ファイナルファンタジーⅣ ~IF~ 作:FF4熱再燃中
黒く染まった皮膚。
異様に伸びた腕。
人のものとは思えない爬虫類のような瞳。
しかし、その顔にはまだ、かつて近衛兵長としてバロンに仕えていた面影が残っていた。
「……ベイガン」
セシルは剣を構えながら、静かにその名を呼ぶ。
目の前にいるのは魔物だ。
それでも、完全に別の存在だと割り切ることはできなかった。
王の側に仕え、国を守っていた男。
セシルが暗黒騎士だった頃も、同じバロンの兵として存在していた男。
「どうして……」
セシルの呟きに、ベイガンは笑みを浮かべる。
「どうして?」
異形の口から、かつてと変わらぬ声が響く。
「それはこちらの台詞ですぞ」
低く漏れたその声には、先ほどまでの近衛兵長としての冷静さはもう残っていなかった。
押し殺してきた感情が、魔物となった肉体とともに堰を切ったようにあふれ出していく。
「なぜ!貴様なのだ!!」
突然、ベイガンが叫ぶ。
「なぜ貴様のような者が……王に認められる!」
咆哮とともに、ベイガンは一直線にセシルへ飛びかかった。
他の者には目もくれない。
その憎悪は、ただ一人、セシルだけへ向けられていた。
「どこぞ馬の骨とも分からぬ男を……」
ベイガンは怒りに任せて両腕を振るう。
セシルは剣で受け流し、身をひねってかわすが、猛攻は止まらない。
「わたくしの方が、王を敬愛している!」
振り下ろされた豪腕を剣で受け止める。
凄まじい衝撃が腕へ走り、セシルは数歩後方へ押し込まれた。
「なぜ!貴様が選ばれるのだ!」
「はあ!!」
なおもセシルへ飛びかかろうとしたベイガンの横腹へ、ヤンの渾身の正拳が突き刺さる。
鈍い衝撃音が廊下に響き、巨体が大きく吹き飛んだ。
「すまない、ヤン!」
「礼は不要!」
短く返したヤンは、すぐさまセシルの前へ踏み込む。
体勢を立て直そうとするベイガンとの間に入り、仲間を守るように拳を構えた。
その背中を見て、セシルもすぐに立ち上がる。
そしてヤンの隣へ並び、再び剣を構えた。
「合わせろセオドール!」
「はい!」
テラの号令に、セオドールは即座に頷く。
「「――ブリザガ!」」
二人の魔法陣が同時に輝き、凍てつく冷気が一つとなってベイガンを飲み込む。
セシルたちから引き離された一瞬の隙。
その好機を逃さず放たれた氷の奔流は、異形の両腕を容赦なく凍らせた。
肩口から先が氷ごと砕け散り、ベイガンの両腕は床へと崩れ落ちた。
「ふ、ふふふ……無駄だ、無駄だ!」
ベイガンは嘲るように笑い、全身にまとわりついた氷を力任せに砕き散らす。
次の瞬間、肩口の肉が蠢き、黒い筋肉がうねるように伸び始めた。
骨が軋み、皮膚が形を成し――砕けたはずの両腕は、何事もなかったかのように再生していく。
「なんと……!」
「うげー!」
「ああ……すばらしい……すばらしい!!この力だ、この力さえあれば――」
砕かれたはずの両腕を何度も握り、開き、その感触を確かめる。
まるで奇跡を目の当たりにした信者のように、その顔には恍惚とした笑みが浮かんでいた。
「王はわたくしを見てくださる!!」
歓喜に震えるその姿を見つめ、ギースは静かに息を吐いた。
この男は力を求めたのではない。
欲しかったのは、王に認められるというたった一つのことだった。
「……ゴルベーザは、お前にあった嫉妬を利用したんだな」
「!」
ベイガンの動きが止まる。
「嫉妬だと……?」
「嫉妬以外の何なんだ、お前のその感情は」
「違う、違う違う違う!これはバロン王への――」
「確かに、お前に忠義はあっただろうよ」
ギースは否定しなかった。
長年近衛兵長を務めてきた男だ。
王を想う気持ちまで偽りだったとは思っていない。
「だが、それと嫉妬は別の話だ。大なり小なり、人と人が生きているなら不満はいくらでもある」
皆が皆、不満を抱えずに生きることなどできない。
王を敬い、忠義を尽くしていたからこそ、王から特別に目を掛けられるセシルを快く思えなかったのだろう。
「だが、それを飲み込んで生きてきたのが、過去のお前だった」
ベイガンはその感情を表に出さず、近衛兵長として王に忠義を尽くしてきた。
だからこそ、王からも、周囲からも信頼される立場にまで上り詰めたのだ。
「でなければ、いくらお人よしのセシルでも信頼はしなかった」
「う、うるさい!うるさい!!貴様に何が分かる!」
「ああ、分からないな」
「え!?」
あまりにもあっさりとした返答に、ベイガンは思わず間の抜けた声を漏らした。
「本当のことはお前しか知らない」
今までの話は、あくまでギースが勝手に組み立てた推測に過ぎない。
本当のことを知っているのは、ベイガン本人だけだった。
「今、俺の前にいるのは……」
ギースは静かにベイガンを見据えた。
「ギャーギャーとセシルに喚き散らして……なんとも哀れで、滑稽で無様な魔物の姿だ」
「わ、わたくしは……」
「それがお前の望んだ姿か」
ベイガンは言葉を詰まらせる。
王に忠誠を誓い、誰よりも近衛兵長であったことを誇りに思っていた男。
「違う!違う!違う!!わたくしは王のっ!」
叫びは次第に悲鳴へと変わっていく。
怒りでも虚勢でもない。
胸の奥底に押し込めていた、本当の想いが漏れ出していた。
「王のために……戦いたかったのだ……」
その一言には、偽りはなかった。
王に認められたかった。
王の剣として戦いたかった。
それこそが、ベイガンという男の願いだった。
だが、その願いは嫉妬を糧に歪められ、塗り潰されていく。
「うっぐぐぐぐぐっぐ!!!ぎゃぎゃがあ!!」
「!!!?」
苦悶に顔を歪めたベイガンは、頭を押さえながら絶叫する。
王を想う心は、狂気に呑み込まれていった。
「ワタクシハアア!!!ゴルベーザ様ノタメニイイイ!!」
「ベイガン!?」
「様子がおかしい!近寄るなセシル!」
絶叫とともに、残っていた理性は完全に砕け散った。
瞳から人としての光は消え失せ、そこに宿るのは獣じみた狂気だけ。
目の前にいるのは、もはや王に忠義を誓った近衛兵長ではない。
ゴルベーザによって生み出された、一匹の魔物だった。
「ゴォォルベェェェザァァァマノタメニィィィ!!コロスゥ!!」
「一歩間違えば……私もこうなっていたのか……」
ヤンは無意識に拳を握り締める。
自分もまた、ゴルベーザに操られた身だ。
仲間が救ってくれなければ、この末路は自分のものだったかもしれない。
その事実に、背筋を冷たいものが走った。
理性を完全に失ったベイガンは、獣のような咆哮を上げながら再び襲い掛かった。
「散れ!!」
セシル、ヤン、ギースは即座に散開する。
後方の魔導士たちへベイガンを近づけさせないため、それぞれが別方向から迎え撃った。
ベイガンの右腕が蛇のようにうねりながら異様な長さまで伸びる。
先端で裂けた口が大きく開き、牙を剥いてセシルへ喰らいつこうとした。
「させるか!」
ギースが割って入り、噛みつこうとしていた右腕を刀で弾き飛ばす。
その隙を突くように、左腕が巨木のような太さで振り下ろされた。
「こちらは任せろ!」
ヤンが真正面から拳を打ち込み、鈍い衝撃音とともに左腕を押し返す。
「まだまだぁ!!」
二本の腕はまるで別々の獣のように暴れ回り、三人はベイガンを魔導士たちから遠ざけるよう立ち回った。
セシルは一瞬の隙を突いて懐へ踏み込もうとする。
しかし、伸びた右腕が蛇のように回り込み、その行く手を阻んだ。
「腕が邪魔で近づけない!」
「けどこのまま腕だけを相手にしても、いたちごっこだ!本体を倒さないと、また再生されるぞ!」
「じゃあ、さっきみたいに本体ごと魔法でやっつけちまえばいいんだろ!」
パロムは素早く杖を掲げる。
「――“ブリザラ”!!」
氷の奔流が一直線にベイガンへ襲いかかる。
しかし、その瞬間。
ベイガンの身体を覆っていた魔法の膜が淡く輝いた。
「なっ!?」
放たれたブリザラは弾かれるように反転し、そのままパロム自身へ襲い返る。
「うわああっ!?」
自らの魔法をまともに受けたパロムは後方へ吹き飛ばされた。
「パロム!」
「リフレクじゃと!」
「随分と学習能力が高いことで!」
ギースは伸びてくる右腕を弾き返しながら舌打ちする。
「腕は再生する、魔法は跳ね返す……面倒な野郎だ!」
「“ケアルラ”!!大丈夫、パロム!?」
「あんにゃろ~!ポロムあれやるぞ!!」
「……ちゃんと合わせてよ!」
「あんちゃんたち!!とにかく時間を稼いでくれ!」
二人は互いに頷き合い、同時に両手を掲げた。
膨れ上がる魔力が熱気となって周囲へ広がる。
「稼げって……魔法は跳ね返されるんだぞ!!」
ギースは伸びてくる腕を刀で弾きながら叫ぶ。
「ずべこべ言うなって!この天才魔導士パロム様たちを信じろ!!」
パロムは不敵に笑い、杖を握り直した。
「……ったく、無茶を言う奴だ。どこぞの従兄様によく似てるよお前は!」
ギースは呆れたように息を吐いた。
「……分かった!」
セシルが真正面から斬り込み、ベイガンの注意を引きつける。
巨大な右腕が唸りを上げて振り下ろされるが、ギースが刀で軌道を逸らした。
「こっちだ、化け物!」
「はっ!!」
その隙を突き、ヤンの拳が脇腹へ叩き込まれる。
巨体が揺らぐ。しかし、ベイガンは痛みを感じる様子もなく、咆哮を上げて腕を振り回した。
「ウガアアアァァァ!!」
「ちっ、まるで効いちゃいねぇ!」
再生した腕が再び伸びる。
三人は互いの位置を確認しながら、あと一歩も後ろへ通すまいと必死に食らいついた。
「まだか!?」
「もう少しですわ!」
後方では膨れ上がった魔力がなおも渦を巻き、その熱量は城内の空気を震わせていた。
「行くぜ!!」
「「――プチフレア!!」」
轟音とともに放たれた白い閃光が一直線にベイガンを飲み込む。
断末魔すらかき消す爆炎が城内を震わせ、眩い光が通路を白く染め上げた。
「へーん! どんなもんだい!!」
「ウガ……アア……」
爆煙が晴れる。
そこには、全身を焼き焦がし、膝をついたベイガンの姿があった。
再生を繰り返していた腕も、今は力なく垂れ下がり、魔物の肉体は音を立てながら崩れ始めていく。
「……ベイガン」
セシルは静かにその名を呼んだ。
「ワ、ワタクシハ……ヘ……イカ……」
その言葉を最後に、身体は黒い霧となって崩れ始める。
禍々しい魔力は風に溶けるように消え去り、そこには何も残らなかった。
「………………」
苦々しい顔で、セシルはベイガンの最後を見届けた。
――なぜ!貴様なのだ!!
ベイガンの叫びが、なおもセシルの頭の中で響いていた。
自分がいたからこそ、彼はここまで道を踏み外してしまったのではないか。
そんな思いが、静かに胸を締めつける。
「……セシルのせいじゃないからな」
セシルの沈んだ表情を見たギースが、ぽつりと言った。
「!」
「前提を見失うなよ。アイツが心の奥に押し込めてたものを、ゴルベーザが利用したんだ」
ギースはセシルを見ることなく、消えたベイガンがいた場所を見つめたまま、静かに言った。
「……だから、変に自分のせいだなんて思うなよ」
「……ああ」
セシルは静かに頷いた。
「王の間は……この先だ」
一行は再び歩き始める。
かつて何度も通ったはずの廊下。
しかし今は、別の場所のように感じられた。
静まり返った城内に響くのは、彼らの足音だけ。
その先で待つ存在が、バロンの王なのか。
それとも――