ファイナルファンタジーⅣ ~IF~ 作:FF4熱再燃中
城内を進んだ一行は、やがて王の間へとたどり着く。
かつて何度も足を踏み入れた場所。ここで王の言葉を聞き、ここで騎士としての道を歩んできた。
だが今、その場所にあるのは懐かしさではなく、不気味な静けさだった。
セシルは無意識に剣へ手を添える。
胸の奥に、嫌な予感があった。
玉座には、一人の男が静かに腰掛けていた。
「セシル、無事であったか。ずいぶんとたくましくなったな」
「陛下……」
その声に、セシルは思わず一歩前へ出る。
玉座に座る姿は、間違いなくバロン王そのものだった。
しかし、その笑みにはどこか拭い切れない違和感があった。
「その姿は……パラディンか。そうか、パラディンになったか」
王はゆっくりと立ち上がる。
「だがな……いかんぞ、パラディンは」
「陛下……いや、バロン王!!」
セシルは剣を構え、真っ直ぐ玉座を見据えた。
「バロン王?」
王はきょとんとした表情を浮かべた。
「クカカカカ……誰だそいつは?」
「!!」
低く濁った笑い声が、王の口から漏れる。
「おお……そうか、思い出したぞ」
わざとらしく顎へ手を当て、思い出す素振りを見せる。
「確かこの国は渡さんなどと言っていた“愚かな人間”か」
その言葉とともに、王の表情が醜く歪む。
「そいつに成りすましていたんだっけなぁ、俺は……ヒャアッヒャッヒャッ!!」
「貴様っ、陛下を!!!」
人を食ったような笑みを浮かべるその姿に、もはやバロン王の面影はなかった。
セシルの表情が、一変する。
怒りに歯を食いしばり、剣を握る手に力がこもる。
その瞳には、燃え上がるような怒りが宿っていた。
「会いたいか?王に会いたいか?」
カイナッツォは口元を歪め、愉快そうに笑う。
「俺はスカルミリョーネのように無様なことはせんぞお」
スカルミリョーネの名を口にするその声に、哀悼の色は一切ない。
あるのは、露骨な嘲りだけだった。
「なにしろ、あいつは不思議なくらい弱っちい……ゴルベーザ様のご慈悲で四天王に加えてもらえただけのヤツだからなぁ……グヘヘヘヘ!」
「ということは、貴様も!!」
「いかにも!ゴルベーザ四天王が一人、水のカイナッツォ!」
カイナッツォのその身体がぐにゃりと歪んだ。
王の姿は水面が揺らぐように崩れ、青黒い甲羅がせり上がる。
太い手足が現れ、人の顔は醜く裂けていく。
「貴様らをゴルベーザ様の手土産にしてくれる!」
「まーた刀がまともに通らなそうなやつだなあ……」
その分厚い甲羅を見て、ギースはうんざりしたようにぼやく。
カイナッツォは獲物を前にした獣のように口元を歪めると、ゆっくりと両腕を広げた。
「まずは挨拶代わりだ!」
足元から大量の水が湧き上がる。
王の間とは思えぬほどの水量が渦を巻き、瞬く間にその巨体を包み込んだ。
渦巻く水は幾重もの膜となり、全身を覆う強固な水のバリアへと変わる。
「さあ……溺れろぉ!!」
カイナッツォが両腕を振り上げる。
全身を覆う水のバリアが呼応するように激しく波打ち、周囲の水を巻き込んで巨大な激流を生み出す。
「“
ギースは一歩前へ踏み出し、札を正面へ掲げる。
押し寄せる津波は札へ吸い込まれるように渦を巻き、凄まじい水量はみるみるうちに霊符の中へ封じ込められていった。
轟音が止んだ時、床に残っていたのはわずかな水たまりだけだった。
「そんな分かりやすい大技を放つなよ。『吸収してください』って言ってるようなもんだぜ」
「ああ……お前か」
カイナッツォは目を細める。
「ゴルベーザ様がおっしゃっていた、ウロチョロしている侍とは」
口元を歪め、せせら笑う。
「一度無様に負けたくせに、執拗に追いかけてくる……しつこい奴だってなあ」
その笑みは、ただの挑発ではない。
まるでギースの手の内を知り尽くしているかのようだった。
「でもいいのかぁ?知ってるぜぇ……その特別製の札は使い切り。もう、そんなに数はないんだろぉ?」
カイナッツォは楽しげに肩を揺らす。
「作れた奴が、もういないもんなぁ!」
「……っ」
その言葉に、ギースの表情がほんの一瞬だけ強張る。
札を握る手に、静かに力がこもった。
「あと、何枚だ?大事に大事に使えよ?お前が作る粗末な札とは違って、もう手に入れることができないレアモノだしなあ!」
「安い挑発ありがとう、だが俺もアイツもエリクサーは遠慮せず使うタイプだ」
軽口を返しながら、ギースは静かに札を握り直す。
「持ち腐れしたら……カグヤに怒られるんでな」
「ああ、そうかぁ……だが、その心配も今日までだなぁ!もう一回だあ!!」
カイナッツォは再び両腕を広げた。
王の間に満ちた水が唸りを上げ、再び全身を包み込む。
幾重もの水流が絡み合い、強固な水のバリアがその身を覆った。
「っ!」
ギースは反射的に懐へ手を伸ばし、二枚目の札を抜きかける。
だが、その動きをセオドールは見逃さなかった。
あの津波すら封じ込めるほどの強力な術式。
しかし、それは決して無限に扱える力ではない。
残された札の数は限られている。
そして、この先にもまだ戦いは続く。
ならば──ここで使わせるべきではない。
セオドールは迷うことなく、一歩前へ踏み出した。
「──“サンダガ”!!」
放たれた雷撃が、水のバリアへ突き刺さる。
轟く雷鳴とともに、水の膜は激しく震え、次の瞬間には音を立てて崩れ落ちた。
防壁を一瞬で失い、カイナッツォの表情が驚愕から怒りへと変わる。
「……水には雷が有効か」
セオドールは短く呟き、カイナッツォを見据えた。
「効いてるみたいだぜ、おっさん!」
「さすがですわ、先生!」
弱点を見抜き、瞬時に状況を変えたセオドールの判断に、パロムとポロムは嬉しそうに声を上げる。
「ぐぐぐ……貴様ぁ!!」
怒りに任せ、カイナッツォは巨腕をセオドールへ振り上げた。
「っ、兄さん!」
叫ぶと同時に、セシルは迷うことなくセオドールの前へ飛び出す。
「セシル!」
「ぐっ!」
振り下ろされた巨腕を、セシルは剣で受け止めた。
凄まじい衝撃が全身へ伝わり、床石を軋ませながら後方へ押し込まれる。
「今、癒しますわ──“ケアルラ”!」
「助かった。ありがとうポロム」
癒やしの光がセシルを包み、受けた傷がみるみる塞がっていく。
「まだ終わらんぞぉ!!」
カイナッツォは手足を引っ込め、巨大な甲羅へ身を閉じた。
甲羅が高速で回転し、そのまま一直線に突進してくる。
「うわっと!!」
進路上にいたギースは咄嗟に身を翻し、その突進を紙一重でかわす。
しかし、カイナッツォはそのまま壁際で勢いを殺すと、すぐさま向きを変えて再び襲いかかった。
「はあっ!」
ヤンは真正面から正拳を叩き込む。
だが回転する甲羅は勢いを緩めることなく突き進み、その衝撃でヤンの身体は横へ弾き飛ばされた。
「ぐっ……!」
「──“スロウ”!」
テラの杖の先から放たれた魔力が、回転する甲羅を包み込む。
高速で回転していた巨体は目に見えて勢いを失い、その動きが鈍っていく。
「今じゃ!」
「助かった」
ギースは小さく応じると、カイナッツォへ向かって不敵に笑った。
そして一枚の札を投げる。
札は回転する甲羅へ吸い寄せられるように張り付いた。
「なんだぁ? そんな紙切れで俺を止めるつもりかぁ?」
「お前らの部下の技だろ?返すよ──“大爆発”」
カイナッツォが嘲笑を浮かべるより早く、ギースは指を弾いた。
ホブス山でマザーボムから学習した爆炎が、一気に解き放たれる。
「ぐがあ!?」
爆炎の衝撃に耐えきれず、カイナッツォは反射的に甲羅から頭部を露出させる。
「いまだ!」
「!!」
セシルは床を強く蹴って宙へ躍り上がる。
渾身の力を込め、露わになった頭部へ剣を突き立てた。
「ぐううううああああ!!」
剣を突き立てられたまま、カイナッツォは震える腕を伸ばす。
その表情から、先ほどまで浮かべていた怒りや嘲笑が消えていた。
残っていたのは、ただ一つ。
主の命を果たせなかった者の悔恨だった。
「ゴル……ベーザ……様……」
己の敗北を嘆いているのではない。
ただ、託された役目を果たせなかったことだけを悔いている。
「申し訳……ございません……」
その言葉とともに、カイナッツォの身体が大きく揺らぐ。
青黒い甲羅はひび割れるように崩れ、その巨体は黒い霧となって散り始めた。
最後まで主の名を呼ぶ声だけが、王の間に残響する。
「……陛下」
セシルはゆっくりと剣を下ろす。
ここにいたのは、王ではない。
バロン王の姿を騙った、ただの魔物だった。
……本当は、頭では分かっていた。
自分が信じたバロン王はもうどこにもいないことを。
「……守れず、申し訳ありません」
拳を握り締め、静かに目を閉じる。
バロンという国を守り続けた王。
幼かった自分を拾い、剣を教え、導いてくれた恩人。
もう、その声を聞くことは叶わない。
「ですが……仇は討ちました」
ゆっくりと顔を上げる。
「どうか……安らかにお眠りください」
◇ ◇ ◇
一方そのころ──
「カイナッツォが……やられたようだ。スカルミリョーネに引き続きとはな……」
ゴルベーザは、遠く離れた場所で消えた気配を感じ取っていた。
カイナッツォの敗北。
そして、それを成し遂げた者たちの力。
特に、セシルの成長を、ゴルベーザは静かに分析していた。
「見くびるつもりはなかったが、お前の親友は……だいぶ腕を上げたようだ」
「残り一つのクリスタルですが……」
「分かっている……しかし、あそこは少しばかり厄介だ」
トロイア城に保管されていたのなら、奪取は容易だった。
だが、まさか全く関係のない魔物に持ち去られるとは予想外だった。
問題は、クリスタルを奪った魔物が潜む場所だ。
そこは一筋縄ではいかない場所であり、下手に戦力を向かわせれば無駄な消耗を招く。
残る四天王にも、それぞれ別の任務を与えている。
誰を向かわせるべきか──ゴルベーザは、まだ決断を下せずにいた。
「セシルに取ってこさせてはいかがでしょう?」
「ヤツに……か」
カインの提案にゴルベーザは、しばし沈黙する。
「こちらには、このローザがいます。クリスタルと引き換えに……ということではいかがでしょう」
「なるほど……」
ゴルベーザはしばし沈黙した。
やがて、その策の有効性を認めるように静かに頷く。
「それはいい。ヤツを始末するのも、その時というわけか……」
「では、私が伝えて参りましょう」
カインは一礼すると、その場を離れようと背を向ける。
「カイン!」
捕らわれていたローザが、必死に声を張り上げる。
一瞬だけ、カインの足が止まった。
「……セシルなんぞより、俺の方が上だということを教えてやろう」
カインは拳を強く握り締める。
それでも振り返ることはなく、そのまま闇の中へ歩み去った。