魂の葬儀屋 ―Wisp Buriers―   作:ttr@

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九 火蓋

「虚人の接近に気づいたら、すぐに連絡をお願いします」

 

 華燐から手渡された無線機を握りしめ、霧島は洞穴の前で虚人の接近を告げる連絡を、今か今かと待っている。

 

 いつ襲われるのか分からない恐怖のせいか、地面に散らばった道具や標識を拾っては眺め、ときには蹴飛ばす。

 

 それを何度も繰り返していた。

 

 大丈夫なのだろうか。

 

 いや、囮の時点で大丈夫も何もないか。

 

 考えを改める。

 

 手元の無線機がザザと不快なノイズを吐き出した。

 

 それが開戦の合図だった。

 

「来るっす。洞穴の中、まっすぐ物凄いスピードで霧島さんの方に――」

 

 みさきの声が届く頃には、霧島の方へ駆け出していた。

 

 草を分け、地を蹴り、一刻も早く霧島の元に。

 

 その思いが脳より早く、体を動かした。

 

 みさきからの連絡を聞いて、目をそらすまいと洞穴と向かい合う霧島の姿が見える。

 

 反射的に無線機とイヤホンを繋ぐコードを掴み、洞穴目掛けて思い切り投げ捨てる。

 

 俺が間に合わなくても、虚人の注意を一瞬でも逸らせればいい。

 

「霧島!」

 

 霧島は視線だけをこちらに滑らせるとすぐに、洞穴の奥へ戻した。

 

 なぜあいつは逃げないんだ。

 

 虚人の足音が聞こえてきた。

 

 既に霧島には、向かってくる虚人が見えているのだろう。

 

 時間がない。

 

「霧島!」

 

 もう一度、霧島の名前を呼ぶ。

 

 霧島はこちらを振り向かずただ前を見つめていた。

 

 虚人が洞穴から姿を現す。

 

 奴は霧島の命を刈り取るべく、腕を振るった。

 

「ナイスだ。祝、燈守」

 

 霧島の口が僅かに動くのが見えた。

 

 虚人の攻撃の瞬間、霧島は一歩だけ後ろに退くと、それを躱し、どこからか飛んできた短刀を手で掴んだ。

 

 次の瞬間、俺の投げた無線機が虚人に直撃する。

 

 衝撃で虚人の動きがほんの一瞬止まると、霧島は手に持った短刀で虚人を斬りつけた。

 

 何が起こったんだ。

 

 いや、今そんなことはどうでもいい。

 

 あんな傷じゃ虚人はすぐに再生する。

 

「霧島さん横に!」

 

 華燐の叫ぶ声が聞こえた。

 

 霧島はその声に従い、横に跳んだ。

 

 華燐の赤い瞳に、虚人の姿が映し出される。

 

「華燐!」

 

 華燐と虚人の間を結ぶ全てが燃えた。

 

 空気は爆ぜ、大地を焦がし、塵は灰に。

 

 それは虚人でさえ例外ではない。

 

 虚人は燃え盛る体を抱き、熱を逃がすようにのたうち回る。

 

 それでも火が消えることはない。

 

 華燐の視界から逃れない限り、再生した体を燃料にして永遠に燃え続ける。

 

 そんな様子にふと、違和感を覚える。

 

 この程度の虚人を相手に、華燐がついていながら怪我人を出すはずがない。

 

「さすが祝さんですね。問題はここからです」

 

 虚人を見つめたまま、華燐が余裕のない表情でふふっと笑う。

 

 こいつのこんな顔は初めて見たな。

 

「……霧島、今すぐ逃げろ」

 

 霧島は一瞬だけ俺と華燐を見比べると、何も言わずに頷いた。

 

 去り際に、

 

「死ぬなよ」

 

 そう言って、麓の方へ走っていく。

 

「死ぬなよ……か」

 

 そんなこと言われたのは久しぶりだな。

 

「祝さん、休憩は終わりです。集中してください」

 

 感傷の海に沈みかけた意識を、華燐の声が水面まで引っ張り上げた。

 

 こんな時に俺は何をしているんだ。

 

 今は奴を納棺する。

 

 それだけを考えろ。

 

 気が付くと、虚人の表面が黒く染まっていた。

 

 黒く染まった部分は火の勢いが目に見えて鈍り、再生が火葬の炎を上回っている。

 

 華燐は火葬の出力を更に上げるが、それでも燃焼が追い付かない。

 

 均衡が崩れる。

 

 虚人は身を焼かれ苦痛に呻きながらも、立ち上がり、華燐に向かって前進する。

 

 黒く染まった表皮は、やがて漆黒の鎧のように全身を覆いつくした。

 

 虚人は右腕を後ろに引いたかと思うと、瞬きする間に華燐との距離を殺し、心臓を貫かんばかりの突きを繰り出す。

 

 その一撃を華燐はわかっていたように最小限の動きで回避し、虚人の後ろに回り込む。

 

 動作を予測したのだろう、相変わらず化け物じみた動きをする。

 

 俺は虚人に駆け寄り、袖に仕込んでいたナイフに葬を流す。

 

 俺の動きから、華燐が瞬時に俺の意図を汲み視線をナイフに落とす。

 

 俺の腕ごとナイフに火が灯る。

 

「……グッ……」

 

 うめき声が漏れ出る。

 

 腕が焼ける痛みを無視して、隙を晒す虚人の側面に刃を通す。

 

 鎧はあくまで表面を守るためのものらしい。

 

 刃が通った瞬間、傷口を火葬の炎が焼き、そこから祝葬が流れ込んだ。

 

 付けた傷を盗み見る。

 

 焼かれた傷は、一度生傷に戻り、その後肉が再生する。

 

 今の攻撃は効いてるわけだ。

 

「祝さん!」

 

 傷が焼かれ、癇に障ったのか、虚人が飛び回る羽虫を払いのけるように、腕を振り回す。

 

 華燐の声で間一髪、虚人から飛び退く。

 

 回避しきれず、ナイフで攻撃を受け流す。

 

 それでも威力を殺しきることが出来なかったらしい。

 

 腕の骨は軋み、体は後ろに吹き飛ばされた。

 

 吹き飛んだ体を華燐が受け止める。

 

「すまない華燐、助かった」

 

「……助かってないですよ」

 

 俺の腕を見つめる華燐の瞳は揺れていた。

 

 やけども骨折も酷いが、それだけだ。

 

 戦闘続行に支障はない。

 

 なのに何故。

 

「……すみません、話過ぎました」

 

 そう言って、華燐は俺を下ろすと、虚人と向かい合う。

 

「それで……祝さん、さっきの攻撃、効いていましたか?」

 

「刃も葬も通るようだ。表面はともかく、中身はいつも通り、人間と変わらない」

 

 見たままの事実を伝える。

 

「なるほど。ここから先は、どちらが最後まで立っていられるかの我慢比べ、というわけですか」

 

「やれるか?」

 

 俺の問いに、華燐が薄く笑う。

 

「ええ、もちろんです」

 

「そうか」

 

「仕切り直しといこうか」

 




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