一 休暇の終わり
◇ 霧島
祝《はふり》たちとの一件から一週間程が経った。
あの日、木村に報告を終えた後、俺は数日の休暇を与えられた。
なんでも、葬儀屋関係、特に虚人が直接関わる案件には療養として休暇が出るらしい。
ありがたい、とは思わなかった。
命の危険もある。
……何より、警察として関わる以上、木村が遺族にしていた対応を俺もいずれはすることになる。
それを考えれば少なすぎるくらいだろう。
そして休暇が明けてからも、特に何かが起きることはなかった。
むしろいつもより穏やかな日々を過ごせた。
木村や祝の言いようから、休暇が明ければ、またすぐにでも駆り出されるのではと考えていたが杞憂だったようだ。
実際、この一週間は葬儀屋や虚人といった単語を聞くこともなかった。
波風のない日常を謳歌したい俺としては願ったりだ。
虚人《うつろびと》が近くにいるかもしれないと知り、少々刺激的になってしまったが……。
それはともかく、無事にこうして休日を迎えられたんだ。
録りためていたドラマでも観てくつろぐか、それともいっそどこかに出かけて疲れを癒すか。
そんなことを考えていると、机の上の携帯がコールの音と共にブブッと揺れ始める。
発信者を確認すると、画面には木村と表示されていた。
木村が休みに電話を掛けてくるなんて、面倒ごとの匂いしかしない。
無視を決め込むかを本気で検討するが、より面倒なことになるのがわかりきっている。
仕方なく応答ボタンを押して、電話に出る。
「お、出たな。霧島、休みのところ悪いが今から出て来れるか?」
これ、確認してるが強制だろ。
「……それは何の用ですか?」
せめてもの抵抗に質問する。
「葬儀屋案件だ。祝に要請が出たんだが、現場が遠い上にアクセスも悪くてな。送迎役を兼ねたアシスタントとして同行してほしいんだ」
「木村さんじゃダメなんですか?」
「それが出来ないから、こうしてお前に連絡しているんだ」
とりあえず、俺の貴重な休みが終わったことを理解する。
むしろ、計画を立てる前でよかった。
そう思うことにした。
ポジティブシンキングってやつだ。
「……その件が終わったら、割増しで休暇もらいますからね」
「任せておけ。それじゃ、そうだな。二、三日分の着替えを用意して、署の横の駐車場まで来てくれ」
私服でいいからな。
そう言うと、木村は通話を切った。
携帯のツーツーという音が妙に耳に響く。
あいつ、今二、三日つったか?
期間を確認しなかった俺も悪いが、そういうことは先に伝えるだろう。
というか、どこに祝を送るのかも聞いてないぞ。
ハァァ……と大きくため息を吐く。
もういい、いつものことだ。
「準備でもするかぁ……」
自分でも驚くほど疲れた声が出た。
*
木村の指定した通りの時間に署に着くよう、俺は準備をして家を出る。
署に向かう際、いつもと同じように通りを歩いていく。
以前、祝たちと虚人を追った通りだ。
普段生活する中では、あの一件の後も、特段何か意識するようなことはなかった。
だが、祝――恐らく清乃江ともこうして会うとなると、見え方が変わることに気付く。
通りを行き交う人々の中にも虚人が紛れているのではないか、こうしている瞬間にも虚人が人々を襲うのではないか。
そんなことばかり浮かんでくる。
祝が虚人を納棺した路地に至っては、命の危険を感じているのか、直前で向かい側の歩道へ渡り、距離を取ってしまう。
これが生存本能というやつだろうか。
人間、野生の本能が薄れているだなんだと言われるが、捨てたものではないらしい。
などと、妙に感心してしまう。
乾いた笑いが零れる。
どちらにせよ、これからのことを想像して、こんな本能が呼び起こされているんだ。
碌なものじゃない。
そうこう考えていると、通りを抜けて警察署が見えてくる。
駐車場に行けばいいんだったな。
行ったことも、ましてや利用したこともない。
精々、帰り道に視界の端に映っていたかどうかといった程度だ。
おぼろげな記憶を頼りに、警察署の前を横切り、角を曲がると、見覚えのある色の頭――祝と清乃江が見えた。
こういうとき目立つ特徴を持っていると探しやすくて助かるな。
祝たちを目印にして駐車場へ向かう。
駐車場の前で信号を待っていると、清乃江がこちらに気付いたようだ。
祝に声を掛ける。
俺が来たことを伝えたのだろう、二人揃ってこちらを向くのが見える。
清乃江に至っては、ブンブンと手を振ってくる。
今更だが、こいつが猫を被るのは無理があるだろうと、改めて思う。
信号が青になり、道路を渡る。
道路を渡る間も、清乃江はこちらにずっと手を振り続ける。
俺が反応するまで手を振り続けるつもりだろうか。
このまま放置することも考えたが、振り続けられる手に、何とも言えない哀愁を覚えて軽く手を上げてしまう。
清乃江は俺が手を上げるのを見て満足そうな顔をして、手を振るのをやめる。
なんとなく負けた気がするのは気のせいだろうか。
信号を渡り終え、二人と合流する。
形式的な挨拶を早々に終えると、祝が「久しぶりだな、元気にしていたか?」と、聞いてくる。
虚人と関わったが大丈夫かといった意味もあるのだろう。
見た目よりずっと気を遣うやつだ。
「そうだな、さっきまでは元気にくつろいでいたさ」
意地が悪いとも思いつつ、休みが無くなったことを冗談めかして伝える。
「すまない」
祝が律儀に謝ってくる。
「今回の件が終わったら、長めに休暇を出すよう俺からも言っておこう」
冗談が通じているのか、通じていないのか判断に困ったが、本人は気にした様子もない。
それなら、厚意に甘えてもいいだろう。
「頼む」
とだけ言葉を返すと、駐車場に入り、今回乗る車の前まで案内してもらう。
なんの変哲もない普通の車だった。
ただ、金払いはいいのか国産のそこそこいいやつだ。
何度もCMで見たことがある。
運転席のドアを開け、席に座ると、清乃江が助手席にニコニコと乗り込んでくる。
そんな清乃江の顔を見て、
「チェンジだ」
思わずそう口に出す。
「えー、なんでっすか! なんでチェンジなんすか」
納得いかないと清乃江がぶつくさと騒ぎ出す。
そういうところなんだがな。
「そのテンションで運転中横にずっといられるのは疲れるんだよ」
行きに静かにしてたら、帰りは助手席に乗せてやるからと、子どもを諭すように言って聞かせると、清乃江は渋々引き下がる。
清乃江に変わって、祝が助手席に座る。
「今回、俺はお前たちの足役らしいんだが、どこに連れて行けばいいんだ?」
すると、後部座席から清乃江が、
「あれ? 霧島さん、木村さんから聞いてないんすか? 小鳥谷っすよ。小鳥谷」
と、聞いてもないのに得意げに話しに割って入ってくる。
仕方ないっすね。
とでも言いたげな雰囲気だった。
何故こいつには、一々こうもイライラさせられるのだろうか。
……にしても、小鳥谷か。
虚人なんかとは縁遠い、何とも麗らかそうな場所だ。
「小鳥谷ってどの辺りかわかるか?」
とりあえず祝に聞いてみる。
「県境近くの山奥にある町だ。ここからなら、車で二時間半ってところか」
既に昼を過ぎ、二時も近い。
休憩のことも考えると、着くころには夕方か。
と算段を立て、車を動かす。
「祝、目的地をナビに入れておいてくれ」
「わかった」
祝がナビをいじりだす。
しばらく車を走らせると、信号に引っかかる。
俺はいいタイミングだと思い、今回の件について聞くことにした。
「……それで、要請があったって聞いたが、俺たちは何をしに行くんだ?」
いや、何故お前が呼ばれたのかの方が正しいか。
そう続けた。
「上位の虚人が現れたそうだ。周辺の棺屋じゃ、そいつに合う棺を作ってやれないらしい」
「だから俺が呼ばれた」
祝がそう締めくくる。
簡潔なのはいい。
だが、少し待ってくれ。
「棺屋ってなんだ? 葬儀屋と何か違うのか?」
俺は祝にそう尋ねると、説明していなかったか? といった顔をされる。
してないんだよ。
そんなやり取りを見かねたのか、清乃江が後部座席からつまらなそうな声で、
「本来、虚人と葬を使って戦うのが葬儀屋で、棺屋は魂を知覚して、虚人に合った棺を作るんすよ。それもその場で攻撃を避けながら」
「まあ、関係者以外には、便宜上、棺屋も葬儀屋って名乗ってるんすけどね」
つまり、戦うのが葬儀屋で、棺を作るのが棺屋というわけだ。
では、祝はどうなんだ。
以前、確かにあいつは葬儀屋と棺屋どちらの動きも見せていた。
「祝先輩はどっちでもあるっすよ」
「葬を持って、魂を知覚できる。そんな人を業界では双葬者《そうそうしゃ》なんて呼ぶっす」
疑問が顔に出ていたのだろうか、清乃江が俺の疑問に先回りする。
それを聞いて疑問が解消されると同時に、こいつらの業界のことなんて、全く知らないが相当レアなんじゃないか?
そんな考えが浮かんでくる。
祝の方をチラと見る。
その視線に気づき、祝もこちらを流し見る。
すると、興味なさげに「らしいな」とだけ呟いた。
車内を静寂が支配する。
……気まずいがあと一つだけ確認しておくべきことがある。
「……その上位の虚人ってのは、どれくらい強いんだ?」
「そうだな、前に納棺したのを一として、上位の虚人はピンキリだが、五から十といったところか」
「……」
祝の言葉に絶句する。
前のやつでも死にかけたというのに最低でも五倍は強いらしい。
俺はこの後の休暇が、永遠の休暇にならないことを願い、運転を続けた。
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