ファイナルファンタジーⅣ ~IF~ 作:FF4熱再燃中
──何が、あった?
ぼやける視界の中、セシルはゆっくりと身体を起こした。
全身が痛む。息をするだけで胸が軋み、握っていたはずの剣は床へ転がっていた。
ローザ、ヤン、ギース、カイン、セオドール──。
仲間たちは皆、その場に倒れ伏していた。
「……これが、お前たちの力か?」
立っている者は、一人だけ。
黒い鎧をまとったゴルベーザだけが、静かにセシルを見下ろしていた。
「他愛ない。メテオの使い手がいないお前たちではこの程度か」
戦いにならなかった。それほどまでに、両者の力の差は絶望的だった。
「とはいえ、ここまで楽しませてくれた礼だ。動けぬ体に残された瞳で、真の恐怖を味わうがいい!」
ゴルベーザが静かに右手を掲げる。
その足元から漆黒の魔法陣が広がり、重苦しい魔力が、部屋全体を支配した。
「参れ、黒龍!」
闇が渦を巻き、耳をつんざくような咆哮が響き渡った。
闇の中から姿を現したのは、黒龍だった。
黒龍はゴルベーザへと身体を寄せ、忠誠を示すように顔を擦り寄せる。
「さあ、お前の出番だ。ヤツの息の根を止めてこい」
黒龍は低くひと声鳴くと、一直線にセシルへ襲い掛かった。
漆黒の牙が、容赦なく迫る。
「!!」
避けなければ。
頭では分かっている。だが、満身創痍の身体は、もはやその命令に応えられなかった。
次の瞬間、セシルの前へ一つの影が飛び込んだ。
「……っ、セシル!!」
「えっ……」
黒龍の牙が、その身体を深々と貫く。
セシルを庇ったのはセオドールだった。
「に、にいさ……兄さん!!」
一瞬、何が起こったのか理解できなかった。
目の前で崩れ落ちる兄の姿を見て、ようやく現実を理解したセシルは、悲鳴にも似た声で兄を呼ぶ。
「無事……か、セシル……よかっ……」
「兄さん!!」
セオドールは力なく微笑むと、そのまま意識を失った。
ゴルベーザは倒れたセオドールへ一瞬だけ視線を落とした。
「……庇ったか。麗しい兄弟愛だ」
「ゴルベーザ!!」
怒りが、全身を駆け巡る。
傷ついた身体の痛みさえ忘れ、セシルは剣を拾い上げ、ゆっくりと立ち上がった。
「お前……一人で、何ができる?」
ゴルベーザの言葉が、静かに響く。
セシルは剣を握り締める。
身体は限界だ。それでも、この男だけは許せない。
「一人じゃないわ!」
聞き覚えのある声が、クリスタルルームに響き渡る。
次の瞬間、濃い霧が黒龍を包み込んだ。
黒龍は苦しげに身をよじると、その巨体を霧の中へ溶かすように消え去っていく。
「ド、ドラゴン!?黒龍を霧の力で消し去るとは……」
「その声は……」
セシルは、信じられないものを見るように顔を上げる。
そこに立っていたのは、緑色の髪の一人の女性だった。
以前の幼い面影を残しながらも、その姿は大きく成長していた。
リヴァイアサンに飲み込まれ、行方不明になったあの少女とは、すぐには結び付かないほどに。
「まさか、リディア!?」
「うん!助けに来たわ!」
リヴァイアサンに飲み込まれ、もう二度と会えないと思っていた少女。
その少女が、成長した姿で今、目の前に立っている。
しかし、再会を喜ぶ時間は残されていなかった。
目の前には、まだゴルベーザがいる。
「セシル! これを飲んで!!」
リディアは懐から取り出した薬瓶を、セシルへ投げ渡す。
「これは?」
「エクスポーション! それで体を治して!」
「助かる!!」
セシルは受け取った薬瓶をすぐに飲み干す。
身体の奥へと広がる力とともに、傷ついた身体が少しずつ癒えていく。
失われていた力が戻り、セシルは再び剣を握り直した。
「リディア!他のみんなを頼む!僕が、ゴルベーザを相手する!」
「分かった!」
みなをリディアに任せ、セシルはゴルベーザへ向き直ると、ゴルベーザは静かに手を掲げる。
黒い魔力が集まり、いつものように魔法剣を生み出そうとする。
「……………………」
「……?」
しかし、ゴルベーザの動きがわずかに止まった。
何かを思案するように沈黙した後、すぐに手を下ろす。
セシルはその不可解な行動に、わずかに眉をひそめた。
「まあ、いい。余興だ」
そう呟くと、ゴルベーザは別の力で剣を呼び寄せた。
「これで相手をしよう」
黒い鎧の魔人は、静かに剣を構える。
次の瞬間、ゴルベーザを中心に黒い結界が広がった。
「!」
突然の変化に、セシルは警戒する。
「一対一だ」
ゴルベーザは剣先をセシルへ向ける。
「……こい」
「っ!はああ!!」
セシルが地を蹴り。一気に距離を詰める。
振り下ろされた剣を、ゴルベーザは静かに受け止め、甲高い金属音がクリスタルルームに響き渡った。
「………………」
力任せではない、迷いのない一撃。
つばぜり合いで拮抗する。
「ゴルベーザ……僕は、お前を許さない!」
許せるはずがなかった。
地上を混乱に陥れ、多くの人々を傷つけた存在。
慕っていたバロン王を殺し、ようやく再会できた兄にまで手をかけた。
そして──自分の妹、セシリーを殺した男。
「僕は、許さない!!」
「………………」
セシルの怒りを真正面から受けても、ゴルベーザは何も答えなかった。
ただ、握った剣に力を込める。
「はあああああああ!!」
セシルは怒りを力に変え、渾身の一撃を叩き込む。
「!?」
ゴルベーザの剣が弾かれる。
その隙を逃さず、セシルの返す刃が黒い鎧を切り裂いた。
「私が、負けるとは……」
ゴルベーザの身体がわずかに揺らぎ、倒れた。
「倒した……」
セシルは荒い息を吐きながら、目の前の敵を見つめる。
「ゴルベーザを……倒したぞ……!」
長い間、苦しめられてきた存在を前に、セシルは確かな勝利を感じていた。
「セシル!」
「無事か!?」
声の方へ振り返ると、そこにはリディアに助け起こされた仲間たちの姿があった。
ゴルベーザが張った結界が消え、仲間たちはすぐにセシルのもとへ駆け寄ってくる。
「僕は大丈夫だ……それより、兄さん!」
セシルはすぐにセオドールのもとへ向う。
「………………」
セシルの後を追うように、他の仲間たちも駆け寄っていく。
そんな中、ギースだけはその場に残っていた。
倒れたゴルベーザを前に、ただ一人、立ち尽くしていた。
「兄さん!」
ローザの治癒魔法を受けながら、セオドールはゆっくりと目を開けた。
「セシル……ゴルベーザは……」
「僕が、倒した……」
「そう、か……よかった。これであの子も……」
セオドールは安堵したように目を細める。
その言葉の先を続ける前に、セオドールの意識が途切れた。
「兄さん!」
「大丈夫」
ローザはセオドールの傷口に手をかざし、治癒魔法を続けながら慎重に様子を確認する。
深い傷ではあるが、呼吸はある。命に関わる状態ではないことを確認し、ローザは少しだけ表情を和らげた。
「意識を失っているだけ。ただ……傷は深いから、すぐには動けないわ」
ローザの言葉に、セシルはようやく張り詰めていた気を少しだけ抜いた。
「その人、セシルのお兄さんなの?」
「ああ……」
セシルは頷きながら、無事に息をしている兄の姿を見つめた。
ゴルベーザに敗れ、絶望的な状況に追い込まれたセシルたちを救ったのは、もう会えないと思っていた仲間だった。
「ありがとう、リディア……助けてくれて」
「リディア、あなたのおかげよ!」
ローザも安堵したように微笑む。
しかし、セシルたちは改めて目の前の女性を見つめた。
「でも、その姿は?」
かつて共に旅をしたリディアは、まだ幼い少女だった。
だが、今ここに立っているのは、成長した一人の女性。
面影は確かに残っている。
それでも、あの時の姿からは想像できないほど大きく変わっていた。
「リヴァイアサンに飲み込まれて幻界に連れていかれたの」
リディアは、リヴァイアサンに飲み込まれた後の出来事を静かに語り始めた。
「幻界……?」
聞き慣れない言葉に、セシルは思わず聞き返す。
「幻獣たちが住む世界よ。そこで幻獣たちが友達になってくれたの」
リディアは懐かしむように微笑む。
そこで過ごした時間が、彼女を大きく成長させた。
「白魔法は使えなくなったけど、その分召喚と黒魔法の腕は上がったわ!」
以前とは違う力を身につけたリディア。
しかし、それ以上にセシルたちが気になったのは、彼女の姿だった。
「でも幻界は、ここと時間の流れが違って……」
「それで大人に?」
ローザの問いに、リディアは小さく頷いた。
「セシル、この子は?」
「ミストの村のリディアだ」
「あの子供!?」
カインは思わず目を見開く。
かつてミストの村で出会った少女。その姿はもうどこにもなく、目の前にいるのは一人の女性。
あまりにも大きく変わった姿に、カインは驚きを隠せなかった。
「でも、なぜ僕たちを……僕は君の母さんを……」
「言わないで!」
リディアは強い声で遮った。
かつてなら、その言葉に傷つき、立ち止まっていたかもしれない。
けれど、今のリディアは違う。幻界で過ごした時間の中で、彼女は多くのものを見て、そして前へ進む強さを身につけていた。
「幻界の女王様に言われたの。今、もっと大きな運命が動いているって……あたしたちが立ち向かわなくちゃいけないって……」
「リディア……よろしく頼む」
「うん、任せておいて!」
リディアの力強い返事に、セシルは小さく頷いた。
「リディアは……生きてたか」
その様子を少し離れた場所から見つめるギース。
視線の先には、倒れたゴルベーザの姿があった。
「でも、でもだ。ゴルベーザ」
ギースはゆっくりと刀へ手を伸ばす。
「……お前は、お前は殺しすぎた」
バロン、ミシディア、ダムシアン、ファブール、多くの場所で、多くの命が奪われた。
そして、おそらくこの地底でも同じように傷ついた人々がいる。
「落とし前は……つけなきゃならない」
ギースは刀を抜き、倒れたゴルベーザへ歩み寄る。
セシルの一撃で、すでにゴルベーザは動かない。
これで終わったのだと、誰もが思っていた。
それでも、ギースは刀を構え、黒い鎧に包まれた首元へ狙いを定めた。
「……ありが、……と、ギー……す」
「っ!!」
ギースの手が止まる。
振り下ろされるはずだった刀は、わずかな間だけ動きを失った。
その一瞬で、黒い鎧の魔人がゆっくりと立ち上がる。
「私は……死なぬ!」
「な!?」
次の瞬間、放たれた力がギースの身体を吹き飛ばす。
その異変に気付いたセシルが、倒れたゴルベーザへ視線を戻す。
「しまった……クリスタルを!」
ゴルベーザはふらつきながらも、クリスタルへ手を伸ばす。
「止めろ!!」
セシルが駆け出す。
しかし、その手が届くよりも早く、ゴルベーザの指がクリスタルに触れた。
黒い魔力が周囲を包み込む。
次の瞬間、ゴルベーザの姿はその場から消え去っていた。
「……クリスタルが……」
あと一歩だった。
だが、奪われたクリスタルはもう戻らなかった。