ファイナルファンタジーⅣ ~IF~ 作:FF4熱再燃中
空路はトロイアへ。
飛空艇の操縦はシドとセシルに任せ、他の者たちはそれぞれ思い思いに時間を過ごしていた。
「………………」
飛空艇の一室を借りたギースは、机に向かい、一枚の紙へ静かに筆を走らせる。
一筆、また一筆、術式を書き重ね、武器となる札を作り上げていく。
わずかな筆の乱れも許されない。
術式を一つでも書き損じれば、それは力を宿さぬ、ただの紙切れとなってしまう。
ここまで積み重ねてきた時間も労力も、一瞬で無駄になる。
「…………ふう」
最後の一画を書き終え、術式に乱れがないことを幾度も確かめる。
ようやく完成した一枚を前に、ギースは張り詰めていた息をゆっくりと吐き出した。
額を伝う汗を袖で拭う。
「大丈夫か?」
「!!おま、いつの間に!?声かけろよ!!驚くだろ!!」
いつの間にか背後へ立っていたセオドールに声をかけられ、ギースは飛び上がるように振り返る。
思わず声を荒げるほど、札作りに没頭していたらしい。
「だいぶ前に食事にしないかと声はかけた。……随分集中していたようで、気づかなかったようだが」
「そ、それは申し訳ない……」
セオドールは責めるでもなく、淡々と事実だけを告げる。
その言葉に、ギースは勢いをなくし、気まずそうに頭をかいた。
「それは、技を吸収する札か?」
「ああ……あいつの札にはかなわないが、俺のしょぼい札でもないよりはましだからな。時間はかかるが、こうしてちまちま作ってた」
完成したばかりの札を指先で軽くつまみ、ギースは自嘲気味に笑う。
この一枚を仕上げるだけでも、神経と精神力を大きく削られる。
「札を見せてくれないか?」
「一応、秘術なんだが……これくらいならいいか。今作ったやつなら見せても平気だ」
札作りは門外不出の秘術だ。
本来なら他人へ見せるようなものではない。
ギースは一瞬だけためらう。
だが、相手は共に旅をする仲間であり、何よりセオドールなら決して悪用はしないと信じられた。
そう判断すると、完成したばかりの札をそっと手渡した。
セオドールは札を受け取ると、記された術式へ静かに目を落とす。
指先で文字をなぞるように追い、その構成を確かめていく。
「やはりか……」
「え、ちょっと手に取っただけで、いきなり不安になるようなこと言うなよ」
秘術である以上、中身を知られでもしたら母親にこっぴどく叱られる。
ギースにとっては、それが何より重大な問題だった。
「安心しろ。さすがにこの術式の意味を完全に理解していなければ、文様を真似たところで扱うことはできない」
「それは本当に良かった!」
ギースは心底ほっとしたように、大きく頷いた。
「じゃあ、何がやはりなんだよ……」
「ギースの札も、あの特別な札も、書いてある内容は同じだな?」
「っ!」
セオドールの口から思いもよらない言葉が飛び出し、ギースの表情が強張る。
「どうしてそう思う?お前があの札を見たのは一瞬だけだろ?」
「一瞬でも、札が発動した術式は見ている。そして今、札の術式をこの目で見た」
セオドールは二枚の札を見比べる。
カイナッツォが語っていた、ギースの札とは比べ物にならないほど強力な、もう一つの札。
だが、セオドールの目には、その二つの術式構成に大きな違いは見つからなかった。
ならば、なぜこれほどまでに力の差が生まれるのか。
違うのは、ただ一つ。
「違うのはただ一点……作った人物だ」
そしてセオドールは、札を作成していたギースの姿を思い返す。
術式を書き込むたび、彼の精神力は確実に削られていた。
それは魔法を行使する時と同じ反応だった。
魔法は強大になればなるほど、それに見合った精神力を必要とする。
ならば、この札もまた──術式そのものではなく、込める力によって性能が変化するのだ。
「この札を作った際に消費した精神力……その分だけ、術を吸収できるのだな」
「ああ……そうだよ。よく分かったな……テラにも気づかれなかったのに」
札が発動した瞬間と、今こうして術式を確認しただけで、そこまで読み取ったことにギースは驚きを隠せなかった。
「あの方も、作るところを見ていれば気づいただろう。使用する場面だけなら、私も気づかなかった」
セオドールは静かに札へ視線を落とす。
発動した時の札から感じた力だけでは、そこまでの違いは見抜けなかった。
しかし、今のギースを見れば分かる。
札を一枚作るために消費している精神力は、術を発動させた時の比ではない。
つまり、この札の力の源は術式ではなく、作成時に込められた精神力なのだ。
「魔導士相手は作るの見られたら一発か……そもそもあいつもそうだったしな……」
「あいつ?」
「これ、実はエブラーナの秘術っていうか……俺の婆さんの家系に伝わる秘術なんだが……」
ギースにとっては、母から受け継いだ術であり、その母はエブラーナ王家の血を引く者だった。
そのため、エブラーナの秘術と言っても間違いではない。
だが、厳密には王家に伝わる術ではない。
これは先代王妃、彼の祖母の家系に受け継がれてきた、もう一つの秘術だった。
「だけどな、この札を作ったのはその家系の人間じゃない。まったくの赤の他人だ」
そう言って、ギースは懐から残り僅かな特別製の札を取り出す。
「それは……お前の相方だった……」
「ああ、カグヤの札だ」
旅の中で、セオドールはギースの事情を聞いていた。
共に旅をしていた大切な相手がいたこと。
そして、その相方をゴルベーザによって失ったことも。
「俺が作っているところを見て、一人で作成した。人生で稀に見る大天才だ」
セオドールの言葉を信じるなら、術式の意味を完全に理解していなければ、文様を真似ただけでは成立しない。
だが、カグヤはそれを成し遂げた。
それどころか、一族が長い年月をかけて受け継いできた札を上回るものを、たった一人で作り上げたのだ。
「手にとっても?」
「……いいぜ」
セオドールはカグヤが作った札をそっと手に取る。
ギースの札を確かめた時と同じように、記された文字を指先でなぞり、文様に込められた力、そしてその奥にあるものを読み取った。
その事実を理解した瞬間、セオドールの胸に重いものが沈んだ。
静かに目を閉じる。
「………………そうか」
しばらくして、セオドールは小さく息を吐く。
「……ギース」
「なんだ?」
「この札を、作った人物は……お前を、本当に大切に思っていたのだな」
「……なんだよ急に」
突然、札の作成者について言及したセオドールに、ギースは戸惑う。
「この札には、とてつもない精神力が込められている」
セオドールは札へ視線を落とす。
「それは術を強くするためだけではない。すべて、お前を守るために込められたものだ」
だが、それを作った本人は、おそらくギースに伝えていない。
「お前以外の者が使っても、本来の効力は発揮できないだろう」
「……なるほどな。教えてくれてありがとう」
ギースは札を見つめたまま、しばらく黙り込む。
カグヤが何を考えてこれを作ったのか。
そんなことを考えたことすらなかった。
「言われなかったら、ずっと気づけないままだった」
小さく呟いた声には、悔しさと、わずかな寂しさが混じっていた。
◇ ◇ ◇
トロイアへ到着した一行は、その足で城へ向かった。
土のクリスタルを手に入れる当てはない。
それでも、まずは事情を話し、協力を願い出るしかなかった。
ローザのことを詳しく話すことはできない。
だが、ただ奪うのではなく、できる限り真摯に頼むべきだとセシルは考えていた。
しかし──
「クリスタルが……盗まれた!?」
「ああ、ダークエルフに盗まれてしまってな」
神官の一人が、重い表情で告げる。
「北東の島の洞窟へ逃げられ、取り返そうと兵士たちも向かった。だが、あそこは磁力によって金属製の武器や防具を持ち込むことができない」
「おかげで、我々では取り返しに向かうことすらできなくて……」
神官たちは悔しげに俯く。
クリスタルを守ることができなかった無念と、自分たちの力ではどうすることもできない歯がゆさが、その表情から伝わってきた。
「土のクリスタルを差し上げることはできません。ですが、取り返してくださるのであれば、貸すことを約束しましょう。ひとまず、ここへお持ちください」
「分かりました。必ずクリスタルを取り返します」
セシルは力強く頷いた。
◇ ◇ ◇
トロイア城の一室。
土のクリスタルについて今後の予定を立てていたところ、ある知らせが飛び込んできた。
それを聞いたセシルたちは、慌ててその部屋へ駆けつける。
「病人が臥せっています。お静かに!」
「す、すまない……」
部屋へ入った瞬間、声を上げたセシルたちはメイドにたしなめられる。
ここが病人のいる場所だと思い出し、セシルはすぐに声を落とした。
「ギルバート!」
ベッドの上には、一人の青年が横たわっていた。
青白い顔で眠るその姿は、かつて共に戦った仲間、ギルバートだった。
ギルバートは薄く目を開け、周囲を見渡す。
そして、見覚えのある姿を見つけると、わずかに表情を緩めた。
「セシルか……無事だったんだね。僕も……戦うよ」
「今、無理をしてはなりません!もともと丈夫ではない上に、だいぶ衰弱されているんです!」
ギルバートは弱々しく身体を起こそうとするが、すぐさま医師がギルバートを制する。
「そんな体で何ができる!大人しく寝ておれ!!」
ギルバートのその様子を見て、テラが厳しい声を飛ばす。
だが、その怒声の奥には、心配が滲んでいた。
「テラさん……生きててくれたんですね」
ギルバートはテラの姿を目にすると、驚きと安堵が入り混じった表情を浮かべた。
「すみません……僕がアンナを殺したも同然です……本当に……うう……」
「ギルバート殿、今は養生せねば……」
「そうだ……そんな体で動けば、余計悪化するぞ」
「ヤン、ギース……君たちも無事だったのか。じゃあ、リディアも?」
「面目ない……」
「………………」
ヤンは俯き、拳を強く握りしめる。
あの時、何もできなかった悔しさが、今も胸に残っていた。
ギースは視線を逸らす。
言葉にすれば、認めることになってしまう気がした。
その沈黙だけで、ギルバートはすべてを察した。
「そうか……かわいそうに……みんなが戦っているときに、僕は情けないよ……」
ギルバートは悔しそうに目を伏せる。
自分だけが何もできないことに、今も責め続けているようだった。
「大丈夫じゃ!このシドとエンタープライズがついとる!」
沈みかけた空気を吹き飛ばすように、シドが胸を張る。
「聞けばセシルやローザが世話になったそうじゃ!ワシに任しとくんじゃな!」
「あなたがシド?じゃあ、うまく飛空艇を……!」
ギルバートはシドの豪快な姿を見て、わずかに目を細める。
自分が倒れている間も、セシルたちは新たな仲間と力を合わせ、進み続けていたのだ。
そして、空を駆けるための力、飛空艇を手に入れたことに、ギルバートは安堵の息を漏らした。
「セシル!ローザは?」
「このトロイアの土のクリスタルと引き換えということになってしまった……だが、クリスタルはダークエルフに……」
「ダークエルフ……」
ギルバートは静かに目を閉じる。戦う力も、今の自分にはない。
できることがあるとすれば──
「セシル、これを持っていってくれ」
「これは?」
「それは……ひそひ草か?」
ギルバートの手に握られていたものを見て、ギースは目を見開く。
「ああ、僕の代わりさ……持って行ってくれ」
セシルは静かにひそひ草を受け取った。
それは、今のギルバートが仲間へ託せる、たった一つの力だった。
「セシル……ローザを必ず」
「ああ、必ずローザを助ける」