宿を出た俺たちは、件の虚人と交戦したという現場へ向かった。
道中、華燐が今回の件を簡単に説明してくれた。
二日前の深夜、地元の高校に通う男子生徒三人が帰宅しなかった。
翌朝、そのうちの一人だけが、高校の裏山で発見されたらしい。
背中には、指先で抉られたような傷。
意識も朦朧としていて、ただ「友人が死んで、化け物になった」と繰り返していたという。
そこで虚人の可能性が出て、華燐たちが呼ばれた。
残りの二人の捜索を警察から引き継ぐと、一人は遺体で、もう一人は虚人として発見された。
華燐たちはその場で交戦し、何度も虚人を焼き払った。
だが、棺屋が棺を設計しきる前に状況が崩れ、遺体の回収すらできないまま、撤退を余儀なくされた。
俺たちが向かっているのは、その交戦現場だった。
なるほど、話は大体わかったが、一つ大きな問題がある。
「交戦から丸一日以上経っているなら、みさきでも追跡は難しい。それはどうするつもりだ」
これは華燐も理解しているはずだ。
俺の言葉に、後ろでみさきも首をブンブンと縦に振っている。
それは見なかったことにして、華燐の返答を待つ。
「はい、もちろん存じています」
俺の質問は織り込み済みだったのだろう、華燐はよどみなくその先の言葉を紡ぐ。
「ですので、今回は虚人を追うのではなく、あちらから出てきていただくつもりです」
……そういうことか。
「それなら私要らなくないっすか?」
「右に同じ」
みさきが疑問を口にすると、横にいる霧島も同じことを考えていたらしい。
ここぞとばかりに、みさきに便乗していた。
「いえ、お二人にはしっかり活躍していただきます」
華燐は懐から短刀を取り出し、鞘から抜いた。
剥き身になった刃には、乾いた血がこびりついている。
「虚人と交戦した際、付いた血です。清乃江さんであれば、この血に混じった魂の匂いが分かるはずです」
短刀に鼻を近づけたみさきは、しばらく難しい顔で唸っていた。
あまり強く匂いが残っているわけではなさそうだ。
「うーん……薄いけど確かに匂いは残ってるっすね。ただ、この匂いだけじゃ、よっぽど近くにいないとどこにいるかわかんないっすよ?」
「十分です。嗅ぎ取った匂いが近づいてきたら知らせてください」
「あー……そういうことっすか」
みさきも華燐が何をするか察したようだ。
気の毒そうな目で霧島を見る。
二人のやり取りを見て、霧島もこの後自分が何をさせられるのか理解したらしい。
すべてを諦めた目で地面を見つめていた。
判決を待つ囚人とはこういう顔をするのだろうか。
「そして、霧島さんには虚人を釣る餌……いえ、囮になってもらいます」
「言い換えた前と後で意味が変わってねえんだよ……」
「もちろん、私たちが全力でお守りします。……ですのでどうかお願いします」
華燐も無茶を頼んでいるのは理解している。
それでも霧島じゃないといけない理由があるようだ。
華燐に回ってきている霧島の資料とやらが関係しているのだろう。
庇ってやりたい気持ちを抑え、俺は黙って二人を見守る。
霧島は片手で顔を覆い、しばらく黙り込んだ。
奥歯を噛みしめる音が、ギリ、と小さく鳴る。
やがて大きく息を吐くと、霧島は頭をがしがしと掻きむしった。
整えられていた髪が、乱暴に崩れる。
乱れた髪の奥で、霧島の目だけが据わっていた。
「……ッチ、わかった。囮でも何でもしてやる」
「ありがとうござ――」
「ただしだ」
「全力で守ると言ったからには、全力で守れ。俺も死なないために最善を尽くす」
「それでいいな?」
有無を言わせない霧島の視線が、華燐の赤い瞳を射抜いた。
華燐の頬を、一筋の汗が静かに伝う。
それでも彼女は、少し笑った。
「ええ、もちろんです。この名に誓って、あなたを守り通しましょう」
華燐の声に迷いはなかった。
細い立ち姿に似合わない芯の強さに、霧島は少々面食らったようだ。
だが、それが気に入ったらしい。
今から囮になる人間とは思えない笑みを浮かべる。
どうやら、話はまとまったようだな。
「それで華燐、霧島を囮にしてどう虚人が釣れるんだ?」
「ふふっ……それはですね」
華燐は悪戯を思いついた子どものような顔をした。
「生き残った男子生徒が言うには、裏山にたまり場を作っていたそうです」
「男性はそういう、秘密基地? のようなものがお好きなんですか?」
華燐の視線が俺と霧島を行き来する。
そんなもの作ろうと思ったこともない。
二人して苦い顔をする。
「……そうでもないみたいですね。失礼しました。話を続けます」
真横で目をキラキラとさせている馬鹿には、気が付かないようだった。
華燐はゴホンと咳払いをする。
「そして、そのたまり場は、以前私たちが虚人と交戦した場所のすぐ近くにあったそうです」
「自分たちの居場所を守ろうとしたといったところか」
「恐らくは」
その大切な場所で何かがあって、虚人になったというのだから頭の痛い話だ。
死者に対して不謹慎だが、そう思わずにはいられなかった。
「虚人になっても、魂の執着は残ります。ならば、その執着を利用します」
華燐が霧島の方をチラと見る。
その視線の意図を汲んだ霧島が口を開いた。
「あー……なんだ、俺はその……たまり場を荒らせばいいのか?」
内容が内容なだけに、戸惑うように霧島が尋ねる。
「その認識で合っています。ただ、持ち主が分かるものや、遺品と思われるものには触れないようにしてください。刺激するのは、あくまで虚人の執着が残っている場所だけで結構です」
そう言って、華燐は説明を締めくくった。
「……遺せるものは、できるだけ多く遺してあげたいですから」
漏れ出たその言葉には、華燐の背負う重みが滲んでいるようだった。
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