ファイナルファンタジーⅣ ~IF~ 作:FF4熱再燃中
バロン城で束の間の休息を取り、旅支度を整えていた時のことだった。
「どうしよう……気のせいだったかな……でも、もしそうだったら」
一人のバロン兵が、廊下を行ったり来たりしながら落ち着かない様子を見せていた。
「どうしたんだ?」
「セシル様!!そ、それが……」
兵士が、セシルの姿に気付いて足を止める。
セシルの姿を見た兵士は、まるで天の助けを得たように顔を明るくさせる。
「夜、亡き陛下のお声が塔の地下から響いてくるんです」
「……!」
セシルは思わず息を呑む。
亡き陛下のお声、そんなものが本当に地下から聞こえているというのなら、確かめないわけにはいかなかった。
「君はその声を確かめに行ったのか?」
「も、申し訳ありません。まだ確認はできていないのです。仲間にもどう報告すればよいか分からず……」
亡くなったはずの王の声が聞こえるなど、下手に伝えれば混乱を招くかもしれない。
そう思った兵士は周りの人間に伝えることができなかった。
「分かった。僕らが調べよう」
「申し訳ございません、よろしくお願いします」
兵士は深く頭を下げた。
その背中を見送ったセシルは、静かに塔の地下へ続く道へ視線を向ける。
「……なんだと思う?」
地下から聞こえるという声について、セシルは仲間たちへ問いかけた。
「もしその声がバロン王のものであれば、無念が怨霊となって残っている可能性がある」
セオドールは冷静に可能性を口にする。
「陛下……」
ローザは小さく呟いた。
バロンを治めていた王。ゴルベーザたちによって命を奪われ、城までも奪われた人物。
ローザは亡き陛下へ思いを馳せる。
「敵の罠の可能性も……」
ヤンは警戒を緩めず、地下へ続く道を見る。
「あいつら、性格悪いからな……」
ギースもまた、険しい表情で呟いた。
ゴルベーザたちがこれまで仕掛けてきたことを考えれば、不可解な声を利用して何かを企んでいたとしても不思議ではない。
「どちらにせよ、聞いたからには放ってはおけん」
カインは静かに言った。
それが亡き王の残したものなのか、それとも敵の仕掛けた罠なのか。
確かめもせずに放置することはできなかった。
「安心せい!もしニセモンの仕業じゃったら、わしの木槌でぶちかましたるわい!」
シドが豪快に笑いながら拳を握る。
その言葉に、張り詰めていた空気がわずかに和らいだ。
セシルたちは地下へ続く階段を降りていく。
静まり返った地下には、足音だけが響いていた。
やがて辿り着いた最後の間。
そこには、玉座が静かに佇んでいた。
「セシルよ……」
「陛下!?」
玉座に現れたのは、かつてバロンを治めていた王──バロン王だった。
その姿は生前と変わらない。
だが、実体はなく、淡い光をまとった身体はどこか儚げだった。
「陛下、申し訳ありません。僕は……あなたを」
その先の言葉を、セシルは口にできなかった。
俯いたまま、拳を強く握りしめる。
王を守れなかったことへの後悔は、今も胸の奥に残っていた。
「よい、セシル。おぬしはバロンを救ってくれた」
バロン王は穏やかな声で告げた。
「だが、まだだ。今、この星は大いなる窮地に立たされておる」
「窮地……」
「この身になり、ようやく状況を理解した」
王は静かに語り始めた。
命を失い、この世を離れたことで初めて見えたもの。
それは、地上だけでは知ることのできなかった、この星を巡る大いなる危機だった。
「それは、ミシディアの伝承と何か関わりが……」
「……おぬしも、セシリアの子か」
「!母をご存じで……」
思いもよらぬ名が出たことに、セオドールは目を見開いた。
「ああ、知っておる。あの子のことはよく……」
バロン王は、どこか懐かしむように目を細めた。
その表情には、遠い昔を思い出す者のような穏やかさが浮かんでいた。
「セシル、幻獣の世界へ行き、再びここへ来るのだ。お前の力になれるはず……」
「陛下!」
「セシリア……今度こそ、お前の子らを……」
王の言葉は、そこで途切れた。
淡い光をまとっていた身体が、少しずつ輪郭を失っていく。
「陛下!」
セシルが呼びかける。
しかし、バロン王はもう答えなかった。
やがて、その姿は淡い光となって消え、玉座には再び静寂だけが残った。
「幻獣の……世界」
王が残した言葉を、セシルは小さく繰り返す。
「まず地底が見つからないってのに、別の世界もあるのか」
ギースは困ったように頭をかいた。
地底への入り口すら見つかっていない。それなのに幻獣が住むという別の世界へ行けと言われるとは……
新たに示された道は、あまりにも途方もないものだった。
「……王は、母と何か関りが?」
セオドールは、先ほど王が口にした母の名を思い返す。
「うーん……セシリアという女性は、王と昔、何かがあったようじゃが」
「何かが?」
「王はもちろん、古いもんほどそのことについて語らんのじゃ!ワシは分からん!」
セシリアとバロン王の間に何があったのか。
シドもまた、詳しい事情までは知らされていなかった。
「セオドール、おぬしは何か知らんのか?」
「……すまない。私も、両親のことはあまりよく知らないのだ」
「………………」
セオドールがまだ幼い頃、母はセシルとセシリーを産んだ後に亡くなった。
思えば、父や母がどのような人生を歩み、何を思っていたのか。セオドールは何も知らなかった。
幼い頃から両親について尋ねる機会もなく、今となっては、その過去を知る者もほとんど残っていない。
セオドールは静かに俯いた。
その姿を見たセシルも、胸の奥にわずかな引っかかりを覚える。
「……調べてみるか?」
「なに?」
不意に声をかけられ、セオドールは顔を上げた。
「結局、バロン王と、そのセシリアさんには何かあるんだろ?」
ギースは、先ほど王が残した言葉を思い返す。
「せっかくバロンにいるんだし、調べようぜ」
「しかし……この状況でこちらの事情を優先するのは……」
今、自分たちには地底へ向かう手段を探すという目的がある。そんな状況で、自分の両親について調べることを優先してよいのか。
セオドールは、ためらうように言葉を濁した。
「こんなのでモヤモヤするのも嫌だろ。思い立ったら吉日だ!」
今すぐ旅を中断して、長い時間をかけて調べようというわけではない。
せっかくバロンにいるのだし、王やセシリアのことを知る者がいるか、少し尋ねてみるだけでもいい。
「地底へ行く方法を探すのと、同時にできることもあるかもしれないだろ?」
地底に行く方法を全く、探さないわけではない。ついでに探すというだけだ。
「それに、俺も知っておきたいし……あいつの家族の話だろ」
最後の言葉には、セシリー……いや、カグヤの家族を知っておきたいというギース自身の本音が混ざっていた。
「ギース……」
「しかしどうする?城にいる連中は、そう簡単には話さんぞ。その話題になるとそろって口を閉ざしおるからな」
「まじか……徹底してるな……」
シドの話を聞き、ギースは困ったように頭をかいた。
城に仕える者たちがそろって口を閉ざすとなれば、城の中で事情を聞き出すのは難しいだろう。
「バロン王と長い付き合いがあり、なおかつ城に仕えていない者であれば、話してくれる可能性がある……か」
カインは、シドの言葉を整理するように口にした。
しばらく考え込んでいたカインが、ふと顔を上げる。
「……一つ、心当たりがある」
「心当たり?」
「それはいったい……」
「ローザ。お前もよく知る人物だ」
◇ ◇ ◇
「ローザ、無事だったのね!」
「……ごめんなさい」
カインの心当たりは、バロン城下に暮らすローザの母親だった。
久しぶりに再会した娘の姿を、母親は何度も確かめるように見つめる。
目立った傷はないが、娘が再び危険な旅から帰ってきたという事実に、安心だけでは済まなかった。
「もう、どこにも行っちゃいけないよ!お前を白魔導士なんかにすべきじゃなかったんだ!」
「違うわ、お母さん!私は、よかったと思うわ。セシルの力になれる白魔導士で!」
ローザは、母の言葉をまっすぐに否定する。
白魔導士になったからこそ、多くの人を助けることができた。
そして何より、危険な戦いへ身を投じるセシルを支えることができた。
たとえ危険な旅であっても、自分が選んだ道を後悔したことはなかった。
「お母さんだって、昔はお父さんと共に戦った白魔導士じゃない!」
ローザは、母の過去を思い出すように言った。
「ローザ……」
母親は、娘の言葉を受け、複雑そうな表情を浮かべた。
危険な旅へ出ることを、簡単に認めることはできない。
それでも、自分の意思を貫こうとするローザの姿は、かつて共に戦った夫の姿と重なって見えた。
「……まったく。お前は昔から、一度決めたら聞かないんだから」
「お母さん……」
「それで、わざわざ大所帯でここに来たのは、ローザのためだけじゃないんだろ?」
「……ああ、聞きたいことがあって、ここに来た。あんたは、昔、バロン王と長い間行動を共にしていたと聞いている」
まだ父が生きていた頃、カインは何度もバロン王の昔の話を聞かされていた。
その中には、ローザの両親がバロン王と共に戦い、数々の戦場を駆け抜けたという武勇伝もあった。
「セシリアという女性について何か知らないか?」
その名を聞いた瞬間、ローザの母親の表情がわずかに変わった。
「……随分と、懐かしい名前を調べてるんだね。いったいなんで」
「セシルと……そこのセオドールがそのセシリアの息子らしい」
「なんだって!!?」
ローザの母親は、思わず声を上げた。
もう二度と聞くことはないと思っていたその名前が、まさか今、自分の前にいる者たちと繋がっているとは思わなかった。
彼女は改めて、セシルとセオドールへ視線を向ける。そこにある面影を探すように、二人の姿を見つめた。
「……母をご存じでしょうか」
「セシリア……あの子のことは、よーく知ってるよ」
その声には、長い年月を経ても消えない懐かしさが滲んでいた。
「あの子は……バロン王の妹だよ」
「!?」
「そんな話、聞いとらんぞわしは!」
ローザの母親から知らされた事実に誰もが言葉を失った。
セシルも、セオドールも、まさか母の出生にそんな秘密があったとは思いもしなかった。
ただ一人、ローザの母親だけが、遠い過去を知る者として静かに口を開いた。
「セシリアは、先王が酒に酔ってメイドにお手つきして生まれた子さ。不祥事も不祥事だから、知っているお偉方はみんな黙ってるさ」
「な、なんと……」
「めっちゃやらかしたな、先王……」
ヤンはあまりの話に言葉を失い、ギースは呆れたように眉をひそめた。
「王族として認めることはできなかったけど、先王はあの子のことを気にかけていたようだね」
ローザの母親は、記憶を辿るようにゆっくりと言葉を続けた。
「もちろん、バロン王……バロンだってセシリアをかわいがってた。よく市井に遊びに来て、私たちもそれに付き合わされたりしたね……」
ローザの母親は、遠い昔を懐かしむように目を細めた。
「……それなら、なぜ母……“セシリア”のことは、そこまで隠されているのですか」
「それは、セシリアが魔導士と駆け落ちしたからだね」
「駆け落ち!?」
思いもよらない言葉に、セオドールは目を見開いた。
「セシリアが流れの魔導士と恋仲になったんだが、その魔導士を先王が認めなかったんだ」
「似たような話、前にも聞いたな……」
「いや、先王だけじゃない。バロンも……私たちもセシリアの味方をしなかった」
ローザの母親は、わずかに目を伏せた。
身元も分からない流れの魔導士との関係を止めることが、彼女を守ることになると信じていたのだ。
「みんなに反対されて、それで、セシリアは我慢できなかったのさ」
誰も自分たちの関係を認めてくれない。それなら、もうバロンに残る理由はない。
そう思った彼女の行動は早かった。
「セシリアは魔導士と一緒にバロンを飛び出していった。それから先、セシリアの行方は分からなくなった」
「……………………」
「魔導士に娘を奪われたと思った先王は、さらに魔法を嫌うようになってね」
「……先王の時代、バロンとミシディアの交流が一度途切れたと伺いましたがもしや……」
「ああ、それが原因だね。城から、すべての魔導士を追い出したんだ」
「坊主憎けりゃ袈裟まで憎いってか……」
ギースは呆れたように呟く。
大切な娘を失った悲しみがあったとはいえ、先王の取った行動はあまりにも極端だった。
「バロンは、妹の味方をできなかったことを後悔してた……」
ローザの母はセシルの顔をまじまじと見つめ呟く。
「似ているだけ……そう思っていたのにね」
ローザの母親は、セオドールへ視線を向ける。
「セシリアは……」
「……昔、セシルが赤子のころに亡くなっています」
「……そうかい」
「母は……最期まで笑っていました」
ローザの母は、静かに目を伏せた。
「私が知るのはここまでさ、これでいいかい?」
「はい、ありがとうございます。母のことを知れてよかったです」
セオドールは穏やかに微笑んだ。
長い間知らなかった母の過去。その一端を知ることができただけでも、十分な意味があった。
「……セシル、ローザをお願いね」
「はい、必ず」
ローザの母親は、セシルをまっすぐに見つめた。
娘が再び危険な旅へ向かう不安は残っている。
それでも、ローザが選んだ相手を、そしてセシリアの息子を信じることにした。
セシルはその思いを受け止めるように、力強く頷いた。