
「なんで辞書まで持っていくの?」
昨日は植物図鑑。
今日は分厚い辞書。
その前は医学書。
どう考えても虫取りに行く荷物ではなかった。
「怪しい」
ベルの探偵魂に火が付く。
「よし、尾行開始!」
木陰から木陰へ。草むらに伏せ、自分でも驚くほど手慣れた動きで二人を追っていく。
(転生前なら絶対迷子になってたなぁ。)
そんなことを考えながら歩くこと数十分。
「……あ」
小さな空き地だった。
そこには見慣れない少女が座っていた。
年齢は少し上だろうか。
足には包帯が巻かれている。
クラピカは辞書を開き、パイロは水を差し出していた。
「その単語はね――」
「なるほど」
「へぇー」
楽しそうな三人。
ベルは思わず声を漏らした。
「……だれ?」
しまった。
口を押さえた時には遅かった。
三人が一斉にこちらを向く。
「あ」
「ベル!?」
パイロが青ざめる。
クラピカも珍しく動揺していた。
「どうしてここに!」
ベルは木の陰からひょこっと顔を出す。
「尾行」
「堂々と言うな!」
クラピカが頭を抱える。
パイロは慌てて駆け寄ってきた。
「頼むよ、ベル!」
「ジーさまたちには言わないで!」
「お願い!」
必死に頭を下げる二人。
ベルは腕を組み、ふーむと考える素振りを見せる。
「なるほどなるほど。秘密ねぇ」
二人はゴクリと唾を飲む。
ベルはにやりと笑った。
「だったら…私も仲間に入れてよ」
「え?」
「秘密を共有すれば裏切れないでしょ?」
悪戯っぽく八重歯を見せる。
パイロはクラピカを見る。
クラピカは大きくため息を吐いた。
「……最初からそのつもりだったな」
「えへへ」
「全く」
クラピカは肩をすくめる。
「勝手に長老へ言われても困るしな。だから、今日からお前も共犯だ」
「やった!」
ベルが飛び跳ねる。
その様子を見ていた少女が、小さく笑った。
「ふふっ。賑やかな子ね」
ベルは改めて彼女を見る。
茶色の髪。
優しい笑顔。
そして足の包帯。
間違いない。
(この子がシーラか…)
クラピカと旅団、両方に関わる重要人物。
原作では彼女との出会いが、クラピカの世界を大きく広げるきっかけになった。
(ここは変えちゃダメだ)
ベルは心の中でそう決める。
救うべきはクルタ族。
けれど、この出会いだけは残したい。
「私はベル!」
元気よく右手を差し出す。
「よろしくね!」
シーラも微笑みながらその手を握った。
「私はシーラ。こちらこそ、よろしくね」
こうして四人になった秘密の勉強会が始まる。
ベルは笑顔を浮かべながらも、胸の奥では別のことを考えていた。
(シーラがここに来たってことは……旅団がクルタ族を襲う未来まで、もうあまり時間は残されていない)
楽しげな笑い声が森に響く。
その穏やかな時間が、どれほど貴重なものかを知っているのは、この場ではベルただ一人だった。
◇
森の夜は静かだった。
葉擦れの音だけが耳を撫で、淡い月明かりが木々の隙間から差し込んでいる。
ベルは大木の根元に腰を下ろし、小さくため息をついた。
「どーしよっかなぁ」
目の前には、水を張ったコップ。
木の葉が一枚、静かに浮かんでいる。
放出系。
水見式で判明した自分の系統だ。
「具現化系なら鎖とか作れたのになぁ。変化系でも面白かったのに」
肩を落としながらコップを指で突く。
波紋が広がり、木の葉がゆらゆらと揺れた。
「放出系で自分に合った能力か…」
ベルは立ち上がる。
自分に勝てる相手、自分に勝てない相手。
それくらいは冷静に分析できる。
旅団。
その中でもウボォーギン。
今の自分では、どうあがいても勝てない。
剣術はまだ子供。
念の修行も始まったばかり。
オーラの量など比較するのも馬鹿らしい。
「ミミズとドラゴンくらい違うもんね」
苦笑する。
なら答えは一つだった。
「私が勝つ必要なんてない」
ベルは枝を一本拾い、地面へ円を描く。
「私」
小さな丸を書く。
少し離れた場所に大きな丸。
「旅団」
さらに周囲へいくつもの丸を書く。
「村の戦士達」
枝を走らせながら、一人頷いた。
「勝つんじゃない。分ける」
旅団は集団だから強い。
なら分断すればいい。
全員を惑わせる必要はない。
ウボォーギン一人だけ孤立させれば、それだけで戦力は大きく削げる。
「でもそれをどうやってやるか…」
考え込んでいたベルは、ふと夜空を見上げた。
木々の隙間から、小さな光が飛んでいる。
蛍だった。
「あ」
その瞬間だった。
「これだ」
ベルの瞳が輝く。
『光』
『夜』
『森』
『妖精』
次々と言葉が繋がっていく。
「オーラを細かい粒にして……」
掌から放たれたオーラを、限界まで微粒子化していく。
放出系だからこそ可能な芸当。
粒子は夜風に乗って森へ広がる。
まるで妖精の鱗粉のように。
「見ると方向感覚が狂う」
「害はない」
「でも、光を追えば追うほど迷う」
ベルは笑った。
「妖精って悪戯好きだもんね」
敵を殺す能力ではない。
敵を惑わせる能力。
「能力名は……」
腕を組んで考える。
「オーラ」
「催眠」
「森」
「妖精」
しばらく唸ったあと、ポンと手を叩いた。
「よし、決まり!」
両手を広げる。
夜風に乗った光が森いっぱいへ舞い散った。
「『
幻想的な光景だった。
まるで森そのものに妖精が住んでいるかのような、美しい景色。
ベルは満足そうに頷く。
「うん、いい名前」
しかし、その笑顔はすぐ真剣なものへ変わる。
「でも……」
能力は完成した。
だからといって、自分が旅団に勝てるわけではない。
クロロには見抜かれるだろう。
シャルナークも違和感に気付く。
オーラ量も経験も、すべてが向こうが上だ。
「それでいい」
ベルは静かに呟く。
「私が相手にする必要なんてない」
狙うのはただ一人。
「ウボォーギン」
単純で、真っ直ぐで、誰よりも強い男。
だからこそ、一番誘導しやすい。
「あなたは勘だけで集落まで来る。でも、それで十分」
そこに村の大人達が待機させておけば――
ベルが欲しいのは、ほんの僅かな時間。
避難する時間。
迎撃の準備を整える時間。
それだけでいい。
「私は英雄じゃない」
前世でも、今世でも変わらない。
世界を救うほど強くはない。
だからできることをやるだけだ。
「守るのは大人達」
「私は、その手伝い」
夜風が金色のツインテールを揺らした。
ベルは森の奥、クルタ族の集落を見つめ、小さく拳を握る。
「みんなを……助ける」
その決意だけは、旅団にも負けないほど強く燃えていた。