◇ 祝祈零
「着いたぞ」
霧島の声で目が覚める。
どうやら眠ってしまっていたようだ。
道中の半分を過ぎた辺りで、「宿に着いたら起こしてやる」と言われたことを思い出す。
霧島は助手席のドアを開けて声を掛けてきたようだった。
霧島とドアの間から辺りを見回すと、小さな宿泊施設が目に入った。
車から出ようと体を動かすと、狭い助手席で同じ姿勢のままだったせいか、頭は多少すっきりしているのに、体の方は凝り固まっていた。
外に出て首や体の節をほぐし血液を巡らせる。
「一人で運転させて悪かったな」
「元々、お前たちの足役なんだ。気にしないでいい」
それよりもと、霧島が親指でクイクイと、後部座席の方を指す。
そちらに目を向けると、後部座席を贅沢に使い横になっているみさきがいた。
よほど熟睡しているらしい。
俺と霧島の声で起きることもなく、気持ちよさそうに寝息を立てている。
みさきをどう起こすのかということを言いたいのだろうか。
「普通に揺すって起こせばいいだろう」
素直にそう答えると、
「いや、……その……だからさ」
霧島が言い淀む。
何かおかしなことを言ったのだろうか。
そんなことを考えているうちに、霧島は開いたドアの上辺に腕を乗せ、そこに顔を埋め始めた。
心なしか赤く染まった頬が見える。
……まさかとは思うが。
「みさきに触れるのが恥ずかしいのか?」
「……ッ、女に触れるのに慣れないだけだ」
どうやら図星だったらしい。
普段みさきを軽くあしらう姿からはかけ離れた姿だった。
てっきり、そういう経験は豊富だと思っていたんだが。
人は見かけによらないものだ。
「少し意外だが……分かった。俺がみさきを起こそう」
後部座席のドアに手を掛ける。
「……すまない。それと清乃江には言わないでもらえると助かる」
「言わないさ」
消えそうな声でありがとうと礼を言う霧島に、気にするなと手をひらひらとして返しておく。
ドアを開けると、みさきの身長であっても狭いのだろう。
身を縮めてどうにか後部座席に収まって眠る姿があった。
「起きろ」
とみさきに声を掛けながら揺する。
しばらく同じように揺すってもみさきは起きなかった。
痺れが切れた俺はみさきの背を遠慮なく叩いた。
パァン、と気持ちのいい音が鳴る。
「……いったぁ!」
みさきが目を覚ました。
「目が覚めたか」
「目が覚めたか。じゃないっすよ! なんで叩くんすか!」
叩いた場所をさすりながら、みさきが非難するような目でこちらを見てくる。
「よほどそこの寝心地がいいらしくてな。揺すっても起きなかったからだ」
「……それでも、もっと優しく起こして欲しかったっす……」
自分の非を認めたのだろう。
みさきの語気が萎んでいく。
「そうして欲しいなら、今度はすぐに起きればいい」
「そういうことじゃないんすけど……」
まだ何か言いたそうだったが、「この話は終わりだ」と切り上げると、みさきが車から降りてくる。
まだ背をさする姿を見て、次はもう少し加減してやろうと思った。
俺たちは積んでいた荷物を取りに、トランクへ向かう。
だが、その前に霧島が、
「荷物なら宿に運んでおいた。チェックインも済んでいる」
と言って、ちゃらりと二つの鍵を見せる。
「ついてきてくれ」
と宿の方に向かう。
俺もみさきもその背を追った。
そういえば、俺を起こすときも、霧島は助手席のドアを開けていた。
今になって、その理由が分かった気がした。
宿に入ると、霧島は慣れた様子で俺たちを奥へ案内した。
やがて、隣り合う二つの部屋の前で足を止める。
「ここだ」
と告げると、みさきに持っていた片方の鍵を渡す。
よく見ると、鍵ではなく、鍵に付いた円柱状のキーホルダーの方を差し出していた。
それに気付くことなく、
「ありがとうっす」
と言って、みさきが鍵を受け取り部屋に入っていく。
「俺たちも部屋に入ろう」
部屋に鍵を差し、ドアノブに手を掛ける。
「祝、鍵を受け取るときにスタッフにこれを渡されたんだが」
「何かわかるか?」
霧島がポケットから、封蝋で閉じられた手紙を差し出す。
今の時代、手紙というだけで珍しいのに、ここまで行くと骨董品の類だな、と思いながら手紙を受け取る。
封蝋をよく見ると、見覚えのある花火の模様が刻まれていた。
この模様を使う人物を俺は一人しか知らない。
「華燐《かりん》からだな」
「手紙の差出人と知り合いなのか?」
「今回俺たちをこんなところに呼んだ奴さ」
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