Wisp Buriers -ウィスプ・ベリアーズ-   作:ttr@

4 / 4
四 納棺

◇ 祝祈零

 

 薄暗い路地の前、俺とみさきは位置を入れ替える。

 

 俺を先頭に少し後ろにみさき、そのすぐ後ろに霧島を置く。

 

 これなら、何かあっても、みさきが霧島を守るだろう。

 

 そう判断し、薄暗い路地に入る。

 

 しばらく路地を進み、突き当りまで来るが、虚人の姿が見えない。

 

 立ち止まり周囲を見渡す。

 

 瞬間、視界の端に人の形をした濁りが見えた気がした。

 

 反射的に体を仰け反らせると、紙一枚程上で腕が空を切る。

 

 バゴンッ。

 

 空を切った腕が壁を乾いた菓子のように容易く砕く。

 

 重機か何かか。

 

 仰け反った勢いのまま、体を後ろに回転させ距離を取り、濁りの方に視線をやる。

 

 そこには人の形をした濁り――虚人がいた。

 

「祝さん!」

 

 遅れて霧島の声が聞こえる。

 

「みさき、霧島と少し下がってろ」

 

「了解っす」

 

「それと、近くにはその人以外の匂いはないっすね」

 

 みさきはそう言い、霧島を連れて距離を取る。

 

 みさきには霧島を守ることに集中させたい。

 

 と、なると――。

 

「みさき、今回は俺が全部やる。だから――」

 

「何度も言わなくて大丈夫っすよ。霧島さんには傷一つ付けさせないっすよ」

 

 頼もしい限りだ。

 

 思わず口の端が上がる。

 

 頬を薄く噛み、緩んだ気を引き締め、改めて虚人と対峙する。

 

 若い男の体をした虚人だった。

 

 拒否反応が酷く、全身痒んだのだろう。衣服のあらゆる個所が裂けていた。

 

 特に痒むのか、腹部を何度も掻き、腹の肉が抉れたそばから再生しているのが見える。

 

 ……一刻も早く葬ってやらないとな。

 

「これより、納棺を始める」

 

 俺は目の前の虚人へ十字架を切った。

 

◇ 霧島

 

 これより、納棺を始める。

 

 祝がそう言い、虚人へ十字架を切った。

 

 刹那、視界から虚人が消える。

 

 いや、違う。

 

 一跳びで祝を跳び越え、真っ先に俺を殺しに来るのだろう。

 

 こちらへ向かってくるのが見えた。

 

 なんで俺から、いやこの場で一番殺しやすいからか、そもそもそんな知性が……

 

 様々な思考で頭の中がぐちゃぐちゃになる。

 

 だが、最後は――あ、俺死ぬんだ。

 

 そう死を覚悟した。

 

「慌てるな」

 

 祝の腕が頭上を通過する虚人の足を掴む。

 

「お前の相手は俺だ」

 

 そう言って、虚人を地面に叩きつけようとする。

 

 しかし、地面に叩き付けられる直前、虚人が地面に手を付き自身の体を受け止める。

 

 叩きつけられた反動を利用して体を起こし、足を掴む祝の腕に手を振りかぶる。

 

 それを見た祝は、足を掴んでいた腕を振り上げ、虚人を軽く放り投げる。

 

 祝に背を向けた形で、宙に放り出された虚人の腕はまたしても祝を捉えることは叶わない。

 

「甘いな」

 

 祝は、落ちてきた虚人に蹴りを入れる。

 

 蹴りを叩き込まれた虚人は背側にくの字に曲がり、ボギリ、と鈍い音を路地に響かせる。

 

 虚人がサッカーボールのように物凄い勢いで壁にぶつかる。

 

 俺が目の前で起こっていることの処理に必死になっていると、

 

「霧島さん」

 

 と、清乃江がポンッと俺の両肩に手を置いてくる。

 

 ビクリとして、清乃江を見ると、

 

「息、忘れてるっすよ」

 

 そう言われて初めて、自分が息をしていないことに気が付いた。

 

「ブハッ……ハァ……ハァ……」

 

 肺が酸素を求めて、浅い呼吸を繰り返す。

 

 いったい何秒息を止めていたのか。

 

 そんなことを考えていると、

 

「だいたい十秒くらいっすかね」

 

「……ハァ……なんで考えてることが……ハァ……わかるんだよ……」

 

 思わず素の口調で返す。

 

「顔に書いてるっすから」

 

 清乃江は当然のようにそう答えた。

 

 息を整え視線を戻すと、祝と虚人が互いに幾ばくも無い距離で戦っていた。

 

 虚人は祝に砕かれた背が治ったのだろうか、ダメージを受けた気配もなく、目の前の敵を退けようとするように、何度も腕を振るう。

 

 一方で祝は、いつの間に取り出したのだろうか、手には何か長い紙――スクロールとペンの形をしたナイフを持っていた。

 

 ナイフがぼんやりと光っている気がするのは気のせいか?

 

 紙一重で虚人の攻撃を躱しながら、虚人を切りつけてはスクロールに何かを書き込んでいく。

 

 祝の動きとスクロールが空を泳ぐ様子は、まるで何かの舞のようだった。

 

「あれはいったい……」

 

「棺の設計っすよ。祝先輩、やたら器用なんすよ」

 

 清乃江が感心と呆れどちらとも付かないように言う。

 

 そうだ、さっき祝は葬るためには棺がいると言っていた。

 

「まさか……戦いながら作るのか……?」

 

 だがどうやって……?

 

 設計図を描いたとしても材料がなければ、棺なんて作りようがない。

 

 いや、仮に棺を作れたとして、

 

「あんな化け物相手をどうやって棺に納めるんだ?」

 

 一見して、祝が虚人の攻撃を紙一重で躱し、一方的に切りつけ優勢だ。

 

 だが実際は、祝が付けた傷はすぐに塞がる。

 

 攻撃の勢いが止まる気配もない。

 

 これではジリ貧もいいとこだろう。

 

「霧島さん、葬儀屋が葬儀屋足りえるのはなんでか知ってるっすか?」

 

 清乃江が俺に問う。

 

「知らない」

 

 そんなこと今日まで考えようと思ったこともない。

 

「葬儀屋は全員、葬と呼ばれる特殊能力を持ってるからっす」

 

 漫画みたいっすよね。

 

 清乃江はそう続ける。

 

 知恵熱が出そうだが、つまりは、

 

「……祝にもその葬とやらがあるから心配は要らないってことでいいんだな?」

 

 清乃江が頷き、続けた。

 

「だから、祝先輩のこと、見てた方がいいっすよ」

 

 祝先輩が全部見せてくれるの結構レアなんすから。

 

 その声は信頼で満ちていたように聞こえた。

 

◇ 祝祈零

 

 虚人の攻撃を躱しながら、こいつの濁り――魂を観察し棺の設計図を描き起こしていく。

 

 棺の設計はもうすぐ終わる。

 

 問題は、こいつの再生だ。

 

 隙を見つけては、ナイフで傷をつけていく。

 

 チラとつけた傷を見ると、すぐに再生が始まり、瞬きする間に完治してしまう。

 

 戦闘を開始して、少なくない傷をつけたはずだが、依然として葬の効果は表れない。

 

 俺の葬――祝葬は、傷を癒すための力だ。

 

 ただし、虚人の再生は癒しじゃない。

 

 死ねなかった魂を器に縫い止める歪みだ。

 

 だから俺の祝福は、その歪みだけを零に帰す。

 

 自分でも、強力な葬だと思う。

 

 だが反面、少々効きが悪い。

 

 そろそろのはずなんだが。

 

 そう考えながら、虚人へ向かい駆ける。

 

 虚人が俺を迎え撃とうと腕を後ろに逸らすのが見える。

 

 縦の大振りか。

 

 見切りをつけた俺は、虚人が振りかぶる直前、虚人目掛けて、強く地面を蹴り跳んだ。

 

 前方へ加速する体を捻り、虚人を仰ぎ見る。

 

 股をくぐる際、前方へ抜ける勢いを乗せ、ナイフで虚人の腹を深く切る。

 

 虚人の背側へ抜ける。

 

 地面に腕を付き軸にする。

 

 足を大きく回して虚人の方を向いて着地する。

 

 少しして虚人がこちらを向く。

 

 腹の傷はまだ塞がっていなかった。

 

 ようやく効いたみたいだな。

 

 葬が効き魂の濁りが薄まり、本来の魂の輪郭が浮かび上がる。

 

「……女だったのか」

 

 今までの違和感が符合する。

 

 あと少し待ってろ。

 

 目の前の魂にそう告げ、再度虚人へ接近する。

 

 葬が効いた虚人にさっきまでの脅威はなかった。

 

 動きも再生も格段に鈍り、付けた傷がそのままダメージになっていく。

 

 至近距離から魂を観察して、設計図を修正し、最後まで描き上げる。

 

 描き上げた設計図に葬を流す。

 

 設計図は葬を流した場所から、次第に光の粒子へ変わっていく。

 

 粒子は意思を持ったように一か所に流れ、棺を形成する。

 

 棺が設計通りに形成されるのを横目に、虚人が棺の中で暴れられないようにする。

 

 何度も葬を流し込み、虚人としての性質の大半を失った今、無闇に体を傷つける必要はない。

 

 目立たない位置の肉や腱を削いでいく。

 

 全ての粒子が集まり、棺が完成する。

 

 完成した棺の蓋が開く。

 

 俺は立っているのがやっとな虚人の胸を押し、棺の方に向かう。

 

 棺へ向かう最中も、虚人は抵抗し俺の体に浅い傷が刻まれていく。

 

 その姿はまるで何かを守っているように見えた。

 

 虚人を棺へ入れる。

 

「お前を……お前たちを害するやつはあの世にはいない」

 

「だから、安心して眠れ……ウィスプ」

 

 そう言って、虚人の胸から手を離す。

 

 棺の蓋が閉じる。

 

 少しの間、棺が揺れていたが、それもすぐ止む。

 

 どうやら納棺できたらしい。

 

 それを確認した俺は、納棺した魂を想って十字架を切り、祈る。

 

 彼らに死後の安寧が訪れるように、と。




ここまで読んでいただきありがとうございます。
感想・評価などいただけると、今後の励みになります。
引き続き、よろしくお願いします。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。