俺の言葉を待っていたかのように、虚人が俺たちを排除しようと、人の脚ではありえない速度で距離を詰める。
怪我を治す時間はくれないようだ。
華燐の瞳が、直進する虚人の姿を捉え、燃やす。
やはり、大きなダメージにはならない。
だが、虚人が熱で一瞬、怯む。
「熱は有効みたいだな」
俺が動けるよう、華燐の火葬が一瞬だけ途切れる。
瞬間、虚人の懐へ潜り込み、ナイフで横腹を切りつける。
刃を食い込ませたまま、突進の勢いに合わせて体を横へ流し、背後に回る。
突進の勢いと遠心力を乗せたナイフが、虚人の腹を深く裂いた。
ここまでの傷は瞬時に再生できないらしい。
上半身を支え切れず、重心が崩れた。
「すまないが、倒れてもらうのは困る」
俺は刺さったナイフを上に引き上げ、虚人の体を支える。
再び虚人が燃える。
腹の裂傷まで火は広がり、さっきとは打って変わって、虚人が苦しみ、身を捩る。
不思議なことに、火は背後まで回ってこなかった。
俺が燃えないための配慮だろうか。
器用な奴だ。
燃える虚人を支え、葬を流し続ける。
すると、ナイフに掛かる重みが軽くなっていくことに気付く。
ナイフを見ると、傷口を覆うように、鎧が広がり始めていた。
ナイフを動かし、傷を広げるが、鎧が広がっていく方が速い。
あと数秒もすれば、傷を完全に覆い隠し、この拘束も振りほどかれるだろう。
適応が早すぎる。
「華燐!」
「見えています! 祝さんは離れてください!」
華燐の指示に従い、ナイフを抜き、距離を取る。
俺の支えを失った虚人は、体勢を崩すが転倒には至らない。
既に再生が火葬の炎を上回り、傷のほとんどが完治してしまっていた。
炎が虚人の背まで燃え広がり、勢いが強まる。
虚人が鎧を纏う速度が少し鈍る。
「腕、治ったみたいですね」
「ああ、そうみたいだな」
指摘されて、初めて気付く。
俺のそんな様子に、華燐は苦笑する。
「祝さん、この方を納棺するにはどれくらい掛かりますか」
俺に問う華燐は、顔に汗を滲ませ、大きく肩を上下させていた。
火葬を維持するため、相当な体力を奪われているようだった。
「……あれだけ魂が濁っていては、棺の設計もままならない。早くても十分は掛かる」
華燐の喉がコクと動く。
「十分ですか……それはまた」
華燐は何か言い掛けると、口を閉じて虚人を見据える。
長いですねとでも言おうとしたのだろう。
同時に、それを口にする体力も惜しいようだった。
それに、俺が伝えた十分という時間も、さっきのペースで葬を流せた場合の話だ。
火葬の全力使用が三分程で華燐のこの疲労度。
現実的じゃない。
かと言って、華燐を休ませ、俺一人でこいつを足止めし切れるとも思えない。
このままでは、ジリジリと体力を削られて負ける。
最終手段だが仕方ない。
「華燐、みさきに棺を設計させる。上手くいけば四分で、いや、三分で片がつく」
みさきは俺と違い、視覚や聴覚、嗅覚から魂を知覚できる。
あの状態の魂からでも棺の設計が可能。
それは華燐も知るところだ。
「……気乗りはしませんが、そうするしかなさそうですね」
大方、同じようなことを考えていたのだろう。察しが早くて助かる。
ともかく、華燐の同意は取れた。
「みさき!――」
そう、名前を呼ぼうとした瞬間。
「話は聞いてたっすよ!」
いつ移動したのか、洞穴の陰からみさきが飛び出してくる。
こんな状況だというのに、自分の実力を試せるのが嬉しいらしい。
発表会前の子どものようだった。
「遠くから、ずっとその人のこと見て、設計図、描いてたっすよ」
「あとは、近くで観察して、修正すれば完成っす」
そう言うみさきの手には、スクロールが握られており、大まかな棺の設計図が記入されているようだった。
本当に間のいい奴だ……!
「俺と華燐でお前を援護する。一分で残りを描き上げろ」
「……!」
みさきは目を見開いたと思うと、ニヤリと笑みを浮かべる。
「何言ってんすか、三十秒で完成させてみせるっすよ」
相変わらず、調子のいい奴だ。
だが、頼もしいのもまた事実か。
「ああ、任せたぞ」
「任されたっす!」
燃え盛る虚人を背に、互いの手を叩く。
「盛り上がっている最中、申し訳ありません。そろそろ抑えきれません!」
華燐の声に、意識が戦闘に引き戻される。
深く裂いたはずの傷は、業火で身を焼かれながらも完治してしまったようだ。
虚人は爪先に力を込め、今にも駆け出そうとしている。
「来ます!」
華燐の声を合図にして、俺と虚人は互いに駆け出した。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
感想・評価などいただけると、今後の励みになります。
引き続き、よろしくお願いします。