露出した傷が再び火に侵され、痛みが虚人の自由を奪う。
しかし、華燐も限界が近いのだろう。
見た目以上に、能力の出力に疲労が表れていた。
本来の華燐ならば、万全の再生力を上回る火力を出せていた。
それでも今は、祝葬で大きく削がれた再生力と拮抗している。
鎧や部分的な再生強化を考えると、これでもまだ時間が足りない。
「祝さん」
華燐が俺を呼んだ。
「私が残りの時間を稼ぎます。清乃江さんを手伝ってあげてください」
「そうすればきっとすぐです」
彼女はそう続けた。
みさきは、虚人の濁りを考えれば、とてつもない速さで、棺の設計を進めている。
だが、それでもあと四十秒は必要だ。
その間に誰か一人でも倒れれば、一巻の終わり。
ならば、俺がみさきを手伝い、設計図の完成を少しでも早める。
誰がどう考えても華燐の提案が正解だ。
だが、
「華燐、お前はその体で奴の攻撃を――」
その続きを言い掛けて、やめる。
華燐が、いつもの微笑みを浮かべていたから。
信じてくれと伝えているのがわかってしまったから。
俺はもう何も言えなかった。
口を引き結び、奥歯を噛む。
華燐にすべてを託し、目の前の虚人に背を向けて、みさきの方へ駆け寄る。
「みさき、俺も設計を手伝う。指示をくれ」
「設計自体はあと十秒もすれば完成っす。だから祝先輩は、荒い部分の修正を」
指示に従い、設計図を端から修正していく。
大きな粗はなく、線や要項を整えるだけで済みそうだった。
これなら、みさきが設計図を描き上げるのとほぼ同時に、修正も終わるだろう。
みさきが、こちらを一瞥すると、
「祝先輩、口の血、設計図に落とさないようにするっすよ」
手を動かしたままそう指摘する。
確かに鉄の味がした。
「すまない」
口に付いた血を拭う。
背後から感じていた熱が消える。
華燐は火葬を解除したようだ。
「急ぐぞ」
「もうやってるっす」
華燐が戦う音を背にして、俺とみさきはそれぞれ、目の前の設計図に全神経を注ぎ、描き進める。
そして、
「設計図、完成したっす。祝先輩!」
みさきが設計図を描き上げ、俺の修正を急かす。
「ああ、わかっている。……よし、修正も終わり、完成だ」
そのまま、手に持った設計図に葬を流す。
葬が流れた箇所から、設計図は光の粒子に変化し、設計した棺を形作っていく。
棺の方は放っておいてもあと数秒で完成する。
今は華燐を――。
棺が意識から外れ、華燐の方を振り返る。
目に映ったのは、火葬の炎を無視して、腕を振り下ろす虚人と、虚人を見つめ膝をつく華燐の姿だった。
思考が駆け巡る。
どうすればこの状況を打開できるのか、どうすれば華燐を助けられるのか。
様々な思いや考えが湧いてきた。
だが、そのすべてが間に合わない。
「華燐!」
「華燐さん!」
俺たちは、華燐の名を呼ぶが、目の前の現実は揺らがない。
瞬きをする間に、華燐の命の火は消えてしまうだろう。
迫りくる現実を受け入れられず、手を伸ばす。
空を裂く音が聞こえた。
その音はこちらではない。
華燐と虚人の間へ向かっていた。
刹那、華燐の命を刈り取るはずだった虚人の腕が、見覚えのある短刀によって切断された。
虚人の腕が宙を舞う。
華燐がこの隙を見逃すはずがない。
宙を舞う短刀を掴むと、正中線をなぞるようにして、渾身の一太刀を浴びせる。
刃は鎧を切り裂き、中の肉を火葬の炎で焼き付ける。
状況は把握しきれないが、華燐が危機を脱したのは確かだ。
このチャンスをつかみ損ねるわけにはいかない。
「みさき、棺の準備は」
「棺、準備OKっす! いつでも納棺できるっす!」
みさきが棺をこちらへ押し出す。
俺はそれを担ぐようにして受け取り、華燐の元へ向かう。
武器を得た華燐は、片腕を失った虚人と白兵戦を演じていた。
奴が失った腕の方に回り込み、足を削ることで、何とか耐えしのいでいた。
既に虚人の腕は半分生えてきており、この状況も長くは続かない。
奴の腕が回復する前に納棺する。
「華燐!」
華燐の名前を呼び、虚人を挟んで向かい合う。
華燐は俺の動きと棺を見ると、意図を瞬時にくみ取ったようだ。
虚人の攻撃を、生えてくる腕の方へ回り込み躱す。
そして今度は、短刀で切りつけるのではなく、ただ力強く蹴りを叩き込んだ。
良い蹴りだ。
華燐に蹴りを叩き込まれた虚人が、こちらに向かって吹き飛ばされてくる。
棺の蓋が開く。
「お前のために設えた棺だ。存分に眠れ、ウィスプ」
棺を虚人目掛けて放り投げる。
次の瞬間、虚人は棺に吸い込まれるようにして収まり、蓋が閉じる。
中で虚人が暴れるが、それを見越して設計された棺だ。
そう簡単には破れまい。
その後、数十秒もの間、虚人は中で暴れたが次第に大人しくなっていき、遂には完全に沈黙した。
みさきと華燐がこちらに駆け寄ってくる。
「納棺……できたっすよね?」
みさきが不安げにそう聞いてくる。
「ああ、濁りが浄化されていくのが見えた。もう大丈夫だ」
二人はどこかホッとしたように息を吐く。
「とりあえず華燐、全員で生きて帰れそうだが」
何か言うことはないのか?
言外にそう告げる。
華燐はハッとしたように目を開くと、
「皆さん、大変お疲れさまでした」
そう言って微笑んだ。
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