ファイナルファンタジーⅣ ~IF~   作:FF4熱再燃中

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バロン城②

 

 黒く染まった皮膚。

 異様に伸びた腕。

 人のものとは思えない爬虫類のような瞳。

 

 しかし、その顔にはまだ、かつて近衛兵長としてバロンに仕えていた面影が残っていた。

 

「……ベイガン」

 

 セシルは剣を構えながら、静かにその名を呼ぶ。

 

 目の前にいるのは魔物だ。

 それでも、完全に別の存在だと割り切ることはできなかった。

 王の側に仕え、国を守っていた男。

 セシルが暗黒騎士だった頃も、同じバロンの兵として存在していた男。

 

「どうして……」

 

 セシルの呟きに、ベイガンは笑みを浮かべる。

 

「どうして?」

 

 異形の口から、かつてと変わらぬ声が響く。

 

「それはこちらの台詞ですぞ」

 

 低く漏れたその声には、先ほどまでの近衛兵長としての冷静さはもう残っていなかった。

 押し殺してきた感情が、魔物となった肉体とともに堰を切ったようにあふれ出していく。

 

「なぜ!貴様なのだ!!」

 

 突然、ベイガンが叫ぶ。

 

「なぜ貴様のような者が……王に認められる!」

 

 咆哮とともに、ベイガンは一直線にセシルへ飛びかかった。

 他の者には目もくれない。

 その憎悪は、ただ一人、セシルだけへ向けられていた。

 

「どこぞ馬の骨とも分からぬ男を……」

 

 ベイガンは怒りに任せて両腕を振るう。

 セシルは剣で受け流し、身をひねってかわすが、猛攻は止まらない。

 

「わたくしの方が、王を敬愛している!」

 

 振り下ろされた豪腕を剣で受け止める。

 凄まじい衝撃が腕へ走り、セシルは数歩後方へ押し込まれた。

 

「なぜ!貴様が選ばれるのだ!」

「はあ!!」

 

 なおもセシルへ飛びかかろうとしたベイガンの横腹へ、ヤンの渾身の正拳が突き刺さる。

 鈍い衝撃音が廊下に響き、巨体が大きく吹き飛んだ。

 

「すまない、ヤン!」

「礼は不要!」

 

 短く返したヤンは、すぐさまセシルの前へ踏み込む。

 体勢を立て直そうとするベイガンとの間に入り、仲間を守るように拳を構えた。

 その背中を見て、セシルもすぐに立ち上がる。

 そしてヤンの隣へ並び、再び剣を構えた。

 

「合わせろセオドール!」

「はい!」

 

 テラの号令に、セオドールは即座に頷く。

 

「「――ブリザガ!」」

 

 二人の魔法陣が同時に輝き、凍てつく冷気が一つとなってベイガンを飲み込む。

 セシルたちから引き離された一瞬の隙。

 その好機を逃さず放たれた氷の奔流は、異形の両腕を容赦なく凍らせた。

 

 肩口から先が氷ごと砕け散り、ベイガンの両腕は床へと崩れ落ちた。

 

「ふ、ふふふ……無駄だ、無駄だ!」

 

 ベイガンは嘲るように笑い、全身にまとわりついた氷を力任せに砕き散らす。

 次の瞬間、肩口の肉が蠢き、黒い筋肉がうねるように伸び始めた。

 骨が軋み、皮膚が形を成し――砕けたはずの両腕は、何事もなかったかのように再生していく。

 

「なんと……!」

「うげー!」

「ああ……すばらしい……すばらしい!!この力だ、この力さえあれば――」

 

 砕かれたはずの両腕を何度も握り、開き、その感触を確かめる。

 まるで奇跡を目の当たりにした信者のように、その顔には恍惚とした笑みが浮かんでいた。

 

「王はわたくしを見てくださる!!」

 

 歓喜に震えるその姿を見つめ、ギースは静かに息を吐いた。

 この男は力を求めたのではない。

 欲しかったのは、王に認められるというたった一つのことだった。

 

「……ゴルベーザは、お前にあった嫉妬を利用したんだな」

「!」

 

 ベイガンの動きが止まる。

 

「嫉妬だと……?」

「嫉妬以外の何なんだ、お前のその感情は」

「違う、違う違う違う!これはバロン王への――」

「確かに、お前に忠義はあっただろうよ」

 

 ギースは否定しなかった。

 長年近衛兵長を務めてきた男だ。

 王を想う気持ちまで偽りだったとは思っていない。

 

「だが、それと嫉妬は別の話だ。大なり小なり、人と人が生きているなら不満はいくらでもある」

 

 皆が皆、不満を抱えずに生きることなどできない。

 王を敬い、忠義を尽くしていたからこそ、王から特別に目を掛けられるセシルを快く思えなかったのだろう。

 

「だが、それを飲み込んで生きてきたのが、過去のお前だった」

 

 ベイガンはその感情を表に出さず、近衛兵長として王に忠義を尽くしてきた。

 だからこそ、王からも、周囲からも信頼される立場にまで上り詰めたのだ。

 

「でなければ、いくらお人よしのセシルでも信頼はしなかった」

「う、うるさい!うるさい!!貴様に何が分かる!」

「ああ、分からないな」

「え!?」

 

 あまりにもあっさりとした返答に、ベイガンは思わず間の抜けた声を漏らした。

 

「本当のことはお前しか知らない」

 

 今までの話は、あくまでギースが勝手に組み立てた推測に過ぎない。

 本当のことを知っているのは、ベイガン本人だけだった。

 

「今、俺の前にいるのは……」

 

 ギースは静かにベイガンを見据えた。

 

「ギャーギャーとセシルに喚き散らして……なんとも哀れで、滑稽で無様な魔物の姿だ」

「わ、わたくしは……」

「それがお前の望んだ姿か」

 

 ベイガンは言葉を詰まらせる。

 王に忠誠を誓い、誰よりも近衛兵長であったことを誇りに思っていた男。

 

「違う!違う!違う!!わたくしは王のっ!」

 

 叫びは次第に悲鳴へと変わっていく。

 怒りでも虚勢でもない。

 胸の奥底に押し込めていた、本当の想いが漏れ出していた。

 

「王のために……戦いたかったのだ……」

 

 その一言には、偽りはなかった。

 王に認められたかった。

 王の剣として戦いたかった。

 それこそが、ベイガンという男の願いだった。

 だが、その願いは嫉妬を糧に歪められ、塗り潰されていく。

 

「うっぐぐぐぐぐっぐ!!!ぎゃぎゃがあ!!」

「!!!?」

 

 苦悶に顔を歪めたベイガンは、頭を押さえながら絶叫する。

 王を想う心は、狂気に呑み込まれていった。

 

「ワタクシハアア!!!ゴルベーザ様ノタメニイイイ!!」

「ベイガン!?」

「様子がおかしい!近寄るなセシル!」

 

 絶叫とともに、残っていた理性は完全に砕け散った。

 瞳から人としての光は消え失せ、そこに宿るのは獣じみた狂気だけ。

 目の前にいるのは、もはや王に忠義を誓った近衛兵長ではない。

 ゴルベーザによって生み出された、一匹の魔物だった。

 

「ゴォォルベェェェザァァァマノタメニィィィ!!コロスゥ!!」

「一歩間違えば……私もこうなっていたのか……」

 

 ヤンは無意識に拳を握り締める。

 自分もまた、ゴルベーザに操られた身だ。

 仲間が救ってくれなければ、この末路は自分のものだったかもしれない。

 その事実に、背筋を冷たいものが走った。

 

 理性を完全に失ったベイガンは、獣のような咆哮を上げながら再び襲い掛かった。

 

「散れ!!」

 

 セシル、ヤン、ギースは即座に散開する。

 後方の魔導士たちへベイガンを近づけさせないため、それぞれが別方向から迎え撃った。

 

 ベイガンの右腕が蛇のようにうねりながら異様な長さまで伸びる。

 先端で裂けた口が大きく開き、牙を剥いてセシルへ喰らいつこうとした。

 

「させるか!」

 

 ギースが割って入り、噛みつこうとしていた右腕を刀で弾き飛ばす。

 その隙を突くように、左腕が巨木のような太さで振り下ろされた。

 

「こちらは任せろ!」

 

 ヤンが真正面から拳を打ち込み、鈍い衝撃音とともに左腕を押し返す。

 

「まだまだぁ!!」

 

 二本の腕はまるで別々の獣のように暴れ回り、三人はベイガンを魔導士たちから遠ざけるよう立ち回った。

 

 セシルは一瞬の隙を突いて懐へ踏み込もうとする。

 しかし、伸びた右腕が蛇のように回り込み、その行く手を阻んだ。

 

「腕が邪魔で近づけない!」

「けどこのまま腕だけを相手にしても、いたちごっこだ!本体を倒さないと、また再生されるぞ!」

「じゃあ、さっきみたいに本体ごと魔法でやっつけちまえばいいんだろ!」

 

 パロムは素早く杖を掲げる。

 

「――“ブリザラ”!!」

 

 氷の奔流が一直線にベイガンへ襲いかかる。

 しかし、その瞬間。

 ベイガンの身体を覆っていた魔法の膜が淡く輝いた。

 

「なっ!?」

 

 放たれたブリザラは弾かれるように反転し、そのままパロム自身へ襲い返る。

 

「うわああっ!?」

 

 自らの魔法をまともに受けたパロムは後方へ吹き飛ばされた。

 

「パロム!」

「リフレクじゃと!」

「随分と学習能力が高いことで!」

 

 ギースは伸びてくる右腕を弾き返しながら舌打ちする。

 

「腕は再生する、魔法は跳ね返す……面倒な野郎だ!」

「“ケアルラ”!!大丈夫、パロム!?」

「あんにゃろ~!ポロムあれやるぞ!!」

「……ちゃんと合わせてよ!」

「あんちゃんたち!!とにかく時間を稼いでくれ!」

 

 二人は互いに頷き合い、同時に両手を掲げた。

 膨れ上がる魔力が熱気となって周囲へ広がる。

 

「稼げって……魔法は跳ね返されるんだぞ!!」

 

 ギースは伸びてくる腕を刀で弾きながら叫ぶ。

 

「ずべこべ言うなって!この天才魔導士パロム様たちを信じろ!!」

 

 パロムは不敵に笑い、杖を握り直した。

 

「……ったく、無茶を言う奴だ。どこぞの従兄様によく似てるよお前は!」

 

 ギースは呆れたように息を吐いた。

 

「……分かった!」

 

 セシルが真正面から斬り込み、ベイガンの注意を引きつける。

 巨大な右腕が唸りを上げて振り下ろされるが、ギースが刀で軌道を逸らした。

 

「こっちだ、化け物!」

「はっ!!」

 

 その隙を突き、ヤンの拳が脇腹へ叩き込まれる。

 巨体が揺らぐ。しかし、ベイガンは痛みを感じる様子もなく、咆哮を上げて腕を振り回した。

 

「ウガアアアァァァ!!」

「ちっ、まるで効いちゃいねぇ!」

 

 再生した腕が再び伸びる。

 三人は互いの位置を確認しながら、あと一歩も後ろへ通すまいと必死に食らいついた。

 

「まだか!?」

「もう少しですわ!」

 

 後方では膨れ上がった魔力がなおも渦を巻き、その熱量は城内の空気を震わせていた。

 

「行くぜ!!」

「「――プチフレア!!」」

 

 轟音とともに放たれた白い閃光が一直線にベイガンを飲み込む。

 断末魔すらかき消す爆炎が城内を震わせ、眩い光が通路を白く染め上げた。

 

「へーん! どんなもんだい!!」

「ウガ……アア……」

 

 爆煙が晴れる。

 そこには、全身を焼き焦がし、膝をついたベイガンの姿があった。

 再生を繰り返していた腕も、今は力なく垂れ下がり、魔物の肉体は音を立てながら崩れ始めていく。

 

「……ベイガン」

 

 セシルは静かにその名を呼んだ。

 

「ワ、ワタクシハ……ヘ……イカ……」

 

 その言葉を最後に、身体は黒い霧となって崩れ始める。

 禍々しい魔力は風に溶けるように消え去り、そこには何も残らなかった。

 

「………………」

 

 苦々しい顔で、セシルはベイガンの最後を見届けた。

 

――なぜ!貴様なのだ!!

 

 ベイガンの叫びが、なおもセシルの頭の中で響いていた。

 自分がいたからこそ、彼はここまで道を踏み外してしまったのではないか。

 そんな思いが、静かに胸を締めつける。

 

「……セシルのせいじゃないからな」

 

 セシルの沈んだ表情を見たギースが、ぽつりと言った。

 

「!」

「前提を見失うなよ。アイツが心の奥に押し込めてたものを、ゴルベーザが利用したんだ」

 

 ギースはセシルを見ることなく、消えたベイガンがいた場所を見つめたまま、静かに言った。

 

「……だから、変に自分のせいだなんて思うなよ」

「……ああ」

 

 セシルは静かに頷いた。

 

「王の間は……この先だ」

 

 一行は再び歩き始める。

 かつて何度も通ったはずの廊下。

 しかし今は、別の場所のように感じられた。

 静まり返った城内に響くのは、彼らの足音だけ。

 その先で待つ存在が、バロンの王なのか。

 

 

 

 それとも――

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