十時前、「華燐に会ってくる」と霧島に伝え、部屋を出た。
華燐が指定した時間までは、あと十分ほどある。少し早いだろうかと思いつつ、宿の外へ向かう。
夕方に一度外へ出た時、少し肌寒かったことを思い出す。
夏も終わって、もう秋か。
そんなことを考えながら、受付横の自動販売機に立ち寄った。
山間部で冷えやすいからか、まだ早い時期だというのに、ホットの欄にはいくつか飲み物が並んでいる。
暖かいカフェオレとお茶を一つずつ選び、ボタンを押した。
ガタン、ガタン、と自動販売機が元気のいい音を立て、飲み物を吐き出す。
受け取り口から二本の缶を取り出す。
すると、機械の設定ミスだろうか。
手に取ったカフェオレは、芯から冷え切っていた。
しばらく、それを見つめる。
俺が飲む方なだけマシだな。
そう気持ちを飲み下すことにして、俺は宿の外に出た。
「祝さん」
横から声を掛けられる。
振り向くと、宿から少し離れた場所に華燐が立っていた。
今回、俺たちを呼んだ張本人であり、手紙の差出人。
燈守華燐。
薄い灯りに照らされながら、華燐は両手を前で重ね、火を思わせる美しい赤い目で、こちらを見つめていた。
黒い髪が風で揺れる。
目が合うと、待ち合わせの時間を確かめるように一度だけ視線を落とし、それから少しだけ嬉しそうに笑った。
「すまない。待たせたみたいだな」
「いいえ、私も今来たところですから」
そう言うには、華燐の立ち姿は少し落ち着きすぎているように見えた。
「それに、まだ待ち合わせより五分も前です」
華燐はそう言うと、首を少し傾けた。
任務の話をするために待っていた、というよりは。
ただ、来ると分かっている誰かを、先に見つけられたことが嬉しい。
そんな顔に見えた。
口元を押さえて「ふふっ」と華燐が笑う。
「なんだか、少女漫画のようでおかしくて」
言われてみれば、まさにこの状況は、切り抜かれた少女漫画の一場面のようだった。
気付くと華燐につられ、口の端が上がってしまっている。
「そうだな、お前の言うとおりだ」
一しきり笑いあうと、微笑みから一転して、華燐の目つきが変わった。
「今回、祝さんたちをお呼びした件なのですが」
そう前置きして、華燐は本題に入る。
「上位虚人と接敵したが、棺を作れる者がいない、だったか」
確認もかねて、要請の内容をそのままそらんじる。
「その通りです。より正確に言えば、棺を設計する時間がない、というべきでしょうか。」
「と言うと?」
「私の火葬だけでは動きを止めきれないんです。ですから、祝さんたちの力をお借りできればと思い要請を……」
「そういうことか」
と、納得する。
同時に、また別の問題が生えてくる。
華燐の葬、火葬は視界に入った物を任意で燃やす。
これだけのシンプルな能力だが、俺の祝葬とは違い、圧倒的な制圧力を持つ。
普通の虚人なら、華燐の視界に入った時点で燃え、再生が追い付かずに身動きが取れなくなる程だ。
それでも、動きを止められない虚人か。
「考えられるのは、肉が焼けるのを上回る再生能力、華燐の視界から外れ続ける機動力。あるいは、その両方といったところか」
「どうなんだ?」
華燐に問う。
「さすが祝さんですね。理解が速くて助かります」
華燐が嬉しそうに顔の前で手を合わせる。
「世辞はいい。それで?」
「結論から申し上げますと、その両方です」
「俺たちが呼ばれるわけだな」
思わずため息を吐く。
恐らく、華燐だけでもその虚人に負けることはないだろう。
それは、華燐がこうして無傷でこの場にいることが証明している。
だが、納棺になると話が変わってくる。
いくら華燐――葬儀屋が強くても、虚人を拘束できないのであれば、その攻撃を搔い潜るだけの能力が棺屋側にも求められる。
その上で、棺の設計を求められるわけだ。
そういったケースに対応できる棺屋は極少数だ。
その事情からも、俺個人に要請が回ってくることは少なくない。
虚人を弱体化させ、棺まで設計できる俺はよほど都合がいいわけだ。
「明日、納棺まで終わらせるのか?」
「清乃江さんもいますし、そのつもりです。ですので、明日の朝九時、受付で落ち合いたいのですがいかがでしょうか?」
「了解した」
話しておくべきことは話し終えたのか、俺と華燐の間に沈黙が流れる。
華燐は落ち着かないのか、指の先を組んで感触を確かめるように動かしていた。
俺も何か忘れているような気がして、それが何か考え込んでいると、華燐の視線が手に持った飲み物へ向けられる。
「祝さん、その、手に持っている飲み物はどうされたんですか?」
思い出した。
華燐に渡すためにお茶を買っておいたのだった。
「すまない、渡すのを忘れていた。お茶でよかったか?」
華燐にお茶を差し出しながら尋ねる。
華燐はお茶を受け取ると、
「はい、お茶は好きなので嬉しいです」
と言って掲げて見せる。
「少しいただいてもいいですか?」
華燐は律儀にそう尋ねる。
「それはもうお前のものだ、好きに飲めばいい」
「ふふ、それではありがたくいただきますね」
容器の蓋を開き、コクコクとお茶を飲んでいく。
そんなありふれた日常の一コマの光景も、妙に艶っぽく、絵になってしまうのだから、美人というのは得だなと思う。
二、三度嚥下した頃、容器から口を離す。
「ふぅ」
と一息吐く華燐の頬は、温かい飲み物を飲んだから少し上気し、赤らんでいた。
その姿に、ほんの一瞬、目を奪われる。
こちらの視線に気が付いたのだろう。
「なにかありましたか?」
不思議そうにコテと首を横に傾げる。
「……いや、何でもない」
「そうですか」
「祝さんはそれ、飲まないんですか?」
視線が残ったカフェオレに落ちる。
「自販機の設定ミスでな、ホットを買ったつもりが、アイスが出てきたんだ」
そう説明する。
「……」
華燐が何か考え込む。
何か言いだそうと迷っているようだった。
その間も、視線は俺の持つカフェオレに注がれていた。
これが欲しいのか?
そう思って、カフェオレを差し出す。
「いえ、その……欲しいわけではないんですが」
そう言いつつ、缶を受け取る。
「そうですね、冷たいままでは、祝さんが可哀想ですから」
華燐は改めて、缶を見つめる。
心なしか、華燐の赤い瞳と、缶の表面が熱を帯びたように見えた。
「……燃やすんじゃないぞ」
「燃やしませんよ」
華燐は不満だったのか、少しだけ口を尖らせる。
しばらくすると、温め終えたのだろうか、華燐が缶の蓋を開き、口を付ける。
満足する出来だったのか、うんうんと頷いていた。
「上手く温まりました。祝さんもどうぞ」
そう差し出された缶を受け取り、口に運ぶ。
華燐が頷くのもわかる。
ちょうどいい温かさだった。
俺が「ありがとう」と感謝を伝えると、
華燐も「どういたしまして」と返してくる。
その時の華燐の顔は、心なしかさっきよりも赤くなっていたように見えた。
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