ミッション:災厄「ルズローシヴ=レレイ」を消滅させよ 作:Moa
境界層観測塔まで来ました。
ここです。
1周目で、スレイさんとミクリオさんに初めて会った場所です。
正確には、スレイさんには夢の中で一度殺されています。
ミクリオさんには、ここで初めて会いました。
覚えています。
観測盤の影から出てきたミクリオさんは、立っているだけでもつらそうでした。
観測盤に手を置いていました。
身体を支えるためではないように見せながら、明らかに支えにしていました。
少し話すたびに息を整えていました。
大丈夫だと言うまでの間がありました。
途中で咳き込みました。
術式の制御から外れた水が、指先から落ちました。
そしてスレイさんは、ずっとミクリオさんの様子を気にしていました。
今回は簡易消滅術式を一度も使っていません。
使用回数:0
だから、もしかしたら何か変わるかもしれないとは思っていました。
思っていましたが。
***
塔の奥から声がしました。
「そこ、床が抜けかけてる」
スレイさんです。
前と同じです。
「右から回った方がいい」
この台詞も同じです。
スレイさんが観測盤の向こうから出てきます。
茶色い髪。
旅人のような服。
武器は持っていません。
夢の中でエオルミアちゃんを殺した人です。
今回はまだ殺されていません。
来ました。
ミクリオさんです。
出てきました。
歩いてきました。
普通に。
普通に歩いてきました。
待ってください。
***
元気です。
ミクリオさんが元気です。
観測盤に手をついていません。
立っています。
自分の足だけで立っています。
顔色も悪くありません。
目も鋭いです。
声もはっきりしています。
肩も上下していません。
水もこぼれません。
咳もしません。
元気です。
***
スレイさんが振り返ります。
「ミクリオ」
一周目では、
「出てきて大丈夫か?」
と聞きました。
今回は違いました。
「そっちの観測盤、何か残ってた?」
普通の質問です。
体調確認ではありません。
ミクリオさんも普通に答えます。
「古い反応が少し。ただし、記録として使えるほど明瞭ではないな」
長い文章を一息で話しました。
すごい。
人が文章を一息で話しただけで感動しています。
一周目のミクリオさんが、それくらい弱っていたということです。
リシェラちゃん、前回はすぐに、
「大丈夫そうには見えないけど」
と言いました。
今回は言いません。
言う必要がありません。
代わりに、
「二人で調べてたの?」
と普通に尋ねました。
ミクリオさんは観測盤から離れ、こちらまで歩いてきます。
歩幅も普通です。
最初の一歩が遅れることもありません。
スレイさんが歩幅を合わせる必要もありません。
並んでいます。
普通に二人で並んでいます。
ありがとうございます。
***
エオルミアちゃんが尋ねました。
「ルズローシヴ=レレイという名を、知っていますか」
一周目では、この名前を聞いた瞬間、ミクリオさんの指が止まりました。
声が細くなりました。
「……どこで、その名を」
と言った後、スレイさんがすぐに、
「ミクリオ」
と心配していました。
今回は。
ミクリオさんの表情は変わりました。
変わりましたが、倒れそうにはなりません。
苦しそうというより、警戒しています。
「どこで、その名を知った」
声が強いです。
一周目は、
「どこで、その名を」
でした。
今回は、
「どこで、その名を知った」
です。
最後まで言いました。
語尾があります。
元気です。
語尾があるだけで泣きそうです。
エオルミアちゃんが答えます。
「天界で、消滅対象として指定されていました」
ミクリオさんの目が鋭くなりました。
スレイさんの表情も消えます。
ですが、二人とも立っています。
ミクリオさんが自分で一歩前へ出ました。
スレイさんに支えられていません。
「現在は、消滅を実行するつもりはありません。それが何なのか、調査をしています」
エオルミアちゃんが続けます。
ミクリオさんは少し黙りました。
一周目、この沈黙の間に、指先から水が落ちました。
今回は何も落ちません。
術式も乱れません。
ただ、考えています。
そして言いました。
「ルズローシヴ=レレイは僕だ」
言いました。
一周目と同じ台詞です。
同じです。
でも言い方が全然違います。
一周目は、この一言を言っただけで目を閉じていました。
立っているための力を別の場所へ回しているように見えました。
今回は目を閉じません。
こちらをまっすぐ見ています。
「ルズローシヴ=レレイは僕だ」
名乗っています。
倒れそうになりながら絞り出した言葉ではありません。
自分の名前を、自分の意思で伝えています。
『使用回数:0』
私はこの人から、まだ何も削っていません。
だからミクリオさんは、自分の名前を言うために体力を使い果たさなくていい。
泣いています。
***
その後、夢の話になりました。
エオルミアちゃんが、夢の中でルズローシヴ=レレイを消滅させたこと。
その後にスレイさんが現れたこと。
スレイさんがエオルミアちゃんを殺したこと。
「ルズローシヴ=レレイは、貴方の命より大切なものだった」と言ったこと。
一周目では、ここでミクリオさんの手が震えていました。
「僕を、そういうものとして扱うな」
声も弱っていました。
今回は違います。
ミクリオさんはスレイさんの方へ振り返りました。
「君は、本当にそんなことを言ったのか」
「言うと思う」
「思う、じゃない」
強い。
怒っています。
元気に怒っています。
スレイさんが少し困っています。
「でも、ミクリオが消えたなら――」
「だからといって彼女を殺していい理由にはならない」
即答です。
咳き込みません。
息も乱れません。
スレイさんに支えられるどころか、完全に説教しています。
元気です。
ありがとう。
ミクリオさんが元気にスレイさんを叱っています。
こんなに嬉しい説教がありますか。
「僕を失った君が誰かを殺しても仕方がない、みたいな顔をするな」
ここも一周目と同じ意味の台詞です。
でも、一周目では観測盤に手を置きながら言っていました。
今回は両腕を組んでいます。
両腕を組めるんですね。
支えがいらないから。
「僕は、君の命より大切なものになりたいわけじゃない」
ミクリオさんが言います。
スレイさんが黙ります。
「君と一緒に生きたいんだ」
言いました。
一周目も言いました。
でも今回は、スレイさんが背中に手を回して支える必要がありません。
二人とも、自分の足で立っています。
同じ高さで向き合っています。
一緒に生きたい。
今のミクリオさんなら、それが願いだけではなく、本当に可能なことに見えます。
***
会話が続きます。
天界の濁りについて。
発話記録について。
二人の反応が一つに重なったことについて。
一周目では、ミクリオさんが説明するたびに少しずつ弱っていきました。
途中で咳き込みました。
スレイさんが何度も名前を呼びました。
今回は説明が長いです。
すごく喋ります。
「僕たちは濁りを生んだわけではない」
「天界が地上へ押し込めていたものを、表面化させた」
「ルズローシヴ=レレイは濁りを発生させる術式ではない」
「二人の共鳴反応が一つに観測されたのは、水神依の影響だろう」
全部、自分で説明しています。
スレイさんが補足しようとすると、
「そこは僕が話す」
と言いました。
元気。
知識量が多い。
一周目でも知識はあったのでしょう。
でも話す体力がありませんでした。
今回はあります。
簡易消滅術式を使わなかっただけで、会話の情報量まで増えています。
私が一周目で削っていたのは、体力だけではなかったのかもしれません。
この人が話せる言葉も、
自分で立っていられる時間も、
スレイさんと対等に言い合える余裕も、
全部少しずつ削っていた。
嫌です。
一周目の私、やめてください。
もう終わっています。
止められません。
だから今回は使いませんでした。
***
エオルミアちゃんが、
「特定人物と仲良くなる方法を教えてください」
と尋ねました。
一周目と同じです。
今ですか?
今回も今です。
スレイさんが、
「ミクリオのことは、仲良くなろうと意識したことないからなあ」
と言います。
ミクリオさんが即座に返します。
「君に聞いたのが間違いだ」
今回は息が乱れません。
さらに続けました。
「そもそも君の場合、仲良くなろうと努力する以前に、物心がつく前から僕が隣にいただろう」
「そうだな」
「参考にならない」
「でも今も仲良いぞ」
「自分で言うな」
会話が増えています。
一周目にはなかったやり取りです。
ミクリオさんが元気だから、ツッコミが増えています。
スレイさんも楽しそうです。
助かります。
もっと喋ってください。
一周目で失った分まで喋ってください。
そしてミクリオさんは、エオルミアちゃんにも言いました。
「相手を知りたいなら、まず自分のことも話すべきだ。質問だけでは尋問になる」
「なるほど」
エオルミアちゃんが納得しています。
一周目ではスレイさんだけが助言していました。
今回はミクリオさんからも助言がもらえました。
>ミクリオから「対話の心得」を教わった。
>エオルミアとリシェラの親密度が上昇した。
ミクリオさんが元気だった結果、百合の親密度まで上がりました。
ありがとうございます。
簡易消滅術式を使わないと、ミクリオさんが助かるだけではありません。
ミクリオさんが百合を進めてくれます。
既存ファンが初見で使わなかった理由、理解しました。
***
塔の上階へ進むことになりました。
スレイさんが先に歩きます。
一周目では、ミクリオさんの最初の一歩が少し遅れました。
スレイさんは振り返らずに歩幅を落としました。
今回は。
ミクリオさんがスレイさんを追い越しました。
「案内するなら、そっちじゃない」
「え?」
「階段は右だ」
「でも左に遺跡っぽい反応が」
「先に目的を済ませろ!」
元気です。
怒っています。
スレイさんを置いて先へ進みました。
スレイさんが慌てて追いかけます。
墓ではありません。
回想でもありません。
命より大切だったもの、という過去形でもありません。
ミクリオさんが元気に歩いています。
スレイさんと口論しながら、塔の上へ進んでいます。
簡易消滅術式使用回数:0
この数字を守って、本当によかったです。
一周目では、スレイさんがミクリオさんに合わせて歩幅を落としました。
二周目では、スレイさんがミクリオさんを追いかけています。
それだけです。
それだけで泣いています。
今回は、この二人をこのまま歩かせます。
絶対に消しません。