魂の葬儀屋 ―Wisp Buriers―   作:ttr@

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四 冷えた缶と火葬の女

十時前、「華燐に会ってくる」と霧島に伝え、部屋を出た。

 

 華燐が指定した時間までは、あと十分ほどある。少し早いだろうかと思いつつ、宿の外へ向かう。

 

 夕方に一度外へ出た時、少し肌寒かったことを思い出す。

 

 夏も終わって、もう秋か。

 

 そんなことを考えながら、受付横の自動販売機に立ち寄った。

 

 山間部で冷えやすいからか、まだ早い時期だというのに、ホットの欄にはいくつか飲み物が並んでいる。

 

 暖かいカフェオレとお茶を一つずつ選び、ボタンを押した。

 

 ガタン、ガタン、と自動販売機が元気のいい音を立て、飲み物を吐き出す。

 

 受け取り口から二本の缶を取り出す。

 

 すると、機械の設定ミスだろうか。

 

 手に取ったカフェオレは、芯から冷え切っていた。

 

 しばらく、それを見つめる。

 

 俺が飲む方なだけマシだな。

 

 そう気持ちを飲み下すことにして、俺は宿の外に出た。

 

「祝さん」

 

 横から声を掛けられる。

 

 振り向くと、宿から少し離れた場所に華燐が立っていた。

 

 今回、俺たちを呼んだ張本人であり、手紙の差出人。

 

 燈守華燐。

 

 薄い灯りに照らされながら、華燐は両手を前で重ね、火を思わせる美しい赤い目で、こちらを見つめていた。

 

 黒い髪が風で揺れる。

 

 目が合うと、待ち合わせの時間を確かめるように一度だけ視線を落とし、それから少しだけ嬉しそうに笑った。

 

「すまない。待たせたみたいだな」

 

「いいえ、私も今来たところですから」

 

 そう言うには、華燐の立ち姿は少し落ち着きすぎているように見えた。

 

「それに、まだ待ち合わせより五分も前です」

 

 華燐はそう言うと、首を少し傾けた。

 

 任務の話をするために待っていた、というよりは。

 

 ただ、来ると分かっている誰かを、先に見つけられたことが嬉しい。

 

 そんな顔に見えた。

 

 口元を押さえて「ふふっ」と華燐が笑う。

 

「なんだか、少女漫画のようでおかしくて」

 

 言われてみれば、まさにこの状況は、切り抜かれた少女漫画の一場面のようだった。

 

 気付くと華燐につられ、口の端が上がってしまっている。

 

「そうだな、お前の言うとおりだ」

 

 一しきり笑いあうと、微笑みから一転して、華燐の目つきが変わった。

 

「今回、祝さんたちをお呼びした件なのですが」

 

 そう前置きして、華燐は本題に入る。

 

「上位虚人と接敵したが、棺を作れる者がいない、だったか」

 

 確認もかねて、要請の内容をそのままそらんじる。

 

「その通りです。より正確に言えば、棺を設計する時間がない、というべきでしょうか。」

 

「と言うと?」

 

「私の火葬だけでは動きを止めきれないんです。ですから、祝さんたちの力をお借りできればと思い要請を……」

 

「そういうことか」

 

 と、納得する。

 

 同時に、また別の問題が生えてくる。

 

 華燐の葬、火葬は視界に入った物を任意で燃やす。

 

 これだけのシンプルな能力だが、俺の祝葬とは違い、圧倒的な制圧力を持つ。

 

 普通の虚人なら、華燐の視界に入った時点で燃え、再生が追い付かずに身動きが取れなくなる程だ。

 

 それでも、動きを止められない虚人か。

 

「考えられるのは、肉が焼けるのを上回る再生能力、華燐の視界から外れ続ける機動力。あるいは、その両方といったところか」

 

「どうなんだ?」

 

 華燐に問う。

 

「さすが祝さんですね。理解が速くて助かります」

 

 華燐が嬉しそうに顔の前で手を合わせる。

 

「世辞はいい。それで?」

 

「結論から申し上げますと、その両方です」

 

「俺たちが呼ばれるわけだな」

 

 思わずため息を吐く。

 

 恐らく、華燐だけでもその虚人に負けることはないだろう。

 

 それは、華燐がこうして無傷でこの場にいることが証明している。

 

 だが、納棺になると話が変わってくる。

 

 いくら華燐――葬儀屋が強くても、虚人を拘束できないのであれば、その攻撃を搔い潜るだけの能力が棺屋側にも求められる。

 

 その上で、棺の設計を求められるわけだ。

 

 そういったケースに対応できる棺屋は極少数だ。

 

 その事情からも、俺個人に要請が回ってくることは少なくない。

 

 虚人を弱体化させ、棺まで設計できる俺はよほど都合がいいわけだ。

 

「明日、納棺まで終わらせるのか?」

 

「清乃江さんもいますし、そのつもりです。ですので、明日の朝九時、受付で落ち合いたいのですがいかがでしょうか?」

 

「了解した」

 

 話しておくべきことは話し終えたのか、俺と華燐の間に沈黙が流れる。

 

 華燐は落ち着かないのか、指の先を組んで感触を確かめるように動かしていた。

 

 俺も何か忘れているような気がして、それが何か考え込んでいると、華燐の視線が手に持った飲み物へ向けられる。

 

「祝さん、その、手に持っている飲み物はどうされたんですか?」

 

 思い出した。

 

 華燐に渡すためにお茶を買っておいたのだった。

 

「すまない、渡すのを忘れていた。お茶でよかったか?」

 

 華燐にお茶を差し出しながら尋ねる。

 

 華燐はお茶を受け取ると、

 

「はい、お茶は好きなので嬉しいです」

 

 と言って掲げて見せる。

 

「少しいただいてもいいですか?」

 

 華燐は律儀にそう尋ねる。

 

「それはもうお前のものだ、好きに飲めばいい」

 

「ふふ、それではありがたくいただきますね」

 

 容器の蓋を開き、コクコクとお茶を飲んでいく。

 

 そんなありふれた日常の一コマの光景も、妙に艶っぽく、絵になってしまうのだから、美人というのは得だなと思う。

 

 二、三度嚥下した頃、容器から口を離す。

 

「ふぅ」

 

 と一息吐く華燐の頬は、温かい飲み物を飲んだから少し上気し、赤らんでいた。

 

 その姿に、ほんの一瞬、目を奪われる。

 

 こちらの視線に気が付いたのだろう。

 

「なにかありましたか?」

 

 不思議そうにコテと首を横に傾げる。

 

「……いや、何でもない」

 

「そうですか」

 

「祝さんはそれ、飲まないんですか?」

 

 視線が残ったカフェオレに落ちる。

 

「自販機の設定ミスでな、ホットを買ったつもりが、アイスが出てきたんだ」

 

 そう説明する。

 

「……」

 

 華燐が何か考え込む。

 

 何か言いだそうと迷っているようだった。

 

 その間も、視線は俺の持つカフェオレに注がれていた。

 

 これが欲しいのか?

 

 そう思って、カフェオレを差し出す。

 

「いえ、その……欲しいわけではないんですが」

 

 そう言いつつ、缶を受け取る。

 

「そうですね、冷たいままでは、祝さんが可哀想ですから」

 

 華燐は改めて、缶を見つめる。

 

 心なしか、華燐の赤い瞳と、缶の表面が熱を帯びたように見えた。

 

「……燃やすんじゃないぞ」

 

「燃やしませんよ」

 

 華燐は不満だったのか、少しだけ口を尖らせる。

 

 しばらくすると、温め終えたのだろうか、華燐が缶の蓋を開き、口を付ける。

 

 満足する出来だったのか、うんうんと頷いていた。

 

「上手く温まりました。祝さんもどうぞ」

 

 そう差し出された缶を受け取り、口に運ぶ。

 

 華燐が頷くのもわかる。

 

 ちょうどいい温かさだった。

 

 俺が「ありがとう」と感謝を伝えると、

 

 華燐も「どういたしまして」と返してくる。

 

 その時の華燐の顔は、心なしかさっきよりも赤くなっていたように見えた。




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