翌朝。
華燐の指定通り、俺たちは九時に間に合うよう受付へ向かった。
生真面目な華燐のことだ、既に受付で俺たちを待っているだろう。
あまり待たせるのも忍びない。
そう思うと、足の動きが少しだけ速くなる。
「祝先輩、少し落ち着くっす。まだ10分も前っすよ」
……まさか、みさきに落ち着けなんて言われる日が来るとは思わなかった。
情けない。
だが、確かに焦る必要はどこにもない、そう思い直す。
「ッ……ククッ……ハハ……」
霧島はさっきのやり取りが相当にツボだったらしい。
しゃがみ込むように腹を抱えて笑っていた。
俺が霧島なら、同じように笑っていたことを考えると、何も指摘できない。
「霧島さんは、何がそんなに面白かったんすか?」
「……ふぅ……いや、お前が祝に落ち着けって言ったのが……ククッ……」
身から出た錆とはいえ、今のこいつらと居ると気が滅入る。
幸い九時までまだ時間がある。
こいつらを置いて先に受付へ行ってもどうせ後から追いついてくる。
「先に受付に向かう。みさきは霧島の面倒を見てやれ」
そう言い残して、俺はみさきたちから逃げるように距離を取る。
俺の言葉をそのまま受け取ったのだろう。
「了解っす」
みさきの返事が背中に突き刺さった気がした。
受付に逃げてくると、俺たちを待つ華燐の姿があった。
手元には開かれた本があり、彼女の視線は穏やかに上下している。
丁寧に読み進めているのだろう。
朝の陽ざしに照らされた姿に、思わず足を止める。
華燐はピタリと視線を止めると、本を閉じ顔を上げる。
華燐と目が合う。
ついさっきまで、彼女に見惚れていたからか、咄嗟に声が出ない。
それを知ってか知らずか、華燐は普段通りに微笑んだ。
「おはようございます。良い朝ですね」
「おはよう、良い朝だな」
今度こそ、声を捻り出した。
「ええ、本当に良い朝です」
華燐は噛みしめるようにそう言うと、キョロキョロと誰かを探すように俺の後ろを見る。
「みさきさんと霧島さんはどちらに……?」
そう言えば、みさきと霧島から逃……いや、置いてきたんだったな。
「心配しないでいい、二人ならじきに来る」
「そうですか、それならもう少しだけ、二人で待っていましょうか」
「そうだな」
……華燐は何故、霧島の名前を知っている?
前の一件から調べたのか?
いや、葬儀屋と警察では管轄が違う。
そう簡単に調べられるはずがない。
報酬の入金も俺の口座を経由していた。
今の段階で考えても仕方がない、か。
「華燐、一つ質問してもいいか」
「はい、もちろんです。何なりと聞いてください」
華燐はそう返す。
「華燐、お前と霧島が会うのは今日が初めてのはずだ。それなのに――」
「何故知っている、ですか?」
俺が言い切るより先に、華燐がその続きを口にした。
普段と何一つ変わらない笑みを前に、思わず目が鋭くなる。
「ふふっ……そう怖い顔をしないでください。見込みがあると判断された方の資料は、霧島さんを含めて、全員分回ってきているんです」
橋渡し役として、ということだろう。
それでも、華燐の口から当然のように霧島の名が出たことには、少しだけ引っかかった。
「本当は祝さんにも内緒なんですよ」
華燐は口元に人差し指を当てそう囁く。
「何故それを俺に教える?」
「さて、それは祝さん自身が答えを探してください」
もったいぶるように答える華燐からは、これ以上のことは聞きだせそうになかった。
「わかった。一応、礼は言っておく」
「どういたしまして」
それにしても、あいつらは何をしているんだ。
受付の時計を確認すると、九時まで残り二分を切っていた。
もうすぐ指定の時間だが、霧島はまだ笑い転げているんじゃないだろうな。
チクチクと時計の針が進む。
ここで二人、待ちぼうけというわけにもいかないか。
「すまない華燐、一度あいつらの様子を――」
様子を見てくる。
華燐にそう確認を取ろうと口を開く。
「あ、華燐さん、おはようっす!」
それを遮るように、客室の方からみさきの声が聞こえてきた。
声の方を見ると、みさきはこちらに、いや、華燐の方に吸い寄せられるように向かってきていた。
「その必要はなかったみたいですね。祝さん」
そんなみさきを見て、華燐が口元に手を添え、クスリと笑う。
「……みたいだな」
相変わらずこいつは間がいいのか悪いのか……。
「みさきさん、おはようございます。元気にしていましたか?」
「元気も元気っすよ。華燐さんは――」
二人が談笑するのを横目に、霧島が来ていないか客室の方へ目を向ける。
みさきに気を取られて気が付かなかったのか、霧島は既にこちらへ向かって歩いてきていた。
二人が楽しそうに話す姿を見て、空気を読んだのか、そそくさと俺の方にやってくる。
「遅くなって悪かったな」
霧島がそう言って、俺に声を掛ける。
「いや、ちょうど時間通りだ。謝らないでいい。何かトラブルがあったわけでもないだろう?」
「トラブルってわけではないが……まあ」
霧島は歯切れ悪く、言葉を詰まらせる。
まさか、今の今まで笑い転げていたわけじゃないだろうな。
まあいい。
同じタイミングで、みさきたちも話に区切りがついたようだ。
華燐も霧島に気付いたのだろう。
彼の方へ向き直り、静かに口を開いた。
「はじめまして、葬儀屋の燈守華燐と申します。以後、お見知りおきを」
両手を前で合わせ静かに体を前に傾ける。
霧島はぎこちない会釈を返す。
華燐の姿勢が元に戻ると、今度は霧島が口を開く。
「霧島誠司です。……こちらこそお願いします」
一瞬言い淀んだように見え、霧島の表情を窺う。
華燐とは初対面ということもあって、余所行き用の笑みを貼り付けているようだった。
ただ、その笑みは、どこか霧島らしくなかった。
その正体を探っていると、華燐が「さて」と声を上げる。
華燐の方を見ると、先ほどまでの柔らかい雰囲気は消えていた。
その様子を見て、霧島への引っかかりは後回しにする。
それよりもまずは――
「皆さん揃ったようですし、お仕事を始めましょうか」
成すべきことを成すとしよう。
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